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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.62 不良エルフ、そして、一触即発?!

「んなッ?!」


突然叫び出した私に男性はギョッとした。


「バッ……!何、大声出してんだよッ!!」


慌てて私の口を塞ごうと左手が素早く伸びてきた―――が、


「―――それ以上彼女に近づかないでもらおうか」


ピタッと左手が宙に止まったのと同時に、背後から、聞きなれた冷静沈着な彼の声が聞こえてきた。


「レンジ君……!」

「……て、めえ!」


振り返ると、レンジ君が左の義手の鎧部分を変形させて、まるで槍のように先を尖らせて、男性の首に当てていた。


よく見ると、首には糸のように赤い筋がツーと流れ落ちており、皮一枚分だけ刺さっているのが分かった。


「これは驚いたな。まさか、あのブローチを持ち歩いていたのが、ティナ・ローゼン精霊国に住まう森の民、エルフだったとは」


「エルフ?!この人が?!」


もう一度相手をよく見ると、確かに耳が他の種族より長くて尖っている。


(エルフって本当に耳が尖ってるんだ。まさに『指輪物語』じゃん!)

と目を輝かせていると、


「ユーリ、早くこちらへ来い」

とレンジ君は男性を鋭く睨みつけながら、私に促してきた。


「クソチビが……テメエに構ってる暇なんざねえんだよ!」

エルフの男性は忌々しそうに歯噛みする。


(え、ガラ悪ッ!)

この世界のエルフって、こんな不良みたいな感じなの?


だけどそれはレンジ君も同じように思ったようで、


「随分と口が悪いエルフがいたものだ。気位が高く、他の種族に優越を持つが故、礼儀や立ち振る舞いには特にうるさい種族だと聞いていたのだがな」


と肩を竦めながら言うと、


「あのババアどもと一緒にすんじゃねえ!」


と首に突き付けられた刃に構うことなく、エルフの方もレンジ君に噛みついてきた。


(ババアって……)


なんなんだ、この、いかにも『親に反抗して夜の町をたむろする不良少年』みたいなエルフは。


レンジ君の後ろで様子を見ているセインも呆気に取られている。


「ゲホッ……コホッ!」


突然、彼の両手に抱えられた布の方から、激しく咳をする声が聞こえてきた。


「フィー!!」

「それ、人だったの?!」


慌てて彼の両手に抱かれた人物を確認しようと近づく。


「レンジ君、それ仕舞って!」

「だが……」

「いいからっ!」


渋々といったように、レンジ君を義手を元の形に戻した。


ヒューヒューと苦しげな息遣いが聞こえ、急いで布を捲り―――息をのんだ。


「大丈夫ですか?!」

「セインはこっち来ないでッ!!」


こちらに近づこうとしたセインを鋭く制止した。


「吐血している!」

「えっ?!」

「血を吐いてるの!すぐに止血するから、セインは呼ぶまでリビングにいて!」

「わ、分かりました!」

「レンジ君!セインに聞いて、綺麗なタオル何枚か持ってきて!」

「……分かった」


そして、

「付き添いの人は、患者さんを処置台に寝かせてください!」

「は?!お、オレか?!」

「そうです!早く患者さんをこっちの台に寝かせて!」

「お、おう!」


エルフの男性を急かしてマントにくるまった患者を寝かせ、マントを広げていった。


マントの中にいたのは、男性と同じエルフ、しかも女性だ。

身長は私と同じか少し小さいくらい。

髪は白に近いプラチナブロンドで、苦悶の表情を浮かべていても、人形のように顔立ちが整っていることが分かる。


だが、頬はこけ、皮膚は全体的に乾燥し、腕や足に至っては皮膚が申し訳程度に骨に張り付いているんじゃないかというくらいガリガリだ。


「衰弱が激しい。それにこの血の色……胃の方からか!」


鮮血のような赤い色ではなく、黒ずんだ血液。

血液中の鉄分が胃酸で酸化して変色した証拠だ。


吐いた血で誤嚥しないよう顔を横に向け、

「彼女と、あなたの名前を教えてください」

「俺はジーク。こいつは、フィーだ」

「血を吐いたのはいつからですか?」

と男性に質問した。


「ついさっきだ!俺が……俺が森で果物を探して戻ってきたら……!」


「ちなみに、あなたと彼女の関係は?」


「俺の……妹だ」


そこへ、レンジ君がタオル数枚を手に戻ってきた。


「レンジ君、ありがとう。ついでにジークさんにも渡してあげて。かなり濡れているから」


レンジ君にそう言うと、


「……フン」

と、面白くなさそうにタオルを1枚男性に差し出した。


「ケッ!いらねえよ、んなもの」

そう吐き捨てると、人差し指を1本立て、

「”ウォーター”」

何の前振りもなく呪文を唱えた。


すると、髪や顔、マントについていた水滴が次々と人差し指に集まっていき、たちまち鶏の卵くらいの水の球の形になった。


「うそ……!」


呆気に取られた私を、全身がすっかり乾いた男性は得意そうに見ながら、


「ほらよ」


水の球をいきなりレンジ君に向かって投げつけてきた。


「なッ?!」


だが、レンジ君は想定内だったのか、


「”ファイア”」


と火の球を出し、水の球にぶつけた。

水は一気に蒸発し、その場で白い湯気が立つ。


「やるじゃねえか……いけ好かねえクソチビ野郎の分際で」


「褒め言葉として受け取っておくが……これほど野蛮なエルフに会ったのは生まれて初めてだ」


湯気が消えたと思ったら、今度は2人の間で火花が飛び散る。


(なんで出会って数分しか経ってないのに険悪なの、この2人は!)


