Karte.23 メスを断られ、そして、魔法の天才
「ハァァーーー……」
片っ端から鍛冶屋に突撃を繰り返して早くも1週間。
朝っぱらから重苦しい溜め息と雰囲気を漂わせている私は鬱陶しいこと、この上ないだろう。
でも、封魔石作りの手は休めてないのだから許してほしい。
「大丈夫ですか?ユーリさん」
心配そうに尋ねるセインに弱々しく笑みを返す。
「これだけ驚異的な速さで封魔石を作って下さっているのだから、疲れが取れてないのかもしれませんな。今日はもうお帰りになった方が良いのでは?」
……ウィルさんにまで気を使わせてしまって、申し訳ない。
「ごめんなさい、気を使わせてしまって。体調は全く問題ないんです」
「では、何か悩み事でも?もしこの研究所で至らない点があるならば、是非教えて頂きたい」
「いえ、そんなことはありません!研究所のみなさんにはとっても親切にしていただいていますから!」
ブンブン手を振って否定すると、ウィルさんはホッとした顔をした。
「最近アチコチの鍛冶屋さんに行っていますけど、ひょっとして、まだ見つからないんですか?」
セインが思いついたように聞いてきた。
「……その通りなんですよ」
はぁぁ、とまた大きな溜め息が零れてきた。
「ん?鍛冶屋で何かお探しなのですかな?」
「実は……ナイフを探しているんです」
「ナイ、フ……?」
『なんでそんなものわざわざ探しているんだ?』って思っているのが手に取るように分かる。
いや、そう言いたい気持ちも分かるけど。
「その、ナイフって言っても、オーダーメイドで作ってくれるところを探していて」
「オーダーメイドですか。しかし、大抵の鍛冶屋であれば作ってくれると思いますが。そんなに特殊なナイフなんですか?」
「ええと……こんな感じなんですけど」
懐からここ1週間ずっと持ち歩いているナイフ、もといメスのデザインや特徴なんかをまとめた紙を見せた。
ちなみに、メスの刃や持ち手なんかの詳細なサイズはアイに教えてもらった。
前世の情報を持ち込めるのは本当に助かる。
紙をじっくり眺めたウィルさんの顔がだんだん困惑していった。
「……これはまた妙に小さなナイフですな。料理用……ですか?」
「えーと……料理用ではないんですけど……」
「刃渡りは3cmもない、と。しかも刃もかなり薄いものだ」
「……できればこれで肉が切れるくらいの切れ味は欲しいんですけど」
ゴニョゴニョと呟くと、ウィルさんは目を見開いた。
「このサイズでこの薄さで、ですか!私は鍛冶職人ではありませんが、かなり厳しいのでは?」
「……ですよね」
結局そういう結論に至るんですよね……。
『ええ、こんな刃渡りが小さいナイフ?しかも、切れ味を抜群に?ムリムリ』
『切れ味をよくしたいなら、もっと刃渡りを長くするかを刃を厚くしないと。ウチでは作れないよ』
『こんなに小さくて薄い刃じゃあ、すぐに刃こぼれしちまう。いったい、何に使うつもりなんだい?』
『えーと、その、肉を切りたくて……』
『だったら、これにしなよ。刃渡りたった20cmで細身なのに、サラマンダーの硬いウロコも簡単に削ぎ落とせる!しかも軽いから、姉ちゃんみたいな細腕でも扱いやすいぜ!どうだい!』
『あ、あはは……スゴいですね~。ちょっと、考えてみます……』
これが、この1週間で辿り着いた結論だった。
そう……鍛冶に精通しているドワーフの国、職人の国・ガルナン首長国でも、メスを作ることができない!
(前世では、あんなにメスが病院中に溢れていたのに!)
この世界には魔法なんて摩訶不思議なものがあるから、メスの1本や2本すぐに手にはいると思ってたのに!
「このナイフはそんなに作るのが難しいものなんですか?」
私を慮ってか、セインがウィルさんに尋ねた。
「私も鍛冶屋ではないから詳しいことは言えません。ですが、技術的な面よりも実用的かどうかが重要なんだと思います」
ウィルさんが説明する。
「要するに、肉を切るならこんな小さくてすぐに刃こぼれしそうなナイフを使う必要はないだろうということです。私でさえ、このナイフで数回肉を切れば、切れ味が悪くなることが予想できます。鍛冶屋の性分として、すぐに使い物にならない物を作ることはあり得ないのだと思われます」
ウィルさんの言い分も理解できる。
そもそも私もどういう目的でメスを使いたいかしっかり説明しているわけではない。
(でもねぇ、説明が難しいだよねぇ)
だって、もしメスの用途をしっかり説明することになったとしたら、
『(治療のために)人肉を切り割いて、(病変を取り除くために)中の内臓や組織をいじるためのナイフ』だ。
これだけ聞いたら、頭のおかしい猟奇的殺人犯だ。
即牢屋行きだろう。
(『手術』という概念がないだけで、ここまでややこしいことになるとは!)
それもこれも、治癒魔法で全て解決!な世界だからなんだろう。
セインをチラッと見ると難しそうな顔をしていた。どう説明すればいいかを考えあぐねているようだ。
(……そういえば、セインは帝王切開の時もすんなり受け入れてくれたよね)
今だって私の希望に沿うために色々考えてくれているし。
―――僕ができない代わりに、悠里には外科医として頑張って欲しいんだ。
「進捗はどうだ?」
例の凛とした声が耳に入り、ハッと我に返る。
ピシッ!!
