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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜
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Karte.2 ヒーラーの助手に就職、そして、聖女?なにそれ?!

「ありがとうございました!先生は命の恩人です!」

「いやあ、本当に助かったぜ!一時はコイツと一緒にお陀仏になるんじゃないか、ってヒヤヒヤしたからよ!」


青年の背中をバシバシ叩きながら、おじさんは豪快に笑っている。


部屋にはさっきまでの緊迫した空気はすっかりなくなり、和やかそのものだ。


「私の方のこそご心配おかけして、申し訳ありませんでした。それに彼を治すことができたのは、私だけの力ではありません」

そう言いながら、セインは私の方を見た。


「ああ、そうだな!そこの嬢ちゃんのおかげだな!」

おじさんも私の方を見る。


「あはは、うまくいって本当に良かったですよ」

私も何とか笑顔を張り付けて何とかその場をやり過ごしていた。


「じゃ、先生!お代は後で持ってくるからよ!それから、えーと、あんたは……」


「彼女はユーリさんといって、私の助手として今日から働いていただくことになっていた方です」


突然セインが割り込んできた。

え、何言ってるの?この人。


「なんだよ、そうなのか。やー、さっきは怒鳴っちまって、すまなかったな。あんたが血を止めてくれたってのによ」

「い、いえいえ」


バン、と肩を叩かれる。

「いたっ!」

「おっと、すまねえ!そうか。俺はダンカンだ。この村では大工の棟梁をしていてそれなりに顔が利くんだ。何かあったら遠慮なく俺を頼ってくれ。コイツを助けてくれた貸しもあるな」


おじさん、もといダンカンさんは胸を叩いた。

まあ、確かに見も知らない余所者がいきなり首を突っ込んで来たら怪しいだけだ。

セインも口添えしてくれたし、ダンカンさんにこう言ってもらえるのは、正直ありがたい。


「じゃあな、先生!嬢ちゃん!」

「本当に、ありがとうございました!」

こうして急患は無事帰宅できたのであった。


ガタン!


「だ、大丈夫ですか、ユーリさん?!」

ヘナヘナ座り込んでしまった私にセインが慌てて駆け寄ってくる。


患者が帰るまでは何とか踏ん張っていたけど……


「もう力が抜けちゃって。本当にどうなるかと思ったから」


今の私の顔はすっかり腑抜けていることだろう。

こんなに緊張したの、初めて手術の執刀医を任されたとき以来だわ。


私の様子にセインはフッと微笑んだ。

「本当に、ありがとうございました。彼を治すことができたのはあなたのおかげです」

「そんなことないよ。私は止血しただけで、最終的に彼を助けたのはセインなんだし」


本当にそう。


私が結界魔法を解除したのと同時に、セインは腹部だけでなく、足や頭の傷も一瞬で治してしまっていた。


恐るべし、治癒魔法。

確かにこれなら医学は必要ないわ。


「それにしても、ユーリさんも魔法を使っていらっしゃいましたが、治癒魔法、ではないですよね。あれは一体……」


セインは興味津々という目で私を見てくる。


「あー、あれは『結界魔法』っていうらしくて」

「結界、魔法……?」

どうやらセインも知らないようだ。


「実は私も初めて使ったんだ。うまくいって本当に良かったよ」

「初めてであんなに緻密に魔法を使ったんですか?!」


今度は驚いた顔をし、と思ったらブツブツ何か考え込んでいる。

忙しないな。


「ユーリさん!」


「っなに?!」

突然両手をガシッと掴まれた。


「先ほどダンカンさんにも言いましたが、もしユーリさんさえよければ……私の助手になってくれませんか?!」


「えっ?!」


今度は私が驚く番だ。

さっきの話はその場しのぎの方便だと思っていたのに。


気弱そうな雰囲気はどこへやら、興奮したようにセインは話し出す。


「先ほどの結界魔法というものは実に見事でした!診察室に入ったときからの対応も終始冷静で、患者さんの状態をしっかり把握しようとしていた。常日頃患者さんに携わっていなければ、できないことです!それに……!」


