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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.5 異世界風『帝王切開術』、そして、後悔

「胎盤が子宮の入り口を塞いでいる……?!」


驚きのあまり大声を出したセインに、慌てて自分の口に人差し指を立てた。


セインもハッとしたように口を手で塞ぐ。


私はジュディさんと考え込んでいたセインを部屋の外に連れ出し、他の人に聞こえないようアンナさんの状態を説明した。


「このままだと、自然に分娩は不可能、むしろ無理矢理出産しようものなら、胎盤に圧力がかかって出血多量で母子ともに命が危ないのよ」


「……なんということ、ですか」


予想以上の事態に思わず額に右手を当て、セインは天井を仰いだ。


そのままのポーズが数秒間続いたけど、何とか頭の中を整理できたのだろう、もう一度私に目を向けた。


「しかし」

空色の目がマジマジと私を見つめる。


「ユーリさんは凄いですね。体内の情報を得ることができる魔法を使えるなんて」

まあ、私じゃなくてアイの力なんだけどね。


「さし当たっての問題はどうやって子供を無事出産させるかなんだけど」


「そうですね……ひょっとして、それについても何かいい考えがあるんですか?」


期待に目を輝かせるセインとは反対に、私の口は重い。


「まあ、あるにはあるんだけど……セインにはちょっと刺激が強すぎるというか。でもセインの力がないとできないのは間違えないんだけど」


「私のことは構いません。何か方法があるなら、是非教えてください!」


そこまで力強く言われると、言わないわけにはいかないよね。


心の準備をして、静かに切り出した。


「帝王切開術……要するに、アンナさんのお腹を切って、私達が外から子供を取り出すの」


「ええっ?!……モガッ」


今度こそ大声を我慢できなかったセインの口を慌てて押さえる。


それでも何かを訴えようとするセインの口を押さえたまま説明を続けた。


「言いたいことは分かる。突拍子もない非常識な考えだってことでしょ。でもこれくらいしか安全に、必要最低限の侵襲で出産する方法は他に思いつかないのよ。それともセインが何か素晴らしい考えがあるなら、是非そっちを採用したいと思ってるわ」


「……」


口を押さえられたまま眉間に皺を寄せて考え込んでいる。


でも結局は何も思い浮かばなかったようで、観念したように目を瞑り首を振った。


セインの口を押さえていた手を離す。


「もちろん、いきなりお腹を切るなんて論外。痛みのコントロールについては、私の結界魔法で痛みを遮断することができる。止血もできるしね」


「……確かに、ユーリさんの結界魔法でしたら完璧に出血を制御できるでしょう。しかし痛覚も遮断することができるとは」


「私もさっき思いついたんだけどね」

本当はアイが考えついたんだけど。


「そこでセインにやってもらいたいことがあるんだけど」


「何でしょうか」


「子供をお腹から出した後に傷を塞がなくちゃいけないでしょ。それを治癒魔法で治してほしいの」


「分かりました。それはお任せください」


見通しが立ってきたからか、セインの目にも覚悟が感じられる。


「あと、もし使えればの話なんだけど、手術の間アンナさんには眠っていてほしいのよ。その方がこっちもやりやすいし」


「そうですね……それでしたら、以前病気で錯乱状態になった患者さんに眠らせる魔法を使ったことがあります。それを試してみましょう」


よし、これで私も大分やりやすくなる。


手術中に患者が突然動いたら危険だし、こちらの処置で精神状態が不安定になると体にどんな異変が起こるか分からない。


「そうと決まれば、私は一旦診療所に戻って道具を持ってくる」


「何の道具ですか?」


セインは不思議そうな顔をするが、それには答えず、


「私が戻ったら早速始めたいから、セインはジュディさんやポールさん達に今の状況を説明した上で、部屋から出るように説得して。これから特別な魔法が必要だから、とかなんとか言って」


