Karte.34 討伐成功、そして、一件落着!
”ガード”が阻んでくれているお陰でこちらには全くダメージは届いていない。
だけど結界の中では、空気を、大地を、炎が焦がし、マグマが猛威を奮っているのが分かる。
「何て、熱量……!」
(レンジ副所長は無事なの?!)
すると、
《結界内でレンジの魔力を感知できます。命に別状はありません》
(ホント?!)
《精霊魔法を行使した者には、精霊魔法によるダメージを受けることはありません》
よかった。
流石にあんな閉塞された空間で魔法を使ったら、生きていられないんじゃないかと思った。
(それなら、ドラゴンは?!あの攻撃を直撃して、さすがに生きているなんてことは……!)
そうこうしていると、徐々に炎が治まり、マグマも勢いがなくなっていき、結界の中が見えるようになってきた。
そこに立っていたのは―――左腕の剣を構えるレンジ副所長。
「よかった、ご無事だったんですね!」
「ドラゴンの方は?!」
レンジ副所長が対峙する先には―――体全体が炭となりかけた、瀕死のドラゴンの姿だ。
もう光り輝く日は来ないだろう黒く濁った瞳だけが、7年前からの宿敵を静かに見つめている。
「終わりだ……!」
そう呟き、ドラゴン目掛けて勢いよく突き進む。
―――ズシャッ!
銀色の一筋がドラゴンの首に走る。
ズ…シン―――!
それが、ドラゴンが起こす、最後の地鳴りとなった。
「やっ……やった!やったぞ!ドラゴンを、倒したッ!!」
怪我が治ったドワーフが両手を挙げて歓喜する。
「レンジ副所長!!」
”ガード”を解除し、私とセインは、未だ燻る大地の上に膝をつくレンジ副所長に駆け寄った。
「大丈夫ですか?!急いで手当しますから!」
私が浄化魔法をかけ、服や体についた汚れを全て落とし、セインが治癒魔法をかける。
すると、体のアチコチに作られた切り傷や擦り傷が次々とキレイに治っていった。
「セイン、ありがとう。そして、ユーリも」
「え、私?」
「ああ。君のサポートがなければ、僕は魔法を発動させることができなかった」
疲れ切ってはいるけど、どこか晴れ晴れとした表情だった。
「君達のお陰でドラゴンを倒すことができた。この国の太子として……心から感謝する」
ペコッと下げられた深紅の頭に、
「そ、そんな、恐れ多い!どうか、頭を上げてください!」
「そうですよ!ドラゴンを倒したのはレンジ副所長のお力です!精霊魔法なんて、あんなスゴイ魔法、私達じゃあ到底扱えないんですから!」
アワアワとセインと一緒に恐縮しまくるが、そんな私達に穏やかな微笑みを浮かべながらレンジ副所長は頭を振る。
「いや、精霊魔法も君達のお陰なんだ」
「……どういうことですか?」
セインと顔を見合わせる。
(レンジ副所長が精霊魔法を使えるようになったのは、私達のお陰?)
当然だけど、全く心当たりがない。
「……声が、聞こえてきたんだ」
「声?」
「ああ」
静かにレンジ副所長は話し始めた。
「ユーリが黒死病を摘出し、セインが傷を閉じたとき……頭の中で『声』が響き、あの言葉を教えてくれた」
「その……『声』と言うのは?」
「分からない」
ゆっくりとレンジ副所長は首を振る。
「その声は……幼いようでも老齢のようでもあり、天から降り注ぐようにも地から湧き出るようにも聞こえた。ひょっとしたら、そよ風の囁きのようだったかもしれない……僕自身、どう形容していいか分からないんだ。だが、一番腑に落ちた印象としては……」
まるで大切な宝物を眺めるように目を細めた。
「……生まれて初めて火と土の魔法を使った時。あの時の感動を思い起こさせてくれるような……そんな声だった」
そして、私達を見つめる。
「君達が僕を助けてくれたから、僕はこうして生きてドラゴンを倒すことができたんだ。全て君達のお陰だ」
セインは感極まったように一瞬言葉に詰まったが、
「……もったいないお言葉。光栄に存じます」
と胸に手を当て深々と頭を下げた。
私もそれに倣ってお辞儀する。
(ねえ。アイ)
《なんでしょうか》
頭の中でアイに尋ねる。
(レンジ副所長が精霊魔法を使えるようになったのって、聖女の私が黒死病を治したから?)
《そのような因果関係はありません。ですが、黒死病から生還したことでレンジの心境に大きな変化をもたらした可能性は否定できません。その結果、精霊が彼を認めた、と考えることはできます》
(なるほど)
その時、
「レンジ殿下ッ!!」
坑夫が走り寄ってきて、
「申し訳ございませんでした!!」
そのまま見事な土下座を繰り出してきた。
「君は……逃げ遅れた坑夫か?」
レンジ副所長が尋ねると、
「はいッ……!そして7年前にも…ドラゴンから助けて頂きました!この足だって……ドラゴンに消し炭にされた俺の足の代わりに、あなた様が作って下さいました!それなのに……それなのに俺はッ!騎士団長殿下に命令されるがまま、あなた様に感謝を伝えることもせず、ずっと不義理を働いてきました!」
坑夫は頭を垂れたまま体全体から振り絞るように叫んだ。
「そんな卑怯な俺を……あなた様は、また助けて下さった!だから、俺はもう、言うべきことを我慢しねえッ!」
そして、涙でグチャグチャになった顔を向け、
「本当に……本当に、ありがとうございました!!7年前も、今も……あなた様は、この国の英雄だッ!!」
レンジ副所長は静かに坑夫を見て、
「国民を守るのは、王族として当然の義務だ。君が気に病む必要は全くない」
「レンジ……殿下ッ!」
「ドラゴンが彷徨うこの坑道で、僕達が来るまでよくぞ生き延びてくれた。自分を誇るといい」
「~~~っ、勿体ねえお言葉ですッ!!」
感極まってオイオイ男泣きする坑夫の声が響き渡る。
「これで一件落着……っていうことでいいんだよね?」
「ええ。ドラゴンは倒され、逃げ遅れた坑夫も救出できました。あとは、この坑道を脱出すればいいのでしょうが……」
セインがぐるりと見回す。
「内部の構造がだいぶ変えられているみたいですし、入り口も土砂に埋まってしまいましたからね」
「そうだよね。どうやって外に出ればいいものなのか」
ウーン、とセインと一緒に頭を捻っていると、
「それであれば問題ない」
こういう時に助言をしてくれるのがレンジ副所長だ。
「ファイアドラゴンは地上に出るために坑道を拡張させていた。であれば、広い坑道から狭い坑道へと徐々に変化する道を進めば、入口の近くまではいくことはできるだろう」
「なるほど。しかし、塞がれてしまった入り口はどうするのですか?」
セインが尋ねると、左手の剣を元の鎧に直したレンジ副所長が不敵に笑う。
「今の僕なら、その程度の岩壁など造作なく破壊できる」
(マジでスゴイな、この人)
ついさっきまでドラゴンと死闘を繰り広げていたとは思えない。
私よりも小柄なのに、とんでもないスタミナだ。
「では少し休んでから出発しましょう。ドラゴンの脅威があって、まともに息をつくこともできませんでしたから」
セインの提案が受け入れられ、私達は漸く平和になった坑道の中で休息することができた。
ちなみにゲイルは、ドラゴンが倒されたにも関わらず、岩陰に大人しく隠れたままひたすら存在感をなくすことに終始一生懸命になっていた。
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