ヒーラーの助手に就職、そして、異世界で手術?!
「ありがとうございました!先生は命の恩人です!」
部屋にはさっきまでの緊迫した空気はすっかりなくなり、和やかそのものだ。
「私の方のこそご心配おかけして、申し訳ありませんでした。それに彼を治すことができたのは、私だけの力ではありません」
そう言いながら、セインは私の方を見た。
「ああ、そうだな!そこの嬢ちゃんのおかげだな!」
おじさんも私の方を見る。
「あはは、うまくいって本当に良かったですよ」
私も何とか笑顔でその場をやり過ごす。
「じゃ、先生!お代は後で持ってくるからよ!それから、えーと、あんたは……」
「彼女はユーリさんといって、私の助手として今日から働いていただくことになっていた方です」
突然セインが割り込んできた。
え、何言ってるの?この人。
「なんだよ、そうなのか。やぁ、さっきは怒鳴っちまって、すまなかったな。俺はダンカンだ。この村では大工の棟梁をしていてそれなりに顔が利くんだ。何かあったら遠慮なく俺を頼ってくれ。コイツを助けてくれた貸しもあるな」
おじさん、もといダンカンさんは胸を叩いた。
「じゃあな、先生!嬢ちゃん!」
「本当に、ありがとうございました!」
こうして急患は無事帰宅できたのであった。
「本当に、ありがとうございました。彼を治すことができたのはあなたのおかげです」
「そんなことないよ。私は止血しただけで、最終的に彼を助けたのはセインなんだし」
本当にそう。
私が結界魔法を解除したのと同時に、セインは腹部だけでなく、足や頭の傷も一瞬で治してしまっていた。
恐るべし、治癒魔法。
確かにこれなら医学は必要ないわ。
「それにしても、ユーリさんも魔法を使っていらっしゃいましたが、治癒魔法、ではないですよね。あれは一体……」
セインは興味津々という目で私を見てくる。
「あぁ、あれは『結界魔法』と『浄化魔法』っていうらしくて」
「結界、魔法……浄化魔法?」
どうやらセインも知らないようだ。
「実は私も初めて使ったんだ。うまくいって本当に良かったよ」
「初めてであんなに緻密に魔法を使ったんですか?!」
今度は驚いた顔をし、と思ったらブツブツ何か考え込んでいる。
「ユーリさん!」
突然両手をガシッと掴まれ、
「先ほどダンカンさんにも言いましたが、もしユーリさんさえよければ……本当に私の助手になってくれませんか?!」
「えっ?!」
今度は私が驚く番だ。
「診察室に入ったときからの対応も終始冷静で、患者さんの状態をしっかり把握されてました!あの魔法も見事でしたし!それに……!」
「それに?」
「……それに、恥ずかしながら、私は血が苦手です。ヒーラーとして、あってはならないことなのは分かっているのですが、どうしても克服できなくて。でも……」
セインは改めて私と目を合わせた。
「でも、あなたが止血してくれれば、私はケガを治すことができます。あなたの力があれば、私は患者さんを救うことができるのです」
そして、セインは私に深々と頭を下げた。
「どうかお願いします。」
「……むしろ私からお願いしたいくらいだよ。これからどうしたらいいのか、全く分からなかったから」
改めて、目の前の空色の目を見つめる。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
「ユーリさん……!」
パアッと顔が輝き、セインは私の手を握り直した。
こうして、異世界での生活が始まった。
幸いなことに、フラノ村のみなさんにも温かく受け入れてもらえた。
それに、セインの助手といっても薬草採取と薬の調合、薬の販売くらいで、初日のような重症患者は皆無だった。
(このままのんびり過ごすのも全然ありよね)
自分でも意外なほどこの世界の生活がしっくりきているし、なにより……この世界には誠吾そっくりの青年がいて、彼と一緒に暮らすこともできている。
でも、医師だろうとヒーラーだろうと。
職業がら予期せぬ緊急事態には常に狙われているのだ。
「先生!先生!」
突然ドアを激しく叩く音に、一気に頭が冴える。