「分かりました……って、ちょっと待ってください!」


すでに玄関に向かって駆け出しそうな私にセインが慌てて声をかける。


「なによー」


こっちは急いでいるのに。思わずムッとすると、


「あなたが、するんですか?」

信じられないと言わんばかりの顔をする。


いや、当たり前でしょう。


「だって、セインは血が苦手なんだから、最初っから無理でしょ」


「う゛っ!」

図星をつかれて固まるセインに笑いかける。


「心配しないで。その道じゃあ、そこそこ経験があるんだから……絶対にアンナさんと子供を助けよう」


セインは一瞬息を詰める。


でもすぐに力強く頷いた。


「……ユーリさんには驚かされてばかりです。分かりました。一緒にがんばりましょう」


私もしっかり頷き、今度こそ玄関に向かって走り出した。


診療所から戻ってきた私を、ポールさんと旦那さんが出迎えてくれた。


「ユーリさん!先生からお話は聞きました。アンナは、アンナは大丈夫なんでしょうか?!」


狼狽するポールさんの肩に手を置いて、


「大丈夫です。セインがきっと助けてくれます。これから特別な魔法を使うらしく、その道具もちゃんと持ってきましたから」


優しく答えるとポールさんは少しホッとしたような顔をする。


すると、今度は旦那さんが思い詰めたような顔をして前に出てきて、勢いよく頭を下げてきた。


「お願いします。どうか、妻を、アンナと私の子供を助けてください!お願いします!」


直角の姿勢で懇願する旦那さんにも、私は力強く頷く。


「無事産まれたお子さんと元気なアンナさんとまたお会いできるよう、全力を尽くします」


部屋のドアの近くにはジュディさんも待機していた。


「今回アタシは役に立てそうもないからね。大人しく待ってるよ。もし赤ん坊が無事産まれたら、後の始末はこっちで全部やるからね。気張ってやりなさいよ!」


「はい!」


これまで多くの出産に立ち会ってきたんだろう、さすがに落ち着きが全然違う。


取り出した子供は安心して任せられそう。


短く返事をし、私はセインとアンナさんが待つ部屋に入った。


「セイン、お待たせ」


持ってきた道具を並べていく。


セインはアンナさんの頭側に立っていた。


左右から頭を両手で翳している。


「こちらももう少しで準備完了です」


そう言いながらセインは呪文を唱えた。


「"セデース"」


すると、今まで苦悶の表情を浮かべていたアンナさんの顔がだんだん穏やかになっていき、やがて穏やかな規則正しい呼吸になってきた。


「痛みがかなり強かったようで、治癒魔法を使いながら、睡眠魔法を何度か重ねて使いました。これくらい深い眠りなら簡単には起きないはずです」


「ありがとう。」


改めて道具をチェックする。


果物ナイフ、長いピンセット、私の手より少し大きめのハサミ。


普段採ってきた薬草を切ったりより分けたりしていて、先端には泥や草から出た汁なんかがついている。


一応水で流しているけど、お世辞にも清潔とは言えない。


「光の精霊よ、我に御加護を。"パージ"」


すると、あら不思議!


あっという間に汚れはキレイさっぱりなくなって、ピカピカに輝き出した!


錆もすっかりなくなっている。


やっぱり浄化魔法は便利だわ。


(しっかし、異世界一発目の手術が、まさか帝王切開術になるとは。しかも、メスじゃなくて果物ナイフ。摂子じゃなくてちょっと長いピンセット、か)


一応ハサミも持ってきたけど、薬草を切るためのものだから手術に使うには大きい過ぎるし、これは多分使えないだろう。


無い物ねだりしても仕方がない。


この道具で何とか手術しないと。


(もし今回のことで見事手術が成功したら、絶対手術道具を何とか手に入れよう)


強く心に決めて、セインと手順の確認と最終チェックをする。


「まず結界魔法でお臍から下の痛覚を遮断する。そのついでじゃないけど、一時的に下半身を麻痺状態にもする。これなら動くこともないからさらに手術しやすくなるしね」


「なるほど」


「光の精霊よ、我にご加護を。”ヴェール”」


(アイ、お願い)

《かしこまりました。各痛覚神経、下半身の運動神経、感覚神経をブロックしていきます。》


”ヴェール”は膜のように柔らかく薄い結解だ。


アイのスキャン能力で特定した痛覚神経をこの膜が包んでいき、痛覚を遮断する。


下半身は腹部から下の脊髄を包むことで、下半身の運動や触覚を遮断していく。


理論的には硬膜外麻酔に近い。


(よくこんなの思いつくな。さすがは臨床支援システム)


