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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.61 疑惑深まる、そして、話題の来訪者

辺境伯邸に行ったセイン達が戻ってきたのは夕方であり、しかも2人が家に入った直後に、雨が土砂降りになった。


「お疲れさま。よかったね、ひどくなる前に戻ってこれて」


帰りがけに濡れてしまった2人にタオルを渡しながら労った。


「今日はシチューを想定して、野菜と肉だけ切って鍋に入れておきました!パンも買ってあります!」


「ありがとうございます、ユーリさん」


早速セインはシチューの煮込みに取りかかった。


「多目に用意しておいたから、レンジ君の分もあるよ!」


「それは大変ありがたいのだが……火をつけていなかったのか?」


至極当然だが私の耳には非常に痛い質問をされてしまい、人差し指同士をツンツンしながら、


「……穴が空きそうになるまで鍋を焦がしちゃってから、この家で1人のときに火を使うことを禁止されておりまして……」


と目を逸らして、か細い声で答えた。


「さすがに、ぼや騒ぎになるのは危ないですからね」


セインにも至極当然のように同意されてしまい、火の取り扱いについては全く信用されていないことを改めて思い知る。


「……そうか」


憐れみの目を向けるだけで、レンジ君はそれ以上何も言わなかった。


「そちらはどうだったの?辺境伯は何か言ってた?」


気を取り直してレンジ君に今日のことを尋ねた。


「現時点では、ティナ・ローゼン精霊国から辺境伯の方には盗難の通達はされていないらしい。僕の方からも説明して、ブローチについては全てあちらで対処して頂くことにした」


「その方が安心だね」


「ああ。王族から盗難されたかどうかはともかく、あのブローチは一般庶民が持つには不自然なほど高価過ぎるということは伯爵にも理解して頂いたから、こちらが疑われている印象もなかったな」


「まあ、元太子殿下の言葉なら説得力抜群だからね」


これで、盗品疑惑のブローチを手元に置いて戦々恐々としなくて済みそうだ。


「そういえば、今日もあの旅人に森で会ったよ」


セインに入れてもらったお茶を飲みながら、私も森でのことを報告した。


「なに?」


お茶を啜っていたレンジ君の眉根がピクッと動いた。


「あのブローチについても聞いてみたんだけど、一緒に旅している人の持ち物だって言ってた」


と何気なく言ってみただけだったのだが―――


「何をしているんだ、君は?!盗品の疑いがあるものについてわざわざ尋ねるなんて、どう考えても危険だろう!」


レンジ君はサッと顔色を変え、私に詰め寄ってきた。


「え、ええっ?!」


「確かにその旅人が盗んだ可能性は低いと言ったのは僕だ。だが、仲間がいるのであれば話は別だ!」


すると、私達の話を聞いていたセインが、


「あの旅人の仲間がブローチを盗んだ可能性もあるということですか?!」


と慌てて割り込んできた。


「えええっ!」


レンジ君は険しい表情を向けて、


「君は今日パンを買いに行ったと言っていたが、そのとき他の住人から旅人の話を聞いたのか?」


と私に聞いてきた。


「え、えーと……そんな話はなかった、かな……」


言われてみれば、あの井戸端会議の窓口になっているようなパン屋のおかみさんが、旅人について私に何も話を振らなかった。


「こんな小さな村ならば、旅人がやってくればすぐに知れ渡る。しかもこの天候不順だ。にもかかわらず、雨の中宿を取ることもせず、村人から姿を隠すかのように森の中にいるということは、だ」


「自分達の存在を明るみにできない訳がある……」


レンジ君の話を引き継いだセインの呟きに、サーッと顔から血の気が引くのが分かる。


(じゃあ……本当に、あの旅人は……ひょっとして?!)


「……今夜からここに泊まらせてもらうぞ」

レンジ君はため息をついた。


「少なくともその旅人の正体が分かるまでは、自衛のためにも夜は3人でいたほうがいいだろう」


「レンジ大先生様……!!」


なんと、頼もしいお言葉!!


「君はもう少し警戒心というものを持て」

「……はい、ごめんなさい」

ジロッと睨みつけられ素直に反省した。


「それから、旅人の件が片付くまでは君は飲酒禁止だ」

「えええっ!なんで?!」

「夜に奇襲されたとき、深酒して起きられなかったら危険だろうが」

「そ……そんなッ!」


ガ―――ン!!


絶望に染まった私の顔を見て、

「君の優先順位はどうなっているんだ……」

とレンジ君は呆れた視線を向けた。


「レンジさんが泊まって下さるなら、こんなに心強いことはないですよ」


と、セインが出来上がったクリームシチューと切り分けたパンを持ってきた。


「さ、夕ご飯ができたので食べましょう」

「……はーい」

「酒が飲めないくらいで、そこまで落ち込むな」


すっかり元気をなくした私をよそに、2人はさっさとスプーンを手に取って食べ始めた。


「僕は以前のように診療スペースを貸してもらってもいいか?」


「それは全く構いませんが……この際、ソファーベッドみたいなものをリビングに置いてもいいかもしれませんね。明日、家具屋さんに聞いてみましょう」


2人の話を聞きながら私はモソモソ食べていると、


「ピャーピャー!」

「どうしたの、ドラコ?」


急にドラコが走りながら私の近くにやってきた。


「ひょっとしてトイレ?」

「ピャーピャー!」


いつもよりも騒いでいるから、漏れそうなのかもしれない。


「本当に賢いね~、ちゃんと教えてくれるんだから」


「生まれたての頃は粗相が多かったのに、子どもの成長は早いですね」


セインもほのぼのとした眼差しでドラコを見つめる。


例え粗相をしたとしても、浄化魔法という素晴らしい魔法のおかげで一瞬でキレイになるから、この余裕なんだけど。


「というわけで、ちょっと外に出してくるから」


「一緒に行くか?」

とレンジ君がわざわざ席を立とうとしてくれるが、


「この雨だし、玄関からも出ないから大丈夫だよ。レンジ君は食べてて」


と、私は先に行くドラコを小走りに追いかけて行った。


―――今思えばこれは立派なフラグだったのだ。


そもそも、トイレに行きたいのなら裏口の方が近いはずなのに、なぜドラコがわざわざ玄関の方に向かっていったのか。


―――その理由を、私はこの後、身を持って知ることになる。


診療スペースを抜けると、ドラコはすでにドアの前でスタンバイしていた。


「はいはーい、今開けてあげるからねー」


お気楽に返事をしながら、私は『警戒心』というものを一切抱かず、ドアを開けた―――


「・・・・・・」


目の前にいたのは、灰色のマントだ。

水をすっかり吸い込んで濃くなっている。


両手には、マントと同じ布でくるまれた長い大きな荷物がしっかりと抱えられている。


雨音にも消えないほど吐く息が荒く、肩で息をしているようだった。


そして今夜、私は初めてそのフードの下の素顔を拝むことになる。


どれだけ雨に降られたのか、銀色の髪はすっかり濡れて顔に張り付いていた。


それでも、この男性の非常に整った顔立ちと深い海のような蒼い瞳、そして―――人間やドワーフよりも長く尖った耳を隠すことはできなかった。


最も、


「ッ!お、お前は、昼間の……!」

「で……」

「あ゛っ?」


いくらイケメンだからって、相手は話題沸騰中の泥棒疑惑の旅人な訳で―――


「出たあぁぁぁーーー!!」

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