急いで着替えて部屋のドアを開けると、ちょうどセインも部屋から出てきたところだった。
「村長さんの声ですね」
「うん」
お互いに短く確認し、診療所に向かった。
「先生!」
診療所のドアを開けると、村長のポールさんが立っていた。
温厚で眼鏡の似合う好々爺なのに、今夜は焦燥感が漂っている。
「助けてください!娘が……アンナが!」
「分かりました。すぐに向かいましょう」
セインの声は相変わらず落ち着いている。
まだ夜も明けてない暗い道をポールさんの家に急行した。
ポールさんに案内されるまま部屋に入ると、目に飛び込んできたのは、ベッドの上で荒い息を吐きながら苦悶の表情を浮かべる女性、アンナさん。
そばでは、不安な表情を浮かべた旦那さんが彼女の手を握っている。
「あっ、先生!助かったよ!アタシじゃ、手に負えなくてさ……!」
「確か、今日あたりが予定日なんですよね?」
セインがベッドに近づきながら、この村唯一の産婆さん、ジュディさんに尋ねる。
「そうなんだよ。朝早くから陣痛が始まったんだけど……あ、赤ん坊の頭が全然下りてこないんだよ!しかもさっきからダラダラ出血しているし!」
出血と聞いてセインの顔がひきつるが、その様子にジュディさんは全く気づかない。
「……弱りましたね」
セインは顎に手を当て考え込む。
「私は出産に立ち会った経験がほとんどありません。そんな状態で、果たしてお役に立てるか……」
「そんなこと言わないでさあ!いつもの治癒魔法で何とかならないのかい?!」
「そう言われましても……」
セインとジュディさんの問答にポールさんや旦那さんはオロオロするだけだ。
(うーん、これはなかなか難しいな)
確かに妊娠や出産は女性の生死に関わることもあるけど、そもそも怪我や病気ではない。
それを治癒魔法で何とかしろって言うのは、無茶ぶり以外の何者でもない。
チラッとアンナさんの方を見る。
陣痛が規則的に続いているからだろう、痛みに耐えるように目をキツく閉じている。
前世では魔法はなかったが、それに負けないくらい医学は日々進歩していったし、出産の時だって、超音波や心音計で胎内の様子をリアルタイムに映し出すことができていた。
だけど、この世界にはそういう情報収集手段がない。
(アイ、ちょっといい?)
頭の中で呼びかけると、
《何でしょう?ユーリ》
アイがすぐに反応した。
異世界生活初日に魔法のアレコレを教えてくれた謎の声、『ターヘルアナトミアAi』。
そのまま呼ぶのは面倒くさいので、『アイ』と省略して呼んでいる。
(アイの能力でさ、胎内の様子を見ることって、できない、かな?……なんて、思ったりして)
自分で言っておいて何だけど、よく考えたら、そんな都合のいい能力あるわけが……
《あります》
(あるの?!)
《ターヘルアナトミアAiには対象をスキャンする能力があります。それを使えば胎内の様子を透視し、画像データとして再構築する事ができます》
なにその素晴らしい能力!
(ち、ちなみに、それって胎児には影響ない?)
《問題ありません》
(そうなの?!)
《ターヘルアナトミアAiのスキャン能力は対象の魔力を感知し、魔力の流れから対象の構造を画像化するものだからです》
スゴイ!前世の科学負けちゃうじゃん!
(オッケー!そしたら、アンナさんの腹部をすぐにスキャンして!)
《了解しました。スキャン施行―――スキャン完了》
(はやっ!)
《スキャンしたデータを画像化します。ターヘルアナトミアAiのスクリーンモードを起動します》
目の前にいきなりデスクトップくらいの大きさのスクリーンが現れる。
「わっ!」
思わず声を上げると、
「どうしましたか?ユーリさん」
セインがこちらを振り向く。
ジュディさんも、明らかに不審者を見る目つきをしている。
「な、何でもないから!」
慌ててごまかし、改めてスクリーンの画像を見る。
(スゴイ……体の内部構造をここまで精密に映し出せるなんて!)
《画像の解析結果が出ました》
何も言っていないのにそこまでしてくれるなんて……アイ、できる奴だ!
《解析の結果、胎盤が子宮口を89%塞いでいる状態です》
(それって……前置胎盤?!)
