対決ファイアドラゴン、そして、精霊魔法
「ドラゴン……とゲイル?!無事だったの!」
「もう一人、ドワーフがいます!」
レンジ副所長に一足遅れて私とセインも駆けつけた。
「セインとユーリはその2人を連れて下がっていてくれ。コイツの相手は、僕がする」
副所長は後ろに座り込んでいる2人を顎でしゃくる。
その間もドラゴンから一瞬たりとも目を離していない。
「大丈夫ですか?!」
「ア、アンタは?」
「私はヒーラーです。別の場所に移動して、すぐに右腕を……治療しましょう!」
そう言うセインの顔が若干引き攣る。
「セイン、あんまり直視しない方が……」
「大丈夫……です!出血はありませんので!」
顔色が気になるところだけど、まあ許容範囲内なのだろう。
「ちょっとゲイル!アンタもさっさとここを離れるわよ!レンジ副所長の邪魔になるから!」
相変わらず地面にへばりついているゲイルに怒鳴りつけると、
「わ、私を見捨てないでくれぇ……」
あの偉そうな態度は見るも無惨に消え去っていた。
「やはりそうか……」
ゲイルを追い立ててセイン達と一緒に先に避難させていると、
「お前もそうだったんだな」
ドラゴンをジッと観察していたレンジ副所長が確信を得たように呟いた。
「どういうことですか?」
「ファイアドラゴンの体は鮮やかな赤色の鱗に覆われ、その瞳は金色に煌めく。だがこのドラゴンは…鱗も瞳も黒く変色している」
「黒くって……まさか?!」
「ああ」
レンジ副所長が深く頷いた。
「このドラゴンは、黒死病を発症しているんだ」
なんと!
『ゴ○ラ』の印象が強すぎたから、こういう赤黒い色のドラゴンなんだと思っていた。
「黒死病を発症した魔物は、耐え難い苦痛から凶暴化し、時に予想外の動きを取ることがある。地上に出ようとしたのも、黒死病の影響からなのかもしれない」
(……ワイルド・ウルフの時と同じだ)
我を忘れたように襲い掛かってきたあの大きな狼とドラゴンの姿が重なる。
レンジ副所長は義手に向けて
「土の精霊よ、我に御加護を。"アルケミル"」
と詠唱する。
すると、
「左腕が……剣になった?!」
(それに、あの左手……!)
どうやら義手は、ロボットのような鈍い銀色の骨格を甲冑が覆っているような構造らしい。
ロボットの骨格はそのまま、その外殻の甲冑部分だけが剣の形に鋭く細長く変形していた。
「……お前の苦痛と恐怖は誰よりも理解できる。だから安心しろ」
スッと剣先がファイアドラゴンに向けられた。
「僕が引導を渡してやる」
それが戦いの合図となった。
ギャオォォーーース!!
ドラゴンが威嚇の咆哮をあげたかと思うと、
ゴオォォーーー!
「何て威力の炎なの?!」
私達目掛けてファイア・ブレスが放たれる。
「"ガード"!!」
攻撃に対して魔法を発動させるのにも大分体が慣れてきた。
やっぱり実戦するのが一番ということか。
「ユーリさん、ありがとうございます!」
セインが律儀にお礼を言ってくれる。
炎が止むとすかさず、レンジ副所長が詠唱する。
「土の精霊よ、汝が加護を以て彼の者を大地に縫い止めよ。"アース・ニードル"!」
地面から出現した大量のトゲがドラゴンに襲い掛かる。
それを避けようとドラゴンは丸太よりも太い尻尾で凪払おうとするが、副所長の剣が巨大な尻尾を受け流す。
「スゴい……あんな凶悪なドラゴンと互角に渡り合うなんて!」
「ですが、そう安心もできないようです。見て下さい」
坑夫さんに治癒魔法をかけながら、セインも戦いを冷静に観察しているようだ。
レンジ副所長はドラゴンの猛攻をギリギリで躱し一歩も引かずに魔法で反撃しているが、かなり息が上がっていて、頬には次から次へと汗が滝のように流れている。
「流石に今までの疲労で体力が残っていないようです。黒死病にかかっているとはいえ、ドラゴンの攻撃は凄まじいですし、止めとなる魔法を命中させるのが難しいのでしょう。倒すのに時間がかかるほどレンジ副所長に不利な状況になります」
「そんな……!」
(このままじゃレンジ副所長がッ!)
