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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜
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Karte.53

レンジ君はマリーさんからもらった葡萄酒(ウィーネ)を美味しそうに飲む姿を見て、


「私も一杯飲みたいなぁ……」

と呟く。


「やめておけ。酒場で散々飲んでいただろう。明日、二日酔いするぞ」


レンジ君に釘を刺され、仕方なくお茶をチビチビ啜った。


「本当に今日はありがとうございました。レンジさんがいなければ、トーマスさんは二度と馬に乗ることはできなかったでしょうし、マリーさんやティム君も辛いままだったでしょう」


セインが昼間のことについて、改めてレンジ君にお礼を言った。


「僕としても良い経験になった。ドワーフに対して作っていた義足が人間でも応用できることが分かったしな」


とグラスを傾けながら、何てことない顔でレンジ君は答えた。


「レンジ君が義足作っている所初めて見たけど……本当に凄かったわ」


何とまあ安っぽい感想だと自分でも思ったが、それしか言いようがないのだから仕方がない。


「メスを作ってもらった時もそうだけど、あんなに硬い金属をまるで生き物のように操るなんて、ウィルさんも言っていたけど、レンジ君はまさしく『一級品をこの世に産み出すドワーフの鑑』ってことだね」


「ウィルが?」


レンジ君はかつての部下の名前に少し反応したけど、


「そうか、彼がそんなことを……」


と、感慨深そうにグラスを眺めた。


「そう言えば」


ウィルさんの名前を口にして浮かんだ疑問があった。


「ウィルさんが7年前のドラゴン騒動で義足をレンジ君からもらった時に、『治癒の封魔石で確実に治すために、より重傷の部位を切除した』っていう話をしていたのよ。それで、今回のトーマスさんも同じような状況だったと思うんだけど」


「確かにそうですね」

セインが相槌を打った。


「トーマスさんの時もそうだけど、治癒の封魔石で完璧に怪我を治すことって出来ないの?」


レンジ君にそう尋ねると、


「結論から言えば、可能だ。ただし、それは魔鉱率の高さと、何より封魔石の判断に依る」


「魔鉱率、は分かるとして……えっ、封魔石の判断?」


「まあ、治癒の封魔石はかなり異質だから、イメージが付きにくいだろうな」


と前置きしてから、懐から何かを取り出した。


「これは知っているな?」


「火の封魔石でしょ?というか、レンジ君は別にそれいらなくない?」


大きめのマッチ棒のような形をした封魔石。

この世界で最も普及していると言われる、火の封魔石だ。

魔鉱率は最低値の10%だ。


「そうでもないぞ?弱い火をつけるときには、魔力の微調整を考えずに簡単に使うことができるからな」


そう言うと、

「”解放(リリース)”」

と唱える。


すると、マッチ棒の丸い部分の先に小さな火が灯った。


「封魔石というものは、良くも悪くも単純だ。”解放(リリース)”と唱えて魔力を込めれば、石に封じられた魔法だけが行使できる。そして、魔鉱石の含有率、すなわち魔鉱率が高ければ高いほど魔法の威力が上がり、使用者の魔力消費量も増える」


以前ウィルさんに講義してもらった内容の通りだ。


「そして言うまでもなく、火の封魔石でできることはこうして火を出すことだけだ。だが、治癒の封魔石は違う」


「そうなの?」


「そもそも治癒魔法は怪我だけでなく、病気や解毒などにも対応している。治癒魔法自体が非常に汎用性が高いんだ。当然、治癒魔法を込めた治癒の封魔石も、怪我だけでなく、病気の治療や解毒も可能だ。そして、これが他の封魔石と最も違うところなのだが……患者を治せるか治せないかを判断するのは使用者ではなく、治癒の封魔石自体だということだ」


「はいっ?!石が判断するの?!」


衝撃だ。

何だかオカルトチックに聞こえる。


「まず大前提として、治癒の封魔石はあくまで全身に対してしか治癒魔法をかけることしかできない。怪我で例えれば、複数箇所に怪我がある場合、腕の怪我だけ、とか、足の怪我だけ、など、それぞれの怪我単体に治癒魔法をかけるなんて小回りを利かすことはできないんだ」


「そ、そうなんだ」


「また、封魔石の治癒能力が魔鉱率に比例することは変わらないが、魔力量が高くない者が魔鉱率の高い封魔石を扱うと体に大きな負担となる」


「ちなみに私が渡したのは、魔鉱率50%のものですが」

とセインが付け加えると、


「まあ、妥当だろうな」

とレンジ君は頷いた。


「もし無理して魔鉱率の高い封魔石に魔力を込めるとどうなるの?」


「封魔石が発動しないどころか、魔力を全て吸収され尽くしてしまい、良くて気絶、最悪、昏睡状態となる」


「えっ?!」


「死者が出たという報告は現時点で受けてはいないがな」


「いや、安全性の問題とか大丈夫なの?」


「それが、魔鉱率の高い封魔石が高価な理由の一つでもある。この世界では魔力が高い者はそれなりの地位を築いている者が多く、有力者は体への負担を考えずに封魔石を扱うことができるからな」


