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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.28 暴君ファイアドラゴン、そして、岩の下敷きに

(アイさん。これかなりヤバい状況だと思うんだけど、どう思う?)


《危機的状況だと思われます》


(うん。冷静沈着な見解どうもありがとう)


無理矢理坑道に押し込まれて、その上鍵までかけられて取り乱しそうになったけど、おかげで少し頭が冷えた。


「貴様のせいだ!!」


怒号が聞こえた方を見ると、顔を真っ赤にしたゲイルがレンジ副所長に喰ってかかっていた。


レンジ副所長は立っているのも辛いのか肩で息をしながら壁に寄りかかっていて、その間にはセインが立ち、なんとか仲裁しようと必死だ。


「貴様が余計なことをコソコソ嗅ぎまわらなければ、こんなことにはならなかったというのに!!」


「いい加減にしなさいよ、このコネ入社野郎!」

流石に黙っていられなくなり、私もゲイルに喰ってかかった。


「そもそも、経費を好き勝手に使い込んだのはアンタでしょ!どうせいつかはバレてたんだから、レンジ副所長のせいにするんじゃないわよ!」


「なんだと、この平民の小娘の分際で!」

「お二人とも、落ち着いてください!」


私とゲイルの争いが勃発しようとしていたが、何とか頑張って間に入ったセインが終結させた。


「ここで言い争っていても仕方がありません。とりあえず今後どうするか話し合いましょう」


そして、


「光の精霊よ、我にご加護を。”ライト”」


セインが詠唱すると、セインの手のひらから、10㎝くらいの柔らかく光るボールが出現し、坑道の中を明るく照らした。


「セインって治癒魔法以外の光属性魔法も使えたの?!」


驚きの声を上げると、セインは若干恐縮しながら答える。


「”ライト”は本当に初歩的な光属性魔法ですので。大変心苦しいのですが、私は属性攻撃魔法は使えないんです」


「ううん、気にしないで!私も属性攻撃魔法って、光の投網するくらいしかできないし」


(そうなんだよね?)

《はい。今のユーリではそれが限界です》


もし、最悪ドラゴンと戦うことになっても、私とセインは主力にはなれそうもない。


「ゲイルはどうなの?」

「私の名前を呼び捨てにするな!」


「そんな些細なことにこだわっている場合じゃないでしょ。どんな魔法使える訳?」

「……火属性魔法の”ファイア”だけだ」

「土属性魔法は?」

「ドワーフで両属性使える者などそうそうおらんわ!」

「いやだって、レンジ副所長は使えてたから」


実際、私のメスを作ってくれた時、”ファイア”でミスリルに熱を通し、”アルケミル”でミスリルを生き物のように操っていた。


すると、ゲイルは苦虫を潰したような顔で吐き捨てた。


「……だから、気に食わんのだ!とてもドワーフとは思えない見た目をしていながら、火と土の両属性を使いこなし、学術面では数々の業績を残し、その上、陰では英雄とまで持て囃されるなど!」


「英雄?」


「……7年前にもファイアドラゴンが坑道内に出現したことがあった。その際に、騎士団が苦戦する中コイツはドラゴン相手に一歩も引かず、最終的にドラゴンを坑道奥深くに追い返したのだ」


「えっ、そうなんですか?!」


勢いよくレンジ副所長の方を向くと、気まずそうに、


「まあ、な……」

と肯定した。


「でも、ウィルさんはそんなこと何も言ってなかったよね?」


ウィルさんは事件の当事者なんだから、そのことを知っていてもおかしくないだろうし、あれだけレンジ副所長を尊敬しているんだから、私達にだって絶対に話したいだろうに。


その答えをゲイルが面白くなさそうに話した。


「当たり前だ。この件に関しては騎士団を中心に関係者には箝口令が布かれているのだ。『ドラゴンを追い返したのが騎士団ではなく、ドワーフのなり損ない太子だった。』などという醜聞を国民に垂れ流せば騎士団の信用が地に落ちる、という理由でな」


