Kerte.36 ドラゴンの巣穴を発見、そして、ドラゴンの卵?!
ドラゴンとの死闘を制した広いホールをひたすら走って頭を冷やした。
理由は、あのドワーフの破壊的眼差しのせいだ。
(あの人は~~~!見た目は儚げな美少年なのに、中身は責任感があって、真面目で、包容力があって……深みがありすぎでしょう!)
何というか、見た目と内面のギャップがありすぎなのだ。
あれが、国を背負う王子という存在なんだろうか。
(それにしては、兄の性悪騎士団長殿下は大分見落とりするけどね)
そんなことを考えていると、いつの間にか、ホールの端っこに着いてしまった。
後ろを向くと、さっきまで休んでいた休憩地点が小さくなっている。
「あれだけ走ったのに、全然息が上がっていないなんて……!」
(これが魔力操作の力か!)
これで万年運動音痴の汚名も返上できるかな~なんて思いながら辺りを見ていると、
「……あれ?」
このホールには他の通路に通じる出入り口が数カ所開いている。
実際、坑夫&ゲイル組と私&セイン&レンジ副所長組はそれぞれ別の通路からこのホールに辿り着き、坑夫の話ではドラゴンも私達とは別のルートからここに入ってきたらしい。
だから、ホールの壁にポッカリ開いた、このドラゴンも楽々通れるほどの大きな穴も、別の通路に繋がる入り口だ。
そう思ったのだけど。
「ひょっとして……これって巣穴?!」
そこは、私達がいたホールより少し狭いくらいの空間だった。
入り口は他には見あたらず、完全な閉鎖空間のようだ。
空間の隅には赤い鱗が古いものや新しいものがごちゃ混ぜになって散らばっている。
空間の中央には、大きな岩がミステリーサークルのようにキレイな円状に並べられており、円の中にはいかにも柔らかそうな土が敷き詰められていた。
そして、ミステリーサークルの中央に鎮座していたものを見て―――
「セイン!レンジ副所長!ちょっと来てください!」
大声で2人を呼びながら、逃げてきた方向にすぐに戻ることになった。
「驚いたな……僕も図鑑でしか見たことがない」
2人と合流して例の巣穴に案内した。
ちなみに、ゲイルは岩陰からやっぱり出てこず、しかも1人にされることを激しく拒否したため、申し訳なかったんだけど、坑夫さんにお守りしてもらうことにした。
そして予想通り、2人ともドラゴンが作った巣穴に驚き、そして中央に鎮座されているものに目を丸くしていた。
「これってやっぱり……ドラゴンの卵ですよね?」
長径約30㎝、横幅は一番長いところで約15㎝の、深紅一色の大きな卵だ。
「おお~触ると温かいんですね」
卵は見た目を裏切らない硬さと頑丈さを兼ね備えいる。
表面ばかりスベスベして滑らか。
ただ不思議なことに内側から熱が発せられているのか全体的にホカホカしていた。
セインやレンジ副所長も卵を撫でて、その温かさに溜息を漏らしている。
「意外ですね。冷たいものだと思っていたのですが」
「火属性のドラゴンだからなんだろうな。僕も実物は初めてだ」
いつもの落ち着いた様子とは打って変わって、レンジ副所長は興味津々といった表情で卵を様々な角度から観察している。
さすがは研究者、知識欲が刺激されているんだろう。
「しかし……そうか」
ひとしきり観察し終えた後、卵を撫でながらレンジ副所長は呟いた。
「ひょっとしたら、これが本当の理由だったのかもしれない」
「何がですか?」
「ファイアドラゴンが地上に出ようとした理由だ」
卵にジッと目を落としながらレンジ副所長が答えた。
「黒死病を発症した魔物は耐え難い苦痛で我を忘れて凶暴化することがある。ファイアドラゴンもその自覚があったのだろう。だから、本格的に我を忘れる前に阻止したかったのかもしれない」
「阻止したかった?何をですか?」
「卵を……自らの手で壊してしまうことだ」
「ッ!」
レンジ副所長の説明に私とセインは言葉を失った。
「卵を壊さないようにするためには自分が卵から離れるしかない。それも、確実に自分の影響が及ばない遥か遠くへ。だから坑道を利用して地上に出ようとした。全ては―――自分自身から我が子を守るためだったんだ」
(あの凶悪で凶暴な魔物は、自分の子供をただ必死に守ろうとしていただけだったんだ。それも、他ならぬ自分から……)
そう考えると―――何て切ない真相なんだろう。
(……親であるドラゴンを討伐しなければ、私達が死んでいただろうし、本当にドラゴンが地上に出てしまっていたらガルナン首長国も壊滅の危機だった。だから、そうせざるを得ないことだった。だけど……)
そこまで考えて、専属の万能知恵袋に質問してみる。
(ねえアイこの卵ってこのまま放置していたらどうなるの?)