『―――どうか一度だけ、私達と一緒に戦ってください!』
このまま見ているだけで……
本当にいいの?
(って、なに優柔不断なこと考えてるの!そんな奴、前世の病院にいた事務長だけで十分でしょうが!)
たかが会議室の椅子を新調するかどうか3ヶ月も悩みまくっていた虚弱体質のオッサンの姿が脳裏に浮かぶ。
一度と言わず―――二度でも三度でも、一緒に戦えばいいじゃない!
右手をドラゴンに向け、狙いを定める。
「光の精霊よ、汝の加護を以て彼の者を捕らえたまえ!"シャイニング・キャスト"!」
すると、掌から光り輝く網が放たれ、
ギャオォォーーー!!
見事ドラゴンに命中し、その場に勢いよく転倒した。
驚いてこちらを振り向くレンジ副所長に、
―――ビシッ!
返事の代わりに右手の親指を力強く立てる。
―――フッ。
(……えっ!)
あの時の微笑み。
私がメスのお礼を言ったときの、あの柔らかな笑顔だ。
「ユーリ!」
笑顔は一瞬で戦いに挑む引き締まったものに変わる。
「はいっ!」
慌てて返事をすると、
「僕とコイツの周りに光の障壁を出現させてくれ!できるか!」
「分かりました!」
すぐさま両手を構え直し、
「光の精霊よ、我にご加護を。"ガード"!」
すると、レンジ副所長とドラゴンの周りを無数の障壁が次々と囲うように出現していき、遂には両者の頭上を輝く天井が蓋をする。
「見事だ……後は任せろ」
ドラゴンにスッと右手を伸ばされる。
"天を巡り、地を走り、遍く世界を統べる大いなる御霊よ。”
「あの詠唱は……まさか!」
治療を終えたセインが目を見開いた。
”我、加護を授かりし者、レンジ=トゥル=ゾレ=ガルナンが祈り奉る。"
レンジ副所長とドラゴンは四方を障壁に囲まれている。
それでもビシビシと伝わってくるほど、凄まじい魔力、そして圧迫感。
「何だか……とてつもなくスゴそうなことだけは分かる」
《あれは、精霊魔法の真名です》
(精霊魔法って……奥義クラスの最強魔法のこと?レンジ副所長ってそんな凄い魔法使えるの?!)
《そのようです》
スゴイ人だとは思っていたけど、まさかここまでスゴかったとは!
《精霊魔法は、真名・言霊と2段階の詠唱文で構成されております。真名は、特別な加護を与えられた精霊の愛し子であることを世界に知らしめる文であり、名前以外は他の愛し子も唱える共通の文です。そして、言霊》
"不屈の燈。鐵の唸り。求めるは万象の調べ。”
(でも、レンジ副所長が唱えた詠唱文を全部覚えれば、同じドワーフなら精霊魔法を使えるんじゃないの?)
《言霊は愛し子が精霊から特別に授けられた、その愛し子だけの御霊の言葉です。第3者が無闇に詠唱しても精霊魔法は発動しません。むしろ、精霊に対する侮辱と捉えられ、加護を失い、魔法を一切行使できなくなります》
(メチャクチャ厳しいじゃん!)
《だからこそ、精霊魔法を行使できる者は、精霊から特別な寵愛を受けた者として尊敬され崇められているのです》
(精霊の、寵愛……)
”爆ぜし火花に大地は目覚め、紅蓮の激流を迸らん!"
『―――黒死病を発症した者は『精霊に見放された異端者』の烙印が押される』
「ユーリさん?」
自然と微笑みを浮かべていた私に、セインが不思議そうな顔をした。
「……ううん。何か、嬉しくなっちゃって」
坑道の入り口で、見ているこちらが辛くなるほど痛々しかった、あの時のレンジ副所長に教えてあげたい。
(―――あなたは精霊に見放されてなんていない)
(―――むしろ、こんなに愛されてるじゃないですか)
"ボルケニック・アストランテ!!"
その瞬間、結界の中が煉獄の炎に包まれた。
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