Karte.22 浄化の封魔石誕生、そして、メスを求めて
この研究所に来てから1週間。
私とセインは順調に封魔石に魔法を込めていった。
私が開発に携わった封魔石は、魔鉱率をあれこれ調整した結果、なんと、10%という最低ラインでも30%と遜色ない驚きの洗浄力(何だか洗剤のキャッチコピーみたいだ)を発揮することが分かった。
これにはウィルさんを始め研究員全員が驚きつつも大喜びしてくれ、私の封魔石は正式に『浄化の封魔石』という名前をつけてもらうことができた。
「魔鉱率が10%だとあまり魔力を消費しなくて楽だわ~」
「……ユーリさんが無理していないのであれば、それでよいのですが」
どんどん並べられていく無色透明の石に、セインが引きつった笑みを浮かべる。
ちなみに浄化の封魔石は、ただのピンポン球から、5cmくらいの細長い正六角水晶のデザインに仕立てられていた。
これに、チェーンをつけてネックレスのようにすれば、他の家事をしていてもすぐに取り出せて便利だということから採用されたのだ。
「これをメインに使うのは、貴族であればメイドでしょうし、一般市民であれば家事や育児を行う女性でしょうから、女性に好まれる形にしてみました!」
とデザイン担当の研究員が胸を張っていた。
(女性受けとか考えるあたりホント企業戦略だわ)
だけど確かに、こんなにキレイに透き通った水晶だったらネックレスにもってこいだ。
女性ならば喜んで身につけてくれるだろう。
まあ、私には縁のない話だけど。
なんせ、ネックレスや指輪は特に手術するときなんて邪魔でしかなかったからだ。
もちろんオシャレに気を使う外科医もいたけど、そういう先生だって手洗いするときは指輪は絶対に外さないといけないから、『だったら、最初からつけなくていいじゃん』というのがオシャレに縁遠い私の見解だ。
「いやはや、こんなにバンバン作って下さるとは、我々としても大変ありがたいことです」
目の前にズラッと封魔石をマジマジとウィルさんが見つめた。
「これほどのペースであれば、お二方が帰国されるときに一緒に輸出できるかもしれません」
「私達が帰るとき、ですか?」
そう言えば、帰国するときのことは何も聞いていなかったな。
「行きと同様、バレットさん達と合流して帰る予定ですよ」
私の表情を読んでセインが説明してくれた。
「お二方と一緒に浄化の封魔石も出荷できれば無駄がなくて良いですな」
できた封魔石はテキパキと回収され、魔法を込める石が次々に運ばれてくる。
(我ながら、随分たくさん作ったな。全然疲れてないから問題ないんだけど)
「やっぱり、疲れましたよね?一度休憩を入れた方がいいと思いますよ」
ネズミ色の石をじっと見つめた私に、セインが気を使ってくれた。
「おおっ!これは気が利かなくて申し訳ない!すぐにお茶をお持ちします!」
ウィルさんも慌ててお茶の用意をし始めた。
「い、いえいえ!大丈夫です!まだ全然いけますから!ただ……その……」
先ほど感じた一抹の不安がポロッと口からこぼれた。
「こんなに作って、もし全然使われなかったらなあ……と思いまして」
ウィルさんが一瞬キョトンとしたが、
「ワッハッハッハ!そんなことでしたら、心配ご無用です!」
豪快に笑い飛ばされてしまった。
「そんなことって……!」
せっかくの不安を笑われ、口をとがらせると、
「いやこれは失敬!ですが、本当に心配ご無用ですよ、ユーリ殿」
愉快そうにウィルさんが答えた。
「浄化の封魔石は、すでにこの国でも活用されております」
「えっ、そうなんですか?」
「ええ。以前ユーリ殿が大量に作って下さったサンプル、あれを我が国の宮殿で試していただいたのです」
「お城でですか?!」
それは知らなかった。
というか、いいの?
ただのサンプルをそんな格式高いところで使って。
「サンプルとはいえ、魔鉱率30%の申し分ない出来ですから。何より、メイド長が大絶賛しておりました。日常的な掃除や洗濯が楽になっただけでなく、高価で壊れやすいが為に手入れが難しい貴金属や陶器、はたまた王族の礼服なども、新品同様に綺麗にすることができた、と」
へえ、お城のメイドさんなんて家事のプロフェッショナルなんだろうに、そんな人に喜んでもらえるなんて。
「それに、我が国の騎士団にも提供したところ、武器や鎧のサビが見事に消えてなくなったと大変喜ばれました。血汚れやサビが酷く捨てることを覚悟していた愛用の剣も、研ぎ直すだけでまた使えるようになった、と」
え、いつの間にか騎士団にも使われていたの?
「もちろん魔鉱率10%の石も試用させて頂いてます。まあ、これは研究員の家族や親戚の女性陣にですが。それでも掃除や洗濯が一気に終わり、しかも自分でやるより圧倒的に早くてキレイだ、もうこれは手放せない!と、これまた大絶賛でした」
うん、それは共感できる。
私も浄化魔法で随分楽させてもらっているから。
「と言うわけでして」
ポン、とウィルさんが肩に手を置いた。
「浄化の封魔石が使い物にならないなど、断じてあり得ません。まずは、他国の王族や貴族に御披露目することになりますが、近い将来、この封魔石が広く世間に流通することは間違いありません。どうか自信を持って下さい!」
「ウィルさん……!」
彼の熱い励ましに、私の胸までジーンとしてくる。
頭一つ分低いドングリ眼をしっかり見つめ返し、
「ありがとうございます!早速ジャンジャン作っていきますね!」
「その前に休憩しましょう、ユーリさん。無理は禁物です」
すかさずセインの制止が入り、そのままコーヒーブレイクに突入した。
そうそう、この国に来た個人的な目的もしっかり果たさなければならない。
封魔石作りの合間や作業終了後に、私は研究員や宿屋の女将さんにも相談した。
目的はズバリ、『本格的なメスをオーダーメイドしてもらうこと!』だ。
メスなんて特殊な刃物、その辺の雑貨屋に置いてあるわけがなく、しかもこの世界には『手術』という概念がないのだから、当然メスなんてものは存在すらしない。
だったらもう、私の要望を詰め込んでオーダーメイドしてもらうしかない。
そう意気込んで腕がいいと評判の鍛冶屋を手当たり次第に訪れてみることにした。
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