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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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魔物との遭遇率アップ、そして、ユーリの想い

ガルナン首長国からの帰り道はそれはそれは平穏そのもの……という訳にはいかなかった。


行きでも遭遇したワイルド・ウルフは出てくるわ。


ハンマー・ボアなんていう鼻がトンカチみたいに大きく突き出た、馬と同じくらい大きいイノシシみたいな魔物も出てくるわ。


おまけにゴブリンなんていう、何とも(おぞ)ましい小人みたいな魔物まで出てきて。


それこそ毎日のように、何かしらが突然襲いかかってきたのだ。


それでも、怪我人もほとんど出ず、荷馬車には傷一つ付くことはなかった。


理由は主に2つだろう。


1つ目は、私も魔法を扱うことに体が慣れたためか、かなりいいタイミングで結界魔法を発動させることが出きるようになった。


ドラゴンとの戦いで得た経験値だろう。


カーラさんだけでなくみんなにも誉めてもらったしね。


そして、2つ目……というよりこれが一番大きいんだろうけど。


「"アース・ニードル"!」


地面から生えたトゲがゴブリン達を一瞬で串刺しにする。


坑道でも見慣れた土の属性攻撃魔法だ。


呪文を唱えるのはもちろん、


「レンジ君、つよっ!」


涼しい顔で次々と出現する魔物を片っ端から制圧している見目麗しいドワーフのお陰だ。


「鮮やかなものですねえ……私の出番がほとんどなくて本当に良いことです」


セインも感嘆の溜め息を漏らしていた。


確かに、これだけ魔物が出現しているというのに治癒魔法を使う必要がないということは、怪我人が出ていないということだ。


「いやはや、見事なものですなあ」


初めのうちこそ敬遠していたバレットさん達も、レンジ君の目覚ましい活躍にすっかり脱帽していた。


カーラさん率いる兵士達も、率先して魔物と戦ってくれるだけでなく、武器の手入れまでも快く引き受けてくれるレンジ君にしきりに感謝しているし、バレットさんはレンジ君の封魔石の造詣が深いことに感心していた。


魔鉱石錬成研究所の副所長なんだから当然ちゃあ当然なんだけど。


「あれほど優秀な太子を手放すなど、ガルナン首長国はどういう損得勘定をしたのでしょうか。正直、他の王族を失脚させてでも彼をあの国に残した方が、よほど国益になったと思うのですが」


「あぁ、私もそれは思いました」


「レンジ殿!今からでも遅くはない!是非とも我がルーベルト伯邸に来てはもらえないだろうか!」


カーラさんは毎日のようにレンジ君を引き抜こうと熱烈に誘っているが、


「過分なお誘い大変有り難いのですが、謹んで辞退させて頂きます」


レンジ君は毎回丁重に辞退していた。



「それにしても、何でこんなに魔物と遭遇するだろうね?行きは、ワイルド・ウルフとスライムしか見なかったっていうのに。」


エヴァミュエル王国の国境まで後少しの距離まで進み、明後日にはフラノ村に到着するというその日の晩、私、セイン、レンジ君で焚き火を囲みながら団欒していた。


「恐らく、ドラゴンが出現したことが大きいんだろうな」


お茶を啜りながらレンジ君が答えた。


「ですが、ドラゴンは地上に出る前に倒しましたよね?」


セインが言うと、


「ドラゴンの地形変化の力が広範囲に伝わったのだろう。魔物たちは僕達より環境の変化に非常に敏感だ。しかも、ドラゴンという自分達よりはるかに強い魔物の気配も感じ取ったのだろう。だから、ガルナン首長国から出来るだけ離れようとしていて、その最中に僕達と遭遇しているのだろう」


レンジ君が思い出すように遠い目をする。


「7年前もそうだったからな。ドラゴンを追い返したと思ったら、今度はドラゴンの気配に殺気立った魔物たちがあちこちの坑道や山脈で騒ぎ出して、その対応にも追われていた」


「それも、あの騎士団長からの命令だったの?」


「まあ、そうだな」


「カーラさんも言ってたけど、何でレンジ君が騎士団の任務にも引っ張り出されてたの?いくら魔法の天才だからって、研究者なんだから、お門違いも甚だしいでしょ」


「簡単に言えば、嫌がらせだろうな」


「え゛っ?」


「昔から面倒事はよく押しつけられていたし、僕がそれをそつなくこなしているのも気に食わなかったんだろう。騎士団長殿下からの風当たりは特に酷かったからな」


それで研究職なのに魔物退治もレベルアップしちゃったってこと?


それにしても、そんな無茶ぶりが許されるわけ?


セインもそう思ったのか、


「その、嫌がらせにしては度が過ぎるのではないでしょうか?レンジさんは戦いの専門家ではないのに、下手すると命に関わりますよね?」


「ホント、それね」


セインに同意すると、


「……拒否権など僕には認められなかった。この容姿で産まれたときから、ずっとな」


「ッ!」


「周りの何倍も努力しなければ人並みにも認めてもらえない。『できない』と口にした時点で、『これだから出来損ないは』と嘲笑される。それが僕のこれまでの人生だ」


(そんな……)


そんな悲しい話を、なんで―――なんで、何てこともないようにできるの?


