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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.26 レンジ副所長の怒り、そして、黒死病

「今日でこの研究所ともお別れかぁ」

「そうですね。私もようやくこの移動方法に体が慣れてきました」


「ははは、セイン殿もエリーゼの乗り心地が惜しくなりましたかな!」

「あ、あはは……」


ウィルさんの言葉にセインが引き攣った笑みを浮かべる。


サラマンダーの乗り心地がどうかなんて、顔色を見ればよく分かる。


セインは『慣れた』だけで『乗り心地が良い』という心境からは途方もなく遠いのだろう。


(これでサラマンダーの垂直歩行ともお別れかと思うとちょっと寂しいかな)


思えば、ここに来てから毎朝ウィルさんには研究所まで送ってもらって、本当にありがたかったな。


「ウィルさんには本当にお世話になって、ありがとうございました」


「いえいえ、寧ろお礼を言わなければならないのはこちらの方ですよ」


エリーゼに指示を出しながらウィルさんが答えた。


「ユーリ殿のおかげで新しい封魔石を開発することができたのですから。しかも、あんなにたくさん作って下さって。お陰でいくらでも販路を拡大させることができますよ」


うーん、本当に企業戦略みたいなことをしているんだな。

研究所っていうよりも、まるで貿易会社だ。


「ところで、ユーリ殿はお目当ての道具はそろいましたかな?」


「あ、はい!ウィルさんが腕の良い鍛冶屋さんを教えてくれましたから。それに……言われた通り、レンジ副所長のお名前を伝えたら、最速で望み通りのものを作ってくれました」


私は腰に付けたポーチを撫でた。


中には、

・メス(ミスリル製のとんでもなくお高いナイフ)

・ドベーキー鑷子(手術で使う長めのピンセット)

・メッツェンバウム剪刀(これも手術で使う細めのハサミ)

が入っている。


本音を言えばもっと揃えたかったが、製作には数日かかるため、今回の滞在ではこれが限界だった。


(というより、レンジ副所長が規格外なのよ)


なんせ魔法でメスを数分で作り上げたのだ。

鍛冶屋泣かせにも程がある。


「納得するものが手には入られたようで何よりです。あの小さなナイフについては何もお力になれませんでしたから」


「とんでもないですよ!それにステンレス製で作ってもらえるなんて驚きました!この国に来られて本当に良かったです!」


前世では医療器具だけでなく至る所で使われていたステンレス。


だけど、フラノ村では鉄製や銅製のナイフや調理器具しかなかったので、当然存在しない物だと思っていたのだ。


だけどここは鉱山の国、そしてドワーフの国だ。


鉄に他の金属を混ぜて錆びにくくする加工は当たり前のようにされていた。


その分お値段も少し高くなるけど、そこでウィルさんの紹介であること、何より……レンジ副所長の名前を出したら物凄い張り切りようで、しかもお安く作ってもらうことができ、晴れて外科医として最低限の医療器具を手に入れることができたのだ。


「そう言って頂いて、この国の住人としてうれしいことこの上ありません」


にっこり笑いながらウィルさんがセインの方を向いた。


「ところでバレット氏の一団が到着するのは午後でしたな?」

「はい、その予定です。」


「であれば、今日の封魔石作りはお昼までにして、午後には宿屋に戻って荷物の整理をしていただくのがよろしいでしょうな」


セインに確認しながらウィルさんは今日のスケジュールを伝えてくれた。


「そうそう、今夜はお二人の送別会と評して、ささやかではありますが、宴会を企画させていただきました。バレット氏達も交えて、ぜひ参加していただきたい」


「うわあ、ありがとうございます!」


「何から何までお世話になったというのに、ここまでして頂けてうれしい限りです」


和気あいあいと話していると研究所に到着していた。


装着していたベルトを外すのも、サラマンダーの背中から降りるのもお手の物だ。


「ありがとね、エリーゼ」


最初はエリザベスの背中から降りるときもおっかなびっくりだったのに、お礼を言う余裕まで出てくるなんて、慣れとは恐ろしいものだ。


(この研究所ともお別れかぁ。なんか寂しいな)

一抹の寂しさを感じながら研究所に入っていく。


「おはようございます、ユーリ殿」

「今日で最後ですね。よろしくお願いします」


研究員ともすっかり顔なじみで、すれ違えばこまめに挨拶してくれる。


「おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」

そして持ち場につき、セインと並んで持ち場についた。


「さて、お昼まで一仕事しますか!」

「ええ、頑張りましょう」

いざ封魔石に魔法を込めようとした、その時だった。


バッターーーン!!


