Karte.20 ただいま封魔石試作中、そして、ウィルの回顧
「さっきは大変だったね。正直メチャクチャ焦ったよ」
パァッと両手から光が放たれ、光はそのままネズミ色のピンポン玉に吸い込まれていく。
「そうですね。私もまさか、レンジ副所長に頭を下げていただくとは思いもしませんでした」
お茶を啜りながら、セインはピンポン玉が無色透明に変化していく所をジーッと眺めている。
(本当に水晶玉みたいだわ。キレイ!)
できた封魔石の出来栄えを確認し、脇に並べていく。
「じゃあ、次のは」
「ちょ、ちょっと待ってください、ユーリさん!」
焦った様子でセインが待ったの声を上げる。
「どうしたの?」
「いえ、どうしたの、ではなくてですね」
どこか呆れたようにセインが溜息をついた。
「休憩なしで、もう30個も封魔石に魔力を込めているんですよ?いくらなんでも、無理し過ぎです!」
「ええ、別に無理なんてしてないけど」
別に痩せ我慢ではなくて、本当に疲れていないからどんどん作っているだけなんだけど。
「……我々研究員であっても、1時間で30個も封魔石に魔力を込め続けるなど、到底できませんよ」
さっきから私に封魔石を持ってきてくれる研究員も、驚きを通り越してドン引きしている。
そこへ、
「ユーリ殿、首尾はいかがですかな?」
他の研究員の手伝いをしていたウィルさんが、私達の様子を見に来た。
「チーフ!首尾はすこぶる順調、といいますか……」
「ん?何か問題でもあったのか?」
「いえ……こちらを、どうぞ」
「ん?……こ、これは?!」
ズラーッと並ぶ、無色透明の封魔石を前に、ウィルさんのつぶらな目が思いっきり見開かれている。
「魔鉱率は全て30%の石です」
「信じられん……!私がここ離れて1時間経つかどうかといった間に、これほど大量の封魔石を作成するとは!!」
一つ一つ手に取っては問題ない仕上がりであることを確認し、
「これは、ユーリ殿の魔力量がとんでもなく多いのか……それともこの魔法の魔力量がとんでもなく少ない量で済むのか……」
(多分、聖女特典だと思います)
ブツブツ思案するウィルさんに心の中で返答する。
《聖女であるユーリの魔力量は膨大です》ってアイが以前言ってたし。
本当のことを言うと面倒なことになりそうだから、半笑いしながら黙っていると、
「しかし、ウィルさん。助手の方でも1時間でもこれだけの封魔石ができるのであれば、セイン殿にも、もう少しペースを上げて頂いても良いのではないでしょうか?」
「えっ!?」
傍にいた研究員の無茶ぶりにセインがギョッとした顔をする。
(しまった……調子に乗ったせいで、セインに余計なとばっちりが!)
何か言わないと、と口を開きかけたが、
「いや、治癒の封魔石の作成は1時間に1個だけだ。これ以上増やすことはできない」
ウィルさんが意外にも強い口調でキッパリと断言してくれた。
「なぜです?助手の方でもこれだけ封魔石を作って下さったのですから、セイン殿であればもっとたくさんの封魔石を作れるのでは?」
と、私の事情を知らないがための至極当然な疑問が返される。
「確かにセイン殿に作業頻度を高めて頂くようお願いするのは簡単だ。だが、治癒魔法をそれ以外の魔法と同様に考えてはならん。いついかなるときも、常に余力を残しておく必要があるのだ」
だけど、ウィルさんもブレることなくキッパリと否定する。
「あの、どうして治癒魔法は別格なんでしょうか?」
助手のくせに分かっていない私に代わって、研究員が聞いてくれた。
「例えば今からセイン殿に魔力の限界まで封魔石を作って頂くとする」
ウィルさんが淡々と説明する。
「ちょうどセイン殿の魔力がなくなった時に、近隣の鉱山で大規模な落盤事故が起こり、大勢の負傷者が出たらどうする?」
「……それは」
口篭る研究員を前にウィルさんは続けた。
「肝心のヒーラーであるセイン殿は封魔石作りで治癒魔法が使えない。治癒の封魔石も、怪我の程度によっては使い物にならない」
「……確かに」
唸る研究員の隣で
(なるほど〜)
と私も心の中で頷く。
「封魔石の研究は重要だ。だが、治癒魔法を緊急事態に使えなければ、救える命も救えなくなってしまう」
自分の左足をジッと見下ろし、
「私はその重要性を、身を持って理解している」
ウィルさんはおもむろに左足の裾を捲る。
「鎧……ですか?」
裾を上げた足には、膝から下が鉄でできた甲冑の足が装着されていた。
「実はこれ、義足なんですよ」
「えっ!」
鉄の下腿に手を当て、ウィルさんが悪戯っぽく笑う。
