Karte.51 レンジの説教、そして、2人目の『先生』
「本当に……レンジ先生には、何てお礼を言っていいか……!」
無事、一周し終えて帰ってきたトーマスさんは、軽やかに馬から降りて、レンジ君に頭を下げた。
「ありがとうございます……ありがとうございます!」
マリーさんも泣きながら何度も頭を下げた。
すると、
「何を勘違いしているのか分からないが、その義足をタダでくれてやるとは誰も言っていないだろう」
レンジ君は澄ました顔で衝撃発言をしてきた。
(意外……レンジ君、その辺りは鷹揚だと思っていたのに)
「ッ……分かっています。こんな凄い義足、タダで頂けるだなんて思っていません」
トーマスさんは一瞬言葉に詰まったが、
「たとえ一生かかっても、必要な代金を必ずお支払いします。だからどうか……どうか、この義足を頂けないでしょうか……!」
「アタシもッ!何が何でも、絶対に払いますからッ……どうかッ!」
と2人で必死に懇願してきた。
そんな2人を素通りして、
「君達2人からもらうものは何もない。支払いをしてもらうのは……彼からだ」
レンジ君は1人の少年―――ティム君の前に立った。
「オ、オレ……?」
ティム君は戸惑ったように自分自身を指さした。
「ティ、ティムにッ?!」
「そ、それはッ……!」
両親の顔がギョッとする。
もちろん私達も驚いている。
(もう王族じゃなのに、今更ご乱心しちゃってるの?!)
「えっ、そ、それ、どゆこと?」
「レ、レンジさん……?」
私とセインがオロオロしながらレンジ君に尋ねるが、私達に構うことなく、レンジ君は続けた。
「『どうすれば君は満足するのか』―――僕がそう聞いたとき、君はこう言ったな。『父親にもう一度馬に乗って欲しい』と。僕はこうしてそれを実現させた訳だが……どうだ、これで満足か?」
「う……うん」
レンジ君に冷たく見据えられてティム君もオドオドしながら頷いた。
「ならば―――セインに謝ってもらおうか」
「えっ!」
突然名前を出されてセインの方がびっくりしていた。
「話を聞く限り、セインは自分の不在時にも不測の事態に対応できるよう、治癒の封魔石を置いて行ったのだろう?治癒の封魔石は非常に高価なものだ。それこそ、君が一生働いて手に入れられるかどうかわからないほどな」
淡々と静かに、だけど容赦なくティム君を追い詰めていく。
「そんな高価な物をセインが託してくれたお陰で、君の父親は死なずに済んだ。それにセインも遊びに出かけた訳ではない。この地方を治める伯爵直々の命令で出張する必要があった。断ることも途中で投げ出すことも許されない」
「う……う……」
(……怒鳴らないのが逆に怖いな)
事実、ティム君はレンジ君を前に青ざめながらプルプル震えている。
子供みたいなのは見た目だけで、実際は自分の両親よりもはるかに年上の年長者から説教されているのだ。
貫禄と威圧感が半端ない。
「な、なんか……俺の死んだ親父よりも迫力ねえですか?この坊主」
ダンカンさんがコソッとポールさんに耳打ちする声が聞こえる。
「……口を慎め!この方の実年齢は57歳と、私とそう変わらない年長の方だそうだ!」
「マジですかい?!」
ちなみにポールさんは御年60歳だそうだ。
「セインがいるだけで、君やこの村に住む人間は十分すぎるほど恵まれているんだ。にも関わらず、それを当たり前だと勘違いして、セインに理不尽な八つ当たりをし、無茶な責任を押し付けようなど……子供だからと言って、断じて許されるものではない」
「うう……」
「言っておくが、セインはヒーラーとして非常に優秀だ。例え血が苦手だとしても、彼に仕えて欲しいと思う貴族や騎士団は山ほどいるだろう。もし君の言いがかりが原因でセインがこの村を出て行ってしまったら、君は責任を取れるのか?」
「う、うう~……」
ティム君はもう耐えられなくなってしまったようで、完全に泣き出している。
「ティ、ティム……お前はッ……!」
その場に居合わせなかったトーマスさんはレンジ君の話から何があったのか察したのだろう。
ショックを受けた顔で息子を見ている。
マリーさんはマリーさんで、息子の言動がいかに問題だったのかを改めて思い知らされ、顔を強張らせている。
「僕が要求することは、君がセインに誠心誠意謝罪することだ。例えセインが君の謝罪を受け入れなかったとしても、許してくれるまで謝り続ける……それが君が支払うべき対価だ」
(セインはそこまで厳しくないと思うけど……)
チラッとセインを見ると、レンジ君とティム君を心配そうに交互に見ている。
ただ、レンジ君の意図を汲んで口を挟まない方がいいと黙ったままだ。
セインも分かっているのだ。
セインとティム君の間にわだかまりが残らないよう、レンジ君がまた一肌脱いでくれていることを。
ガルナン首長国でメスの作成を断られ続けた私が、ドワーフに対して失望しないようその場で最高のメスを鍛えてくれたように。
だから後は、ティム君だ。
(こればっかりは、ティム君から切り出さないと)
心の中でエールを送っていると、ティム君は涙でグチャグチャの顔を乱暴に手でゴシゴシとこすり、
「セ……セイン、先生ッ!」
と、意を決してセインに向かって姿勢を正した。
「オ、オレ……ひどいこと、たくさん言っちゃってッ……本当に、ごめんなさいッ!!」
バッと頭を深く深く下げて、大きな声でセインに謝った。
セインは小さな頭を見つめる。
そして、
―――スッ
その場に片膝をつくと、
「ええ、いいですよ」
と穏やかな笑みを浮かべた。
