Karte.49
村に到着して間もなかったから封魔石に使う材料はまだ荷解きがされていなかったので、バレットさんに事情を説明し、トーマスさんの家の近くまで荷馬車ごと纏めて持ってきてもらうことができた。
「レンジ君、荷物持ってきてもらったよ!」
「ありがとうございます」
家に入ると、レンジ君がトーマスさんの前に跪いてなぜかトーマスさんの右足を熱心に観察していて、代わりにセインが声をかけてくれた。
「……何やってるの?」
あまりにも真剣に見ていて流石に邪魔できないことを悟り、セインにコソッと耳打ちした。
「右足を見て、骨格や筋肉の付き具合を参考にしているらしいんです」
「へえぇ」
その方面は全く疎いのでセイン達と一緒に大人しく見学することにした。
「君は魔法は使えるのか?」
観察しながらはレンジ君がトーマスさんに質問する。
「少しは……といっても、"ライト"で光を出すくらいです。それ以上の魔法は使えません」
「仕事中に、魔力操作で脚力を高める必要性は?」
「いや、専ら馬に乗って運搬することがほとんどなので、そんなことはまずないです」
「なるほど」
一通り確認し終わったのか、レンジ君は立ち上がった。
「魔法を使うとか、魔力操作をするとか、関係あるの?」
と質問すると、
「ああ。それによって、義足の強度や封魔石の魔鉱率を調整する必要がある」
レンジ君は自分の左の義手を見せた。
「この義手に使われている錬成の封魔石は全て魔鉱率70%。これまで僕が作った義手や義足の中でも最も高い」
「そう言えば、坑道でもそう言ってたね」
「非戦闘型の職業に従事している者であれば、せいぜい20%もあれば十分なことが多い。だが僕は魔物との戦闘も多かったし、魔法を使う機会も多い。だから魔鉱率を高くしないと義手が耐えられず、変形してしまうんだ」
「へえぇ。封魔石って義手を保護する効果もあるんだ」
「保護というよりも形態を維持する目的が強いな。だから、特に属性攻撃魔法を使用したり、魔力操作を必要とする戦闘型の職業の場合は、必然的に魔鉱率を高くする必要がある。30~40%と言ったところか」
それでも、レンジ君の義手の魔鉱率は異常に高すぎる。それはつまり、レンジ君の魔力が圧倒的に高いということなんだろう。
(精霊魔法使えちゃうくらいなんだから、まあ当たり前か)
「材料は外にあるんだよな?」
「うん」
レンジ君は一度外に出て、しばらくすると厚さ2㎝はあるだろう金属製の一抱えはある器のようなものを抱えて戻ってきた。中には小さな砂利のような魔鉱石の袋や、各種金属などなど。
「そんな器あったっけ?」
「錬成魔法で鉄の延べ棒を変形させただけだ。この器もしっかり利用させてもらう」
そして、ダイニングテーブルの上に材料と鉄の器を置く。
「では始めよう」
「は、始める、って……?」
トーマスさんが戸惑った声で聞く。
「決まっているだろう?君の義足作りだ」
フッと笑みを浮かべると、鉄の器に手を掲げ、
「土の精霊よ、我にご加護を。"アルケミル"」
すると、
ーーーユラリ。
器の縁が波打ったかと思うと、見る見るうちに平たくなっていく。
バウムクーヘンを切り分けたような、扇形だ。
厚さは3㎝はあるだろう。
「ええっ?!」
トーマスさんだけでなく、私とセイン以外は驚愕の表情を浮かべている。
私達は2回目だからそこまで驚かないが、それでも硬い金属が滑らかに形を変える光景から目を離すことができない。
平らになった台形の上に魔鉱石をサラサラとかけ、手を翳すと、魔鉱石一粒一粒が一斉に動き出す。
すると、上と下の弧の間に、まるで2本のアリの行列が並んでいるかのように、一寸の狂いなく整列したかと思うと、ゆっくりと鉄の中に沈んでいった。
「すっげえ……すっげえ!!」
ティム君は目をキラキラさせながら、この場にいる全員の気持ちを代弁してくれた。
「まだ出来上がっていないのだが」
レンジ君は苦笑すると、そのまま手を自分の肩まで上げていく。
すると、その動きにつられてまっ平らだった扇形も立ち上がっていき、金属板がクルッと筒状に丸められた。
つなぎ目は一切見当たらない。
「脛の部分は出来た。次は、足だな」
「は……はい」
トーマスさんは驚きすぎて、何とか返事をしているだけだ。
マリーさんやポールさんに至っては驚きのあまり目を見開いて固まっている。
それに構わず、レンジ君は淡々と作業を続けていく。
鉄の延べ棒をいくつか取り出すと、
「"アルケミル"」
と再び呪文を唱える。
すると、延べ棒はひとつの大きな塊となったかと思ったら、またその表面が盛り上がっていき、あっという間に棒らしきものが浮かび上がってきた。
棒は全部で15本。
太さも長さも全てバラバラだ。
だけど、それを見た瞬間、ハッとした。
(これ……足の指の骨じゃん!)
私は慌ててトーマスさんの右足を見る。
(まさか……右足の骨を模倣したの?この短時間で?!しかもいちいち形やサイズを確認することもなく?!)