勢いよく開かれたドアの音が響き渡り、室内にいた全員が一斉に顔を向けた。


「お待ちください、レンジ副所長!!」


所長室からまず出てきたのは澄まし顔を通り越して仏頂面のレンジ副所長、続いて、必死に追いすがるゲイル・ダメ所長、そして、いかにも『自分達は無関係です』といった顔をしながら一歩引いて付いてくる腰巾着2人。


「何卒……何卒よろしくお願いします!どうか太子殿下であらせられる副所長から取り成して頂きたいのです!」


今にも足にしがみつく勢いのゲイルにレンジ副所長は冷たい視線を寄越す。


「しつこいですよ、ゲイル所長。既に上には報告済みです。大人しく沙汰をお待ち下さい」


「そ、そんな殺生な。私はこの研究所のために今まで尽力してきたというのに!」


「……尽力?」

レンジ副所長はハッ、と鼻で笑った。


「では伺うが、貴殿はこの研究所のために一体何を尽力したというのですか?」


「そ、それは……!」


「碌に研究もせず、大した業績もあげず、『王妃殿下の親戚』という身分をひけらかすことしかできない貴殿が一体何を成したと?」


レンジ副所長の辛辣な言い方にゲイルは顔を真っ赤にしてブルブル震えているだけだ。


「だが、そんな貴殿のことを、僕は王妃殿下から直々に口添えをされていた。だから今まで所長として丁重に接するよう努めてきた。王妃殿下の顔に泥を塗ってはならない。例えどれだけ目に余ろうとも、貴殿の振る舞いも大目に見ようとするつもりだった」


「そう、そうです!ご子息である貴殿がお母上を困らせるようなことをしては」


「これ以上貴殿を見逃していると王妃殿下である母上の面目を踏み躙ることになる。そんなことも理解できないほど貴殿は愚かなのか?」


温度が感じられない程冷たい目をしたレンジ副所長に、ゲイルがビクッと顔を強張らせた。


(え、なに?なにこれ修羅場?!)


私達を含めて、状況が把握できていない周りの研究員はただオロオロすることしかできない。


不意にゲイルと目が合う。


「……お前のせいだ!!」

「はいっ?!」


唐突に人差し指を突きつけられ素っ頓狂な声を上げた。


「お前が!お前が、余計なものを作らなければ!」

「えっ?えっ?」

いったい何を言っているのか全く分からないんですけど?!


「お待ち下さい。ゲイル所長」


今にも食ってかかりそうなゲイルと私の間にスッとウィルさんが入ってくれた。


「所長のおっしゃる『余計なもの』とは、まさか浄化の封魔石のことではありますまいな?」


険しい表情のままウィルさんが問い質す。


「そうに決まっているだろう!助手風情の分際であんな余計なものを作り出さなければ!明るみにならずに済んだというに!」


「ご自分が何を仰っているのか分かっているのか?!」


ウィルさんはすっかり臨戦態勢である。


(いや本当に何言ってんの、コイツ)


泡を飛ばして怒鳴りまくるゲイルを見ても痛くも痒くもないけど、取り敢えず理不尽な言いがかりをつけられていることだけは察した。


話の流れからすると、どうやら私が浄化の封魔石を開発したことをきっかけに、ゲイルにとって都合の悪いことが判明したらしい。


(そう言えばコイツ、前に私が報酬を受け取ることに文句付けてたよね。となると……)


「ひょっとして、研究所の経費か何かを勝手に使い込んだのがバレた、とか?」


つい心のうちに秘めていた声がポロッと出てしまった。


まあ、半分は言いがかりをつけてきたことに対する大人げない意趣返しの意味もあるけど。


「ええっ?!」

「んなっ?!」

セインとウィルさんがギョッとした顔を向けてきた。


周りで成り行きを見ていた研究員達も目を見開いて顔を見合わせている。


そして件のダメ所長はというと、

「……」

額に冷汗をかいて俯いてしまった。

多分図星なんだろう。


(今回の滞在で報酬を払う必要があったのは治癒の封魔石を作るセインだけだった。なのに私も浄化の封魔石を開発して、しかも新商品として御披露目できる所まで進めちゃったから、私の分も報酬が必要となった。それで想定外の出費で帳簿を見直したら使途不明金が発覚したわけだ)


前世の病院でもたまにあったな、こういう不祥事。


「……情けない」

レンジ副所長が左手で顔を覆う。


「ガルナン首長国が誇る魔鉱石錬成研究所の所長ともあろうものが……我が国の客人の前で、このような醜態をさらすとは……!」


ギリッと歯噛みし、ゲイルを鋭く見据える。


「王族ともあろう者が、恥を知れッ!!」

レンジ副所長の怒声にゲイルは完全に萎縮してしまった。


「おい、お前達!」

ウィルさんが声をあげたのは後ろの腰巾着達だ。


「お前達も荷担していたのか?!」


鋭い追及に居心地悪そうに顔を見合わせるが、

「わ、私達もお止めしようとしたのですが」


「……逆らえば、研究所のクビはもちろん、この国にいられなくしてやると脅されまして……」


と、何とも見苦しい言い訳をし始めた。


(いや絶対嘘だろ)


