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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.29 ユーリの決断、そして、レンジ副所長の覚悟

「ユーリさん、大丈夫ですか!?」


「あれ…?確か岩が落ちてきて……?」


「ユーリさんの魔法のお陰です。光る壁が幾つも現れて、岩の下敷きになるのを防いでくれているんです……」


「そ、そっか……」


(アイが出してくれたの?!)

《間に合って良かったです》

(神様仏様、アイ大明神様~!!)


心の中で両手の皺と皺を合わせて拝みまくった。


「しかし、光の壁が防いでくれているとはいえ、落ちてきた岩の下にいることは変わりありません」


(……もし今”ガード”を解いたらどうなるの?)

《支えがなくなりますので、岩の下敷きになります》

(ですよね)


"ガード"で守られた空間は、広さはそれなりに確保されているけど、高さはセインが立ち上がって頭がギリギリつかない程度だ。


身動きが取れない状況には変わらない。


《一つ忠告しておくことがあります。あなたの身に危険が及んでおり、かつあなたの魔法行使が間に合わないと判断した時のみ、私は今のように”ガード”を出現させております。これは、あなたが例えば眠っている時や気絶している時にも適応されます》


確かに、ワイルド・ウルフに襲われた時もそうだった。


《ですが”ガード”の発現や維持が不安定になるときがあります。それが、あなたが意識を失う瞬間です》


(どういうこと?)


《完全に意識がある状態、または完全に意識がない状態であれば、私は安定して”ガード”を行使することができます。しかし、意識と無意識の狭間という曖昧な状態に陥った場合、一瞬ですが”ガード”が弱体化してしまいます。ですので、なるべく気を失うようなことにはならないようお気を付けください》


いや、気絶って頑張って防げるものなの?

なかなか難しいことを要求されている気がするんだけど。


(……なるべく気を付けます)

とりあえず、そうとしか言えない。


「あれ、そう言えば……ゲイルは?」


ファイアドラゴンに恐れをなして絶叫してくれた諸悪の音源の姿がどこにも見当たらなかった。


「……分からない。追いかける暇もなく岩盤が降ってきたからな。無事でいるといいんだが」


座り込んだレンジ副所長が苦しそうに答えた。


「だったら、一刻も早く脱出しないと!レンジ副所長だったら、この岩を退けることも簡単なんじゃないですか?」


「……すまない。魔法どころか、僕はもう……立ち上がる力さえ残っていないようだ」


(……そうだった。レンジ副所長はここにくる前からもう体力の限界だったんだ。それをここまで無理矢理体を動かして……!)


レンジ副所長が有能過ぎて、体調が最悪だったことを失念していた。


(……結界魔法で岩に押し潰されていないだけで、生き埋めなのは変わらない。私もセインも岩を退けることはできない。今もドラゴンがウロウロしている状態で救助を期待するなんて絶望的に有り得ない。何よりドラゴンが地上に出てこの国を滅ぼしたりしちゃったらーーー!)


うん。

正真正銘、見事なまでの、万事休す、だ。


(いやいや、私聖女なんでしょ?!こんなところで死ぬの?!わざわざ転生させられたのに?!これじゃあ、世界を救うことなんて……!)


そのときハッと気がついた。


(何勘違いしちゃってんの……私)


『世界を救う聖女』なんておだてられて、いい年して舞い上がっちゃって。


(……何が、聖女よ)

私のすぐ傍には、ぐったりとうずくまっているレンジ副所長がいるのに。


一番大切なことを忘れてしまうところだった、なんて。


(そうよ、何が聖女よ。目の前に苦しんでいる患者がいるっていうのに!助けようともしない奴が、どうやって世界救うのよ!)


アイには悪いけど、私はどうやら聖女なんて大層なものではなさそうだ。


だけど!


ーーー医師としてなら、できることがあるかもしれない!


(アイ、レンジ副所長の体をスキャンしてくれる?)


《かしこまりました。スキャン開始ーーー終了》


目の前にスクリーンが現れ、レンジ副所長の体内構造が映し出される。


《レンジの右鎖骨上に楕円状の腫瘤性病変が認められます。大きさは、長径約30mm、短径約15mm》


(皮膚が大分変色していたけど、皮下組織は大丈夫なの?)