なるほど。

治癒の封魔石が高価なのは、魔力の少ない人達が闇雲に使わないようにするための安全対策でもある訳か。


「昼間、村長が『治癒の封魔石を使って村人全員がフラフラになった』と言っていたのは、恐らく村人1人1人が自身の魔力のほぼ全てを込めて封魔石を発動させ、全身を治癒できるか試したのだろう。だが、怪我は治癒しなかった。これは、『最も重傷である左足を治せない』と封魔石が判断し、全身の治癒は不可能だと石が判断したからだと思われる」


「だから、治せない左足を無くすと石が怪我を治せると判断して、治癒できたっていうこと?」


「そういうことだ。これが治癒の封魔石の特殊な性質だ」


いや、大分使いづらい石だと思うんだけど。

それに、なんか納得できない所もあるし。


「でもさ、封魔石で結局足を治せなかったし、切り落とすことしかできなかったんでしょ?それって、治癒の封魔石の意味があるの?」


すると、レンジ君は真面目な顔で、


「大ありだ。緊急で救命しなければ患者を前に封魔石が治せないと判断した。すなわち―――特に重症だと思われる怪我をそのまま放置しておけば患者が死んでしまう。そのことを、ヒーラーではない素人が判断できるんだ」


「ッ!」


息を呑む私にレンジ君は続ける。


「さらに言ってしまえば、魔鉱率の高い治癒の封魔石で治せないということは、『この患者はもう助けられない』と周りが覚悟を決めることができるということだ。実際、7年前に祖国でファイアドラゴンが出現し多くの死傷者が出た時も、目の前の負傷者が助けられるかどうかの判断は全て治癒の封魔石に委ねられた。足や腕などが特に挫滅が酷い患者も、治癒の封魔石が発動しない時点で躊躇せず切断することができた。正直、ドラゴンを追い返すことで疲弊しきった我々が大量の負傷者を前に判断をする余裕などなかったからな」


「レンジ君……」

封魔石でトリアージしたのか。


トリアージとは、災害時などで多くの傷病者が発生している時に、その緊急度や重症度に応じて救命の優先度を決めることだ。


(目の前の怪我人を助けられるかどうかを自分の代わりに決断してくれる。医療従事者ではない人間にとっては、大分肩の荷が下りるんだろう)


「あの、そのお話を伺って私も疑問だったんですが、当時はヒーラーがそちらの国に出向していなかったんですか?」


ここでセインがレンジ君に質問した。


ガルナン首長国では、治癒の封魔石作りのためヒーラーが定期的に派遣されているから、疑問に思ったのだろう。


「もちろん出向していたよ。だが当時は、ヒーラーの魔力が完全に枯渇するまで治癒の封魔石をできるだけ作らせていたんだ。そこへ、あの大規模災害だ。」


レンジ君は当時の状況を思い出したのだろう、眉根を寄せた。


「あの時のヒーラーには本当に申し訳ないことをしたと思っている。こちらの都合で魔力を出し尽くさせた癖に、多くの負傷者に治癒魔法をかけるよう申し付けられたのだからな」


「それは確かにキツいわ」


ヒーラーなのに患者を治療できない状態なんて、きっと無力感に苛まれただろう。


「だから今は、治癒の封魔石は1時間に1個だけと制限して、ヒーラーの余力を残せるようにしたという訳ですか」


「ああ、そういうことだ。まあ、今後あの国にヒーラーが訪れる機会は当分ないだろうが」


レンジ君はどうでもいいと言った感じでグラスの残りの葡萄酒(ウィーネ)をグイッと飲み干した。


ーーーこうして真面目な話をしながらも宅飲みは楽しく盛り上がり、


「ふ、わあぁ~」


「そろそろお開きにするか?」


思わず欠伸をしてしまった私を見てレンジ君が提案してきた。


「あっ、ごめんね!水差すようなことしちゃって!」


と慌てて謝ると、


「もう遅い時間ですし、私達も旅から帰ってきたばかりですから、今夜はこの辺にしておきましょう」


とセインも賛同してきた。


「ユーリさんは先に上がって下さい。私は診療スペースでレンジさんのベッドを整えますから」


「じゃあ、私はここ片づけるから」


「ありがとうございます」


「念のため、触らない方がいい場所などがあったら教えてくれないか?」


「わかりました。なのでユーリさん、ここが片付いたら先に寝ていて下さい」


「分かった。おやすみ」


「ああ、おやすみ」


***

「君達は本当に夫婦じゃないのか?」


「へっ?!」


診療スペースの簡易ベッドをセインが整えていると、レンジが自分の荷物を確認しながら尋ねた。


「いや、数日間とはいえ2人の時間を邪魔するのは申し訳なかったかと」


「いえいえ!私達寝室は別ですからね!」


思いきり否定するセインを訝しげな顔でレンジは見る。


「……君がそう言うなら、2人の関係についてこれ以上首は突っ込まないが」


「関係も何も、それこそ上司と助手以外の何者でもないですよ!」


とセインは力説する。


「そうか……ならば、ユーリについて僕の方から質問したいことがあるのだが」


急に改まった様子で向き合うレンジに、セインも顔を引き締める。


「……そうですね。私もレンジさんとは一度しっかりお話ししたいと思っていましたから」


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