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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜
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Karte.39

「なッ?!」

「そ、そんな……!」


周囲の動揺、呆然とする声が次々と上がる中、レンジ副所長は構わず続けた。


「僭越ながら、私も魔鉱石錬成研究所の副所長を任されている身です。封魔石の作成であれば私一人でも十分担うことができます。これであれば、ヒーラーを派遣することなく、貴国で治癒の封魔石を作成し続けることができます」


「なるほど」


カーラさんが納得したように頷く。


「当然我が国では治癒の封魔石を作ることはできなくなりますが、封魔石にかかせない魔鉱石はガルナン首長国から輸入する必要はあります。完全な国交断絶よりかは両国のわだかまりは少なくなるかと考えられます」


(ふえぇ、本当に凄いなこの人。外交もできるのか)


何というか、封魔石作成よりもこの人がいなくなる方がこの国にとって痛手なんじゃないのかな。


「……とんでもない切れ者ですね、レンジ副所長は」

セインがコソッと耳打ちしてきた。


「ねっ、ガルナン首長国とエヴァミュエル王国との外交回復のためにここまで手を尽くそうとするなんて」


「それもそうなんですが、この申し出ならカーラさんが了承すると分かった上でお話ししているんだと思います」


「どういうこと?」


「要は、ガルナン首長国が担っていた封魔石の輸出を今後はエヴァミュエル王国でも行うことが出来るというわけです。そのためにはもちろん魔鉱石は必須ですが、今回の件は確実にガルナン首長国側に非があるので、相場よりもかなり安い価格で買い叩かれる可能性が高いでしょう。レンジ副所長は、治癒の封魔石の重要性を説くのと同時に、今後王国側が得られるだろう利益について説明しているわけです。そして、伯爵令嬢であると同時に、日頃から商人と共に行動しているカーラさんがこんなウマい話をみすみす逃す訳がない」


(レンジ副所長……なんて恐ろしい子!)


これだけ交渉が上手なら研究所の副所長じゃなくて大臣とかになればいいのに!


案の定カーラさんは、

「貴殿の申し出はこちらにとっても申し分のないものだ」

と納得したように言った。


「ですが、本当によろしいのですか?一度王族の地位を捨ててしまえば簡単には戻れないでしょうし、両国間の信頼関係が回復するまでは我が国に尽力していただくことになるが、それもいつまでかかるかわからない。その御覚悟はございますか?」


要は『ガルナン首長国には死ぬまで戻れないかもしれないが、それでもいいか?』ということだ。


それに対し、レンジ副所長は胸に手を当て、


「重々承知の上です。それだけ罪深いことを我々は犯したのですから。微力ではございますが、貴国のために身命を賭してお仕え致します」


頭を下げて応えた。


「いやあ、良かった!これで両国の憂いも払えるというもの!これは本当に出来損ないの愚弟ではありますが、存分に使ってやって頂きたい!」


(コイツ、本当に終わってるな)


その場にいた全員が、破顔して一人盛り上がっている騎士団長を冷ややかな目で見ていた。


「そんな……嘘だろッ?!」

「レンジ殿下……ッ!」


命を救われた坑夫達はあまりのショックに涙が零している者もいる。


そりゃそうだ。


この国のために太子の地位を捨て他国へ無期限に送り出されるんだから、彼らから見れば、追放されているように映るんだろう。


そして、諸悪の根源のくせに責任を取るどころか、遂に謝罪の1つもしなかった騎士団長に対する眼差しの凄まじいことと言ったら……。


(ホント、この国どうなるんだろうね)


明日にはもう帰国するから私には関係ないけど、レンジ副所長が去った後が何だか怖い。


「セイン殿、ユーリさん」

カーラさんが此方に向かい、


「私はレンジ殿とこれから宮殿で首長陛下と謁見するが、あなた方からも話を聞く必要があるかもしれない。後ほど宿屋に伺うから、しばらくの間休憩してくれ。私の部下がお送りしよう」


「分かりました」


「レンジ副所長は大丈夫なんですが?私達の中で一番お疲れですよね?」


騎士団、カーラさんと同行するレンジ副所長に声をかけると、一瞬目を見開くが、


「僕は大丈夫だ。君のほうこそゆっくり休んでくれ」

と穏やかに微笑み返されてしまった。


(ウッ……眩しすぎて、目が!)

