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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜
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Karte.55 レンジの1日、そして、時々追憶(前編)

レンジの朝は早い。


山の端がほんのり淡く縁取られる夜明け前には目が覚める。


「……流石に長い間の習慣は変わらないな」


ガルナン首長国にいたときから、前日がどれほど遅くとも夜明け前に起床していた。


理由は簡単だ。


勤めていた研究所の仕事や研究をできるだけこなしておくためだ。


就業時間中でも宮殿から呼び出され、明らかにレンジがやるべきではない仕事や任務も両親や兄達に押しつけられる。


それも嘲笑や侮蔑とともに。


だから、自分の本来の仕事を前倒しでできる範囲でこなしておかないと、仕事が溜まっていく一方だった。


「もうそんな必要はないというのにな」


2度寝するには目が冴えてしまっていたので、レンジはそのまま起き上がった。


フラノ村に移住してから、気がつけば1ヶ月が経とうとしていた。


突然決まった移住ということもあり、当然だが新居の用意もなかったため、セインの家の診療スペースを間借りした後、この村唯一の宿屋に泊まっていたのだ。


あいにく村には適当な空き家がなかったため、レンジの希望通り、新居はセインの家のすぐ隣に建ててもらうことができた。


寝室と調理スペース兼リビングがある以外に、封魔石作りや実験をするための工房が1部屋あるだけの、こじんまりした平屋の家だ。


かつて暮らしていた祖国の宮殿に比べれば、とてつもなく質素で小さな家だ。


だが、レンジにとって、これ以上快適で寛げる場所は生まれて初めてだった。


身支度を整えてから、今日中に作る予定の封魔石の下準備を始める。


この家ができてから、セインとユーリの協力のもと、毎日治癒の封魔石と浄化の封魔石を一定数作り続けていた。


治癒の封魔石は魔鉱率が50~80%とバラツキがあるため、毎日決まった個数はないが、平均作成数は1日7個ほど。


ガルナン首長国にセインが滞在したときは1日平均10個であり、それより少ない個数ではあるが、セインには本業の片手間に作ってもらうわけであり、何より、毎日コンスタントに生産できる方が重要なので問題なかった。


そして、ユーリについては……だが、


「以前から思っていたが、もともと彼女の魔力量は規格外に多いんだろうな」


浄化の封魔石用に用意した灰色の六角水晶を見て、レンジは感嘆と呆れが混じったため息を漏らした。


浄化の封魔石は魔鉱率10%と最低値でありながら、あらゆる物の汚れを落とすことができ、しかも魔鉱率が非常に低いため、魔力量がすくない一般市民でも手軽に使える。


しかも、石自体の見た目も、澄んだ水をそのまま固めたような、無色透明な美しいものであり、その審美性も高く評価され、火の封魔石に次ぐヒット商品となりつつあった。


事実、王都で辺境伯令嬢であるカーラの口利きで行商人のバレットが浄化の封魔石を御披露目したところ、その場に持ち込んだ30個全てが即完売するという、前代未聞の快挙を成し遂げたのだ。


当然追加注文が殺到しており、しかも、ルーベルト辺境伯領で生産されていることを聞きつけた地方貴族や騎士団が、直接ルーベルト辺境伯から買い付けしようとするなど、辺境伯にとっては二重にも三重にも莫大な利益となっているわけだ。


問題点としては、この封魔石を作ることができるのはユーリだけであるため、


(いくら追加注文が殺到しているからといって、ユーリに過剰な負担になることだけは避けなければ)


とレンジは懸念していた……のだが、それは杞憂だということもすぐに思い知らされた。


目の前に用意した封魔石―――その数100個。


これを全てたったの3日間で、しかも午前中だけの時間で、魔法を込め終えてしまうのだ。


それも、鼻歌を歌いながら。


「この僕ですら、10%の火の封魔石に休みなしで30個も魔法を込めれば息切れするというのに」


あまりにも規格外の魔力を持つ彼女に密かに戦くも、


(別にユーリに無理やり作らせている訳でもなく、技能者としての役割を全うできているのだから良しとしよう)


と自分に言い聞かせることにしていた。


下準備を終えてリビングでお湯を沸かしていると、カーテンの隙間から光が差し込んでいることに気づき窓を開け放した。


窓際で朝日が昇るのを心行くまで鑑賞しながらゆっくりお茶を飲むのが、最近の朝の習慣だ。


(こんなに心穏やかな時間は、祖国では経験出来なかったな)


時間をかけて1杯のお茶を飲み終えると、簡単に朝食を食べて、準備した封魔石を金属製の四角いカバンに入れ、お隣のセインの家を訪れた。


「あ。レンジ君、おはよう!」


出迎えてくれたユーリの笑顔を眩しく感じながら、


「おはよう、ユーリ。邪魔するには早かったか?」


と尋ねると、


「私達も朝御飯食べ終わってるから、大丈夫だよ。さ、入って入って!」


と快く迎え入れてくれた。


「おはようございます、レンジさん」


診療スペースを抜けリビングに入ると、穏やかな笑顔でセインが声をかけてきた。


「おはよう、セイン」


(宮殿では挨拶しても、無視されるか、鼻で嗤われるかのどちらかだったから……何となく、面映ゆいな)


