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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜
38/42

Karte.37

「"アース・ニードル"!」


高らかに呪文が唱えられた途端、地面から幾つもの土のトゲが出現し、坑道の入口を塞ぐ落石を次々と壊していく。


すると、砂ぼこりで薄汚れた鉄製の両開きの扉が姿を現した。


「さあ、俺が開けてきますよ……って?!」

坑夫が扉を開けようとするがビクとも動かない。


「あいつら……!」

「まだ鍵がかけられたままだったんですね」

坑夫が憤慨して扉を蹴っ飛ばした。


「あの騎士団長、本当にドラゴンと戦う気なかったのね」

本音がポロリと零れると、


「……まあ正直、今の騎士団ではドラゴンに一矢報いることもできず、無駄に犠牲者を出すだけだっただろうから、返って良かったのかもしれない」


気まずそうにレンジ副所長が答えた。


(大丈夫なのか、そんなんで。)


この国の防衛力に不安しか感じないけど、今はそんなことはどうでもよく。


「ここに押し込められたときも全然鍵開けられなかったよね」

セインに確認すると首肯され、

「内側から鍵は開けられないんですか?」

セインが今度は坑夫に尋ねた。


「この扉は外からしか鍵がかけられねえんです。鍵っつっても、外に面した扉の2つの取っ手に1枚の鉄の板を渡して嵌め込むだけなんですがね」


抗夫が説明するとレンジ副所長が、


「では、その鉄の板がなくなれば扉を開けられるんだな?」

と確認した。


「へえ、おっしゃる通りです!」

「大体でいい。取っ手の位置が分かるか?」

「開けられるんですか?!」


「この扉は鉄製だから錬成魔法で如何様にも操作できる。まあ、あまりにも変形させてしまうと後の修復が面倒だから、今回はその板だけ変形させて扉を開ければいい」


いや当たり前のように仰っていますけど、普通はそんなことできないでしょ!


「あの……錬成魔法ってレンジ副所長以外のドワーフは使えないんですか?」


取っ手の位置を教えて下がった坑夫にコソッと聞いてみた。


「いや、いますよ。そういうヤツは鍛冶師に多いですかね」


「えっ、じゃあこの国の鍛冶師って錬成魔法で武器とか作っているんですか?」


私の中の『熱い金属の延べ棒を汗水垂らしながら何度も叩いて剣に成形していく』という鍛冶師のイメージが崩れようとしている。


「いやあ、錬成魔法って言っても、アレですよ?金属の塊を叩きやすいように成形するとか、その程度ですから。俺の知り合いにも錬成魔法を使える鍛冶師いるけど、やっぱし、ちゃんとした形に仕立て上げるためには叩いて延ばしていくしかねえみたいです」


その答えに、壊れかけた鍛冶師のイメージが再び息を吹き返す。


「じゃあやっぱり、レンジ副所長みたいに金属の延べ棒を操ってものの数分でナイフを作るなんてできないんですね」


「んな芸当、普通のドワーフはできねえっすよ」


「じゃあやっぱり、レンジ副所長が普通じゃないってことなんですね!」


「そうそう、あの御方は別格でさあ!」


「何を下らないことで盛り上がっているんだ、君達は」


いかにも鬱陶しそうにレンジ副所長が振り向いた。


そして、ニヤリと意味深に笑ったかと思ったら、


「ユーリ。少なくともこの僕に対して『普通ではない』ことをした君に、『普通ではない』などと言われたくないものだな」


などと、とんでもないことを言ってきた。


「ちょッ?!」


なんですか、その含みを持たせるような言い方!

そりゃ確かに、手術は『普通ではないこと』ですけど!