「あと、手術中はどうしても血が多少は出てくるんだけど。セインは血を見なければ大丈夫なんだよね?」


「まあ、そうですね。血の臭いも正直苦手ですが、それで倒れることはないです」


「それなら、顔に布でも巻いてよ。私もそうするつもりだし。臭いも気にならなくなるでしょ」


問題はセインに血が見えないようにする方法だけど、これはアンナさんの両脇に結界魔法で障壁を作り、そこに大きめのシーツを掛けて術野を見えないようにするのが一番だろう。


(できれば素手で手術をしたくないんだけどなぁ。アイ、何かいい方法ない?)


《それでしたら、ユーリの両手にも”ヴェール”をかければよろしいかと思われます》


呼びかけにアイもすぐに反応してくれる。


私の結界魔法には主に2つのタイプがある。


壁のように堅く見るからに防御重視の結界、『ガード』。


そして、布のように柔らかく布のように体を保護する結界、『ヴェール』。


ちなみに、ダンカンさんが連れてきた患者の止血をしたのは『ヴェール』だ。


結界には大きさの限界がなく、目に見えないほど小さく細くすることもできれば、一国を覆うほど巨大にすることも可能なんだそうだ。


「光の精霊よ、我に御加護を。"ヴェール"」


呪文を唱えると、両手を柔らかい光が包む。


試しに果物ナイフを触ってみると、掴んでいることは分かるけど、布越しに触っている感触がする。


「セインは頭側に立ってアンナさんの状態を見ていて。もし眠りが醒めそうになったら睡眠魔法を重ねがけして」


「わかりました」


アンナさんの胸の高さで両脇に結界の障壁を立て、そこにシーツをかける。


下半身にはシーツが掛からないようにし、上半身はちょうど肩までシーツが掛かるように調整する。


これでシーツが目隠しになってくれるので、セインは術野を見て倒れることはない。


2人とも鼻から下が隠れるように布を巻く。


後は私とアンナさんの下半身全体に浄化魔法をかける。


これで下半身は消毒されたことになるし、私も手術着に着替えたのと同じように清潔になれる。


よし……!


スゥと息を吸い、目を閉じて心を落ち着かせる。


手術を執刀するようになってからずっとやってきたことだ。


目を開けば、そこからはもう、自分の技術だけで勝負しなくては。


「これより、帝王切開術を開始します」


こうして、この世界で誰も経験したことがない初めての手術が開始された。


まず、果物ナイフでお臍から下を縦に切開する……けど。


(ちょっ、これは……!どれくらい深く切れているのか感覚がわかりにくい!うわ、ちょっと深く刃を入れすぎた?!)


如何にメスが大事なのかっていうことがよく分かる。


絶対に後で何としても手に入れよう!


(落ち着け……。皮膚の切開はいつも手術でもやっていることだ。組織を確認しながら切っていけば何とでもなる!)