直立不動でお出迎えするのは、もはや条件反射だ。
「これは、レンジ副所長!お疲れ様です!」
ウィルさんも居住まいを正して挨拶した。
「レンジ副所長!ご機嫌麗しく存じます!」
右手を額に掲げ、敬礼のポーズを取る。
きっと軍隊も顔負けの隙のない姿勢だろう。
そんな私に呆れた顔を向ける絶世の美少年、もといレンジ副所長。
「……僕が来るたび、いちいち敬礼しなくていい。あなたはセイン殿と同様、我が国の客人だ。それに」
机の上に並べられた大量の封魔石を一つ手に取り、研究所の照明に翳す。
「―――実に美しい。しかも魔鉱率10%という最低値で破格の性能。この封魔石は我が国にとって必ず有益な産物となるだろう」
レンジ副所長が再度こちらを向き、慌てて直立する。
「十分この国の役に立って下さっている。そこまでかしこまる必要はない」
「はっ!至極光栄に存じます!」
「……」
これ以上言っても無駄だな、という表情を浮かべて、副所長はウィルさんの手元を見た。
「それは?」
「はっ。これは、ユーリ殿が鍛冶屋に制作を依頼したいナイフのデザインらしいのです」
副所長に手渡しながらウィルさんが答えた。
「一般的なナイフより、刃が随分小さいな。刀身より持ち手の方が長いくらいだ」
紙に目を落としながら、
「このナイフが欲しいのか?」
と今度は私に尋ねてきた。
「え、えーと……はい、その通りです」
しどろもどろに肯定する。
「ただ、鍛冶屋を何件も回って頼んでみたんですけど、やっぱりこんなに小さいナイフだとすぐに刃がダメになるから作れないと断られてしまって……」
副所長は何も言わず黙って聞いてくれている。
だから、つい調子に乗って話し続けてしまった。
「……その、実はこのナイフを作ってもらえないかなと思って、この国に連れて来てもらったんです。村の鍛冶屋さんでは難しそうだったので。すみません、私も鍛冶に疎いものですから、作ってもらえるかどうかも分からなかったので……」
「ふむ。なるほど」
副所長は紙を私に返し、
「少し待っていてくれ」
と部屋に戻っていった。
(え、またなんかマズいこと言っちゃった……?)
性懲りもなく太子殿下の気に障るようなことを喋ってしまった?
ひょっとして、この国の鍛冶屋をバカにしたように受け取られた、とか?!
(なんで私はこうも気に障るようなことを次から次へとーーー!)
これまた性懲りもなく心の中で頭を抱えていると、
「―――待たせたな」
レンジ副所長の声に再びピシッ!と背筋が伸びる。
「副所長、それは……!」
手にあるものを見て、ウィルさんが驚きの声を上げる。
銀よりも白く輝く金属の延べ棒のようだ。
縦20cm×横10cmほど、厚さも10cmくらいある。
「恐れながら副所長、これは何でしょうか?」
セインが副所長に尋ねる。
「ミスリルだ」
(えっ、ミスリル?!それって、あの『指輪物語』の?!)
誠吾と一緒に観に行った映画に出てきた伝説の金属の名前だ。
確か、ドワーフが鍛えることで『銀の輝きと鋼をしのぐ強さを持つ』って、映画のパンフレットに書いてあったのを覚えている。
(さっすが、ドワーフの国!まさかここでお目にかかれるなんて!)
気分は聖地巡礼中の観光客だ。
「純粋な鉄より強度が極めて高く、魔力伝導率も高い。我が国の鉱山でも採掘が難しい希少な金属だ」
そして、
「このミスリルを使えば、あなたの望むナイフも刃こぼれせずに使えるだろう」
「……え?」
この殿下は今なんとおっしゃいました?
「研究に役に立つかもしれないと思って持ってきたものの、結局自室のガラクタと化していたものだ。当分使い道もなさそうだからな」
「え、え?」
「安心しろ僕のポケットマネーで買ったものだ。研究所の備品ではない」
(いや、気になっているのそこじゃないんですけど?!)
心の中のツッコミは当然届くはずもなく、
「火の精霊よ、我にご加護を。"ファイア"」
ボォォーッ!
副所長の呪文を唱えると、左手の上に乗ったミスリルが灼熱の炎に包まれた。
(アッツ!!)
あまりの熱気に、思わず全員後ずさる。
「これを鍛冶屋に持って行っても扱いに困るだけだろう。だから僕が今ここで作ってやる」
「ふ、副所長!そこまでしなくとも!」
ウィルさんが制止し、私も隣でブンブン激しく首を縦に振る。
さすがにここまでしてもらおうとは思っていなかった。
「ウィル、このナイフを必要としているのは君か?」
「い、いいえ」
「このナイフを必要としているのは、浄化の封魔石というこの国にとって非常に有益な封魔石を開発したそこの彼女だ。我々に多大な恩恵をもたらした人間に、我々は何を返そうとしている?」
「そ、それは……」
「我々ドワーフへの失望だ」
ミスリルが高温に熱せられ、煌々と赤く輝いている。
「それにこのナイフの真価を決める資格は僕達にはない。『職人の種族』と謳われるドワーフがすべきことは、依頼人の希望に可能な限り寄り添い、己の持てる技術を尽くして最高の作品を産み出すことだ」
ミスリルを掲げ、副所長が呪文を唱える。
「土の精霊よ、我にご加護を―――"アルケミル"」
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