―――前置胎盤。
そもそも胎盤は母親から胎児へ必要な栄養や酸素などを送るための臓器で、多くの場合子宮口から十分離れた子宮壁に形成される。
だけど、稀に胎盤が子宮口に近い位置や子宮口を塞いでしまう位置に形成されてしまうことがある。
それが前置胎盤だ。
特に今回みたいに、子宮口をほぼ完全に塞いでいる場合は普通に分娩なんてできる訳がなく、残った手段は……
―――帝王切開術しかない。
(ど、どうする?!こんなところで開腹手術なんてできないし……そもそも麻酔もできないのに!)
それに私の専門は消化器外科であって産婦人科じゃないのに、こんな異世界でやらなきゃいけないの?!
(ちょっ、アイ!何か、何かいい方法ないの?!あの胎盤の位置をずらしたり、消したりする魔法とか?!)
《ありません》
はい即答!
相変わらず潔い。
でもこの緊急事態では逆に腹が立ってくる。
(じゃあ、どうするの?!ここでお腹開けて胎児取り出せっていうこと?麻酔もできないし、道具もないのに!)
声に出さずに食ってかかるって本当に難しい。
《帝王切開術は可能と考えられます》
「っ!」
思わず声が出そうになるのを、口に手を当てることで何とか堪える。
《まず麻酔についてですが、結界魔法で痛覚神経や感覚神経などを遮断することで代用が可能です》
なんと……結界魔法でそんな使い方を思いつくなんて。
《次に道具についてですが》
(ウンウン!)
《残念ながら、ユーリの記憶にある手術道具は用意できません》
「っ!(っおい!)」
また口を手で抑えながら心の中で悪態をつく。
《ですが、止血や周囲の臓器を避ける方法としては、これも結界魔法が代用できると考えられます》
なるほど。
私が最初に結界魔法を使ったときを思い出す。
確かにあれなら止血しながら周囲の臓器を障壁で避けて、子宮に辿り着くことができる、かもしれない。
(じゃあ、道具は?)
《それについては、採取した薬草を処理する道具で対応ができる可能性があります》
確かにあの中には長めのピンセットもあるし、ハサミもナイフもあるけど。
(でも、薬草切っているのは果物ナイフでしょ。あんな不潔なもので手術するのは、流石に抵抗あるし。それに、万が一手術で胎児を取り出したとしても、どうやって傷を塞げば……)
そこで、ハッとした。
(セインに治してもらえばいいのか!)
《その通りです。そもそもこの手術は、治癒魔法を使用しなくては閉創ができません》
確かに!
《また、ユーリが懸念していた道具の汚染については、浄化魔法を使用すれば、薬草採取用の道具でも体内に使用して問題ないほど、清潔にすることができます》
ここまでで帝王切開術ができる段取りができてしまった。
私はもう一度セインの方を凝視した。
あとはセインが協力してくれるか、なんだけど。
(そもそも、この世界に『手術』っていう概念あるの?)
《ありません》
またしても即答。
まあ気づいてはいたけど。
《お察しの通り、この世界の治療とはすなわち『治癒魔法を行使する』ことを意味します。仮にユーリが前世で行っていた『手術』というものをこの世界で行ったとすると、患者を無闇に切り刻んでいるように捉えられ、投獄されたのち最悪処刑される恐れがあります》
もはや犯罪者じゃん!
(でも……仕方ないんだろうな)
治癒魔法なんて超便利な魔法があれば、手術なんてわざわざ体を傷つけて、しかも傷が残るような治療をしようなんて考えないからね。
《そのため、妊娠出産は女性の死亡率が最も高いと言われています。もともとヒーラーが関与する機会も滅多になく、救命が間に合わないことが圧倒的に多いのです》
どこの世界でも出産は命がけってことか。
正直、帝王切開術をする自信はないし、ぶっつけ本番でやるには不安要素が多すぎる。
何より、下手すると犯罪者扱いだ。
(でも私は、どうすればアンナさんを助けられるか知っている。そしてこのまま野放しにすればどうなるかも)
―――見捨てることなんて絶対にできない。
「あぁもう、いったいどうすりゃいいんだい!」
ジュディさんの嘆き声が部屋に響き、セインも難しい顔をして考え込んでいる。
一つ息を吐き、セインの方にゆっくり近づいた。
「セイン、相談があるんだけど」
読んで下さり、ありがとうございます!
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