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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜
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Karte.57 卵が孵った!そして、名付けのセンスはいかに

柔らかな日の光に目をくすぐられ、私はベッドの上で起き上がり軽く両腕を伸ばした。


「うーん、今日もいい天気みたいだね」


朝日とともに起きるなんて、何と健康的な生活!


当直中に緊急手術で夜通し起きていた時は、朝日はむしろ目潰しの凶器だったのに。


フラノ村に帰ってきてから、私達は代わり映えのない平穏な生活を送っていた。


いや、それがどんなに有難いものなのか。


あの坑道での戦いは、転生してからの私の人生観を見直すものとなった。


(いやもう聖女とかそういうのじゃなくて、『村の少女A』とかでいいよ!あんな目に何度も遭わされたら堪ったもんじゃないもん!)


うんうん、と力強く自分に言い聞かせて、ふと部屋の隅のチェストに目を向けた。


「そうだ、卵に朝御飯を上げておかないと」


知らない人が聞いたら『コイツ、頭大丈夫か?』と思われるかもしれないが、私の育てている卵はただの動物の卵ではない。


その産みの親は、ガルナン首長国の地底に君臨していた最強の魔物、ファイアドラゴンだ。


彼女(ひょっとしたら父親だったのかもしれないが)は卵を産んだ後に不幸にも黒死病を発症してしまった。


黒死病を発症した魔物はその病魔による激痛から理性を失い凶暴化してしまう。


彼女は自身が凶暴化して我が子である卵を壊してしまうことを恐れ、地上に進出しようとしたのだ。


それに運悪く巻き込まれたのが私とセインであり、彼女を見事打ち倒したのがレンジ君だった。


その後たまたまドラゴンの巣穴を見つけ、そこでこの卵を見つけたという訳なのだが。


正直、自分の命を危険に晒した魔物を助けてあげるほど私はお人よしではないし、そもそもドラゴンの黒死病を治せだなんて言われたって絶対に無理な話だ。


だけど、


『それは親のドラゴンの事情であり親が仕出かしたことであって、その子供である卵には関係のない話』


という屁理屈をこねて、セインに何とか拝み倒して卵を引き取り、こうして世話をしているわけだ。


世話といっても1日2回朝晩に私の魔力を卵に込め、そのタイミングで卵をゴロゴロ転がすだけのもの。


ちなみに転卵というらしい。


果たしてこれで無事に孵化してくれるかは甚だ疑問だが、アイのスキャンでは、一応卵の中のドラゴンはちゃんと生きていて成長もしているらしい。


「さあて、今日も魔力を込めてあげよう!」


万一卵が誰かに見られたら説明が面倒なので、ちょうどよい空きスペースがあったチェストに卵を隠しているのだ。


チェストを扉を開けて、卵の様子を見た。


「……ん?」


いつも見慣れているはずの深紅に染まった卵。


なのにいつもと何かが違う。


―――コツッ。


突然卵の内側から何かが叩く音が聞こえてきて、同時に違和感の正体に気がついた。


「この卵……ッ!」


慌ててチェストから取り出し、ベッドの上に置く。


朝日に照らされてはっきりと分かった。


巣にあったときから卵は横倒しの状態だったため、そのまま向きを動かさず持ち帰っていた。


そして今、卵の天辺に小さな穴が開いていて、それを中心に白いヒビが広がっていっているのだ。


「ちょっ……アイ!これって……!」

《紛れもなく、孵化ですね》


相変わらず淡々と答えてくれる、ブレない知恵袋だ。


だけど、生まれて初めて動物の孵化の瞬間に立ち会う私の胸は大きく高鳴っていく。


それに比例して、卵の内側から殻を叩き割る音も少しずつ大きくなっていった。固唾を飲みながら様子を見守っていると、


―――パキッ!