最早、2人の間は一触即発。

そして……それは私も同じだった。


「―――いい加減にしなさい、2人とも!!」


「「ッ?!」」


いきなり大声を出した私に、2人は弾かれたように私を見た。


まずはエルフをキッと睨みつけて、

「あなたの妹を助けようとしているんですよ、私達は!なのに、なんでそれを邪魔するような態度を取るんですか!」


「う゛ッ!そ、そういうつもりじゃッ!」


「レンジ君もッ!」


「ッ!」


次にレンジ君をギロッと睨みつけると、珍しくレンジ君がたじろいだ。


「いつもの冷静さはどこに行っちゃったの!今優先すべきなのは、彼女の救命でしょうが!」


「そ、それはッ」


2人まとめて鋭く見据えながら、


「ここはケンカをするところではありません、目の前には今すぐ対応しなければならない患者がいます。それを理解できない、邪魔することしかできないというのであれば……!」


ビシッ!と玄関のドアを指して、


「今すぐ!ここから!出て行きなさいッ!!」


「「―――ッ!」」


と2人まとめて退去通告を言い渡した。


すると、


「……申し訳なかった」

「……すまねえ」


意外なことに、2人揃って素直に頭を下げてきた。


(まあ、これで治療に専念できるからいいけど)

と、改めて彼女の方を向いた。


(アイ、早速スキャンをお願い)

《分かりました、スキャン開始―――終了……》


(……これは!!)


***

ユーリに怒鳴られ、すっかり大人しくなったレンジ達は壁際で静かにユーリの様子を見ていた。


「なあ」

「……なんだ」


レンジはうっとうしそうに、この粗暴なエルフに視線を向けた。


「あの女、いつもはああなのか?」

「どういうことだ?」

「森で会った時と別人にしか見えねえんだけど」


森で遭遇した時の彼女は、人は好さそうだがオドオドしており、いかにも平凡な村娘という印象だった。


だが、妹の容態を見た瞬間からの判断の速さや堂々とした立ち振る舞い。

自分達を怒鳴り飛ばしたときの威圧感。


そのどれもが、平凡とはかけ離れた、内に秘めた力を感じた。


レンジは言わんとしていることを理解し、

診療所(ここ)は彼女の独壇場だ。診療所(ここ)では彼女が法であり、絶対の存在。僕達は、言わば彼女の手足に過ぎない」


「あ?どういうことだよ?」


「つまり、だ」


レンジはユーリを見つめながら、

診療所(ここ)で、彼女ほど頼りになる人間はいないということだ」

と断言した。


「レンジ君、セインを呼んできてもらえる?」

その時、ユーリが声をかけてきた。


「分かった」

「おい、ソイツを呼んでどうするんだよ?」

「ヒーラーに頼むことなど決まっているだろう」


と当然のようにレンジが答えると、顔色がサッと変わり、


「ダ、ダメに決まってんだろう!フィーを殺す気かッ!」

とレンジに喰ってかかってきた。


「ええ、その通り。彼女に治癒魔法をかけることはできないわ」

ユーリが同意したのを見て、レンジは瞬時に悟った。


「まさか……!」

ユーリはゆっくり頷き、横たわった女性の服の前ボタンを外していった。


―――露になった鳩尾は、周囲の白皙の皮膚とは一変、禍々しく黒く変色していた。


「黒死病の核は胃にある。それを摘出しないと」


レンジは頷き、

「追加で必要な道具はあるか?」

と尋ねると、

「これまでにレンジ君が空き時間に作ってくれた器械で足りるから大丈夫」

とユーリは答えた。


そして、話についていけていないジークの方を向き、


「すでにご存知でしょうけど、妹さんは黒死病を発症しています。吐血もそれが原因です」


と静かに説明を始めた。


「このまま放っておけば、吐血だけではなく、体内でも大量出血し命を落とす危険があります。そのため、これから黒死病の治療を行います」


「・・・・・・は?」


一瞬、ポカンと口と目を開くが、


「な、何言ってやがる……黒死病は治らないって……俺だって知ってんだよ!なのに……お前が?!黒死病の治療なんて……そんな、できる訳がッ!」


狼狽えたように首を横に振るジークに、


「実績はまだ一件しかないんですけど」

レンジの方を見ながらコホンと咳払いし、


「私は黒死病の治療に成功したことがあります」

とユーリは答えた。


「……本当か?」

ジークの目が縋るようなものに変わる。


「本当に……妹を、フィーを……治してくれるのか?!」


「100%成功するだなんてことは絶対に言えません。ですが、私は最善を尽くします。だから―――私達が妹さんと一緒に黒死病と戦うことを、許してはもらえませんか?」


ジークの蒼い瞳がユーリは真っすぐ見つめる。


その翠色の瞳に秘めた、揺るぎない覚悟と積み重ねられた実力をジークは感じ取った。


「……頼むッ!」

「「ッ?!」」


バッとその場に跪き、ジークは床に額を付けた。


「どうか……どうか、フィーを、俺の妹を……助けてくれッ!!」


「あの、エルフが……?!」

レンジは信じられないといった様子でジークを凝視する。


(高慢で、他の種族を見下すのが常の、あのエルフが……土下座、だと?!)


すると、ユーリも片膝をつき、

「まだ妹さんは助かっていません。あなたは治療の成功をどうか祈っていてください」


とジークの頭を上げさせた。


「レンジ君、セインを呼んできて」


「あ、ああ」

驚きを隠せないまま、レンジはリビングに向かった。

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