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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.27 ドラゴンが現れた、そして、坑道に閉じ込められた?!

「黒死病?」


「レンジ副所長が?!」


ザワザワと研究員達が遠巻きに見ている。

不思議なことに誰もレンジ副所長に近づこうとしない。


「ウィルさん、副所長を早く休ませないと!」


「あ、ああ……そうです、な」


ウィルさんまでおかしくなっている。


いつもなら自分でも動きながらテキパキ指示を出すはずなのに、歯切れが悪い。


何よりレンジ副所長のことを遠ざけようとしている。


(みんなどうしたの?この異様な雰囲気はなに?!)


その時だった。


「ゲイル様!レンジ殿下!」

研究所の入り口の扉が大きく開かれた。


「緊急事態により、首長陛下より召集の命が出ております。至急ご同行をお願い致します!」


現れたのは、甲冑を纏ったこの国の騎士団だ。


いつも重そうな鎧を身につけて国内を警備している所を見かけるからすぐに分かった。


「なッ……わ、私は無実だぞ!そうだ、レンジ副所長!レンジ副所長こそ重大な問題があってだな!」


ゲイルが慌てふためいた声を上げた。

どうやら自分を捕まえにきたのだと思っているらしい。


(いや、アンタは誰が見ても有罪でしょ)


「そんなことはどうでもよろしい!とにかく、我々と同行をお願い致します!」


ゲイルの言葉に聞く耳持たず、レンジ副所長にも同行を促した。


「あの、ちょっと待ってください!レンジ副所長も行かなければならないんですか?すごく体調が悪くて、できれば休ませた方がいいと思います!」


部外者であることは重々承知だ。

でもドクターストップは絶対に下さなければならない。


「しかし、今回ばかりは正真正銘の緊急事態です。レンジ殿下には是非来ていただかないと!この国の存亡にかかわるのです!」


どうやら、今回のゲイルの問題とは全く関係ないことで召集が掛けられているらしい。


しかも、


(国の存亡にかかわる問題?!いったい何が起きているっていうの?!)


兵士達の緊迫感を見ても、国の存亡云々が大げさではないほど事態が深刻なことは想像がつく。


(でも、こんな状態のレンジ副所長を連れて行ったら……!)


「……いらぬ心配をかけてすまなかった」


私の背後からいつもの凛とした声が響く。


振り返るとそこには、いつもの気高いレンジ副所長がスッと立ち上がっていた。


「僕は大丈夫だ。早急に案内を頼む」

「はっ!ありがとうございます!!」


顔色が悪いのは変わらないが、今まで倒れ込んでいたのが嘘のように、堂々とした足取りだ。


(なんて精神力……)


この国の太子だから?

それとも、やっぱりレンジ副所長その人だから?


「確か、この研究所には今ヒーラーの方もいらっしゃいましたな!」


なんと今度はセインにもお呼びが掛かった。


「は、はい。私ですが……」

セインが名乗りをあげると、


「ぜひ、一緒に来ていただきたい!ことは一刻を争うのです!」


セインと目が合い、微かに頷いて私も同行することを伝える。


「……分かりました」



この国の騎士団は馬の代わりにサラマンダーに騎乗する。


そのため、私達もサラマンダーに乗せられて現場である鉱山に文字通り直行した。


なんせ、道というものを無視した最短経路をサラマンダーは登り下りすることができるからだ。


早さも馬よりちょっと遅いくらいのスピード、それで崖をよじ登っているんだからセインの顔色は副所長に劣らない程悪くなった。


最もセインの顔色が悪いのは、サラマンダーのせいだけではない。


「実は、今朝からこの坑道内でファイアドラゴンが暴れているんです」


「ド、ドラゴン?!」


ファイアドラゴンって、前にウィルさんが話してたモンスターだ。

確か、『火を吹く赤いゴ○ラ』だったっけ。


(それは確かに国の存亡に関わるわ)

映画でも首都圏が壊滅してたからな。


「ここの採掘を担当していた坑夫達が遭遇しました。避難した坑夫達からの報告で、すぐにこの一帯には立ち入り禁止命令が出されております」


その時、離れた場所で言い争っている声が聞こえた。


「おい、早く助けてやってくれよ!」

「あいつがまだ中にいるんだ!」

「あんたら騎士団なんだろ?!この国や俺たちを守るためにいるんだろうが!!」


作業服を着た数人のドワーフが兵士に必死に詰め寄っていた。


「どうしたんですか?」

「……避難した坑夫達によると、どうやら1人逃げ遅れた者がいるらしいんです」


「大変じゃないですか!なら一刻も早く救助しないと!」

「ですから!こうしてお二人にも来ていただいているのです!」


兵士が切羽詰まったように声を上げる。

すると、先程まで静かだったゲイルがまた喚き始めた。


「ド、ドラゴン討伐など、なぜこの私がやらねばならないのだ!こんなことに付き合っている暇はない!研究所に山ほど仕事を残してきておるというのに!」


(いや、アンタ絶対仕事してないだろ)