「全然気がつきませんでした。だってウィルさん、歩いているときも違和感がなかったですし」
サラマンダーのエリーゼに乗るときの身のこなしもとても軽やかだ。
私の反応を愉快そうに見ていたウィルさんは、さらに衝撃の事実を教えてくれた。
「しかもこの義足……何と、あのレンジ副所長が作ってくださったのです」
「「ええッ?!」」
これにはセインもびっくりしたようで、私達の驚きの声が重なった。
「ユーリ殿も休憩を入れてもよろしいのではないですかな。まあ、私の昔話もお茶のお供くらいにはなるでしょう」
ウィルさん自らお茶を入れてくれて、私も休憩がてら話を聞くことにした。
「もう7年も前になるでしょうか。その頃私はこの研究所ではなく、鉱山で働いていたんですよ」
「えっ、研究者じゃなかったんですか?」
意外だ。
別に偏見ではないけど、ウィルさんの知識や振る舞いは、インテリな人物だと思っていたから。
「いえ、研究者ではありましたが、専門は鉱山の地質調査をしていました。実際に現地に赴いて、その坑道で採掘された魔鉱石の質や含有量を分析したり、坑道を今後どのように掘り進めばいいかを検討したり、時には坑夫達とも議論を交わしましたよ。なにせフィールドワークが好きでしたからね」
(フィールドワークという言葉を久し振りに聞いたわ)
「だからあの時も、私は坑道にいました。その坑道はまだ掘り進められてから日が浅く、現地調査も不十分だった。しかし、非常に良質な魔鉱石が採掘できる見込みがあったので、私も含め5人の研究者が派遣されました」
(そこで落盤事故に巻き込まれた、っていうこと?)
私の考えを見透かしたのか、
「断っておきますが、私も土の精霊の加護を受けた者。ただの落石ぐらいでは脚を失うことなどありません」
とキッパリ否定されてしまい、私はペコッと頭を下げた。
「そう、ただの落石だったら私だって脚を失わなかった。まさか、あの坑道に、あんな怪物が住み着いていたとは」
「怪物?」
ウィルさんはお茶を一口飲み、
「―――ドラゴンですよ」
「えっ、ドラゴン?!」
「ドラゴン……」
もったいぶった様子で答えるウィルさんとそれに良いリアクションするセイン。
対して私は、あまりピンと来なくてとぼけた反応になってしまった。
(ドラゴンて、あのドラゴン?大きなトカゲにコウモリの羽みたいなのがついているやつ?)
《ユーリが想像している生物でも間違いありませんが、このガルナン首長国のドラゴンには羽はありません》
頭の中でアイが答えてくれた。
《この国のドラゴンはマグマが流れる地底深くに生息しており、その生涯を地下で過ごします。そのため、羽がありません。ユーリの記憶を照合して近い生物としては―――》
(ん?どうしたの?)
珍しい、アイがフリーズするなんて。
《いえ。実在する生物ではないのですが、あまりにもそっくりなイメージがありましたので》
(え、どんなの?)
《『ゴジ○』という怪獣です。》
(うっそ!)
破壊光線を出して首都を蹂躙しまくる、あの超有名な怪獣ですか?!
「そんな生き物が本当にいるなんて……」
アイとのやり取りがポロッと口をついてしまったが、
「にわかには信じがたいでしょうな。なんせ私自身も本物のドラゴンをこの目で見たのは初めてでしたから」
ウィルさんは特に違和感なく受け取ってくれたようだ。
「セインは見たことあるの?ドラゴン」
さっきの反応を見て尋ねてみると、セインは重々しく頷いた。
「まだ王都にいたとき一度だけ、王都上空をドラゴンが飛行したことがありました。特にドラゴンがこちらに危害を加えることなどはありませんでしたが、都中パニックでしたよ。騎士団も総動員で厳戒態勢に当たってましたし。私も遠目でしか見てませんが……決して相対してはいけない存在だと痛感しました。さもなければ死が待っている、と」
その時の光景を思い出したのか、セインはブルッと体を震わせた。
ウィルさんも同感だと大きく頷き、当時の話を続けた。
「坑道を掘り進めて行くうちに、どうやらドラゴンの住処と繋がってしまっていたのです。この国のドラゴンはセイン殿が見たものとは違い、飛翔することはできず、地下深くに生息しています。こちらから干渉しなければ、ドラゴンが牙を剥くことは基本的にありません。ですが、彼らの縄張りに入ってしまったのなら話は別です」
淡々とウィルさんは話を続ける。
「そのドラゴンの名はファイヤドラゴン。不気味に輝く赤く硬い鱗が体長10メートルはあろうかと思われる巨大な体軀を覆い、その巨体に見合う大きく凶暴な口からは全てを燃やし尽くす業火が吐き出される。まさに人智を超えた恐ろしい魔物です」
