Karte.50 トーマスの歩み、そして、望みが叶う
マリーさんとティム君に付き添われながら、トーマスさんは自分でドアを開けた。
久し振りに出るのか、日の光に目を細め、それからゆっくりと周りの景色を見渡した。
「あんた……」
マリーさんが心配そうに夫を見るが、
「大丈夫だ」
安心させるように微笑むと、ゆっくりドアの外に一歩を踏み出した。
レンジ君、私とセイン、ポールさんもその後ろを付いていく。
「……お、おいッ!」
「あれ……トーマスさんじゃないかい?!」
通りがかる村の人達が足を止め、次々と驚いた声を上げていく。
この村の人達は全員知っているのだ。
トーマスさんが大怪我を負い、左足を失ったことを。
その彼が。
杖もつかず、誰の肩も借りず、1人で堂々と歩いている。
―――黒光りする鉄の左足をつけて。
「トーマス!!」
大声で彼の名前を呼びながら、慌てたように走り寄ってくる人物がいた。
「ダンカンさんだ!」
「何者だ?」
「この村の大工の棟梁です」
レンジ君の質問にセインが答えた。
ダンカンさんはトーマスさんに近づくと、
「お前ッ、大丈夫なのかよ?!そ、それに……!その、左足……ッ!」
と信じられないものを見るように、義足を凝視した。
「心配かけて悪かった。ご覧の通り、もう一度歩くことができるようになったんだ。ここにいる、レンジ先生のお陰で……!」
「先生?」
レンジ君が困惑したように呟く。
「そうか……そうかッ!」
すると、
「良かったッ……本当にッ、良かった!」
ダンカンさんの目から突然涙が溢れてきた。
「ずっと、後悔してたんだ……!お前の足を切り落としちまったことを……!でも……そうでもしなきゃあ、お前の怪我を全然治せないって……どうしようもなくってよぉ……!」
(そうか……ダンカンさんが決断してくれたんだ)
クーリエであり、乗馬の名手であるトーマスさんの足を切り落とすなんて、仕方のないこととはいえ、いざやるとなったらとんでもない重圧だっただろう。
ダンカンさんは大工であり医療関係者じゃないんだから、尚更だ。
それでも、ダンカンさんは腹を括ってトーマスさんの左足を切断したのだ。
―――トーマスさんを救うために。
ダンカンさんは泣き笑いの顔で、
「それにしてもよぉ、何だよ!随分粋なモンつけやがって!前より、男振りが増したんじゃねえか?」
と義足を見ながらトーマスさんに言った。
トーマスさんも涙を流しながら、
「ハハッ!俺には妻も子供もいるっていうのに、今さら言い寄られても参ったな!」
と笑った。
「なに、調子に乗ったこと……言ってんのよッ……あんた、達はッ!」
マリーさんは何とか怒った声を出そうとしているが、嗚咽に消えてしまっている。
「お話し中のところ、そろそろいいか?」
レンジ君が静かに切り出した。
「無事外で歩くことはできたが、一番確認しなければならないことがある。一旦家に戻りたいのだが」
「確認したいことって?」
「忘れたのか?」
呆れた声でレンジ君がトーマスさんに言った。
「君はもう一度乗馬がしたいんだろう?今から馬に乗れるか試してみるんだ」
「ッ!!」
トーマスさんが途端に緊張した面持ちになった。
「心配はいらない。その様子なら一人で馬に跨ることくらい訳はないだろう」
―――と言う訳で、ついでにダンカンさんも加わり、トーマスさんの家まで戻った。
家の裏手には厩舎があり、そこでトーマスさんの栗毛色の愛馬がいた。
「ごめんな、ベガ!今まで放っておいてしまって……!」
怪我をしてから久しぶりの再会なのだろう、馬も嬉しそうにトーマスさんに顔を擦り付けた。
「今日は久々にお前に乗れるぞ!」
そう言いながら、慣れた手つきで厩舎からベガを連れ出し、鞍を置いた。
「言っておくが、今日は引き綱だけだ。奥方に馬を引いてもらってくれ」
とレンジ君は釘を刺した。
「確かに、1カ月近く家で療養していた人がいきなり一人で手綱を取るというのは危険ですね」
セインが頷いた。
「それに、君の体はまだ義足に慣れていない。今は久しぶりに外を歩いて気が高ぶっているのかもしれないが、無理は禁物だ」
とダメ押しした。
「分かりました」
トーマスさんは真面目な顔で頷き、
「マリー、頼む」
と自分の妻に頭を下げた。
「任しときなさい!」
マリーさんは自信たっぷりに頷いた。
「じゃあ……跨ります!」
トーマスさんは緊張しながらも、拍車に右足をかけ、両腕で自分の体を持ち上げ、勢いよく鞍に跨った。
鞍の上から一段と高くなった世界を、感極まった表情でじっくりと見渡す。
「は……はは……信じられない……!また、ここからの景色を見ることができる、なんてッ!」
左の義足も左側の拍車にしっかり乗せることができている。
「マリー、引いてくれ」
「はいよ!」
マリーさんはゆっくりと手綱を引くと、ベガも大人しくそれに従い、歩み始めた。
2人と1頭は家の周りに沿って、穏やかに、だがしっかり地面を踏みしめた。
「やったぁ!父ちゃんッ!」
ティム君が歓声を上げ母親と並んで歩く。
トーマスさんもにっこりと息子に笑顔を返した。
私達はただ黙って、その光景を静かに見守っていた。




