ユーリの魔力操作、そして、ドワーフの御子復活!
ギリッと奥歯を強く噛み締めた。
(何が……聖女よ。何が、医者よ!レンジ副所長は、自分の命を犠牲にしてまで私達を助けようとしてくれている。それなのに!)
目を強く瞑り、脳内の支援システムに静かに命じた。
(……アイ。”ガード”をセインとレンジ副所長のためだけに使って。これから先は私の前には絶対に展開させないで。邪魔になるから)
《しかし》
「いいからっ!!」
アイとの会話を強引に終わらせ、目隠しをしているローブの前に新しく光の障壁を出現させる。
セインとレンジ副所長を触手の攻撃から確実に守るために。
「……何をしている!早く」
尚も私に中止を促そうとするレンジ副所長の声を無視して、大きく深呼吸した。
―――スゥッ!!
「甘ったれるな、瀬戸悠里!」
「あんたがメスを置いたら…誰がこの患者を助けるの!!」
術野を覆うように展開した障壁を強引に解除し、鮮血に染まったような赤い球面が私に狙いを定めているのが分かる。
だけど、こっちだって当の昔に腹は括っている。
「絶対に、諦めない!刺し違えてでも、お前をこの人の体から追い出すから!」
無数の黒い触手が私目掛けて一斉に襲い掛かってくる。
「ユーリさん!!」
―――悠里。
セインが叫びながら呼びかける声と、死の間際の彼の消えそうな声が、なぜか重なり合う。
(誠吾……!)
最期に見た誠吾の微笑み。
それが私の決心を揺るぎないものにしてくれた。
「絶対に―――二の舞になんてさせない!!」
守りを捨て、触手の攻撃を覚悟しながら、メスを構える。
―――ドクン……。
(え……)
あれ……この触手……
―――こんなに動き、遅かったっけ?
それだけではなかった。
「えっ」
自分でも何が起こっているか分からなかった。
気が付いたら、私に襲い掛かってきた触手はメスで一本残らず切り落とされ、
(……見える!顕微鏡もつけていないのに!)
組織と核の境界が、まるで目の前で拡大されているかのように鮮明に見えるようになった。
すぐさま鑷子で核を掴み、そこに誘い込まれるようにメスで切離していく。
”ィイイ゛ーーーーーッ!!”
黒い核から音にならない絶叫が漏れ出る。
だがそれは、先程のような敵意に満ちたものとは明らかに違う、苦しみ悶えるようなものだった。
(効いてるッ!でも、なんで……!)
さっきまではコイツの触手に翻弄されて手も足も出なかったのに。
(私の動きが……格段に速くなっている?!)
《魔力操作によるものです》
ここでアイの解説が飛び込んできた。
《あなたの体がようやく魔力操作を受け入れたのです。今のあなたは、視力、身体能力、反射能力が飛躍的に上昇しているため、触手の攻撃もメスで即座に迎撃することができているのです》
スゴイ、魔法でそんなことができるようになるの?!
《どうやらあなたは、全身を使う協調運動能力はゼロ、俗に言う『運動音痴』のようです》
「ねえ!今私、必死に頑張っているんだけど?!なんでこんな時にディスってくるの!!」
横から「す、すみませんっ?!」とセインの上擦った声が聞こえた気がする。
だけど、切っても切っても即座に生えて攻撃してくる触手をメスで切り伏せながら核を剥がすことに精一杯でフォローする余裕もない。
そんな私のことなど気にせずアイは話を続ける。
《ですが、あなたが長年積み重ねてきた経験や技術は、あなたを裏切らず、新たな高みへと導いてくれました》
(アイ……)
《あなたは手を差し伸べた者の世界を救うことができる、紛れもない聖女だということです》
「……ははっ」
(貶したと思ったら、急に褒めてくるなんて。アイって実は、ツンデレだったりして?)
そんな下らないことを考えるくらいの余裕はできたが、当然敵もそう簡単には倒されてはくれない。
「メスで剥離したところが、またくっつこうとしている?!」
とんでもなくしぶといようで、メスで剥離した組織にまた触手を伸ばそうとしている。
「くっ……また初めからやり直しなんて……!」
《させません》
先回りしてアイが”ヴェール”を出現させ、核と組織の間を紙よりも薄い強力な膜が覆い、核の癒着を防ぐ。
「さっすが、アイ大明神様!」
ミスリルの刃は吸い込まれるように組織と核の境界を的確に分けていき、しかも切る必要のない血管や筋肉、神経に決して切り込むことはない。
「レンジ副所長!」
届いているかは分からない。
だけど、この言葉だけは絶対に言いたいと思っていた。
「あなたが作ってくれたメスは、本当にスゴイです!最高の一品です!!」
「……ユーリ」
そして、最後の癒着が一寸の狂いなく剥がれていき―――!
「―――摘出!」
黒い核を掴んだ鑷子を高らかに掲げる。
間髪入れず、
「光の精霊よ、我にご加護を。”パージ”!!」
レンジ副所長の体が淡く輝くと、壊死している部分に溜まっていた膿だけでなく壊死組織もキレイさっぱりなくなった。
「セイン、治癒魔法を!」
「分かりました!」
力強い返事とともに、セインが詠唱する。
「光の精霊よ、我にご加護を。”ヒール”!!」
止血のためにかけていた結界魔法を解くと同時に、セインが治癒魔法をかけた。
”―――‥‥‥。”
「核が・・・・・・!」
何故かはわからない。
レンジ副所長の創部が見事に閉じられ、右肩が左肩と同じ色の皮膚に戻ったとき。
核が鑷子の間から砂のように跡形もなく崩れて消えてしまった。
「おわ……った……?」
今までの緊張感から一気に解放されたせいか、急に力が抜けて、頭の中が白い靄に覆われていく。
(あ、ヤバい……)
あれ、ひょっとしてこれ、気が遠くなって・・・・・・
―――ビシッ!
《意識と無意識の狭間という曖昧な状態に陥った場合、一瞬ですが”ガード”が弱体化してしまいます》
(あれはフラグ……だったの……ね)
頭上から大きな岩が妙にゆっくりと落ちてきて、妙に遠くの方からセインの叫ぶ声が聞こえた。
「土の精霊よ!」
「汝の加護を以て彼の者を大地に縫い留めよ!」
「”アース・ニードル”!!」
高く凛とした、だけど今までで一番力強い声が詠唱するや否や、
ギシャンッ―――!
私達を守るように地面から生えた無数の棘が、一つ残らず落石を弾き、削り散らした。
「どうやら君は、最後の最後で爪が甘いようだな……ユーリ」
スッと立ち上がり身なりを整えるその姿には気品が漂い、
「だが……」
不敵に微笑むその顔には、ほんの少し前まで生死を彷徨っていたとは思えないほど自信と生気に満ち溢れていた。
「この世に生を受けてから、今日ほど生きる喜びを感じたことはない!!」
圧倒的な存在感、そして少年のように小さな体には想像を絶する力が秘められている。
「セイン!」
炎のように燃える深紅の髪。
「ユーリ!」
琥珀色の大きな瞳が、闇夜に瞬く綺羅星のように一際輝く。
「君たちのおかげだ!心から感謝する!!」
レンジ=トゥル=ゾレ=ガルナン。
そこにいたのは、誇り高きドワーフの正統なる御子だった。
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