慎重に皮膚の深層、筋肉を同定しながら切り進む。


途中出血もするけど、


「"ヴェール"」


と結界魔法をかけると、確実に止血することができる。


どうやら目をこらさなければ分からないほど小さな傷や血管も、目に見えないくらい小さな障壁がピンポイントで出現しているようだ。


さらに、

「"ガード"」

切開した部分が閉じないよう障壁が周囲の組織を押しのけてくれている。


前世なら血管を糸で縛ったりしなければ止血できないし、周囲の組織を押しのけるための手として助手がいるのに、それを一人で全てまかなえるなんて。


魔法って本当に凄い。


そして---いよいよ臓器に到達する。


一息入れる代わりにセインに声をかける。


「セイン、そっちは大丈夫?」


「はい、問題ありませんよ。アンナさんも深い眠りについていて、一度も意識は戻っておりません。呼吸も安定しています」


シーツで隔てられているから表情は分からないけど、セインの落ち着いた声から手術は今のところ順調に進んでいるようだ。


「じゃあ、いよいよ子宮に到達するよ!」


「はい!」


体の外と内を隔てる最後の膜を切開する。


目の前には大きな筋肉の壁。


一つの命を十月十日間守り育んできた肉の器だ。


「セイン。今から子宮壁を切って、子供を取り出す。準備はいい?」


私の呼びかけに、


「こちらもいつでも大丈夫です!」


セインもいつもより大声で答える。


かなり気合いが入っているみたいだ。


私も目を瞑り息を整え、子宮壁に大きく切開を入れた。


子供を傷つけないようにピンセットで摘みながら筋肉を切断していく。


筋肉の断端からの出血は結界魔法で一瞬で止血されていく。


遂に羊膜に到達した。


焦る気持ちを抑えて羊膜の一部を破り、穴を大きくしていく。


そして---


……っ、おぎゃあ、おぎゃあ!

取り出された子供は、全身を使って自分がこの世に誕生したことを必死にアピールしていた。


「は、はは…。やっ、た」


腕の中で顔どころか全身を真っ赤に染めて泣く、まさしく赤ちゃん。


うん……赤ちゃんだ。


今まで緊張していた分だけ、力が抜けそうになる。


少なくとも今の私に感動の瞬間を味わう余裕がない。


「ユーリさん!やりましたね!」


赤ちゃんの泣き声を聞いて、無事取り出せたことが分かったのだろう、セインが興奮した声で歓喜していた。


その声でハッとする。


そうだ。

まだ手術は終わってない。

お腹を閉じるまでは!


「セイン」

赤ちゃんをタオルで巻き、セインに近づく。


「この子をジュディさんの所に連れてってくれる?私はその間に胎盤の処理をする。預けたらすぐに戻ってきて。治癒魔法で閉創してもらうから」


「はい、すぐに戻りますね!」


私から託された小さな命をおっかなびっくり抱っこしながらも優しく見つめる。


セイン、いいパパになるよ絶対。


セインが部屋を出た後、私はそのまま子宮の中に残っていた胎盤を取り出そうとする。


(やっぱり、子宮口を完全に塞いでいる。これじゃあ普通に分娩なんて無理な話だ。しかも、ここ。あと、ここも)


胎盤からいくつも出血している部位があり、そこを結界魔法で次々に止血していく。


もしあのまま無理やり息んでいたら……。


そう考えると、

(やって良かった)

と心から思った。


胎盤の遺残がないことを確認していると、セインが帰ってきた。


「こっちは胎盤出せたよ。そっちはどうだった?」


子宮の中の出血が目立つところを止血しながら尋ねる。


「すみません、戻るのに時間がかかってしまって。ポールさんも旦那さんも涙を流して喜んでいましたよ。アンナさんにも早く会いたいと、部屋に押し入ろうとするのを何とか止めてきました」


セインが術野を絶対に見ないよう挙動不審に歩く姿に思わず笑みが零れる。


「それはご苦労さま。ありがとう」


気持ちは分かるけどね。今部屋に入ってきてしまったら、お腹を開けた状態のアンナさんとご対面だ。


この光景を一般人が見たら一生夢に出てくるだろう。


全ての確認を終え、私はセインに声をかける。


「よし。そろそろ閉創するよ。アンナさんの状態は?」


「大丈夫です。呼吸も安定してますし、眠りも深いままです」


「それじゃあセイン。私が3つ数えたら結界魔法を解除するから、治癒魔法を」


「ええ」


「いくよ……3・2・1!」


「光の精霊よ、我に御加護を。"ヒール"!」


その瞬間、眩い光がアンナさんを包み込んでいく。


光が完全に消えたとき。


そこにはお腹に傷一つないアンナさんが穏やかに眠っていた。


はあぁ……。

終わった。何とか、やり遂げた……。


ガクン---!


「え」


突然視界が急降下していき、気がついたらおしりに冷たい感触があった。


後から遅れてジンジンとした鈍い痛みが伝わる。


「だ、大丈夫ですか?!ユーリさん!」


「あ、あれ。なんで」


何とかベッドに捕まり腕の力で立とうとするけど、全然足に力が入らない。


くぅー、後片付けもまだ終わってないのに!


さっさと立ち上がれ、私!


