Karte.47 出張中の悲劇、そして、天才ドワーフ始動
驚いて声の出どころを見ると、一人の少年が立っていた。
「ティム!どうしたんだ、一体?!」
ポールさんも目を丸くする。
確か年の頃は8歳だったか。
この近くの小川でよく釣りをしている、元気な男の子だ。
その元気な少年が、今は全身で怒りを露にしてセインに喰ってかかっている。
「何がヒーラーだよ!肝心な時に居てくれないなんてッ!だから……だから、オレの……父ちゃんがッ!」
いきなりセインに向かって怒鳴ってきたと思ったら、最後まで言葉を続けられず、今度はポロポロ涙を流し始めた。
セインは何が何だか分からず、
「ティ、ティム君?いったい、どうしたんですか?」
とオロオロしながらも宥めようとしている。
「ティム!あんたは、先生に向かってなんてこと言うの!」
すると、今度は1人の女性が子供に走り寄ってきた。
「あれ、『憩いの木馬亭』のマリーさんだ」
この村にある唯一の宿屋には酒場も併設されている。
その酒場の名前が『憩いの木馬亭』だ。
私も今ではすっかり常連となってしまっている。
そして、セインを怒鳴りつけてきた男の子、ティムの母親が、酒場の店員の1人であるマリーさんだ。
「あの、何かあったんですか?」
ポールさんに尋ねると、
「実は……」
ポールさんが躊躇いながらも教えてくれた。
「セイン先生達が旅立たれてから1週間後くらいでしょうか。あの子の父親であるトーマスが崖から落ちて大怪我を負いまして」
「えっ!」
セインが驚きの声を上げた。
実は私、トーマスさんと面識がない。
彼は仕事柄村を離れていることが多く、タイミングが合わないのか、この村に住んでから私は一度も会ったことがないのだ。
「ご心配なく!先生が備えのために置いてくれた治癒の封魔石のお陰で、一命は取り留めましたよ!まあ、村人総出で魔力を込めましたので、翌日は全員フラフラでしたが」
ポールさんは慌ててフォローした。
「ただ……彼の左膝から下の損傷が特に激しく、我々ではどうにもできないと判断せざるを得ず……苦渋の決断でしたが、膝から下を切断することにしました」
「ッ!」
「そんな……!」
「誤解しないで頂きたいのは、治癒の封魔石がなければトーマスは足どころか命すら危ない状態でした。そのことは、本人も、妻であるマリーも、良く分かってくれております。ただ、ティムにはどうにも受け入れがたい結果となってしまいまして……」
ポールさんが悲し気に、母親に怒られているティムの方を見る。
「……トーマスはクーリエで、しかもこの村では一番の乗馬の名手でした。仕事ぶりも真面目で、彼が運ぶ荷物には破損もなく、いかに丁重に運んでくれているかが窺えました。ティムはそんな父親にいつも憧れていたので」
クーリエとは、前世で言うところの郵便屋さんだ。
この世界には精霊と魔法は存在するが、前世のような極めて高度な情報伝達網は築かれていない。
そのため手紙や荷物などを離れた村や地域に運ぶための組織が存在する。
それに従事しているのが、クーリエだ。
トーマスさんはクーリエとしてあちこちの村や、場合によっては王都にも配達に行くことがあるらしく、そのため今まで出会う機会がなかったのだ。
「クーリエにとって片足が無くなってしまうことは致命的です。彼が再び馬に乗ることも叶わないでしょうね」
ポールさんの言う通りだ。
長距離を移動しなければならないクーリエにとって、片足を失うということは、職を失うことも同然だ。
救命を最優先しなければならなかっとはいえ、本人や家族にとっては非常に辛い結果となっただろう。
だからティム君は、セインに八つ当たりしてしまったのだ。
『もし、ここにセインがいてくれたら……!』
どうにもならない現実を受け止めるには、彼は子供だったのだ。
「セイン先生はちゃんと自分がいないときのことも考えてくれてたのよ!村の人達だって、父ちゃんを助けるために必死になってくれた!そのお陰で父ちゃんは死ななくて済んだっていうのに、人様の厚意にケチつけるなんて……アタシはアンタをそんな恩知らずに育てた覚えはないよッ!」
「ッ!」
それでもマリーさんは、セインや村の人達に責任転嫁することなく息子を気丈に諭し、セインの前に息子を引っ張っていった。
「先生、ウチの子が本当に失礼なことを言って……本当にごめんなさい!」
セインに頭を下げ、ティム君の頭も同じように無理やり下げさせる。
「ほら、先生にちゃんと謝んなさい!」
「……」
ティム君は何も言わずに下唇を噛んでいる。
(……似ている)
その時思い出したのは、ガルナン首長国で聞いたウィルさんの昔話だ。
当時ドラゴンが坑道で暴れて多くの死傷者が出てしまい、治癒の封魔石で確実に救命するために、損傷が激しく完治が難しい腕や足を致し方なく切断せざるを得なかった、という内容だ。
そして、足を失ったウィルさんを再び歩けるようにしてくれたのが―――
「なるほど」
ここで、ずっと静観していたレンジ君が声を上げた。
「ティム、と言ったな。君はどうすれば満足できるんだ?」
「えっ?」
初対面の人物に質問され、ティム君がきょとんとした顔をした。
「父親が再び二本の足で歩けるようになればいいのか?馬に乗ることができるようになればいいのか?」
レンジ君の冷静だが容赦ない追及に、ティム君はあからさまにたじろいだ。
「そ、それはっ」
「な、なんなの、アンタ!そんなこと無理だって、この子だって分かって」
「申し訳ないが、僕は彼に聞いているんだ。貴女は口を挟まないで頂きたい」
マリーさんの言葉を遮り、
「どうなんだ?」
改めてティム君に問いただした。
「オ、オレだって……分かってるよ。どうしようもないんだ、って……だけど……だけどッ!」
いよいよ我慢できなかったのか、声を上げて泣き出した。
「オレは……父ちゃんに、もう一度馬に乗って、走って、欲しいんだ、よ……ッ!」
マリーさんも息子につられないよう、口元を手で押さえて目を真っ赤にしている。
少年の悲痛な願いに、
「了解した。早速、君の父君に会わせてもらおう」
レンジ君はあっさり頷いた。
「レンジ君……!」
「よろしいんですか?!」
私とセインの期待がこもった眼差しに、稀代の天才ドワーフは余裕の笑みで答えた。
「人間の義足を作るのは初めてだが……まあ、これも経験だな」
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