多分、2人以外の全員がそう思ったはず。

元凶のゲイルですら2人に目を剥いて怒鳴ったのだ。


「お、お前達!あれだけいい思いをさせてやったというのに!何たる言い草だ!」


私から矛先が完全に腰巾着に代わり、今度はそちらで見苦しい言い争いが始まろうとしていた。


バァーーーン!!


「いい加減にしろッ!!」


突然の大きな音とそれに続く怒声に、ゲイル達の肩が震えた。

なんとレンジ副所長の鉄色の左手が壁にめり込んでいたのだ。


「お前達と同胞であることをこんなに屈辱に思うとは!!これ以上我が国の恥を晒すな!!」


(完全にブチ切れている……)


澄んだ琥珀色の目はギラギラと怒りに燃え、普段は絹糸のような深紅の髪が今は燃え盛る業火のように揺らめいている。


何よりこの威圧感。


誰もレンジ副所長に声をかけられない。


(ゲイル達はいざ知らず……あのウィルさんも完全に竦んでいる)


正直、あんな恐ろしい副所長と目を合わせたらそのまま燃やされてしまいそうだ。


このまま研究所から静かに退散してしまいたい……と現実逃避していた、その時だった。


「・・・・・・ッ!!」

レンジ副所長の顔が歪んでいく。


それは怒り、ではなく、

「大丈夫ですか、副所長?!」


苦悶の表情のままズルズルと蹲っていった。

慌ててセインと一緒に駆け寄った。

あとから慌ててウィルさんも近づいていく。


よく見ると顔が土気色だ。

怒気が強すぎて気づかなかった。


「……スゴイ熱じゃないですか!それに右肩も!やっぱり痛みがあるんですか?」


右肩を押さえたまま座り込み脂汗をかいているレンジ副所長に、


「今すぐ治癒魔法をかけますから!」

セインが魔法をかけるため手を翳す。


すると、

「や、めろ……!」

今回もまたレンジ副所長が止めようとしてきた。


(……おかしい)


確か以前もそうだった。


私のメスを作ってもらった時、あの時も右肩を庇いながら突然よろめいて、セインが治癒魔法をかけようとしたら必要以上に拒否していた。


体調が悪ければ、むしろ治癒魔法をかけてほしいと思うのが普通じゃないの?


(なのに、明らかに体調が悪化しているのに治癒魔法をかけられるのを止めようとしている。なぜ?この期に及んで封魔石作りに差し障る、とかそんなこと言わないよね?)


息をするのも苦しそうなくせにセインが魔法をかけるのを必死で押しとどめようとしている。


(うーん、明らかにおかしい。普通じゃない……普通の病気ではない?それも治癒魔法をかけられたらマズイような病気?)


ふと、アイの言葉が頭に浮かぶ。


《発症した患者に治癒魔法を行使すると病状が悪化するという点です》


(―――まさか……!)


「こんなに具合が悪そうな方に何もしないなんてことはできません」


「そうですぞ!セイン殿、ぜひよろしくお願いします!」


ウィルさんの後押しもあり、セインは今まさに治癒魔法をかけようとしていた。


「セイン、待っ」

私の制止は間に合わなかった。


「光の精霊よ、我にご加護を。”ヒール”!!」

セインの手から光が放たれると、レンジ副所長の体が淡い光に包まれ―――


「ウワアァァーーー!!!」

レンジ副所長の口から絶叫がほとばしり、


「えっ?いったい……!!」

「セイン、止めて!!」

予想外の事態に動揺するセインを慌てて押しのけた。


「ど、どうされたのですか!副所長!」


ウィルさんも周りも状況が飲み込めずオロオロしている。


完全にぐったりしているレンジ副所長を見ると、


「……なに、これ?!」


レンジ副所長の首の色が明らかにおかしくなっている。

首元を少し緩めてみると、


「これ、は……!!」

私の後ろからセインも絶句する。


《発症すると、内臓や組織が徐々に壊死していき、全身の皮膚や眼、髪が黒く変色していきます。このように患者が変貌することから、こう名付けられました》


アイの解説が頭の中で再生される。


そして、その通りのことがレンジ副所長の首から右肩にかけて再現されていた。


「黒死病・・・・・・!」

ブクマして頂ければ幸いです。

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