「どう、しましたか?」

「う、ううん!何でもないから!」


いけない、またセインに怪訝な顔をされてしまった。


疲れで気が触れたと思われないうちに、宿屋に送ってもらうことにしよう。



―――コンコンッ。

「……う~ん?」


ドアがノックされる音に意識が浮上する。

こういう時、当直に慣れた体というのは便利だ。


宿屋に到着し部屋の中に入った所までは覚えている。


だけど、坑道で拾ってきた卵を机に置いて、どうやってベッドに入り込むことができたのかが全く分からない。


(当たり前だけど、私、想像以上に疲れてたのね)


半開きの目から窓の外を見ると、山の端がほんのり赤く染まっているだけで、もう夜に近い時間帯だ。


―――コンコンッ。


「ユーリさん?今よろしいですか?」

ドアの外からセインの呼ぶ声が聞こえてくる。


「ふぁ~い。今開けまーす」

欠伸混じりにドアを開けると、


「起こしてすみません。カーラさん達が今戻られたんです」

セインが申し訳なさそうに立っていた。


「ううん、大丈夫。セインも起こされたの?」


「私は少し前に起きて、食堂で飲み物を頂いていたんです。その時にお会いしまして。」


「そっか。じゃあ、急いで支度するから」


「ゆっくりで大丈夫ですよ。カーラさんには既に今回のことについて話してありますから」


「ありがとう」


セインが話してくれているのであれば私から追加で言うことはないだろう。


簡単に髪の毛を梳かし、顔を軽く洗って、急いで階下に降りて行った。


「お待たせしました……って、レンジ副所長も?!」


食堂の奥のテーブルでお茶を飲んでいたのは、セインとカーラさん、そしてレンジ副所長だった。


「疲れているだろうに呼び出してすまなかった。予想より早く話がついたので、そのままこちらに伺ったんだ」


空いている席に座るとカーラさんが話し始めた。


「話というのは?」

セインが質問すると、


「僕の太子の地位返上と王族離脱、エヴァミュエル王国への無期限出向、そしてガルナン首長国とエヴァミュエル王国との魔鉱石の取引価格について、だ」


お茶の香りを優雅に楽しみながらレンジ副所長が代わりに答えた。

(こういう何気ない仕草が絵になるよなあ、この人は)


そういう私は猫舌なので、ひたすら息を吹きかけながらお茶が冷めるのを待っている。


「でもたった数時間でよくそこまで話がつきましたね」

セインが感心すると、


「そうか?もともと僕はあの方達とは折り合いが悪かったから、僕が太子を返上することをあっさり了承されたし、僕がエヴァミュエル王国に出向して大事にならないのであればむしろ喜んで送り出すと、引っ越し費用まで弾んで頂けたよ」


澄ました顔をしているけど、その背景には昼ドラチックなドロドロした家庭環境だったのではないかと勝手に推し量ってみる。


「一番時間がかかった魔鉱石の取引価格についても、こちらにとってかなりの好条件で成立させてもらった。値段の交渉についてはバレット氏にも同席していただいたのだが」


聞けば、輸送費込みで相場の半分程度まで値切ることができたんだから破格の取引だっただろう。


「まあこれくらいはしてもらわなければ困る。セイン殿にも事実確認したが、第2太子自らが我が国の技能者を手にかけようとしたも同然なのだ。もちろん、このような暴挙をするような国に技能者を派遣することなど言語同断。国交断絶されるよりかは遥かにマシだろう」


「それに魔鉱石の価格決めなどよりも厄介な問題が起こっているからな、あちらでは」


「厄介な問題?」


ようやく冷めたお茶を啜りながら尋ねると、レンジ副所長がチラリとカーラさんと目を合わせ、


「グスタフ騎士団長殿下の罷免要請が出ているんだ……それも、騎士団の兵士全員から」


「ええっ!」

「それはまた……!」

セインと一緒に驚きの声を上げる。


「7年前もそうだが、今回のドラゴン討伐を僕が達成したことで、流石に見限られたらしい。今回の騒動についても、誰一人騎士団長殿下に忖度せずありのままを証言したそうだ」