スゴイ……を通り越して、最早、神の領域でしょ……。
そのまま踵の骨部分も浮かび上がっていき、見事鉄でできた足の骨格標本が出来上がった。
ただ、踵部分は本来、小さな骨がブロックのように組み合って出来ているが、この標本では全て一塊になっている。
「ここは本来7つの骨が組み合わさって構成されているが、この義足の場合、体重をかけたとき耐久性に不安が出てくる。一つにしてしまった方が都合がいいんだ」
と誰にいうでもなく話し始めた。
ひょっとしたら、ヒーラーのセインに説明したのかもしれない。
そんなセインも、さすがにトーマスさんの足の骨が再現されるとは思っていなかったのだろう、鉄の足標本をポカンと眺めているだけだ。
レンジ君は骨と骨の間や、関節の間に小さな鉄球を嵌めて繋げていく。
これで、可動性は保ったまま骨同士がバラバラにならないようにしているようだ。
そして先ほど作った脛と足の間も大きめの球体を嵌め込み連結させる。
ここまでの所要時間……5分足らず。
「あのぉ、質問してもよろしいでしょうか……?」
「何だ?」
邪魔してはいけないことは重々承知だが、どうしても気になってしまい恐る恐る手を挙げると、特に苛立った様子もなくレンジ君が応じてくれた。
「パッと見だと、関節同士に球体を嵌め込んだだけのように見えるんだけど、何でバラバラにならないの?」
と質問すると、
「はめ込むとき、骨の一部を棒のよう変形させ、球体の中を通しながら組み立てているからだ」
わざわざ別に用意してくれた鉄の球体と鉄のブロックで実演しながら、説明してくれた。
ブロックの一方の端が棒のように細く変形し、その棒が球体の中を糸が針穴を通るように動いているのだ。
球体の穴も、棒が進むと同時進行で開いていくようにしているんだとか。
「は、はあぁ……」
(いや芸が細か過ぎ、精密過ぎ、早業過ぎ!)
もう、ため息しか出ません。
「だが、当然これだけだと義足としてはあまりにも不安定だ。『本物の足』には遠く及ばない。そこで、錬成の封魔石を使って、自らの意思に則した動きができるようにする」
そう言うと、実演で使っていたブロックや鉄球を平たくし、その上に魔鉱石をかけていく。
かけた魔鉱石が先ほどのように鉄の中に沈んでいくと、鉄は自然と中心に集まっていき、最終的に3㎝程のきれいな球体が3個出来上がった。
レンジ君は3個の球体を手のひらに乗せ、
「今から火を出すから間違っても僕に近づかないでくれ」
わざわざティムに前置きすると、
「火の精霊よ、我にご加護を。”ファイア”」
すると、手のひらから炎が上がり、球体を燃やしていく。
(スゴい熱量……!)
炎の大きさは小さいが、その中心は白に近い黄色であり、かなりの高温で焼かれていることが分かる。
そして炎が小さくなっていくと、球体はネズミ色に変色した。
ガルナン首長国で何度も見かけた、魔法を込める前の封魔石だ。
「土の精霊よ、我にご加護を。”アルケミル”」
レンジ君が石に魔法を込める。
すると、石の色が変わり、地味なネズミ色から琥珀色に変化した。
錬成の封魔石の完成だ。
もし透き通っていたら、レンジ君の瞳の色と同じになっていただろう。
「魔鉱率は全て15%。これだけあれば、クーリエとして長距離を移動しても問題ないだろう」
レンジ君は錬成の封魔石を脛の前面と後面、と足首に当たる部分に嵌め込む。
「先ほど、この脛の部分に2筋魔鉱石を並べただろう?これで上部と下部の封魔石を連動させることができる」
と説明してくれた。
あれは導線みたいな役割らしい。
レンジ君は義足をトーマスさんの残った左膝の下に持っていく。
すると義足と膝の接触する部分がトーマスさんの残された膝にフィットするよう変形していく。
変形が終わると、ちょうど膝関節だけをむき出しにしたサポーターのような形に仕上がっていた。
「よし、まずは完成だ」
レンジ君が頷くと、
「封魔石の使い方は知っているな?”解放”と唱えれば、この義足は君の意のままに動いてくれる」
「は、はいッ……!」
トーマスさんは震える声で、
「”解放”」
と新しい足に向かって唱える。
封魔石は一瞬光ったが、光はすぐに消えた。
だが、
―――クイッ
「足がッ……!」
先程までブラブラと不安定だった骨格だけの足首が、上に曲がったり下に伸ばしたり、滑らかに、そして安定して動いている。
「そのままゆっくり立ち上がってみてくれ」
「は、はいッ!」
トーマスさんも力強く返事をすると、テーブルに手をつきながら慎重に立ち上がる。
ふらつくことなくしっかり立てていることを確認した上で、
「家の中を少し歩いてみてくれ。足先の骨格の動きを見たい」
「はいッ!」
もう一度力強く頷くと、ゆっくり、だけど力強くトーマスさんは義足で一歩を踏みだした。
「あ、アンタ……ッ!」
「父ちゃん……!」
マリーさんは口元を押さえ、目には涙がこみ上げてきている。
ティム君の顔も喜びで輝いていた。
それはそうだろう。
トーマスさんの左足が義足だとは思えないくらい、堂々とした歩みだったのだから。
「こ、これは……奇跡……なのでしょうか?」
ポールさんは信じられない光景の数々にすっかり唖然としていたが、トーマスさんの歩く姿に目を潤ませている。
「……そうかもしれませんね」
セインはゆっくりと頷き、
「レンジさんという天才にしか産み出すことができない……素晴らしい奇跡です」
「……そうだね」
私も感極まって首を縦に動かすのがやっとだ。
そんな中、唯一冷静なのはやっぱりレンジ君であり、
「動きは問題なさそうだ。一度座ってくれるか?」
とトーマスさんを椅子に促した。
トーマスさんは素直に座ると、レンジ君は余った鉄材を薄く変形させ、鉄の骨が剥き出しの足を、靴下のように覆わせた。
「足の骨格が剥き出しだと、砂や小石が挟まって破損の原因となる。今後はこの外殻で覆うようにする」
そして、
「ではこれで外を歩いてみよう」