「その箝口令出しだの、絶対にアノ殿下でしょ。」


あからさまにレンジ副所長を見下した様子の騎士団長様。

あの性悪殿下なら間違いなく言っただろう。


というか、ひどい言い草だな、『ドワーフのなり損ない太子』って。


「ハッ、今となっては実に下らんものだな。自分の無能を棚に上げて、ドラゴン討伐の功績を我がものとしたのだからな」


「いやそれブーメランだから」


こんな状況で今更ゲイルの自己紹介なんて聞くほど暇じゃない。


「だけど、箝口令を出されたにもかかわらずレンジ副所長が英雄扱いされた、っていうのはどういうことなの?」


「いくら騎士団長からの命令とはいえ、感謝や尊敬の思いまで禁止することはできなかった、ということだと思いますよ」


今度はセインが答えてくれた。


「兵士の中にはレンジ副所長に守ってもらった人もいたでしょうし、坑夫やウィルさんのような研究者の中には、副所長がドラゴンと戦う姿を見た人もいたはずです。自ら危険に立ち向かい身を挺して戦ってくれた存在を『なかったことにする』など、心情的にきっと不可能だったんでしょう」


「だからみんな表立っては言わないけど、『ドラゴンから国を救ってくれた真の英雄』として、レンジ副所長に敬意を払っていたわけか」


確かに鑷子や剪刃をオーダーメイドしてくれた鍛冶屋も、レンジ副所長の名前を出したら超特急で作ってくれたし、私への対応もメチャクチャ丁寧だった。


きっと、私が『国を救った英雄の知り合い』だったからなんだろう。


「でも、それならみんなひどくない?国の功労者であるレンジ副所長が黒死病に罹ったからって、まるで腫物扱いするなんて」


研究所でのウィルさんや研究員の態度を思い出し文句を言うと、


「……君は本当にヒーラーの助手なのか?『黒死病』というものに対してその程度の認識しかないとは」


レンジ副所長が呆れたような、眩しいものをみるような目を私に向けてきた。


「黒死病には治療法がなく、しかも精霊の加護による治癒魔法を使うとむしろ病状が悪化する。だから黒死病を発症した者は『精霊に見放された異端者』の烙印が押される。ドワーフにしろ、エルフにしろ、人間にしろ、この世界を統べる精霊に見放された者は切り捨てられる。それが共通認識だ」


黒死病患者の末路を淡々と語るレンジ副所長の姿は、胸が締め付けられるほど痛々しかった。


「ガルナン首長国では、黒死病を発症した者は問答無用で国外追放され、二度とこの国に足を踏み入れることは許されない」


「そんなっ……!」


「少なくともその決定に逆らう資格など僕にはない。なぜなら……僕自身も、かつて黒死病を発症した同胞達を憐れむことなく見放してきたからだ。その報いが今度は自分に回ってきた。それだけのことだ」


弱々しい微笑みを浮かべたレンジ副所長は私とセインを見つめた。


「……僕やゲイル殿については全て自業自得だ。だが、関係のないあなた達まで巻き込んでしまったことだけは心から申し訳ないと思っている」


「レンジ副所長……」

そして、頭を下げてきた。


「本当に、すまなかった」


ギャオォォォーーース!!!


突然、禍々しい雄叫びが辺り一帯に鳴り響き、それに呼応するかのように地面が激しく揺れ始めた。


「なッなに、これ……!」

「ユーリさん、こちらへ!!」


揺れる地面にふらつきながら慌ててセインの元に駆け寄ると、

―――ガッシャーーン!


私がついさっきまで立っていた場所に私よりも大きな岩が上から降ってきた。


「あ、ありがと、セイン……」

だが落石があったのはそこだけではなかった。


「入り口がッ!」


私達が入ってきた坑道の入り口の前には土砂崩れが起きていた。


これで完全に退路が断たれてしまったことになる。


「レンジ副所長、危ないッ!!」


セインが声を張り上げたその先には、今にも倒れそうな岩の下にいたレンジ副所長だ。


「光の精霊よ、我に御加護を。"ガード"!」


とっさに出した結界魔法が間に合った!