「よって、あなた達が改めて宮殿から呼び出されて、事実確認の証言をする必要はなくなった訳だ。というより、それを聞く余裕もなさそうだったな」


カーラさんが遠い目をする。


「なにせ、大半の兵士が騎士団長殿下が辞職するまで自主的に自宅謹慎する事にしたそうだ。かろうじて宮殿に残った兵士も、騎士団長殿下の命令には自主的に従わないとのことだ」


要は騎士団でストライキ起こしている訳だ。

この国の国防はいよいよヤバいな。


「まあ決定打だったのは、カーラ殿の発言だったそうだが」

レンジ副所長がため息混じりに言った。


「カーラさんの発言?」


「『ドラゴン討伐を担うのは騎士団長であるべきにもかかわらず、騎士団でない者にドラゴン討伐を命じたのはなぜなのか?』この疑問の意味を考えた上での結論が罷免要請なんだそうだ」


「何というか、今更ですよね」


それは7年も前に疑問に思うべきことだったんじゃないかな、なんて意地悪く思っていると、


「ああ、本当に今更だな」

レンジ副所長が力なく笑った。


「そのしわ寄せで、無関係の君達は何度も命を危うくするような目に合わされたんだ。そのことは、本当に申し訳ないと思っている」


もう何度目かも分からない程頭を下げようとするレンジ副所長を、


「もうそのくらいにしましょうよ。レンジ副所長には十分すぎるくらい謝って頂いたんですから」


やんわり手で制止した。


「それに、坑道に入ったのが私達だけで結果的に良かったんですよ。そうでなければ、あの騎士団長がしゃしゃり出て指揮系統が乱れるわ、兵士も無駄に死ぬわ、坑夫も助けられないわで、目も当てられないことになってましたよ」


セインも、


「ユーリさんの言うとおりです。あの騎士団長の指揮下でドラゴンを倒すなんてどう考えても無理だったと思います。そうなれば私達は生きて帰ることもできず、今頃この国はドラゴンによって火の海になっていたかもしれません。結果的には、騎士団長殿下の暴挙のおかげで、私達は一人も死者を出すことなくドラゴンを倒すことができたんですよ」


そして、


「もちろん、この国の真の英雄の力あってこそ、ではありますが」

ニコッとレンジ副所長に微笑みかけた。


「いや本当に凄かったですからね、レンジ副所長は!心から尊敬します!」

ウンウンと私も力強く頷いた。


「本当に、君達は……」

一瞬レンジ副所長の目が潤んだようにも見えたけど、

「だが、そうだな」

何度も頷きながら、


「君達が一緒にいてくれたことこそが、僕にとっても、この国にとっても、この上なく幸運なことだったんだな」


初めてお会いしてから最大級の笑顔を繰り出してきた。


(目が……目がぁ!!)


眩しさに後退りたくなっても、椅子に座っているからどうすることもできずに椅子の上で悶えていると、


「どうやら、私もまだまだ人を見る目がないようだな」

横からカーラさんが溜息を吐いた。


「いくら私でも、ドラゴンの住まう坑道に閉じ込められたことを良かったなどと、冗談でも言えないだろう」


私とセインを交互に見て、


「セイン殿のことも、ユーリさんのことも。私はあなた達のことを大分見くびっていたらしい」


と、なんと尊敬の眼差しを向けてきてくれた。


フラノ村を出発した時はかなり冷たくされたのに、大きく前進したものだ。


「そんなあなた達であれば、きっと貴殿のお願いも聞き届けてくれるはずだ。レンジ殿」


今度は何とも意味深な言葉をレンジ副所長にかけてきた。


「どういうことですか?」

セインが不思議そうに尋ねた。


すると、意を決したようにレンジ副所長が宣言した。


「実は…君達が住んでいる村で、僕は技能者として働きたいと思っている」


「……え?」

―――この殿下は今なんとおっしゃいました?(この国で3回目)

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