そこまで一気に捲し立てていたのに、とたんに目を逸らし、続きを話すのをためらっている。


「それに?」

いったいどうしたんだろう。

セインの顔を覗き込む。


「……それに、恥ずかしながら、私は血が苦手です。ヒーラーとして、あってはならないことなのは分かっているのですが、どうしても克服できなくて。でも……」


セインは改めて私と目を合わせた。


「でも、あなたが止血してくれれば、私はケガを治すことができます。あの青年のように。あなたの力があれば、私は患者さんを救うことができるのです」


そして、セインは私に深々と頭を下げた。


「ちょっ、セイン?!」

「どうかお願いします。」

セインの声はもはや懇願だ。


「無力な私に、力を貸してください。ヒーラーとして患者さんを助けていきたいのです」


床に頭がつきそうなほど深々と頭を下げられ、タジタジするばかりだ。

私は改めて目の前の茶色の頭を見つめた。


「……全然無力じゃないでしょ、セインは。さっきの治癒魔法、本当にスゴかった。腹部だけじゃなくて、全身の傷を一瞬で治して。私には絶対できないことだもの」


治癒魔法だけじゃない。

自分の方が倒れそうになるほど血が苦手でも、決して挫けずに目の前の患者を助けようとしていた。


セインは十分立派なヒーラーだ。


「それに、私は知らないことが多くてセインから学べることが多いと思う。むしろ私からお願いしたいくらいだよ」


改めて、目の前の空色の目を見つめる。


「これから、よろしくお願いします。」

「ユーリさん……!」

パアッと顔が輝き、セインは私の手を握り直した。

「私の方こそ、どうぞよろしくお願いいたします!」



「疲れた……」

バフン、とベッドに倒れ込む。


私にあてがわれた部屋は2階にある一部屋だ。


もともとごくたまに来るお客用の部屋で、椅子と机、小さなタンス、ベッドだけの簡素な部屋だ。


もう一部屋はセインの部屋だ。


こちらも見せてもらったけど、私の部屋より広く、何より書物がギッシリ詰まった本棚が部屋の半分ほどを占めていた。


セインにはこの本は好きに読んでいいと許可ももらえた。


枕に顔を埋めながらこれまでのことが頭に浮かぶ。


今日一日で人生が激変してしまった。


誠吾の通夜の帰りにトラックに激突し、目が覚めたら見たこともない場所に来ていて、しかも年齢や見た目まで変わってしまった。


そして、誠吾そっくりの血が苦手なヒーラーとやらに出会って、魔法をいつの間にか使い、何だかんだで彼の助手になっていた。


一体これはなんなんだろう。


それに、

「そうだ」

確認しておかなければならないことがあるんだった。


突然聞こえてきた、あの声。


声に言われるまま結界魔法を使い、患者の出血を完璧に制御することができた訳なんだけど。


あの声は確か、

「ターヘルアナトミア、とか言ってたっけ」


『ターヘルアナトミア』


江戸時代の医学者・杉田玄白がオランダ語の解剖学書を和訳した、日本初の解剖学書だ。


確か小学校の歴史にも出てきたはずだ。


問題は、何でその『ターヘルアナトミア』を名乗る声が突然私にだけ聞こえてきたのか、と言うことなんだけど。


《ユーリ・セトのログインを確認》


「わっ!」

またもや唐突に聞こえてきた声に、思わず声が漏れ出る。


ビックリした、心臓に悪いでしょ!


「えーと、ターヘルアナトミア……だっけ?」

《ターヘルアナトミアAiと申します。》


無機質な若い女性の声。電話の音声案内を聞いているようだ。


どこかで聞いたことがあるな。


ターヘルアナトミアAi・・・・・・


勢いよく枕から顔を上げた。


思い出した!

確かそれって、『人工知能搭載型臨床支援システム』の名前じゃん!


私が勤めている病院のバカ院長が莫大な予算使って勝手に買っちゃって、ついでに各科の部長達の大ひんしゅくも買ったっていう、アレか!


ちなみにそのシステムは、何とか元が取れるようにと今も事務方やシステム課が試行錯誤を繰り返しているまっ最中だ。


しかも『臨床医の意見も是非参考にしたい!』とかいう迷惑きわまりない理由で、そのシステム運営委員会に半強制的に入れさせられたのだ。


部長と院長のバーコード頭を何度剃毛してやろうと思ったことか。


「さっきはありがとう。おかげで止血することができたよ」

《礼には及びません。私はユーリ・セトの意思に従ったまでです》

意思、ねぇ。


「あの、あなたは、″あの″ターヘルアナトミアAi、なの……?」


《"あの"というものが、あなたの記憶にある『ジンコウチノウトウサイガタリンショウシエンシステム』を指しているのであれば違います。私は、ユーリ・セトの意思や記憶に最も強く残存しているイメージを元に魔法で構成された存在です》


また、魔法か。

しかも『人工知能搭載型臨床支援システム』の部分が完全に片言になっている。


それにしても、こんな病院全体の不評を買ったものが私の意思って……。

どれだけあのシステムに忙殺されていたんだ。


「えーと、つまり、あなたは私の記憶から作られたもの、だということ?」


《その通りです。ユーリ・セトが以前の世界で使用していたものの中でも最も強く記憶に残っているものが、この『ターヘルアナトミアAi』でした》


ターヘルアナトミアAiは淡々と話を続ける。


が!ちょっと待て!


