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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.4 初めての手術、そして、帝王切開?!

「先生!先生!」


突然ドアを激しく叩く音。

一気に頭が冴える。


悲しいかな、当直に慣れた体は、緊急の呼び出しに非常に敏感だ。

急いで着替えてドアを開けると、ちょうどセインも部屋から出てきたところだった。


「村長さんの声ですね」

「うん」


お互いに短く確認し、診療所に向かった。


「先生!」

診療所のドアを開けると、案の定、村長のポールさんが立っていた。


温厚で眼鏡の似合う好々爺なのに、今夜は焦燥感が漂っている。

いつもは整えられたロマンスグレーの髪もボサボサだ。


「助けてください!娘が……アンナが!」

「分かりました。すぐに向かいましょう」


セインの声は相変わらず落ち着いている。

こういう時は本当に頼もしい。まだ夜も明けてない暗い道をポールさんの家に急行した。


「あっ、先生!助かったよ!あたしだけじゃ、手に負えなくてさ……!」


ポールさんに案内されるまま部屋に入ると、まず目に飛び込んできたのは、ベッドの上で荒い息を吐きながら苦悶の表情を浮かべるアンナさん。


そばには、不安な表情を浮かべた青年がアンナさんの手を握っている。

一度も会ったことはないと思うけど、あの人が夫なんだろう。


出迎えてくれたのは、この村唯一の産婆さん、ジュディさんだ。


「確か、今日あたりが予定日なんですよね?」

セインがベッドに近づきながらジュディさんに尋ねる。


「そうなんだよ。昨日の朝早くから陣痛が始まって、初産とは思えないくらい順調だったんだ。それなのに……あ、赤ん坊の頭が全然下りてこないんだよ!しかもさっきからダラダラ出血しているし!」


出血と聞いてセインの顔がひきつるが、その様子にジュディさんは全く気づかない。

それだけこの出産が緊急事態なんだろう。


「……弱りましたね」

セインは顎に手を当て考え込む。


「私は出産に立ち会った経験がほとんどありません。そんな状態で、果たしてお役に立てるか……」

「そんなこと言わないでさあ!いつもの治癒魔法で何とかならないのかい?!」

「そう言われましても……」


セインとジュディさんの問答にポールさんや旦那さんはオロオロするだけだ。


うーん、これはなかなか難しいな。


治癒魔法は怪我や病気を治す魔法だ。


確かに出産は女性の生死に関わることもあるけど、そもそも怪我や病気ではない。


出血もするけど、それはもちろんケガではない。


それを治癒魔法で何とかしろって言うのは、無茶ぶり以外の何者でもない。


チラッとアンナさんの方を見る。陣痛が規則的に続いているからだろう、痛みに耐えるように目をキツく閉じている。


呼吸も浅く、汗で額に前髪がへばりついている。


前世では魔法はなかったが、それに負けないくらい医学は日々進歩していったし、その進歩をサポートするための科学技術あった。


出産の時だって、超音波検査や心音計で胎内の様子をリアルタイムに映し出すことができていた。


だけど、この世界にはそういう情報収集手段がない。


(アイ、ちょっといい?)

頭の中で呼びかけると、

《何でしょう?ユーリ》

アイがすぐに反応した。


今までは呼びかけると、

《ユーリ・セトのログインを確認》

とか、

《コンサルトを確認》

などなど煩わしい一言がまず始めに飛び出していたので、こちらからその都度言って修正してもらった。


前世のポンコツAIよりよっぽど融通が利く。


(アイの能力で、胎児の様子や胎内の画像を見ることって、できない、かな?……なんて、思ったりして)


自分で言っておいて何だけど、だんだん尻すぼみしていた。


よく考えたら、そんな都合のいい能力あるわけが……


《あります》

あるんかい!


《ターヘルアナトミアAiには対象をスキャンする能力があります。それを使えば胎内の様子を透視し、画像データとして再構築する事ができます》

なにその素晴らしい能力!


(ち、ちなみに、それって胎児には影響ない?)

《問題ありません》


(そうなの?!)

《ターヘルアナトミアAiのスキャン能力は対象の魔力を感知し、魔力の流れから対象の構造を画像化するものだからです》


スゴイ!前世の科学負けちゃうじゃん!

それなら、今の胎内の状態を正確に把握できる!


(オッケー!そしたら、アンナさんの腹部をすぐにスキャンして!)

《了解しました。スキャン施行―――スキャン完了》

(はやっ!)

《スキャンしたデータを画像化します。ターヘルアナトミアAiのスクリーンモードを起動します》


目の前にいきなりデスクトップくらいの大きさのスクリーンが現れる。


「わっ!」

思わず声を上げると、


「どうしましたか?ユーリさん」

セインがこちらを振り向く。

ジュディさんも、

(なんだい、この娘は)

と明らかに不審者を見る目つきをしている。


「な、何でもないから!」

慌ててごまかし、改めてスクリーンの画像を見る。


(スゴイ……画像がすでに立体的に再構築されている)

さながら人体模型のようなのに、体の内部構造は驚くほど精密だ。


《画像の解析結果が出ました》

何も言っていないのにそこまでしてくれるなんて……アイ、できる奴だ!