「大丈夫ですか?!お怪我は?」

「……ああ、僕は平気だ」


「ヒィィッ!も、もう終わりだ……!私達はここで、もう死ぬんだッ!!」


完全に怯えたゲイルが地面に蹲ってしまった。


「ちょっと、アンタ!そんなところでしゃがんでたら邪魔なだけでしょ!早くここから離れないと!」


「とりあえず、奥に行くしかありません!さあ、ゲイル殿も立ってください!」


わざわざゲイルに手を差し伸べるなんて、なんてセインは優しいんだろう!


それじゃあ私は、


「私が肩を貸しますから!レンジ副所長、行きましょう!」


立っているのもやっとだろうに、一人で逃げるのは流石にキツ過ぎる。


「!……あ、ああ」


大きな目をさらに見開いて、レンジ副所長がオズオズと左手を伸ばしてきた。



「光の精霊よ、我にご加護を。”ガード”!」

「それが君のもう一つの属性魔法か?」


「あ、はい!」

「確かに、僕も今まで見たことがない魔法だな」


地震とともに落ちてくる岩を”ガード”で防御すると、肩を貸しながら一緒に進むレンジ副所長がマジマジと私を見つめた。


セインの光を頼りに、私達は坑道の奥へ進んでいった。


ちなみにゲイルは小さな火の玉を数分出しただけですぐに根を上げたので、光源としては当てにしないことにした。


「私、坑道って入ったの初めてなんだけど、こんなに広いものなの?」


「……言われてみれば、確かにそうですね」


奥に行くにつれて天井も幅も少しずつ広がっているのがわかる。


これは坑道というより洞窟だ。


「恐らくファイアドラゴンの力だ」


壁際に落ちている変形した金属片を見ながら、レンジ副所長が静かに答えた。


「先程から度々ある地震はファイアドラゴンが坑道内の地形を変えている音なのだろう」


「地形を変えるってどういうことですか?」


「ファイアドラゴンはその名の通り火属性に特化したドラゴンだ。実際ヤツのファイア・ブレスの殺傷力は凄まじく、7年前も多くの兵士達がヤツの吐く炎によって命を落とした」


当時のことを思い出したのか神妙な表情を浮かべる。


「だが、ファイアドラゴンは火属性に特化はしているが、土属性魔法を全く使えないわけではない」


辺りを見回しながらレンジ副所長は言った。


「本来の坑道は奥にいけばいくほど先細りしていくものだ。それがどんどん広くなっていくということは、ファイアドラゴン自身が土属性魔法や自身の力で岩や土砂を動かして、坑道を拡張させたり、複数の坑道を繋げて空間を広げようとしているんだろう。一から自分で掘り進めるより、すでに掘られている坑道を広げた方が、よっぽど効率的だろうからな」


「でも、一体何のために……?」


「恐らくは……地上に出るためだろう」


静かに断言された結論に全員の目が見開かれる。


「問題は、なぜファイアドラゴン自ら地上に出ようとしているのか、だ。本来であれば、一生を地底深くで過ごす魔物のはず。しかも前回とは異なり、今回坑夫達はヤツの縄張りを侵害するような真似をしていない。むしろ、ヤツの方から地上に干渉しようとするなど有り得ないはず……」