自分を叱咤しながら足に力を込めようと悪戦苦闘していると、


---フワッ


急に体が浮き上がった。


「えっ!」

慌てて見上げると、


「セ、セイン!何してるの!?」


「ユーリさんは十分過ぎるほど良くやってくれました。後は休んでいてください」


セインの優しい眼差しに胸がキュッと締め付けられる。


そのまま壁際に置いてある椅子まで連れて行ってもらった。


(お、お、お姫様だっこ?!)


そうですよ、お姫様だっこ!


35年の人生で生まれて初めてしてもらいましたよ!


いや、今は体は17歳の設定だから色々許されるのかもしれないけど!


でも心はアラサーの私には刺激が強すぎるわ!


「セイン、降ろして!大丈夫だから!まだ片付けも残っているから!」


何とか降りようと体をジタバタさせるけど信じられないことにビクともしない。


うそでしょ、いつもナヨナヨしているくせに!


「落ち着いてください。後片付けは私がしますから」


そのまま椅子に座らされ、目線を合わせるよう跪く。


「ユーリさんのお陰で、無事アンナさんとお子さんを助けることができました。私だけではどうすることもできなかったでしょう。あなたは本当に凄い人だ。本当に、本当にありがとうございます」


満面の笑みで感謝するセイン。


『悠莉』


その姿が、その笑顔が、どうしようもなく重なってしまう。


「……凄くなんて、ないよ」


無理やり絞り出した声は、あまりにも弱々しかった。


「……私が本当に凄かったら、もっと早く気づくことができた。もっと早く治療することができたのに。誰よりもそばに居てくれた人だったのに。それができなくて……結局手遅れになっちゃった」


ポタ、ポタ。膝の上に一つずつ染みができていく。


そうだよ、誠吾。私のこともっと責めてよかったのに。


外科医のくせに癌を見逃すなんて。


医者失格だ、って言ってくれればよかったのに。


膝の上に置いた手を、ギュッときつく握りしめる。


私には泣く資格なんてないのに。


「……これまでユーリさんがどれほど努力してここまでの技術を身につけたのか、どれほど苦しみ、悲しんできたのか。残念ながら私には推し量ることができません」


力が入りすぎて白くなった手を一回り大きな手が包み込む。


少し骨ばっているけど、とても温かく優しい手だった。


「でも私はこれだけは知っています。あなたは、他人のために必死になることができる人です。あなたのおかげで今日2人の命が救われた。それは紛れもない事実です」


涙でぼやけたその先にセインの空色の瞳がキラキラ輝いている。


……だから、そんな優しい目でこっちを見ないで。


「ありがとう。あなたはほんとうに凄い人です」


いい年したおばさんの泣き顔なんて、見せたくないのに……!


「ふっぅ……!」


だからこれが精一杯の抵抗だった。


両手で顔を必死に隠し、声を押し殺して、私はセインの前で泣き続けた。


いくら見た目が可憐な17歳だからって、中身は変な風にこじらせた35歳のおばさんなんだから、下らない見栄が出てきてしまう。


『人前で泣くなんて恥ずかしいから放って置いて欲しい』という思いと、『独りにしないでほしい』という相反する思いが交互に出てきて、最早意味不明だ。


でもセインは、ずっと黙ってそばにいてくれた。私が泣きやむまで、ずっと黙って私の頭を癒すように撫でてくれていた。


その後、泣いて体力を消耗した私の代わりに、セインが後片付けをしようとしてくれた。


でも手術で血に汚れたシーツを見て貧血を起こしてしまい、仕方ないので浄化魔法を使ってシーツやらその他諸々の汚れを一気にキレイにした。


アンナさんは目を覚まし、産まれた我が子の元気に泣く姿を見て、赤ちゃんと一緒に泣いて喜んでくれた。


ポールさんや旦那さん、ジュディさんからも大層感謝された。


ちなみに、今回無事子供が産まれたのはセインの魔法のお陰ということになっている。


セインは最初、私の手柄にしようとしてくれたけど、


「『切腹して子供を出した』なんて言ったらドン引きされるだけだし、『治癒魔法を応用したら成功した』という方が説得力あるでしょ」


と半ば強引に言い、最終的にはしぶしぶ納得してくれた。


私が言いたくないことを無理やり聞いてこないセインの存在は、本当にありがたかった。


こうして、私の異世界での初めての手術は無事成功したのだった。

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