案の定、物凄い顔で坑夫が詰め寄ってきた。


「ハァッ?!お二人はそういう関係なんすか?!」

「いえ、あなたが思っていることとは全く違いますから!」

「じゃあ、どういうことっすか!」


「ま、まあまあ落ち着いて下さい」

見かねたセイン間に入ってくれた。


「レンジ副所長は少々誤解を招くような言い方をされていましたが、決してそんなことはありませんから」


「なに呑気なこと言ってんすか、ヒーラーの旦那!自分のコレがふらついてるかもしれねえのに、気にならないんすか!」


私に向かって小指を立てながら、更なる爆弾発言が投下された。


「えっ、いや、その、ユーリさんは確かに私の助手ではありますが、決してそのような間柄では……」


「んな悠長なこと言ってっから、他の野郎に靡かれちまうんですよ!」


今度はセインと坑夫の間でバトルが勃発しようとしている。

私は両手を顔に当てて天井を仰ぐことしかできない。


「土の精霊よ、我に御加護を。"アルケミル"」


そして、導火線に火をつけて下さった張本人は素知らぬ顔で魔法を発動させ、


―――ガシャン。


扉の向こうで何かが落ちる音がした。


そして、未だにギャーギャー騒いでいる私達に、

「いい加減にしないと、このまま置いていくぞ」

さっさと扉に手をかけた。


―――キィ。

「ッ?!」


扉の隙間から差し込む眩い光に思わず目を細める。

光はどんどん広がっていき、坑道の中を優しく照らしていく。


慌ててレンジ副所長の後に続き、私達は光の中を進んでいった。


スゥ―――……


澄んだ清々しい空気を思いっきり胸いっぱい吸った。


どこまでも広がる青空、その天辺から惜しげもなく降り注ぐ陽光に思わず涙が出そうになる。


そして私以上に感動しているのは、


「そ、外だ……!信じらん、ねえ……!!俺は、俺はっ……生きて、帰ってきたんだ!!」


坑道の中でドラゴンとの生死をかけた鬼ごっこを生き延びた坑夫だ。


感極まって声を押し殺すこともできず泣いている。


「ええ、本当に……無事に帰ってこれました」

セインも目を潤ませて泣き笑い一歩手前な表情を浮かべている。


「ああ……一人も欠けることなく、よくぞ生還できたものだ」

深い満足感を湛えたレンジ副所長の言葉に、みんなも何度も頷き合った。


「あれ、そういえばゲイルは?」


ここで太陽の光を思う存分味わっているのは、私、セイン、レンジ副所長、そして坑夫だ。


もう一人、すっかり存在感をなくした元所長の姿がどこにも見当たらない。


「ゲイル殿なら、ほら、あそこですよ」

セインが指さす方向を見ると、

「……何やってんの、あの人」


入り口近くの岩の陰で小さく蹲っていた。


「あれは……回復するのに時間がかかるだろうな」

レンジ副所長も、そう溜息を吐いた時だ。


「おい、見てみろ!」

「扉が開いているッ?!」

「まさか……ドラゴンが?!」


坑道の扉が開いたことに気が付いた兵士たちが集まってきた。


そして、


「……レンジ」


私達を坑道に閉じ込めてくれた諸悪の根源、グスタフ殿下が苦虫を潰したような顔を引っ提げてお出ましになった。


「騎士団長殿下。お申し付けの通り、ドラゴン討伐と逃げ遅れた坑夫の救助を遂行して参りました」


レンジ副所長が頭を下げて報告すると、


「ふざけたことを申すな!!」


みるみるうちに赤くなっていく顔を自分でもわかるほど白けた目で眺めた。


「ドラゴンをたった4人で倒してきただと?!バカも休み休み言え!どうせ自分の命可愛さに、おめおめと逃げてきただけだろうが!!」


「……ブーメランを飛ばす奴がここにもいた」

「「ッ!」」


ボソッ、と。心の中だけで留めておこうと思った本音が、つい口から出てしまった。


その言葉にセインと坑夫の肩が小刻みに震える。


もちろん騎士団長の耳にも届いたようで、

「この……小娘の分際で……!」

いよいよ怒髪天を突きそうになった時だった。


「おい、嘘だろ……!」

「無事だったのかっ!」

「あいつ、生きてたよ!」


グスタフ殿下の前を堂々と横切って数人のドワーフがこちらに駆け寄ってきた。


先に避難していた坑夫達だ。


「お前らも!無事だったのかよっ!!」


逃げ遅れた坑夫も仲間たちの元に駆け寄り、無事の喜びを分かち合い、感動の再会でお互い泣きながら抱き合っていた。


「俺……もう駄目だと、運も尽いたと思ってよ……!もう少しでドラゴンに殺されるかもしれないって……そう思ったとき!あの方が……レンジ殿下が、助けてくださったんだ!!」