「そんなことはどうでもいい!!」


我慢の足りないゲイルが大声を上げた。


「もし貴様の言うことが正しいのであれば、このまま進み続ければッ」


ーーーズシン。


「また地震?!」


揺れがまた始まり、全員その場で身構えた。


「一旦止まって様子を見ましょう。崩落に巻き込まれたら危険です」


ーーーズシン……ズシン。


「……ダメだ!」

「えっ?」


何かに気づいたレンジ副所長がバッと顔を上げた。


「すぐにここから離れるぞ!」


ーーーズシン……ズシン……ズシン。


「ですが、揺れはまだ続いています。迂闊に動くのは危険では?」


「これは、今までの地震などではない!」

「それはどういう……」

「いいからッ!岩陰に隠れるぞ!」


何が何だかサッパリわからなかったけど、レンジ副所長の勢いに押され、私とレンジ副所長が一緒に隠れ、セインとゲイルが少し離れた岩陰に身を潜めた。


その時だった。


「ーーーッ!」


私達が進もうとした暗がりから、ソレーーーファイアドラゴンは現れた。


体長10メートルはあろうかと思われる巨大な体軀とそれを支える巨大な2本の後脚と長くて太い尻尾。


前脚は大きく扁平で、その先には鋭く黒光りする凶悪な長い爪。


不気味にテカテカ光る赤黒い鉄のような硬い鱗は鎧のように全身を覆い、背中には大剣のように鋭い背びれがいくつも連なっている。


濁った黒い目が遥か上から次の獲物を狙おうとしている。


そして、鋭い牙がびっしりと生えた大きく凶悪な口。


私なんて一噛みで簡単にお陀仏だ。


(怖い怖い怖い怖い怖い!)


口を両手で必死に押さえつける。


そうでもしなければ、恐怖で辺り構わず叫んでしまいそうだ。


《ユーリ、落ち着いて下さい》


(落ち着けられる訳ないでしょ!!何あれ、ホントヤバいって!絶対死んじゃうって!)


冷静に宥めてくるアイの声に、理不尽だとわかっていてもイライラが募ってきた。


(アイの嘘つき!何が『ゴ○ラ』よ!全然似てないじゃん!『ゴジ○』の方がよっぽど可愛げがあるわ!だいたい『ゴ○ラ』は実は着ぐるみだって私知ってんだから!)


《脈絡欠如。理解不能》


(私だって自分が何言ってるのか、意味不明よ!)


もはやただの八つ当たりだ。


《少なくともユーリが死亡する可能性は低いです。結界魔法であればファイアドラゴンのファイア・ブレスも無効化することができます》


(そうなの?!だったら、ファイアドラゴンを倒すこともできる?!)


《それはできません。あなたの魔法はあくまで防御がメインです。ドラゴンから身を守ることはできても、倒すことは現段階では不可能です》


言いにくいことをキッパリ言い切ってくれるアイのそういうところ、嫌いじゃなかった。


けど、今は気休めでもいいから優しく言葉を選んでほしかった!


(じゃあ、どうするの?!)


もう一度頭の中でわめきそうになった時、


「あの目……まさか……!」


レンジ副所長が小声で驚きの声を上げた。


こんな緊迫した状態でも何かに気づくことができるのか。


本当にすごいな、この人。


ふとセイン達の様子を見ると、貧血を起こす寸前の顔色のセインと、私よりも遥かに怯えてガタガタ震えているゲイルがいた。


「も、もう……ダメだ……!」


え、あの人ちょっとヤバいんじゃない?と思った瞬間!


「うわあァァァーーー!」


絶叫とともにゲイルが岩陰から躍り出て、もと来た道を転がるように駆けていった。


「ゲイル殿!」


セインがゲイルを止めようとするが、その手は空を掴んだだけだった。


「何やってんのアイツ!!」


グワオォォォーーー!!


当然ファイアドラゴンが気づかないわけがない。


セインの方へ物凄い迫力で攻め寄ってくる。


「いかん!」

「セイン、危ない!!」

「ッ!」


ファイアドラゴンの巨体ではまだ通り抜けるには空間が足りなかったのだろう。


周囲の壁に体をぶつけ無理矢理通過しようとするが藻掻くことしかできていないようだ。


だが、そんな怪物が暴れまくって坑道が無事なわけもなく。


ーーーガラガラガラッ!!


(岩が……このままじゃ下敷きに……!)


私達に向かって大量の岩が降りかかってくるーーー!


《“ガード”》

ブクマして頂ければ幸いです。

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