「何より、太子としてあの国を守る義務が僕にはあった。だから例え嫌がらせであったとしても


「いや酷すぎでしょ!レンジ君の実力と責任感を利用することしかできない小物の分際で!」


もう聞いてて腹が立ちすぎて、思いっきり話を遮ってしまった。


レンジ君は目を丸くして私を見る。


「王族だか騎士団長だか知らないけど、そんな性根の腐ったヤツなんてレンジ君の足元にも及ばないわ!部下から見放されて当然よ!あんな奴、こっちから願い下げだっていうの!」


「ユーリさん、その気持ちはとっても分かりますけど!流石にご家族のことをそれ以上悪く言うのは……!」


「あっ……!」


セインに窘められ慌てて口を塞ぐ。


「フッ……ハハハハッ!」


レンジ君は心底愉快そうに笑い声を上げた。


「いいんだ、セイン。彼女の言う通りなんだ。だからこそ、こうして太子を返上させて頂いた訳だしな」


そう言いながら、レンジ君は楽しそうにお茶を口に含んだ。


(ひょっとして……ずっと前から思っていたのかな。太子を辞めること)


本来であれば一番敬われるべき立場にいながら、ドワーフとは似ても似つかない容姿のせいで周囲から見下され続ける。


そんな状況で、よく60年近くもあの国のために忠実に尽くし続けてきたものだ。


私だったら1日も保たずにブチ切れて国外逃亡しているかもしれない。


(本当に忍耐強くて、誰よりも誠実な人……)


だからこそ私も、ずっと気になっていたことを伝えた方がいいと思ったのだ。


あの日、ガルナン首長国を出立した時に、『私達に協力してくれる』と申し出てくれた真意の答えを。


「あのさ、レンジ君」


「なんだ」


「私達に協力してくれるってレンジ君は言っていたけど、その……これ以上自分を犠牲にするような生き方をしなくていいんだからね?」


「……え?」


レンジ君は虚を突かれたように私を見た。


「レンジ君は責任感が強いし、いかにも義理堅そうだから。黒死病を治療したことに恩を感じてくれているだけじゃなくて、あの坑道で私達が危ない目にあった事に罪悪感を持っていて、それで私達のそばにいてくれようとしているんじゃないかなって思って」


坑道の中でも外でも、私達を巻き込んでしまったことを一番謝ってくれたのはレンジ君だけだった。


だから、太子でなくなった今でも私達を気にかけてくれていたとしても不思議ではない。


「だけど、黒死病を発症したことも、坑道に閉じ込められたことも、レンジ君のせいじゃないから。だから、レンジ君が必要以上に責任を感じることはないし、むしろ、レンジ君は太子として国を守るために命をかけて戦ったんだから、十分すぎるほど責任を果たしたと思う」


「ユーリ……」


「太子を辞めるなんて大層なことなんだろうけど、裏を返せばレンジ君にはもう何の(しがらみ)もないんだから、これからは自由に生きていいんじゃない?辺境伯邸で優雅に暮らしてもいいと思うし、もちろん私達とフラノ村で暮らしたいと思ってくれるならとても嬉しいし、心強いけどね」


レンジ君がフラノ村に住んでくれれば、錬成魔法でいつでも欲しい器具をすぐに作ってもらえてとても便利だろう。


でもそれ以前に、私は医者だ。


治療に関わった患者の恩に漬け込むような真似は許されないし、苦痛から解放され思いのまま人生を歩もうとする背中を、快く送り出す義務がある。


「せっかく黒死病から生還したんだから、私達のことは気にせず、これからは自分のために楽しく生きて欲しいなって。もしそれでも恩を返したいって言ってくれるのなら―――レンジ君がこれからの人生をより良いものにして、幸せに生きてくれることかな。それは私達の仕事が正しかったことの証明にもなるから……って!」


呆然と私を見続けるレンジ君の顔にハッと我に返った。


(私は何偉そうにペラペラと!見た目は美少年でも、相手ははるかに年上の人だっていうのに!)


一気に顔に熱が上がっていく。


「ま、まあとにかく、そういうことだから!私、先に寝るね!おやすみ!」


「それじゃあ私も、そろそろ寝ましょう」


慌てふためきながらその場を後にする私に続き、セインもゆっくりと立ち上がる。


「レンジさんは、どうされますか?」


セインが尋ねると、


「僕は……もう少し起きている」


お茶が入っていたコップを見つめながらレンジ君は静かに言った。


「おやすみなさい」


「……ああ」



「セイン、どうしよう!あんな上から目線で言いまくっちゃって!私、明日からどんな顔すればいいの?!」


「落ち着いてください、ユーリさん。いつも通りで大丈夫ですから」


「いつも通りって言ったって……!」


「ええ、いつも通りでいいんですよ。だって私は、今とても誇らしく思っていますから」


「えっ?」


「流石は私の自慢の助手だな、って」


「それ……答えになってなくない?」

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