「いま、以前の世界、って言ったよね?!つまりそれは、ここは元いた世界とは違う世界ってことなの?!」


《その通りです。》


いや、薄々感づいていたけど!

こうもはっきり言われてしまうと……!

私の動揺をよそに、音声は説明する。


《ユーリ・セトの魂は以前の世界からこちらの世界へ転転生したのです》


魂?!て、転生?!


「た、魂がこっちの世界に来ているって、それってマズいんじゃないの……?その、じゃあ、元の世界の私って……」


《すでに死亡しております》


バフン、とベッドに倒れ込む。


マジですか……


雨に濡れたアスファルト。


トラックのヘッドライト、辺りに響く急ブレーキとクラクション。


そうか、あの光景が前世の見納めだったのか。


あーあ、明日も仕事だったんだけどな。手術も割り当てられてたのに。


「手術、か」


ふと、さっきのセインの治癒魔法を思い出す。


出血していた腹部だけじゃなく、全身のケガを完全に治し、最後は患者も元気に歩いて帰宅していた。


あんなの、元の世界では絶対にあり得ないことだ。


「ねえ」


部屋の天井に向かって話しかける。


「私は治癒魔法は使えないの?」


《いいえ》

え?


《本来であれば使用可能です》


ガバッと勢いよく起き上がる。


「ちょ、ちょっと!使えるんなら、何でさっき使ってくれなかったの?!その方が絶対に早かったじゃない!」

見えない声に思わず声を張り上げると、


《原因は不明ですが、ユーリ・セトの中で治癒魔法に対し強い抑制がかかっている状態です》


なにそれー。

頭を抱えた私に構うことなく声は続く。

《そのため、現在ユーリ・セトが使用できる魔法は、【結界魔法】と【浄化魔法】です》


「ん?じょうかまほう?」

なにそれ。また新しいのが出てきた。


《【浄化魔法】とは、対象の汚染や毒、呪いなどの清浄を行う魔法です》

呪いってあるのか、この世界には。


「魔法って、そういう回復系のものしかないの?」

《いいえ、この世界には6種類の魔法が確認されております》


ターヘルアナトミアAi、もといアイ(長いのでそう呼ぶことにした)によると、私が転生したこの世界は火・水・風・土・光・闇の6大精霊が守護している。


そして、知能があり、いわゆる社会を営んでいる種族として、人間、エルフ、ドワーフが存在する。


どんな生き物や物体でも、この世界に存在したときから大なり小なり魔力を持っていて、自身の魔力を加護を受けている精霊達の力に変換し、それぞれの属性の魔法を使える。


最も魔法を自由自在に使えるようになるためには、産まれもっての素質とある程度の訓練が必要らしい。


治癒魔法や結界魔法、浄化魔法は光の精霊の加護で施行しており、光属性魔法というジャンルに組み入れられる。


セインが唱えていた呪文もそうだ。


私達人間が加護を受けているのは光の精霊であり、使用できるのは光属性魔法。


それ以外の精霊の加護は受けていないため、火・水・風・土の属性魔法は、使えないらしい。


エルフは水と風の精霊の加護を受けているため、その2つの属性魔法を使え、反対にドワーフは火と土の精霊の加護を受けている。


そして、両者とも加護を受けていない精霊の属性魔法は使えない。


この3つの種族がそれぞれ住みやすい土地に国を作り、相互に共生関係を築いている。


うーん、ますますRPGの世界観になってきた。


「ちなみに闇属性魔法を使える種族はいるの?」

《闇属性魔法を使う特定の種族はおりません》


ん?どういうこと?


私の疑問が伝わったのか、アイは補足した。

《闇属性魔法だけはあらゆる種族が加護を受けることが可能です。しかし現在、闇属性魔法を使用することは禁じられております》

「そうなの?」

《仮に闇属性魔法を使用していなくても、関与が認められた場合は、いかなる身分の者であっても処刑されることになっております》


わっ、滅茶苦茶厳しいじゃん。


「なんで闇属性魔法だけそんなことになっているの?」

《1000年以上前この大地は闇の精霊の加護を受けた者たちが支配しておりました。そのあまりの強大な力に、空は永遠の夜に包まれ、大地は枯れてしまいました》


突然目の前に映像が流れていく。


月や星すらない暗黒の空、荒廃した大地。え、なに、映画館?