遂に卵の上部の穴が大きく開き、そのままゴロンと卵が勝手に転がった。


「わッ!」


ベッドから卵が落ちないよう咄嗟に殻に手を伸ばすと、穴からスルンとナニカが滑り出てきた。


そして、そのナニカの瞳と私の目が合い―――


「ピャー!」


「わあぁぁぁーーー!!」


清々しい朝の空気を私の絶叫がけたたましく震わせた。


「ど、ど、どうしましたっ!ユーリさん?!」


慌てふためいたセインの声がすると同時に、ドアが勢いよく開けられる。


「セッ、セッ……!」


叫び声の張本人である私も驚きすぎてしまいセインの名前すらまともに言えず、プルプルとベッドの上を指差す。


セインも弾かれたようにベッドの上の卵の殻を見て、そして視線がベッドの上を彷徨い、


「えええッ?!」


と大声を上げた。


「どうした!何事だッ?!」


少し遅れて飛び込んできたのは、レンジ君だ。


いつもの冷静さはなく本当に慌ててきてくれたようだ。


「レッ、レ、レッ……!」

「あ、あのっ……あのッ!」


私は未だ名前をまともに言えず、セインはセインで何とか説明しようと必死だが二の句を続けられない。


「いったい何なんだ、二人と……も……」


レンジ君も私達が指さす方を向き、卵の殻を見て、すぐにベッドの上に蠢く物体を見つける。


「・・・・・・」


レンジ君はもう一度赤い卵の殻を見て、そしてもう一度……白いモコモコした物体を見つめーーー


「はあぁぁッ?!」


と珍しく素っ頓狂な声を上げたのだった。



「それでは……状況を一度整理しようか」


朝からすっかり驚き疲れた私たちは、とりあえずリビングに集合した。


私も慌てて着替えた後、例の白い生物と一緒に階下に降りた。


本当は先に降りた二人に連れて行ってもらおうとしたのだが、セインやレンジ君が触ろうとすると嘴でつつこうとしたりピューピュー鳴き喚くので、仕方なく着替えた私が後から連れていくことにしたのだ。


そう……嘴だ。


「ファイアドラゴンの卵の中から、なぜかはわからないが、白い羽毛が生えた鳥のような生物が出てきた……ということで、いいんだな?ユーリ」


「……おっしゃる通りです」


直接抱きかかえるのは何だか抵抗があったので、卵の殻をバスケット代わりに鳥モドキを入れて、テーブルに置いた。


私たちは殻の中からつぶらな瞳をキョロキョロさせているドラゴン(?)をじっと見つめた。


「その……ファイアドラゴンはこのように羽毛が生えて生まれてくるとは考えられませんか?」


セインがレンジに尋ねる。


「……さすがに僕もドラゴンの幼体の姿まではわからない。少なくともサラマンダーの幼体は違うな」


レンジ君は難しい顔をした。


「サラマンダーの幼体は親とほぼ同じ形態だ。違うのは大きさと鱗くらいだ」


「鱗?」


「ああ。サラマンダーは大人になるにつれて脱皮を繰り返し、その度に鱗が強固なものになっていく。幼体の時は鱗というよりも表皮に近いほど柔らかいんだ」


「へええ、そうなんだ」


殻の中に入っているドラゴン(?)をマジマジと観察する。


大きさは、入っていた卵より一回り小さくしたサイズだ。


ちょうど雌鶏の大きさといったところか。


卵から返ったばかりの時は体液が付いていたのかペタリしていたが、すぐに乾いてしまったのか、全身をいかにも触り心地がよさそうな白い羽毛が厚く覆っている。


唯一羽毛に覆われていない足も白いが、そこだけゴツゴツして鱗状に固く、しかも体と比して妙に骨太だ。


だけど、同じく骨太の足の指は前に3本、後ろに1本と完全に鳥のものと同じであり、指の先には同じく白く鋭い爪がついている。


尖った口は白く硬そうでどう見ても嘴にしか見えない。


体と比して大きくつぶらな金色の瞳、頭には飾りバネのような羽が数枚立っている。


その羽だけは唯一赤色に縁取られていて、ここだけは生みの親の赤い鱗を彷彿させる。


そして一番解せない部分が、

「これって……翼だよね?」


モコモコの背中に付いているのは、紛れもない一対の白い翼だ。


時々思い出したようにパタパタ動かしている。


「確かファイアドラゴンって、一生地底で暮らすから翼はないんだよね?」


「ええ、ウィルさんがそうおっしゃってましたね」


ドラゴン(?)の羽をこれまた難しい顔で見つめていたレンジ君は、


「……まさかとは思うが、ユーリ」

といきなり声を潜めて、


「ドラゴンが卵から孵らないことに業を煮やして、近所のニワトリを盗んできたんじゃ……」


「んなことする訳ないでしょ!!」

「ピャー!」


突拍子のない言い分に間髪入れず否定すると、それにビックリしたドラゴン(?)が鳴き声を上げる。


「すまん。自分で言っておいてなんだが、あまりにも荒唐無稽な考えだ。忘れてくれ」


とあっさり謝罪された。


要するに、あの冷静沈着なレンジ君ですら混乱している状況だということだ。


「しかし、本当に鳥みたいですよね。ドラゴンらしくないというか」


セインがそう言うと、その言葉に反論しようとしたのかどうかは分からないが、


―――ピョコン。

「わっ!」


突然胸の辺りの羽毛から前脚が飛び出してきた。


どうやら、胸元の羽毛はかなり立派に生え揃っているのか、後ろ脚に比べて小さめの前脚が羽毛の中に隠れていたのだ。


前脚の指は3本で生まれたてホヤホヤにしては鋭い爪が付いている。それ以外の腕も同色の羽毛で覆われていて余計に分かりにくかったのだ。


「これで、本物のドラゴンであることは間違いないようだな」


前脚を確認してレンジ君は頷いた。


そして私の方を向き、


「まあともかく、世界初のドラゴンの人工孵化を見事に成功させた訳だ。おめでとう、ユーリ」


と労いの言葉を贈ってくれた。


「ええ、そうですね。おめでとうございます」


「ありがとう、レンジ君!セイン!」


「正直、予想していた展開の10倍は驚いたがな」


とボソッと付け加えられた。


私も赤いミニゴ○ラが孵るのだとばかり思っていたから、その気持ちは良く分かる。


(親の面影がほぼ皆無なことについて、アイさんはどう思います?)