坑道で起こった出来事を仲間たちに涙ながらに語った。


「見たこともねえ、スゲエ魔法でよ……!あの、恐ろしいドラゴンを、丸焼きにしてくださったんだ!あの方は、レンジ殿下は!本当にスゲエ御方だよ!!」


そして、ひとしきり泣き合い気が済んだのか、


「レンジ殿下……!」

坑夫達全員がレンジ副所長の前で跪き、

「「こいつを助けてくれて…ありがとうございました!!」」

頭を地面にこすりつけて礼を言ってきた。


「この御恩は、一生忘れません!!」


助けられた坑夫も一緒に額を地面につける。

その様子を黙って見ていたレンジ副所長は静かに話し始めた。


「頭を上げてくれ。僕は僕のなすべきことをしただけだ。それに」

私とセインの方を向き、


「ドラゴンを倒したのは僕だけの力ではない。この2人の助力がなければ、僕はとっくのとうにあの坑道で死んでいただろう」


そして、こちらが恐縮してしまうほど深く深く頭を下げた。


「本当に、ありがとう。」


その一言は―――あの坑道で味わった苦労も恐怖も、この瞬間に全て報われた……そう思えるほど破壊力のある一言だった。


現に私ときたら、


「~~~っ!!」


ドラゴンと遭遇したときでさえ堰き止められていた涙腺が決壊し、嗚咽を漏らすことしかできなかった。


セインも、

「ッ……そんな、もったい、ないっ!」

と目頭を抑えて何とか返事をするだけで精一杯だった。


「き、貴様ら……!」


そんな感動の瞬間をぶち壊す空気の読めないヤツはどこにでもいる訳で、


「この私を無視するなど、不敬であるぞ!そもそも、その出来損ないは黒死病を発症した『精霊に見放された異端者』だ!そんな者に頭を下げるなど、誇り高きドワーフとして恥ずかしくないのか!!」


グスタフ殿下が唾を飛ばして憤慨してきた。

だけど、


「黙りやがれ!この腰抜け野郎がッ!!」

頭を上げた坑夫達は、今度は騎士団長に向かって怒号を飛ばし始めた。


「レンジ殿下が黒死病?!一体どこのどいつがそんなデマ流しやがったんだよ!!」


中でも、レンジ副所長に命を救われた坑夫の怒りは凄まじいものだった。


「俺はなぁ、この目ではっきり見たんだよ!ドラゴンを倒したレンジ殿下が、そこのヒーラーの旦那に治癒魔法をかけてもらっているところを!」


「なッ?!」


「学のねえ俺でも、黒死病の患者に治癒魔法をかけたら具合悪くなっちまうことぐらい知ってんだよ!レンジ殿下はむしろピンピンしてたぜ!そんな御方が黒死病にかかっているわけねえだろうが!」


「必要であれば、この場でレンジ副所長にもう一度治癒魔法をお掛けしますよ」


セインが横からしれっと助け船を出した。


「たとえ百歩譲ってレンジ殿下が黒死病になってたとしてもだ……!」


騎士団長はタジタジしかけているが、当然坑夫達の怒りの追求は治まらない。


「テメエは、病人にドラゴン倒させようとしてたのかよ!!頭おかしいだろ!まともな判断もできねえのか!!」


「ッ!!」

「うわあ……正論」


私の呟きは坑夫達の怒声にかき消されたようだ。


それをいいことにセインにコソッと話しかけた。


「でもさ、今回はどっちかって言うと『黒死病を発症したレンジ副所長をドラゴンに始末させようとした』っていう流れだったよね」


「まあ、かなり悪趣味ですが、そういう意図だったんでしょうね」

セインも小声で肯定した。


「そのついでに、横領したゲイル殿、レンジ副所長が黒死病を発症したことを知ってしまった私達、まとめて確実に亡き者にしてからドラゴンを倒そうと考えてたんでしょう」


「それなのに、レンジ副所長がたった1人でドラゴン倒しちゃったから計画が完全に崩れちゃった訳だ」


まあ、レンジ副所長の見立てではこの国の騎士団じゃあドラゴンを倒す実力はないそうだから、私達だけを坑道に送り込んだことで、結果的に1人も死者を出すことなく国家壊滅の危機を回避できた訳だ。