《人間、エルフ、ドワーフは共闘しましたが、闇の勢力の前に手も足もでませんでした》


薄汚れて、ボロボロに傷ついた3つの種族。


見るからに禍々しいオーラを纏わせた異形のモノ達が今にも襲い掛かろうとしている。


《その時、光の精霊の祝福を受けた乙女が現れました。彼女は3つの種族を導き、遂に闇の勢力を倒したのです》


全身に光を纏った女性が3つの種族の盾となり、彼女が発する光が異形のモノ達を覆いつくす。


《こうして空には太陽が輝き、大地には命の息吹が戻りました》

どこまでも澄み渡った青い空に小鳥が舞い上がり、草木は生い茂げ動物が生き生きと駆け回っている。


そこで映像は終わり、気づけば元いた部屋の風景に戻っていた。


「い、今のは?」

《私の記録媒体から映像化したものを、ユーリ・セトの脳内に入力しました》


アイ、すごいな。

映像がリアル過ぎて3D映画も真っ青だよ。


《闇属性魔法についての記録は現在エルフが住まう国、ティナ=ローゼン精霊国の王城にて厳重に管理されております。そして、1000年以上経過した現在でも闇属性魔法の使用は禁忌とされているのです》


「あの、1つ聞きたいんだけど」

天井の隅に向かってオズオズと手を上げる。


「その、『光の精霊の祝福を受けた乙女』って言うのは?」


《光の精霊の加護を特に強く受けた女性のことです。闇の勢力を退けた彼女は、3種族の復興に尽力しその生涯を全うしました。その功績を称え3種族は彼女を『聖女』として祀りました。その後1000年もの間この世界は平和を維持できております……が》


ん?今まで流暢にしゃべっていたのに、急にどうしたの?


《この世界に闇の勢力の力が増しつつあるのです》

そっかぁ、この世界も大変なんだなー。


《そのため、6大精霊は新たな聖女を誕生させることにしたのです》

そっかそっか。


《それが、あなたです》


へぇー、そうなんだって……ちょっと待ってよ!


「なんでそういう爆弾発言をサラッと言うの?!じゃあ、なに?私にこの世界を何とかしろって言うことなの?!」

《その通りです》


ちょっと何それ!


姿の見えないアイに睨みつける。


「そもそも私はただの外科医なの!ただの一般市民なの!戦いとか、戦闘とか、バトルとか!そんなの無理に決まってるでしょ!」

《その点については問題ありません》


ひたすら事務的にアイが続ける。


《聖女の力を持つユーリ・セトの結界魔法は、あらゆる魔法や攻撃から身を守ることができる防御力を誇っております。また、ユーリ・セトの魔力量は、この世界に住まう生き物をはるかに凌駕しております。少なくとも結界魔法を行使できる限り、ユーリ・セトが死亡する確率はゼロに等しいです》


「いや、全然安心できないから!」


自分の頭から生えているとは思えないほどキレイな金髪をグシャグシャに振り乱す。


「その話の流れじゃ、結局バトル的なことをしなきゃいけないってことでしょ!そもそも、私はそういうことはしたくないんだってば!見た目は若いのかもしれないけど、心はアラサーなんだって!血気盛んな若者じゃないんだからさ!」


《年齢は関係ないかと思われます》

無情なツッコミにバッサリ切られるが、そこで負けるわけにはいかない。


「ともかく!」

天井に向かってビシッと人差し指を突きつける。


「私は今日めちゃくちゃ疲れてるから、もう寝るね!おやすみ!」


急いでベッドに潜り込み、布団を頭から被る。


固く目を瞑ると、自然とウツラウツラしていき、そのまま夢の世界へ…


《その前に》

「わっ。」

頭の中でダイレクトに無機質な音声が響く。


そうだ、コレは私の意思から作られたモノ。布団なんかじゃ防げない、ってことは。


《これからユーリ・セトに、簡単ではありますがこの世界について説明させて頂きます。難易度としては、平均的な人間の10歳の子どもが学ぶ習慣や知識についてです》

「あ、あの、ちょっ……!」

《では、始めさせていただきます》

「いいから、寝かせてよー!!」

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