「ホ……ホント、に?」
恐る恐る顔を上げるティム君に、
「お父さんが大怪我を負って、ティム君もとても辛かったんですよね?むしろ、お父さんが大変な時に私は何もできませんでした。そのことについて申し訳なく思っています」
「そ、そんなこと……ッ、先生は大事な仕事をしてたんだから……!」
ティム君が必死に首を振る。
「でしたら……これで、仲直り、ということにしましょう」
と右手をスッと差し出した。
ティム君はセインの顔と右手を何度も交互に見つめ、
「……うんッ!」
ティム君も右手を差し出し、2人はしっかりと互いの手を取り合ったのだ。
「うぅ、よかったねぇ……セイン、ティム君……ッ!」
すっかりもらい泣きしている私を、
「なんで君が泣いているんだ?」
とレンジ君が溜め息をついた。
「だが、まあ……」
ホッとしたのかまた泣き出したティム君の頭を撫でるセインを見て、
「これで一安心だろうな」
フッと、セインと同じ、穏やかな笑みを浮かべた。
そして、同じく目を赤くして2人の様子を見守るトーマスさんに、
「という訳だ。君の息子がしっかり対価を払ってくれたから、その義足は好きに使ってくれ」
と言った。
「レンジ先生……ッ!本当に……本当に、何とお礼を言っていいかッ!」
とトーマスさんは目元に溜まった涙を手で拭った。
マリーさんも私と同じようにすっかり貰い泣きだ。
「その義足の手入れなどについては追って説明をする。そして、今後の生活について一つだけ約束してほしいことがある」
レンジ君が真剣な顔をした。
「これから少なくとも1週間は、馬に乗って走ることは禁止する。これは絶対だ。必ず守ってもらう」
「えっ」
トーマスさんは泣き顔のまま、キョトンとした顔をした。
「それって、重要なの?」
私が代わりに尋ねると、
「義足をつけることで、今後活動量は増えるだろう。だが、活動量が増えれば当然筋肉量も増える。そうすると、増えた筋肉量に合わせて義足を微調整する必要がある」
確かに、この1ヶ月近く自宅療養していたんだから今は相当筋肉が落ちているだろう。
今の状態に合わせて義足を作ったんだから、筋肉量が回復すれば義足もサイズ調整しないとフィットしなくなる。
「義足のこまめな調整が必要な時期に馬を走らせ、その弾みで義足が外れてしまった場合、足の踏ん張りが利かず最悪落馬する」
「っ!」
トーマスさんが顔を強ばらせた。
「過去に、言いつけを守らず勝手に騎乗して走らせた愚か者がいてな。義足が外れたことで慌ててしまい、さらに足に力が入らず落馬した。一命は取り留めたが、首から下が麻痺してしまい、現在も寝たきりの状態だそうだ」
「うわ……」
それは何ともえげつないな。
聞いているトーマスさんも深刻な顔をしている。
「歩くことや走ることなどの日常の動作や、体力が問題ないのであれば馬に乗って歩くことまでは許可する。だが、馬に乗って走ることだけは断じて許さない」
「は、はいッ!」
「この程度の約束も守れないような人間に僕の義足をくれてやるつもりは毛頭ない。即座に鉄の塊に戻して、封魔石の材料に再利用する。そして、どれだけ懇願されようと、金を積まれようと、二度と君に義足は作らない。いいな?」
「分かりました!絶対に守ります!」
これ以上完璧に伸ばすことができないくらい背筋を正して、トーマスさんは返事をした。
「アタシもちゃんと見張ってるからさ、任せといて下さい!」
「そうそう、コイツのくそ真面目っぷりは折り紙付きでさぁ!」
マリーさんとダンカンさんも頼もしく後押しした。
そこへティム君との仲直りがすんだセインがこちらに近づいてきた。
「セイン先生ッ!」
するとトーマスさんとマリーさんが即座にセインの方を向いて、
「この度は息子が……本当に申し訳ありませんでしたッ!!」
と揃って頭を深く下げた。
「先生の封魔石のお陰で俺は死なずにすんだというのに、息子が恩を仇で返すようなことを言ってしまい、なんとお詫びすれば良いのか……ッ!」
「レンジ先生が言った通り、この子のせいでセイン先生が村に居られなくなるっていうのなら……あたし達が村を出ていくってのが筋なんです!ですからどうか、このままこの村に居続けてはもらえないでしょうか?!」
「ええっ?!」
トーマス夫妻の必死の謝罪と懇願にセインが慌てふためいた。
「ちょっ、どうか頭を上げてください!私は全然気にしてませんし、お二人が村を出ていく必要なんて全くないんですからね!」
セインに頭を下げ続ける両親の姿をティム君は呆然と眺めていた。
「君は良いご両親の元に産まれたな。親として息子の過ちを見過ごさず、しっかり責任を取ろうとしている」
レンジ君がティム君にそっと言った。
ティム君はレンジ君の横顔を見る。
「僕が偉そうに言えたことではないが、あの二人をあまり困らせないことだな」
「……うん」
ティム君が両親の元に行った後姿を私も静かに見送った。
「レンジ君、ありがとう」
「君に礼を言われる覚えはない。それに、この村の住人に僕の実力を示すいい機会となったしな」
「確かに」
「レンジ君が誠実で優しいことが、村のみんなには十分伝わったと思うよ」
「……ふん」
「あれぇ、もしかして照れてるの~?」
「……(ギロリ)」
「スミマセン、調子乗りました」
―――こうして、移住初日にしてレンジ君の有能っぷりが遺憾なく発揮され、セインに続き、レンジ君もこの村で『先生』と呼ばれることとなった。
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