Karte.21 レンジ副所長とは、そして、レンジの思惑は
「ユーリ殿は副所長を見てどう思われましたかな?」
「どう、とは?」
「主に外見についてです。あの方は、いわゆる『普通のドワーフ』のように見えるかどうか」
「それは……えーと……」
思わず口籠もってしまう。
この国にいるドワーフは、低いずっぐりむっくりな体・モジャモジャの髪(と髭)・素朴な小さな目と団子鼻、が定番の3点セットだ。
対して副所長の姿といえば。
身長は確かに低いがスラッとした華奢な体躯。
深紅のサラサラした短髪に大きなパッチリ二重で琥珀色の瞳、気品漂う高い鼻筋と薄い唇。
まさに美少年。
ドワーフの要素ははっきり言って皆無だ。
(それをドストレートに言う訳にはいかないだろうし)
何て答え辛いことを聞いてくるんだ、ウィルさん。
「申し訳ありません。答えにくいことを伺ってしまって」
私の表情を察したのか、答える前に謝られてしまった。
「あの方はいわゆる『普通のドワーフ』のような外見ではいらっしゃらない。しかも、生まれつき左肘から下が無かったと聞いております」
「え、生まれつきなんですか?」
「はい。それをあの方が試行錯誤の末、あのような義手を作り出したのです。腕はもちろん、手も本物の手と遜色ないほど動かすことができる、最高の義手を」
「はあ、凄いですね」
セインが感嘆する。
「でもそれって指も動かすことができるということですか?一体どうやって?」
前世の技術はその領域に達していないから、全く想像ができない。
「土属性魔法には、金属を自分の思うままに錬成したり操る魔法があります。残念ながら私には扱うことができない魔法です」
「金属を操る、ですか」
そう言われても、イマイチ想像ができないんだけど。
「お二方が入国した際に、地面が下から上へ緩やかに動いたり、地面の一画が上から下へ直下する技術。これらは全て土属性魔法の一つ、土の操作によるものです。私の土属性魔法もこれに該当します」
ウィルさんが説明してくれる。
「一方、レンジ副所長の金属を錬成する魔法は、言ってみれば『ただの鉄の棒をナイフに仕立て上げる』ことができる魔法です。鍛冶屋には冒涜とも受け取られかねない魔法です」
「確かに」
何の変哲もない金属の棒を何度も熱しては叩いてを繰り返して、一振りのナイフに成形する。
地道で手間も時間もかかる作業、そしてその技術を身につけるのにも何年も修行しなければならないのだろう。
それを魔法だけであっという間に完成させてしまう。
(その気持ち、よく分かる。だって治癒魔法を見たときも、私が積み重ねてきた知識と手技を否定された気がしたもん)
鍛冶屋の知り合いは1人もいないけど、ウンウンと心の中で共感する。
「左手のない副所長はこの錬成魔法によって、ご自分の義手を完成させ、私のように手や足を失ったドワーフにも義手や義足を作ってくださいました。また、副所長自らが込めて下さった錬成の封魔石により、私の意思で義足を操作することができます」
義足に埋め込まれた琥珀色の石を指しながらウィルさんが教えてくれた。
封魔石は生身の足と義足の付け根、足首、足の甲、と合計3カ所埋め込まれている。
(……やっぱり魔法って凄いわ)
治癒魔法にしても、この義足にしても、完全に前世の医療技術とは比べ物にならない。
いや、そもそも魔法なんていう科学を超越した方法ある時点で比べる次元ではないのかもしれないけど。
(なんだろう、この敗北感……)
一人勝手にズーンと落ち込んでいると、
「断っておきますが、こんなに素晴らしい一品を作ることができるのはレンジ副所長だけです。ドワーフは確かに金属加工を中心とした職人が多いですが、これほどの一級品を作ることはできません」
ウィルさんが足を仕舞いながら弁解するように言った。
「レンジ副所長は天才です。火の精霊と土の精霊の寵愛を一身に受けた、ずば抜けた魔法の才覚。左腕がないというハンデを物ともせず、試行錯誤を繰り返し一級品をこの世に産み出す職人の心。あの方は、正真正銘のドワーフ、ドワーフの鑑です」