と思いながらも、胸の奥のじんわりとした温かさがとても心地よかった。


カバンをテーブルの上に置きカチッと開くと、カバンの中では封魔石が1個ずつ、それぞれの大きさに合わせて整列して嵌め込まれている。


「治癒の封魔石は魔鉱率80%のものが3個、60%が1個、50%が2個だ。今回は80%のものが多いから合計6個にしたが、大丈夫か?」


「はい、問題ないですよ」


「ユーリは、今日も30個用意してきたが……」


「大丈夫、大丈夫!もっと多くても、別にいいんだよ?」


「……あまりにも多く作りすぎると一気に価値が下がる。というより、今でも1日の作成数としては多すぎるくらいだ。本当に無理していないのか?」


と呆れた顔をユーリに向けると、


「全然、余裕!」

「……そうか」


ビシッと親指を立てられたので、レンジはそれ以上考えるのは止めた。


セインは1~2時間に1個封魔石に魔法を込めてはお茶を飲んだり、薬草をすりつぶして丸薬を作っている。


一方のユーリは、お気楽に、しかしハイペースで魔法を込めていく。


レンジはその様子を横目で見ながら、込め終わった浄化の封魔石にネックレスの紐を通すためのパーツを次々につけていく。


金属の延べ棒をパンのように千切ってはパーツに変形していき、封魔石に突き刺して固定していく。


「よし、終わった!」


「……相変わらず、早いな」


そういうレンジも同じペースで封魔石にパーツをつけ終えた。


「いや、レンジ君も十分スゴイと思うよ」

ユーリもレンジに呆れた声を出す。


「そんな風に金属を千切っていく人、初めて見たわ」

「さすが、レンジさんですね」


”さっさと終わらせろ、グズが”

”この程度で調子に乗るなよ、出来損ない”


「……まあな」


作り終えた浄化の封魔石と治癒の封魔石を無造作に次々と入れていくと、カバンの中の形状が勝手に変化し、封魔石の形にピッタリ合った凹みができていく。


「レンジさん、今日もお昼食べますか?」


「いいのか?」


「ぜひぜひ。簡単なものですが」


「いつもありがとうございます、セイン大先生様~」

と、セインに向かってなぜかユーリが両手を合わせて拝んでいる。


どうやらユーリはこの家で料理をしたことがないらしい。


(まあ、僕も料理なんてしたことはないからな)


お言葉に甘えて、昼食のお相伴に預かるのも最近の日課だ。


セインは簡単なものだと言うが、昼食を取る時間など滅多になかったレンジにとっては、オムレツとサラダ、さらにスープまでつけば、十分過ぎるほど手の込んだ食事だ。


何より、他人と食卓を囲んで食事をする機会など皆無だったから、3人でたわいのない話をしながら取る食事は新鮮で、宮殿で仕方なく用意された食事よりも遥かに味わい深いものだった。


「セイン、午後は薬草採ってくるよ。傷につける軟膏用の薬草が大分少なくなってるし、解熱剤用の薬草もそろそろ調達しないと」


「そうですね、お願いします」


ユーリはレンジの方を向き、

「レンジ君は午後はどうするの?」

と尋ねた。


「トーマスの足の様子を見てくる。そろそろ職場復帰するからな」


「そうですか、いよいよですね」


セインが感慨深そうに呟いた。


義足を作った後も、レンジは毎日トーマスの義足の状態や、リハビリの進捗をこまめに確認している。


真面目なトーマスは熱心にリハビリをこなし、日常生活はもちろん、馬に乗って全速力で走っても問題ない程回復している。


「最近ティム君と釣りしてるでしょう?本当に仲がいいよね」


レンジが義足を作ってから、トーマスの息子であるティムにはすっかり懐かれて、時間が合えば一緒に釣りをする仲になっていた。


「釣りなど今までやったことがなかったが、なかなか面白いぞ。これに関してはティムの方が詳しいから、僕が教えてもらっている側だな」


「へえぇ!」


ユーリが目を丸くしてレンジを見る。


「なんだ、その反応は」


貶されるのかと無意識に身構えるが、


「レンジ君て、年下の、しかも子供にもちゃんと敬意を持って教えてもらおうとするなんて、本当に心が広いね!」


「そう、か?」


「いやだって、年取ると無駄に見栄張って、年下だからってバカにしたりする老害もいるっていうのに」


と、ユーリはどこか恨めしそうな目をしながら愚痴めいたことを呟いた。


(……セインの言うとおり、ユーリには記憶があるのだろうな)


ユーリは時折、レンジには決して届かないだろう遥か遠くへ思いを馳せるような表情を見せる。


だが、レンジは敢えて聞き出そうとは思わなかった。


自分より付き合いが長く、信頼しているはずのセインにさえ打ち明けないことを、レンジに話すとはとても思えない。


それに、レンジにとって何より重要なことは、ユーリの過去を暴くことではなく、ユーリが自分のために尽力してくれたという事実だ。


(気長に待つことにしよう。ユーリの信頼に足るよう努めていけば、いつか話してくれる時が来るだろうしな)

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