《解析の結果、胎盤が子宮口を89%塞いでいる状態です》

(それって……!)


―――前置胎盤。


そもそも胎盤は母親から必要な栄養や酸素などを送るための臓器で、多くの場合子宮口から十分離れた子宮壁に形成される。


だけど、稀に胎盤が子宮口に近い位置や子宮口を塞いでしまう位置に形成されてしまうことがある。


それが前置胎盤だ。


特に今回のアンナさんみたいに、子宮口をほぼ完全に塞いでいる場合は普通に分娩なんてできる訳がなく、残った手段は


―――帝王切開術しかない。


(ど、どうする?!こんなところで開腹手術なんてできないし……そもそも麻酔もできないのに!)


それに私の元専門は消化器外科であって産婦人科じゃない。


研修医のときに数例経験させてもらった程度だし、しかもこんな異世界でやらなきゃいけないの?!


(ちょっ、アイ!何か、何かいい方法ないの?!あの胎盤の位置をずらしたり、消したりする魔法とか?!)


《ありません》

はい即答!


相変わらず潔い。でもこの緊急事態では逆に腹が立ってくる。

(じゃあ、どうするの?!ここでお腹開けて胎児取り出せっていうこと?麻酔もできないし、道具もないのに!)


声に出さずに食ってかかるって本当に難しい。

天井に向かって怒鳴り散らさない自分をほめてあげたいわ。


《帝王切開術は可能と考えられます》

「っ!」

思わず声が出そうになるのを、口に手を当てることで何とか堪える。


《まず麻酔についてですが、前世のユーリの記憶を検索した結果、脊髄に麻酔薬を投与することで腹部から下の神経を遮断し痛覚を感じさせない処置がありました。これは結界魔法で代用が可能です》


なんと……結界魔法でそんな使い方を思いつくなんて。アイ、なんて恐ろしい子……!


《次に道具についてですが》

(ウンウン!)

この調子でどんどん名案を出しちゃってください!


《残念ながら、ユーリの記憶にある手術道具は用意できません》

「っ!(っおい!)」

また口を手で抑えながら心の中で悪態をつく。


《ですが、止血や周囲の臓器を避ける方法としては、これも結界魔法が代用できると考えられます》


なるほど。


私が最初に結界魔法を使ったときを思い出す。


あのとき、魔法の障壁で出血を抑えるだけじゃなく、周囲の組織が障壁に押されて、腹部の風穴を通してベッドが見えてしまっていたっけ。


確かにこれなら止血しながら周囲の臓器を障壁で避けて、子宮に辿り着くことができる、かもしれない。


(じゃあ、道具は?)

《それについては、ユーリがいつも使用している採取した薬草を処理する道具で対応ができる可能性があります》


確かにあの中には長めのピンセットもあるし、ハサミもナイフもあるけど。


(でも、薬草切っているのは果物ナイフでしょ。それにあんな不潔なもので流石に手術をするのは、ちょっと……)


それに、万が一手術で胎児を取り出したとしても、どうやって傷を塞げば……


ハッと顔を上げれば、ジュディさんとあれこれ相談している青年が。


(セインに治してもらえばいいのか!)

《その通りです。そもそもこの手術は、治癒魔法を使用しなくては閉創ができません》

確かに!


《また、ユーリが懸念していた道具の汚染については、浄化魔法を使用すれば対処可能です》

(浄化、魔法……)


《浄化魔法を使用すれば、薬草採取用の道具でも体内に使用して問題ないほど、清潔にすることができます》


私はもう一度セインの方を凝視した。

ここまでで帝王切開術ができる段取りができてしまった。

あとはセインが協力してくれるか、なんだけど。


(そもそも、この世界に『手術』っていう概念あるの?)

《ありません》


またしても即答。まあ薄々感づいてはいた。


治癒魔法なんて超便利な魔法があれば、手術なんて、わざわざ体を傷つけて、しかも傷が残るような治療をしようなんて考えないからね。


《なので、妊娠出産は女性の死亡率が最も高いと言われています。もともとヒーラーが関与する機会も滅多になく、救命が間に合わないことが圧倒的に多いのです》


そういえば、前世でも若い女性の死亡率No.1は出産だったな。

どこの世界でも出産は命がけってことか。


改めてベッドに横たわるアンナさんを見た。

苦悶の表情は変わらず、むしろ顔色が悪くなっている気がする。


このまま無理して自然分娩を続ければ、いつか大量出血してしまうだろう。


そうなると母子ともに命を落とす危険が高い。


正直帝王切開術をする自信はないし、ぶっつけ本番でやるには不安要素が多すぎる。


でも、

(私はどうすればアンナさんを助けられるか知っている。そしてこのまま野放しにすればどうなるかも)

見捨てることなんて絶対にできない。


「あぁもう、いったいどうすりゃいいんだい!」


ジュディさんの嘆き声が部屋に響き、セインも難しい顔をして考え込んでいる。


一つ息を吐き、セインの方にゆっくり近づいた。

「セイン、相談があるんだけど」

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