Karte.41 旅立ちの朝、そして、アイツは今
ガルナン首長国出発の日。
私達は夜が明けて間もない早朝に、バレットさん率いる行商団と合流した。
場所はこの国に初めて入ってきた、あのエレベーターのように上下に動く広場だ。
(そう言えば、昨日の夜に送別会をしてくれるって言ってたけど、どうなったのかな)
結局、ウィルさんを始めとした研究員の人達とはお別れの挨拶をすることも出来ず出立することになってしまった。
(それも仕方がないよね。最終日があんな濃厚でサバイバルな1日だったんだから)
「今回はとんだ災難に見舞われたようで、本当に無事で何よりでした」
と久しぶりに再会したバレットさんにも随分同情されてしまった。
「しかし、たった1カ月で新しい封魔石を開発し、しかも商品化できる段階にまで進めるなど、本当に素晴らしい。私も試供品を1個頂いて昨夜使ってみましたが、いやはや本当に便利ですな!旅で汚れた服があっという間に新品同様にキレイになったのですから!これは、絶対に売れますよ!」
「バレットさんにお墨付きを頂けると安心します」
どうやら私がこの1カ月で作り続けた大量の浄化の封魔石は無事バレットさん達の手に渡ったようで、行商団は私達をフラノ村に送りがてら、そのまま王都に向かうらしい。
その途中でも貴族や他の商人にお披露目していくんだとか。
予想以上に封魔石を多く準備できていたことに、バレットさんはホクホクしている。
そして、今回の旅路では新たなメンバーが加わることになっている。
「え、えーと?レ、レンジ……大明神様は、私達と同じ馬車で、よろしいのでしょうか……?」
「なんだその訳の分からない呼び方は」
呆れた表情を浮かべても、なおその気品と造形美が損なわれない。
御年57歳の美少年(?)はため息を吐きながら、
「君の好きに呼んでくれて構わないから、もう少し自然に振舞ってくれ。ただでさえ君は挙動不審なのだから」
「ひどっ!そんなこと言うなら、もうレンジ君って呼び続けるから!」
「好きにしろ」
レンジ君は心底どうでもよさそうに答えた。
「えーと、レンジ……さん。馬車に載せる荷物はこれだけでよろしいでしょうか?」
セインが遠慮がちに訊ねてきた。ずっと王族として敬ってきたから、今さら普通に呼びかけるのに抵抗感があるようだ。
「ああ、そうだ」
「そのまま移住するっていうのに、随分荷物が少ないんじゃない?」
荷台を覗くと、私達の滞在用の荷物以外には、金属製の四角い箱が2つだけ。
それも私が両手で余裕で抱えることができるくらいの大きさだ。
正直、私達の荷物と大して変わらない量だ。
「封魔石を作る道具と着替えが数着あれば問題ないし、そこまで思い入れのある物もない」
「え、でも50年以上生きているんだから、贈り物とか、思い出の品物とか、色々あるんじゃないの?」
「そもそも贈り物をもらったことがないな」
サラッとレンジ君は答えるが、
(…とんでもない地雷を踏んでしまった気がする)
と一人戦々恐々としてしまった。
ちなみに、バレットさん達もレンジ君が同行することにメチャクチャ恐縮していたが、そこはカーラさんがうまく説明してくれた。
「では、そろそろ出発しようか」
カーラさんの号令とともに、私達一行は広場で上に上がっていった。
(今度は下りのエスカレーターなんだから、本当に便利だよねぇ)
これで斜面を直行で降りているとは思えないほど快適だ。
荷馬車の中で、今回の滞在で手に入れたドラゴンの卵を撫でる余裕もあるというものだ。
(ん?そう言えば、何か忘れていたような……?)
やだな、まさか忘れ物?
でも『モノ』っていう感じじゃなくて……とドラゴンの卵をジッと見つめて、
「ああっ!」
「ッいきなりなんだ、突然?!」
「どうしました?!」
私の突拍子もない大声に、レンジ君とセインがギョッとこちらに顔を向けた。
ちなみに、セインは御者台、レンジ君は私と一緒に荷馬車の中で座っていた。
「ひょっとして、何か忘れ物ですか?」
「あ、ご、ごめん!忘れ物っていうか、存在を忘れてたっていうか……!」
「いったい何の話だ?」
「ゲイルのことよ!」
そう、さっきまで頭に引っかかっていた存在
―――あの坑道の入り口に隠れていた、元所長の存在だ!
「レンジ君の話の方が重要だったから、岩陰に隠れていた人のことすっかり忘れてたわ!」
「そう言えば……私達もあのまま宿に帰ったきりでしたからね!」
セインも思い出したように声を上げた。
「ゲイルのことであれば、問題ない。騎士団が速やかに彼を連行していった」
レンジ君が落ち着きを取り戻して答えた。
「最も、今回の騒動で大分心が病んでしまったみたいでな。今度は牢屋から出ることを極端に嫌がっているらしい。取り調べも牢屋でしているくらいだそうだ」
「そうなんですか」
「恐らく、外に出たら最後ドラゴンに喰われてしまうと思っているのかもしれん」
レンジ君は少し遠い目をした。
「正直あの男には大分手を焼かされた。そのことは否定しない。だが、最後にああいう姿を見てしまうと……何ともやるせないものを感じるな」
(確かに、あれだけ偉そうに振舞っていたヤツがあんな風に縮こまっているとね)
自分の母親から世話を押し付けられた厄介者だったとはいえ、私よりも遥かに長い付き合いだったレンジ君からすれば、あの変わり果てた末路には応えるものがあったのだろう。
「きっと……大丈夫だと思いますよ」
セインを見ると、穏やかに微笑んでいた。
「ドラゴンに遭遇してもなお生き残ることができたんですから。生きてさえいれば、時間がきっと彼を治してくれますよ」
「そう……だな」
レンジ君も吹っ切れたように微笑んだ。
(生きてさえいれば、か……)
膝に乗っているファイアドラゴンの忘れ形見がズッシリと存在感を訴えている。
(上手く孵化できるか分からないけど、君も母親の分まで頑張りなさいよ)
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