Karte.35 坑道で休憩、そして、『聖女』について考える
ただ今、坑道内で休憩中。
地上への帰還に備えて、各々体を休めていた。
迷子になっていた坑夫は地べたに豪快に寝転んでいびきをかいている。
ゲイルはいくら言っても岩陰から出ようとしないので放っておくことにした。
そして、見事ドラゴンを倒したレンジ副所長は、当たり前だが相当お疲れだったようで、壁際に座り込むや否や爆睡してしまった。
(しっかし、見れば見るほど美少年だよねぇ)
起きているときは恐れ多くてじっくり見ることなど到底できないが、こうして寝顔を見ると、その造形の美しさに惚れ惚れしてしまう。
「やっぱり、相当お疲れだったようですね」
セインも同じことを思っていたみたいだ。
「まあ当然だよね。坑道に入る前から体調が最悪だったのに、坑道に閉じこめられて、生き埋めになって、最後はドラゴンを討伐するっていう、とんでもない大仕事をこなしたんだから」
振り返ってみると、今朝研究所に着いた時には想像もつかないような怒涛の展開だった。
ゲイルの横領とレンジ副所長の黒死病が発覚したと思ったら、ドラゴンがウロつく坑道に閉じこめられて、落盤の下で生き埋めになりながら黒死病の治療をし、最後は見事ドラゴンを打ち倒したのだ。
今回のMVPは間違いなくレンジ副所長だろう。
すると、
「それを言うなら、ユーリさんもとんでもない大仕事を成し遂げたじゃないですか」
セインが思いがけないことを言ってきた。
「私が?ドラゴンに属性攻撃魔法を命中させたこと?」
「まあ確かに、あれも素晴らしいアシストでしたが、それ以上のことですよ」
そして急に声を潜めて、
「黒死病ですよ」
と教えてくれた。
「ああ、そう言えば」
そう言えば、私が手術したんだったな。
ドラゴンとか精霊魔法とか、色々スゴ過ぎてすっかり忘れていた。
「そう言えばって……」
半ば呆れたようにセインが呟いた。
「黒死病の治療を成功させるなんて、歴史的快挙といっても過言ではありません。それに、ユーリさんが治療してくれたお陰で副所長はドラゴンを倒す力を取り戻したんですから。ユーリさんの功績は非常に大きいものですよ」
「そう言われても、私は私のできることをしただけだし。手術……あの治療をしたのは確かに私だけど、それを実現させてくれたのはレンジ副所長のミスリルのメスのお陰。摘出した後の傷を塞いでくれたのはセインの治癒魔法のお陰。私だけで全部完結できたわけじゃないから」
謙遜しているわけでもなく、これが本心だ。
それに、セインにも言えない本音がある。
それが、
(聖女として転生した割に……私のやっていること、前世とあまり変わらなくない?)
というものだ。
もちろん、この世界に転生したからこそ手に入れた能力はいくつもある。
『アイ』という、知恵袋兼全身スキャン機能を併せ持つ専属のアドバイザーがいて(私に対する扱いは大分ぞんざいだけど)。
結界魔法や浄化魔法を使って、麻酔の代わりや、術野の展開、はたまた消毒の代わりもできる。
そして今回、魔力操作を駆使してメスで触手を躱しながら瞬間的に組織から黒死病を剥離するなんて芸当もできるようになった(そもそも病変が術者に攻撃を仕掛けてくること自体前世ではあり得ないんだけど)。
だけどそれは、『手術』という概念がないこの世界でも手術ができるようにするために魔法を落とし込んでいるだけだ。
要するに異世界でも外科医をやっているにすぎない。
手術以外の活躍としては、結界魔法を使って魔物の攻撃を防いだり、浄化魔法のお陰で嫌いだった洗濯や掃除を率先して行うようになり、遂には『浄化の封魔石』なんてものを生み出し、この世界で日々家事に追われる人々の強力なお助けアイテムとして提供することもできるようになった。
だけどそれって―――わざわざ聖女になってまですべきことなの?