《病変周囲の皮下組織には炎症が認められますが、組織構造は保たれております。明らかな浸潤は認められません》


初めて会ったときから、右肩を庇うような動きが多かった。


それに、これまでの様子から見て右腕を動かすことができないようだ。


浸潤がないとはいえ、肩や腕を動かす神経にも炎症が波及している可能性は十分考えられる。

腫瘤の位置は皮下5mm程。


(不幸中の幸いか、鎖骨下静脈から距離は離れているわね)


鎖骨の下を走る大きな静脈。


ここと癒着していたら剥離するとき最悪大出血を覚悟しないといけなかったが、その心配は少なそうだ。


(ドラゴンがいつ坑道を崩壊させてもおかしくないこの状況で、レンジ副所長を完全に眠らせて手術するのはあまりにも危険すぎる)


腫瘤が大きめだから執刀する身としては眠らせてから手術したいところだけど、術野だけに麻酔を行う局所麻酔の方がまだ命の安全を確保できる。


もう一度スキャンした画像をジッと見つめた。


(黒死病の元凶は恐らくコイツなんだろう。この画像以外には手がかりなし、まさに未知との遭遇だわ)


まさか異世界で、ドラゴンに襲われて生き埋めになって、未だ治療法が見つかっていない病気の試験的切開術をする日が来ようとは。


(フッ……ブ○ック・ジ○ックも、ビックリだぜ)


だけどーーーやるしか、ない!


さあ、決断の時だ。


***

『ドワーフのなり損ない太子』


この国に産まれた時から、僕はそう蔑まれてきた。


他国では『王子』と呼ばれる存在をガルナン首長国では『太子』と呼ぶ。


それは、壮大にして険しく厳しいガルナン山嶺を逞しく生き抜く、誇り高きドワーフの太い体、太い腕、太い脚を正統に受け継いでいることを意味していた。


僕には何もなかった。体も腕も脚も線が細い。


しかも、左腕は肘から下が生まれつき欠落していた。


母は僕を産んだことを嘆き、父からはドワーフを名乗る資格はないと罵られ、上の兄2人からも居ないものとされてきた。


この容姿で産まれてしまった自身を嫌悪しない日はなかった。


そんな僕に愛を恵んで下さったのは、ドワーフを加護する火の精霊と土の精霊だった。


容姿は貧相でも、魔法では抜きん出た才能を持っており、ほんのわずかな時間で両属性を攻撃魔法まで完璧に使いこなすことができるようになった。


土属性魔法の1つである錬金魔法を極め、本物の腕や手に遜色ない動きができる義手を開発した。


父である首長から『王位継承の資格はないと思え』と常々言われていたから、魔鉱石錬成研究所に入所し、封魔石の研究に没頭した。


ここでは実績を評価してくれ、副所長にまで昇格することができた。


何より自分の知識欲を満たすことはこの上なく楽しく、その時だけは自分の容姿など些細なことだと割り切ることができた。


そして7年前のあの日、ファイアドラゴンが坑道内に出現し多くの坑夫や兵士が倒れる中、僕は命を懸けて戦い、遂に地底へと追い返すことができた。


結果、僕の力は国民にも認められるようになった。


(……まさかこのタイミングでかつての宿敵と相対することになるとは、な)


自分の心臓に呼応するよう規則正しく脈打つ激痛に意識が薄れそうになる。


それを何とか抑えようと、血の通わない左手で右肩を庇うのが癖になっていた。


半年前、初めは右肩のかすかな違和感だけだった。


しかし、違和感は痛みへと変化し、やがて勘違いでは済ませないほどの激痛となって精神を蝕んでいった。


不幸なことは続く。


ただの黒子だと思っていた黒い染みは、徐々に大きくなっていき、今では右肩全体に広がっている。


『黒死病』を発症したことを自覚せざるを得なかった時には、既に右腕は上げることすらできなくなっていた。


当然誰にも相談なんてできなかった。


もし露見すれば問答無用で国外追放となり、野垂れ死ぬだけの最期が待っている。


だがそれ以上に耐え難かったのは、『精霊に見放されたのだ』という事実だった。


唯一僕に目をかけて下さったと、そう思っていた存在から冷たく目を背けられる。


その現実を自分の口で語るなど、僕にはどうしてもできなかった。


(せめて……あの研究所をより良くしてから死にたいと、手を尽くしていたんだがな)


無駄な足掻きだったのだろう。


ゲイルの悪事を暴くことはできた。だが事態はより深刻なものになってしまった。


このままドラゴンを野放しにすれば国は壊滅の危機となる。


あれほど守りたいと思っていた研究所も廃墟と化すだろう。


(僕のせいだ)


岩の下に閉じこめられてしまった2人の姿が霞んで見えるのは黒死病のせいなのか、はたまた罪悪感で直視できないからなのか。


死に損ないの自己満足のせいで、全く関係の無い人間を巻き込んでしまった。


僕は本当に愚かだったのだ。


(何が天才だ。何が英雄だ)


ようやく周囲に認められるようになったのに、そこに胡座をかいていた。


知るべきことを知ろうとしなかった。


黒死病を発症した同胞の苦痛を、恐怖を、孤独を、絶望を。


知る機会はいくらでもあったというのに。


悉く放棄していった報いが、今こうして我が身に降りかかってきたのだ。


(……唯一の救いは、たった一人で死なずに済んだ、ということか)


そんな卑劣なことを考えている僕は、既に心までどす黒くなっているのかもしれない……


「レンジ副所長」


傍で誰かがスッと跪いた。


ぼやけた視界の向こうにいたのは、あの助手の娘だ。


初対面のタイミングが悪かったために、彼女のことを大分脅かしてしまった。


それでも、浄化の封魔石という全く新しい封魔石を開発した優秀な技能者だ。


(……恨み言でも言いにきたのか?)