《ドラゴンの人工孵化自体、前例がないため詳細は不明です。ですが、一つの仮定を立てることができます》


(えっ、なになに?)


《このドラゴンは本来であればファイアドラゴン、つまり火属性の魔力を込められて成長するはずでした》


確かにその通りだ。


《ですが今回、ユーリが卵を預かることになり、ユーリの魔力……すなわち、光属性の魔力を込められたことになりました》


(えっ)


《よって、このドラゴンもユーリの力の影響で形態が変化した可能性が考えられます》


「はあっ?!」


「ッ?!」

「いきなりなんだ!大声を出して!」

「ピャッ!」


しまった!


アイとの脳内会話にびっくりし過ぎて、思わず本当に声を出してしまった。


「え、えっと……」


「おい。彼女は大丈夫なのか?坑道でも急に君に怒鳴りつけていたよな?」

「時々脈絡もなく大声を出されることはありますが……」


2人で私を横目で見ながらヒソヒソと相談し始めた。


「いやちょっと待ってよ!そんなヤバい人を見る目で見ないで!私は正気だから!」



何とか誤解(?)を解いてもらい、セインがコホンと咳払いをした。


「それで……このドラゴンを、これからどうしますか?」

私とレンジ君を交互に見る。


「ユーリはどうしたいんだ?」

レンジ君が私に話を振ってきた。


「私は……」


改めて、火属性のファイアドラゴン……から光属性(?)にフォルムチェンジしたドラゴンを見つめる。


(うーん。ようく見ると……)


フワフワの羽毛に覆われた背中をおっかなびっくり撫でてみると、とても手触りがよい。


赤ちゃんドラゴンも撫でられて気持ちよさそうに目を細めている。


(……とっても、カワイイ!!)


「できれば、このまま育て続けたい……かな」


そんな私を見てレンジ君も頷いた。


「これくらい小さければ、まだ他人を襲うこともないだろう。現状はこのまま飼育しても問題ないだろうな」


「では、このまま成長を見守っていきましょうか」


「2人とも、ありがとう!」

正直ホッとした。


せっかく無事孵化したっていうのに、すぐに丸焼きにされたら流石に悲しすぎる。


「そうと決まれば、まずは名前を付けた方が良いだろうな」


「フッフッフ、レンジ君。名前なら、とっくの昔に考えてあるのよ」


「ほお?どんな名前だ?」


興味津々にレンジ君が聞いてきた。


「ズバリ……『ドラコ』!!」


「・・・・・・」

「・・・・・・」


一気にフリーズした2人を、

「ピュッ?」

赤ちゃんドラゴンが不思議そうに見る。


「あっ!まさかとは思うけど、『ドラゴンの子供だから』とか、そんな安直な理由でその名前にしたわけじゃないからね!」


「そう……なんですか?」

セインが恐る恐る確認してきた。


「もし何かペットを飼うことができるようになったら、一度は絶対にその名前をつけたいと思っていたの!」


「……君はドラゴンをペットにしたいと思っていたのか?」

レンジ君が呆れたように言うと、


「そんな、命がいくつあっても足りないこと、思わないよ!ペットにしたかったのはネコだから!」


そう。


何を隠そう、私は、あの……未来からやってきた青いネコ型ロボットが小さい頃から大好きだったのだ!


大人になった今でも、毎年公開されている映画だけは時間をやりくりして、何とか有給をもぎ取って、映画館に足を運んでいたのだ。


ただ、小さい頃は親がアレルギー持ちだったので、実家でネコはもとよりペットを飼うことはご法度。


大人になったらなったで仕事が忙しすぎてペットを飼う余裕など、てんでなく。


『これは老後までお預けかなぁ』なんて思っていたら、こうして転生してしまったわけだ。


それでも流石に名前をまるパクリなのは気恥ずかしいので、ペット……できればネコに、『ドラコ』という名前をつけたいと思っていた訳だ。


(巡り巡って、ドラゴンにこの名前を付けることになった訳だけど……まあ、結果オーライだね!)


「……ユーリさんがよろしければ、よいのではないでしょうか?」


「セイン、いよいよ考えることが面倒になっているだろう?」


レンジ君がジトッとした目線を向けると、セインは頬を掻きながら、


「まあ、卵を見つけたのも、卵の世話を一番していたのも、ユーリさんですから」


「それは……否定しないな」


レンジ君も観念したようにため息を漏らした。


「じゃあ、この子は今日から『ドラコ』という訳で決まりね!」


こうして、我が家はペット―――ドラゴンのドラコを迎え入れることになったのだ。

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