心の中でそう毒吐いた時だった。


「そもそも、貴殿ができる職務などあの研究所にはないだろう?ゲイル・フォンゾ殿」


後ろから妙に威厳のある低い声が聞こえたかと思うと、周囲の兵士達が一斉に居住まいを正した。


「ヒッ……グ、グスタフ太子殿下……!」

「兄上……!」


あからさまにゲイルは怯え始め、そしてレンジ副所長の面持ちも緊張気味だ。


副所長が『兄上』と呼ぶその相手は、見るからに高級感が漂う鞍を着けたサラマンダーの上に跨がり、白銀の甲冑を身に着けたドワーフだった。


身軽にサラマンダーから降りたその出で立ちは、ここにいる兵士達の中でも一際筋骨隆々としていて、並々ならぬ威圧感を漂わせていた。


レンジ副所長をジロリと見やると、

「全く、貴様がそばにいながら……これだから、出来損ないは」

「……申し訳、ありません」

忌々しげに吐き捨てられた言葉に対し、副所長は逆らうことなく頭を下げる。


「……あの方も太子殿下なの?」

「おそらく。なんせ私もレンジ副所長以外の太子殿下と拝謁したことがないものですから」


すると、私達の会話を聞いた兵士の一人が慌てて小声で教えてくれた。


「あの方は、グスタフ=ドゥオン=ゾレ=ガルナン殿下、この国の第2太子であり、わが国の騎士団団長でもある御方だ。くれぐれも軽率な発言はしないように!」


教えてくれた兵士にペコッと頭を下げる。


(あの方もこの国の太子殿下なわけか。それにしてはあのお二人、兄弟のはずなのに全く仲良く見えないんだけど)


2人を取り巻く雰囲気は殺伐としていて、本当に兄弟なのか疑いたくなるくらいだ。


グスタフ殿下はゲイルに向き直り、


「愚弟から話はすでに聞いている。この国の王妃である我が母がわざわざ貴殿を推薦して研究所所長の席を与えて下さったというのに、随分好き勝手にしてくれたみたいだな」


「殿下ッ!これには、深い訳が……!」


「あの研究所はれっきとした国立機関。その予算や経費を私的に着服することは立派な横領罪に相当する。しかも首謀者が王族であるならば、推薦者である王妃殿下、ひいてはその決定を下した首長殿下の面目を潰す行為、すなわち不敬罪に値する」


ゲイルの弁解を完全に切り捨て淡々と罪状を告げていき、それに比例してゲイルの冷や汗の量が増えていく。


「だが、我々も身内から犯罪者が出ることは出来れば避けたいと思っている。そこで、貴殿に名誉挽回のチャンスを与えたいと、首長陛下がたってのご温情を賜って下さった」


「ほ、本当でございますか?!」

ゲイルはハッと顔を明るくした。


「ありがとうございます!不肖ゲイル、首長陛下のご厚意に必ずやご期待に応えるべく、この身を捧げる覚悟でございます!」


「そうか、そう仰ってもらえるのならば、ここにお越しいただいた甲斐があったというものだ」


「……それは、いったいどういうことでしょうか?」


不思議そうに尋ねるゲイルを前にグスタフ殿下は冷酷に審判を下した。


「ゲイル・フォンゾ殿。ファイアドラゴンを討伐し、取り残された坑夫を救い出すのだ。さすれば、今回の不祥事はなかったことにしよう」


「そ、そんなっ……!」


「嫌なら断ってくれても構わない。しかしその場合、横領罪及び不敬罪で貴殿の身柄を拘束させて頂く。今回のことで王妃殿下はもちろん、そのご実家の当主も非常にお怒りだ。一族の汚名を雪ぐためなら貴殿の命を持って償わせることも辞さないとお考えのようだ」


ゲイルからは生気が抜けてしまったようでヘナヘナとその場に座り込んだ。


(……完全に詰んだね、これは)


正直気の毒だと思うけど、身から出た錆なので、擁護しようがない。

すると、グスタフ殿下は今度はセインに向き直った。


「ヒーラー殿にはご足労させてしまい本当に申し訳ない。しかし、ここでドラゴンを討伐せねば国内への侵入を許す恐れがある。ドラゴンとの戦闘は熾烈を極めるものになるだろう。その際に貴殿の治癒魔法が不可欠なのだ。ぜひ我々に御協力いただきたい」


丁寧な物言いではあるけど、有無をいわせない気マンマンだ。

最もここでセインが断ることはないだろう。


国内でドラゴンが暴れたら私達だって命を危険に晒すんだから、騎士団といた方がまだ安全だ。


案の定セインは、


「かしこまりました。太子殿下のご期待に添えるよう尽力させて頂きます」


と胸に右手を当て、軽く頭を下げた。


「さて、レンジ。坑道の入り口は騎士団によって完全に封鎖しているが、いつドラゴンが突破するやも知れん状態だ。そこで、勇敢なるゲイル殿に先陣にて坑道の中を探索していただき、ドラゴンと戦いながら取り残されている坑夫を救出していただく。そして、我らが騎士団とお前は後からゲイル殿と合流する」