それも仕方がないことだ。


グスタフ兄様から僕を庇ったばかりに、こんな危険な目に合っているのだから。


だが、彼女は真っ直ぐ僕の目を見ながら言った。


「レンジ副所長なら、ここを抜け出すことも、ドラゴンを倒すことも、できるんですか?」


「……体調が、万全だったら、な。だが、今の状態の僕では……」


そうだ。

黒死病に侵され、もはや動くことさえできない今の僕では……

それでも彼女は落胆することはなかった。


「もしも……もしもですよ?」


そしてとんでもないことを言ってきた。


「もし、レンジ副所長の黒死病をここで治療できたら……?」

「…なん、だと?」


思わず耳を疑った。


(いったいこの娘は何を言っている?恐怖で気でも触れたのか?)


助手の言葉を聞きつけて、ヒーラーも駆けつけた。


「ユーリさん、本当ですか?!」

驚きながらも、その声には期待と信頼が含まれていた。


「黒死病を、治療……できるのか?」

「わかりません」


彼女は静かに、だが一切の気休めもごまかしもなくそう断言した。


「私も今までに経験のない初めての症例です。正直、何をもって治療が成功なのかも、分かっておりません」


淡々と冷静に話す姿は、これまでの彼女とはまるで違っていた。


こちらの一挙一投足に過剰に反応し挙動不審になっていた娘と、同一人物とはとても思えなかった。


「ですが、私は最後まで諦めず最善を尽くすと誓います。だから、レンジ副所長!」


そこにいたのは、


「どうか一度だけ、私達と一緒に戦ってください!」


知識を蓄え、技術を磨き、経験を積み重ね、責任と覚悟を決めた、一人のエキスパートだった。


(エキスパート?……僕はいよいよおかしくなったのか。この娘は、ただの助手だろ?)


そうだ。ただの助手だ。

確かに治癒魔法とは異なる魔法を使えている。

だが、たかが助手ごときが黒死病を治療する?

しかも一緒に戦うだと?


有り得ない。なぜ。

(なぜ、この娘は……諦めようとしない?)


僕はとうに諦めたというのに。


たった一人で、惨めに、絶望の中で死ぬのだと、潔く覚悟を決めていたのに・・・!


ーーーギシ。


左の義手が軋む音。


いつもなら気にもとめないのに、今だけなぜか耳に強く響いた。


(……違うだろう)


僕がいつ潔く諦めたことがあった?


この義手を開発したのも、『片腕だけのドワーフなど存在自体が惨めだ。』と嘲笑され、それが悔しくて、何度も試行錯誤を重ねて作り出したのだ。


(……自分の存在を認めさせたくて、独りで必死に努力してきた。戦い続けてきた。なのに辿り着いた先が黒死病だったなど、あまりにも自分が惨めで……物わかり良く、諦めるフリをしていただけだった)


今までは自分の力だけで解決することができた。


だが、黒死病はあまりにも強大で、僕だけの力ではどうすることもできなかった。


(ーーーもしも)


たった一度でいい。

もしも、自分と同じように諦めの悪い誰かが一緒に立ち向かってくれるのなら。


ーーー僕は絶望に打ちひしがれて惨めに死ぬのではない!


ーーー最後の最後まで諦めずに生き抜いたんだ!


そう胸を張って言い返してやれるのではないか、と。


「……ユーリ、だったな」

「えっ、あ、はい!」


ここにきて初めて僕に名前を呼ばれたせいか、彼女は、ユーリは戸惑ったように返事をした。


「それが君の、正式な名前か?」


一瞬躊躇うようにセイン殿の方を見たが、


「……いえ。私の正式な名前は、ユーリ・セト、です」


「そうか」


ーーーユーリ・セト。

一緒に立ち向かう諦めの悪い同志の名前を胸に刻み込んだ。


「ユーリ・セト。君に僕の命を託す。最後まで一緒に戦ってほしい」


出会ったときから初めて、ユーリが僕の視線を真っ直ぐ受け止めてくれた。


それだけで、鳴りを潜めていた、燃えるような執念の火花が爆ぜるのを感じる。


「思い出したんだ。僕は……潔く野垂れ死んでやるほど諦めがよくない。そのことを、な」

ブクマして頂ければ幸いです。

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