《ドラゴンの卵は親から魔力を与えられることで卵の中で成長し孵化します。このままにしておくと、親からの魔力供給が途絶えてしまうため、卵の中でそのまま死ぬと思われます》
親ドラゴンが黒死病を発症した時点で、遅かれ早かれこの卵は死んでしまう運命だったのか。
そこでハタと気が付いた。
(ちょっと待って。その理屈からすると、卵に魔力を与え続ければ孵化することができるっていうこと?)
《理論上では可能です。しかし、ドラゴンの人工孵化の事例は未だかつて報告がありませんので、詳細不明です》
(そっか、理論上は可能なんだ)
もし今のアイの説明が正しいのであれば―――その運命も変えられるかもしれない。
「あの~相談なんですが……この卵、私が頂くことってできないんでしょうか?」
恐る恐るレンジ副所長に聞いてみると、
「最初に発見したのは君だ。君の好きにしてもらって僕は構わない」
とアッサリ承諾を頂いた。
だがその後に、
「なんだ、スクランブルエッグにでもするつもりか?」
と衝撃発言が続いた。
そうだ。
この国の住人にとって、トカゲ系の魔物は食糧でもあるんだ。
そしてレンジ副所長も例外ではない。
「いや食べませんから!」
全力で否定すると、不思議そうな表情を浮かべる。
「では、どうするつもりなんだ?」
「その、このドラゴン……育てられないかなぁ……なんて」
「ユーリさん、本気ですか?!ドラゴンですよ?!」
セインが信じられないと言わんばかりに止めようとしてきた。
そりゃ、あれだけ危険な目に遭わされたんだから、その気持ちもとてもよく分かる。
でも、私も譲りたくはない。
「わ、分かってるよ、そんなこと!そもそも孵化できる保証だってないし、結局このまま死んじゃうかもしれないし!だけど……黒死病に苦しみながらも自分の子を守ろうとしたドラゴンの気持ちを考えると、何ていうか、切ないなって思って。もちろん、ドラゴンのせいで何度も危うく死にそうになったことは忘れていないよ!でも」
卵をゆっくり撫でながら、セインを真っすぐ見つめる。
「―――全て親であるドラゴンがしでかしたことであって、この卵には罪がないんじゃないかなって」
「ユーリさん……」
その時、
「アッハッハッハッハッハ!」
それまで黙って話を聞いていたレンジ副所長が突然大笑いし始めた。
「れ、レンジ副所長?」
「いや失礼、申し訳ない。別に君のことを馬鹿にしている訳ではないんだ、ユーリ」
目尻に溜まった涙を拭きながら、レンジ副所長が弁解してきた。
「ただ、君は本当に面白い考え方をする人間だと思ってな。自分の命を何度も危うくした魔物に、まさかそこまで思いを巡らせることができるとは」
そして、笑いがまだ完全に治まっていないのだろう、含み笑いをしながら、
「ドラゴンの飼育など前代未聞だ。1人の研究者としては非常に興味深い事例だから、できれば人工孵化を実現させて欲しいとも思っている」
その発言にセインが、
「そんな他人事みたいに仰らないでください!」
と珍しくレンジ副所長に喰ってかかった。
もし本当にドラゴンが孵化してしまったら、その後が心配なんだろう。
すると、
「心配するな、セイン。もしユーリがドラゴンの孵化に成功し、さらに君達の手に余るようであれば、僕が責任を持って喰えるように捌いてやろう」
と何とも豪快な言い方でセインを慰めた。
ただ、卵を預かる私の心中は当然穏やかではない。
「ちょっとやめてください!何ですか、食べる前提みたいに!」
「……まあ、レンジ副所長がそこまで仰ってくださるのであれば」
「ひどい!セインまでそんなこと言うなんて!」
「そんなこと言われても、犬や猫を育てるのとは訳が違うんですよ!」
―――とまあ、不承不承ながらセインも最終的には折れてくれ、卵は正式に私が育てることになった。
ただ……孵化に成功したとしても、育て方次第ではドラゴンがレンジ副所長の手によってステーキにされてしまう恐れがある。
(もし孵化に成功したら、しつけは徹底的にしよう!)
と心に誓ったのだった。
「さて十分休憩もでき、思わぬ発見もできた。」
レンジ副所長が私達を見渡す。
「そろそろ地上に戻ろう。」
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