(私も聖女って具体的に何するのかよく分かっていないから、どうこう言う筋合いないけどさあ。何ていうか……そう、それこそレンジ副所長みたいな、ああいう最強魔法をバンバン使って『英雄』と崇められるような?そういう活躍をしに転生したんじゃないのか?私は)
そうだ、私が気になるのはそこなのだ。
「確かに私は黒死病を治療したけど……レンジ副所長みたいな……『英雄』みたいな存在には遠く及ばないよなあ、なんて思うんだよね」
『聖女』と『英雄』を同列に考えていいのかも分からないし、元々が平々凡々なアラサー女医なんだから、そんな波乱万丈の人生なんて想定外なんだけど。
でもこのままだと、
『聖女に転生した意義とは?』とか。
『聖女?なにそれおいしいの?』とか。
考えても仕方がないことを考えてしまいそうになる。
すると、黙って聞いていたセインが、
「坑道の入り口で、私がこう言ったのを覚えてますか?『レンジ副所長は、自ら危険に立ち向かい身を挺して戦ってくれた存在だから、英雄と讃えられたのだ。』と」
と言ってきた。
「うん、覚えているけど」
「ユーリさんも同じことをしたじゃないですか」
「えっ」
「黒死病を摘出しようとしたとき、あなたは触手の攻撃を防ぐことを止め、摘出のみに専念しようとしましたよね」
「……そう、だったね」
今思い返してみても、よくもまあ、あれだけ捨て身になれたものだと自分でも呆れてしまう。
ただ、そうでもしなければ治療を終える前に奈落の底に落ちてしまうと思ったし。
レンジ副所長は私達を助けるために自分が犠牲になると言い出すし。
とにかく必死だったのだ。
だが、
「あなたは、自身を触手の犠牲にしてまでレンジ副所長の治療を優先しようとした。それは、『危険に立ち向かい身を挺して戦ってくれた』のと同じなのではないでしょうか」
とセインはこれまた思ってもみないことを言ってきた。
「ヒーラーにとって黒死病ほど無力感に苛まれる病はありません。だから、レンジ副所長が黒死病を発症していると分かった時点で、自分には何もできないのだと諦めていました。でも、あなたはそうではなかった」
セインの言い方は、まるで自分の行いを悔いるようだった。
「あなたは治療を成功できるかどうか分からなくても、諦めずに『一緒に戦おう』とレンジ副所長に申し出た。そして自身を犠牲にしてでもレンジ副所長を救おうとし、遂には見事治療を成功させた。私はあなたに言われるがまま動いたにすぎません」
そして、私を真っ直ぐ見つめ、
「レンジ副所長は確かに真の『英雄』です。そして、その『英雄』を救ったあなたもまた『英雄』なのではないでしょうか?」
「セイン……」
「全くもって、その通りだな。」
「「ッ?!」」
完全に意識していなかった方向から声が聞こえてきて、私とセインの肩が必要以上に跳ね上がった。
声の持ち主は……言うまでもない。
「お、お、起きていらっしゃったんですか?!」
「ね、寝ていらっしゃるものだと、ばかり……!」
2人揃ってアワアワしているのを気にもとめることなく、レンジ副所長は軽く両腕を伸ばした。
「最初の10分程はな。ドラゴンがいなくなったとはいえ、坑道内は不安定であることには変わりないから、目を閉じたまま体を休めていたんだ」
本当にしっかりしているよなぁ、この人は……じゃなくて!
(ちょっと待って……じゃ、じゃあ……今までの話、全部……!)
「ユーリ」
「ひゃいッ!」
いきなり名指しされて思わず声が裏返ってしまったが、レンジ副所長は構わず話し続けた。
「謙虚であることは素晴らしいが、度が過ぎれば傲慢だと思われる。気をつけた方がいい」
「ご、傲慢だなんて……そんな、滅相もッ!」
「もちろん君に他意がないことは分かっている。だがな、他ならぬ君が自分の成し遂げたことをそこまで過小評価してしまうと、苦しむことしかできなかった僕がバカみたいではないか」
拗ねたように口をとがらせるレンジ副所長、なんかかわいいぞ……じゃなくて!
「バッ、バカなんて!そ、そんな思い上がったこと、微塵も考えていません!!」
全力で首を横に振る私はさぞ滑稽に映るだろう。
なのにレンジ副所長、あなたは―――
「仮に治療が失敗して僕が死んでしまったとしても、君はその結果を真摯に受け止める覚悟をしてたんだろう?ならば、治療を見事に成功させ僕の命を救ったという結果も、軽んずることなく受け止めるべきだ。少なくとも……」
―――なんでそんなに優しい目で見つめてくるんですか!
「僕の目には―――あのときの君は『英雄』として映っていたのだからな」
もう無理!これ以上は無理!本当に居たたまれない!!
「あ、辺りの様子を見てきます~~~!!」
***
「あっ!」
「逃げたな」
セインが伸ばした手は虚しく、魔力操作で強化した脚力であっという間に離れたユーリを呆然と眺めることしかできなかった。
そんなセインにレンジは、
『君も大変だな』
と言いたげな眼差しを送る。
「も、申し訳ございません!決して、レンジ副所長を軽んじていたわけではなくッ!」
「謝る必要などない。君の言っていたことは全て正しかったからな」
必死に謝るセインをレンジは手で制した。
「それに、君も必要以上に僕を敬う必要はない」
「えっ」
思いがけない言葉にセインは思わずレンジを凝視した。
「坑道に入る前、騎士団長殿下の決定を聞いていただろう?」
『―――貴様の太子の地位は剥奪する』
それがレンジに下された沙汰だった。
「それは……しかし、黒死病を克服し、ドラゴン討伐と坑夫の救助の功績を考えれば、十二分に名誉挽回となるのではないですか?」
「いや」
セインの言い分にレンジはゆっくり首を横に振り、
「もう―――決めたんだ」
その顔には確固たる決意を滲ませていた。
「レンジ副所長……」
「セイン!レンジ副所長!ちょっと来て下さい!!」
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