キッパリと力強く言い切るウィルさんにセインが穏やかな眼差しを向ける。
「ええ。ウィルさんが副所長のことを非常に尊敬していることも、とてもよく伝わってきました」
「うっ、ま、まあ、それは当然です!なにせ、あの方は私の恩人!この国の民であれば、誰もがあの方を尊敬しておりますので!」
セインの率直な物言いに、ウィルさんがゴホン、と咳払いする。照れ隠しのつもりなんだろう。私も自然に笑みがこぼれる。
「さあ、私の昔話も少しはいい暇潰しになったようですな。お二人とも、そろそろ封魔石の作成を再開して頂いてもよろしいですかな!」
「ええ、そうですね」
「じゃあ、どんどん作っていきましょう!」
***
「全く……ただでさえ体調が最悪だというのに、余計な仕事を増やしてくれるとは」
光量を落とした部屋の中は昼間でも薄暗い。
しかし彼の顔色の悪さは部屋が暗いせいだけではなかった。
「母上の親戚筋だったから大目に見ていたが、どうやらこれ以上野放しにするわけにはいかなくなってきたな」
自室の机の上に並べた資料を確認したレンジはため息を零した。
ガルナン首長国は標高が高い山岳地帯にあり、土壌が痩せているため農作物が育ちにくい国だ。
そのため、食料品の多くは他国からの輸入に頼っている面が大きい。
それに対抗する主要輸出品が封魔石であり、その研究や開発は言わば国家の衰退に関わる事業といっても過言ではない。
そのため、この研究所の予算は国家予算に組み込まれており、毎年莫大な研究費や維持費が補助されている。
だが、先日のゲイル所長の発言。
ヒーラーであるセインに対する暴言も看過できなかったが、気になったのは、新しい封魔石を開発したユーリへの対応だった。
有用な封魔石が開発され広く流通されれば、ガルナン首長国の貿易にも大きなメリットとなる。
事実、彼女が作った封魔石が実用化されれば、武器や手入れの難しい高級品の汚れを取るだけでなく、一般的な掃除や洗濯などの手間も大幅に短縮できる。
まさに貴族や騎士だけでなく、一般庶民への需要も期待できる封魔石だ。
それほど付加価値の高い封魔石を開発してくれる技能者には当然報酬が支払われるべきであり、実際技術提供に対する報酬は研究所の予算にもしっかり組み込まれている。
従って、所長ともあろう立場の者が報酬を出し渋るような発言などあってはならないことだ。
「……この予算額で、よくもまあ報酬を出す余裕がないなどと言えたものだ」
書類の1枚を眺めながら、レンジは毒吐いた。
内容は、この研究所に割り当てられた予算の内訳だ。
研究所施設の維持費を始め、器材や消耗品の購入費、研究員への給料などなどがズラッと帳簿にまとめられている。
その中には、技術提供費として他国からの技能者への滞在費や報酬も別枠で組み込まれている。
問題はその額だ。
「どう見ても多すぎる。しかも、ここ数年は経時的に増額されている」
その年によって他国から招聘した他種族の技能者の数にはバラツキがあるため、技術提供費は基本予算に加え、後から追加で補助されることが多い。
そのため、過去5年間でその年に滞在した人数とも照らし合わし技術提供費の大まかな平均を取る。
すると、何度計算しても、明らかに追加補助の額が極端に多いのだ。
もし、この追加補助額が水増しで請求されているとすれば。
そして、その元凶がゲイル所長だったとしたら。
「早速、国の財政部門にも調査を依頼する必要があるが、少なくとも、あのヒーラー達が帰国する前にはっきりしておきたいものだ」
いくら王族、身内とはいえ……いや、身内だからこそ、この研究所で暗躍している横領を見逃すわけにはいかない。
最早、指一本動かすことができない右腕を、かりそめの左手が庇うように握りしめる。
「それが僕の、最期の仕事となるだろうな」
自嘲気味に、そして、悔しそうに、レンジは力なく微笑んだ。
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