きっと前代未聞の快挙だろう。


最も、そんなふざけた思惑に巻き込まれたこちらとしては、こうして(なじ)られている性悪殿下を見ると『プッ、いい気味!』としか思えないけど。


「しかも、ご丁寧に坑道の入り口に鍵かけやがって!最初(はな)っから俺のこと助ける気なんざなかったんだな!!」


「国民を助けようともしねえくせに、何が騎士団だよ!7年前だってそうだ!結局全部、レンジ殿下におんぶにだっこで何とかしてもらっただけだろうが!!」


「そのくせ、レンジ殿下の功績だけはちゃっかり横取りしやがって!てめえはレンジ殿下の足元にも及ばねえ、ただの臆病な卑怯者だ!!」


坑夫達の畳みかけられた詰問に尻込みしていたが、

「貴様、ら……!黙って聞いていれば……つけあがりよって!」


ブルブル怒りに震えた騎士団長は、

「貴様等全員、王族に対する不敬罪で牢屋にぶち込んでくれるわ!!」


周囲の兵士達に坑夫達を捕縛するよう命じた。


一斉に武器が構えられるがそれでも坑夫達は一歩も引かず、


「だったらてめえは、王族として、騎士団長として、俺たち国民を守る義務を放棄してるだろうが!!」


坑道から生還した坑夫は、


「てめえらもだよ!!」

自分達を取り囲む兵士達をギロリと睨みつけた。


「7年前ドラゴンが暴れたとき、レンジ殿下に助けて頂いたヤツがこの中にも絶対いるだろうが!そして今回も、てめえらは結局ドラゴンから守って頂いてんだ!それなのに、このクソッタレ野郎の言いなりになって、恥ずかしくねえのか!!」


その言葉に分かりやすく兵士達の間に動揺が走る。


「言っとくけどなあ、俺はドラゴンに2回遭遇して2回とも生還した男なんだよ!ドラゴンに比べりゃあ、てめえらの脅しなんざサラマンダーのヒナの鳴き声にも劣るわ!!」


ドンと胸を張って坑夫は言い放った。

「な、何を……!」


すると、

「おい!どうした?!」


取り囲んでいた兵士達が次々と構えを解いていった。


「……申し訳ございませんが、自らの責務を放棄した自分が、何の罪もない国民を捕らえるような真似はできません」


兵士の一人が静かに話し始めた。


「自分もレンジ殿下が助けて下さらなければ7年も前に死んでいた者の一人。にもかかわらず、感謝の意もお伝えせず無礼を働いてきました。そして今回も」


そしてレンジ副所長の方を向き、


「例え相手が誰であろうと、この国を守るためなら命をかけて戦う所存です。ですが、ドラゴンを倒せと言われたら……自分にそれができるとはとても思えない。結果的に我々はまた守って頂いたのです…この国の、真の英雄に」


その兵士を皮切りに、

「自分もです。7年前と同じ過ちを繰り返すわけには参りません」

「自分も同じです」

兵士達全員が賛同した。


「き、貴様、ら……!」

「それくらいにしては貰えないだろうか。君達の思いは十分伝わった」


ここで、レンジ副所長が口を開いた。


「それに、僕に殿下の敬称をつける必要はない」

「それは、どういう……?」


「この坑道に入る際に、僕は第3太子の地位を騎士団長殿下から剥奪されている。僕はもう、この国の王族ではないという訳だ」


追い討ちをかけるようにレンジ副所長が証言した。


「んなッ?!」

「て、てめえは……!」

「いったい、どこまで腐ってやがる!」


その言葉で坑夫達の怒りに拍車がかかる。


「お、おいっ!なぜそんなくだらないことを今ここで言おうとするッ!!」


慌てた騎士団長に澄ました顔でレンジ副所長は答えた。


「7年前のドラゴン鎮圧は、騎士団長殿下率いる騎士団の功績とした方がこの国のために良いだろうと、太子として判断したからです。ですが、今の僕は太子ではない。ドラゴン討伐及び坑夫の救助に対して正当な評価と報酬を求める権利があると考えております」


「何を生意気な……出来損ないの分際で!」


「それに、今回の件においては、太子の地位を返上せざるを得ないほど、由々しき事態だと認識しているからです……そうですよね?」


ここでレンジ副所長は、思いも寄らない人物の名前を呼んだ。


「カーラ殿」

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