私の脳内では、赤いゴ○ラが咆哮しながら火を吐きまくる光景が映し出される。
「うわぁ……めちゃくちゃ怖いじゃないですか……!」
今更恐がり始めた私を気遣うように目配せすると、
「始めに遭遇した坑夫や研究員はすでに全滅していました。私は分岐した別の坑道にいたのですが、騒ぎが起こったことに気づきすぐに駆けつけました。そこでは、私と同じように駆けつけた仲間達が魔法や工具でヤツを追い返そうと懸命に戦っていました。私も参戦しましたが……私の属性攻撃魔法など全く効きませんでした。そして我々はヤツから吐き出された猛火に呑まれ、命からがら逃げました。ドラゴンとの戦いで坑道も崩れかけていて、逃げるのに必死だった私は落石に気づくのが遅れ、また魔力も尽き欠けていて身を守ることもできなかった。その結果、左足が落石に潰されてしまったのです」
「そんな……!」
思わず両手で口を覆う。想像するだけでも地獄絵図だ。
「それでも、私はまだ運がいいほうです。駆けつけてくれた騎士団が岩の下で身動きできなかった私を救出してくれました。多くの仲間達がドラゴンの炎に焼かれ、また崩落した坑道の下敷きになり命を落としたのですから」
当時の悲惨な状況を思い出しているだろうに、ウィルさんは感情的にならず淡々と語り続ける。
「騎士団の懸命の活躍で、ドラゴンは国内に侵入することなく再び地底に追い返すことができました。しかし、坑夫、研究員、兵士など多くの死傷者が出た大惨事となりました。そんな状況でしたから、治癒の封魔石も全て放出されました」
「そんなの当たり前なんじゃないですか?人命が最優先なんですから」
「ユーリ殿の仰るとおりです。ですが、物事には優先順位がある。それは、人命でも同じことです」
ウィルさんの目が辛そうに滲んだ。
「私の左足は落石で見るも無惨に潰れてしまい、かろうじて繋がっている程度だったそうです。ただ、それ以外の怪我はそこまで重傷ではなかった。もし、左足を含めて全身を治そうとすれば、魔鉱率80%の封魔石でも治療は厳しい。だが……左足を諦めれば、魔鉱率50%でも問題無く治せる……私を治療してくれた方は、そう優先順位をつけざるを得なかったのです」
「それで、左足を……」
ウィルさんは頷いた。
「仕方がないことでした。なにせ、私よりも重傷で一刻を争う状態だった同胞が大勢いました。そして、私と同じように優先順位をつけられ、体の一部を犠牲にし、救命を優先された者も何人もいた。そのことを責めるつもりは毛頭ありません。何より私はコレを授かることができた」
そっと慈しむように鉄色の左足を撫でた。
「意識を取り戻し、左足の喪失感に苛まれていた私に副所長はこう仰いました。
―――『君が再び二本の足で歩けるようにしてやろう。外野である僕が君を何とかしようとしているのだから、当事者である君も全力を尽くせ。』」
「大分、上から目線な気がしますが……」
そんなこと前世の病院で患者に言ったら、即クレームがつくわ。
でも、ウィルさんは愉快そうに笑う。
「それはそうでしょう、あちらはこの国の太子殿下なのですから。それに、あの方は約束をしっかり守って下さいました。お陰で私はまた以前のように歩けるようになりました。感謝してもしきれませんよ」
「では、ウィルさんはそれがきっかけで、今はこの研究所で働いていらっしゃるんですか?」
セインが尋ねると、
「そうですな。現在採掘される魔鉱石はほぼ全て封魔石に加工されているため、魔鉱石に関わる研究者は封魔石についても知識があって当然ですから。それに……情けない話ですが、あの一件以来、坑道での研究にかなり抵抗がありまして」
「それはそうですよ」
「そんな壮絶な体験をされたら、仕方ないと思います。」
2人で口を揃えて言うと、
「ありがとうございます。そう言って頂けると気が楽になりますよ」
ウィルさんはホッとしたように笑った。
改めてウィルさんの義足を見る。
まるで本物の足のように違和感なく歩くことも走ることもできる。
(ひょっとして……)
「あの、ウィルさん」
「なんですかな?」
こんなことを聞くのは下手すると不敬なのかもしれないけど。
「ひょっとして、副所長の左腕も……?」
最後は言葉を濁してしまったけど、ウィルさんには伝わったのだろう、はっきり首肯した。
「ええ。お察しの通り―――レンジ副所長の左腕も義手なんです」
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