「承知致しました」


レンジ副所長の顔色は相変わらず悪い。

正直立っていられるのが不思議なくらいだ。


(レンジ副所長……ドラゴン討伐なんてどう見てもできる体調じゃないでしょ)


その時だ。


「そ、そうだ!そうでした、グスタフ殿下!レンジ副所長には重大な隠し事があったのです!」


突然、ゲイルが大声を上げた。


「重大な隠し事だと?」


「はい!私めなどの罪とは比べものにならない程の深刻なものなのです!」


(コイツ、ここで黒死病のこと言うつもりな訳?)


でも逆に好都合だよね。これでレンジ副所長は討伐に参加しなくても良くなるだろうし。


(最期の最期にいい仕事するじゃん、ダメ所長)


この時の私は間抜けにも相当呑気に考えていたのだ。


『黒死病』というものの存在を。


「なんと、レンジ副所長は……黒死病を患っていらっしゃるのです!!」


「……なんだと?」


グスタフ殿下がジロリとレンジ副所長を睨みつける。


そして、私はハッとした。レンジ副所長の顔が切羽詰まったものに変化したことに。


「本当か、レンジ」

レンジ副所長が観念したように目を閉じる。


「……はい、ゲイル殿の仰る通りです」


―――バキッ!!


「なッ?!」


次の瞬間、レンジ副所長の体が吹っ飛び、ワンテンポ遅れて副所長が兄殿下に殴られたのだと気が付いた。


「……この、恥知らずが!!」


左頬を義手で押さえて項垂れている副所長の前で、グスタフ殿下は仁王立ちして怒鳴りつけ始めた。


「この世に産まれたときから、片腕のないその貧相な姿で浅ましくもドワーフを名乗ることも忌々しく思っていたというに、仕舞には黒死病にかかった、だと?これ以上我々を侮辱しようとは、万死に値する!」


あまりにも散々な言いように、こちらの理解がまるで追いつかない。


これが実の弟に言うことか?!


「レンジよ、黒死病を発症した者はこの国ではどうなるか知っているな?」


「……国外追放、です」


(国外追放?!)

黒死病を発症しただけなのに?!


「そうだ。本来であれば王位継承権を剝奪の上、貴様を国外追放とするのが筋だ。だが、今は火急の事態であり、例え貴様のような王族の面汚しであっても使わなければならない……私の言いたいことが分かるな」


「……はっ」


「レンジよ。貴様はゲイル殿とともにファイアドラゴンを討伐し、坑夫を救い出せ。さすれば、この国で死ぬことくらいは許可してやる。最もこの時点をもって貴様の太子の地位は剥奪するがな」


「……かしこまりました、騎士団長、殿下」


「ちょっと……ちょっと、お待ちください!」

もう流石に黙っていられなかった。


「恐れながら、さすがにそれはひど過ぎます!とてもじゃないですが、レンジ副所長はドラゴンと戦うような体調ではないですし、そんな体力も絶対にありません!このまま安静にしていただくべきです!」


レンジ副所長が、

「いいから君は黙ってろ!」

と押し留めようするが、ここで黙っていたら医者の名折れだ。


「……ほお、随分と威勢がいい人間の娘がいたものだな」


温度の感じられない冷淡な視線が投げつけられ、グスタフ殿下はとんでもないことを言いつけてきた。


「ならば、お前が一緒に付いてやればいい」

「……ッ!」


絶句する私に更に追い討ちをかけるように、

「それに、貴殿もだ。ヒーラー殿」

「……!」

なんとセインにも残酷な指令を下してきた。


「『ガルナン首長国の王族から黒死病を患う不届き者が出た』などという不名誉が他国にでも流れることなど断じて許すわけにはいかん。それが例え、エヴァミュエル王国が辺境伯、ルーベルト伯爵からのご紹介の方であったとしてもだ」


スッと殿下の手が上がると、周囲の兵士達に周りを囲まれ、剣を向けられる。


「残念ながら事情が少々変わってしまった。ヒーラー殿とその威勢のいい小娘もゲイル殿達と先にドラゴン討伐に同行していただく」


「お待ちください、騎士団長殿下!彼らは全くの無関係ッ」


レンジ副所長が必死に止めようとしてくれるが、


「黙れ、汚らわしい出来損ないが」


一切聞く耳持たず冷たく切り捨てられるだけだった。


完全に逃げ場がなくなった私達は、徐々に坑道の入り口に追い詰められていく。


「死地の扉へようこそ。諸君達の冥福をお祈りしよう」

ブクマして頂ければ幸いです。

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