Karte.19 レンジ副所長、そして、どうなる私の処刑エンド?!
「は……?チ、チジョ……とは?」
あまりにも場にそぐわない単語が出てきたせいで、ウィルさんが困惑した表情を浮かべている。
「恐れながら、副所長。彼女はユーリと言って、私の助手として今回初めて同行させて頂いております。以後お見知りおきを」
「オ、オハツニ、オメニ……カカリマス」
セインの紹介に何とか、何とかスカートの裾を持って、ギクシャクと頭を下げた。
そんな私と太子を交互に見ながら、
「あの……恐れながら、彼女と面識がおありなのですか?」
と不安そうに尋ねてきた。
「ああ。昨晩に少し、な」
思わず肩が跳ねる。
顔を上げる勇気もない。
私にできることは、冷や汗をかきながら淑女の礼を取ったまま硬直するだけだ。
「それは……ひょっとして……何か無礼を働いてしまった……と?」
(セイーーーン!!)
『頼むからこれ以上話を広げないで!』とわめきたくなった。
(仰る通りだけど!もはや言い逃れできませんけど!何も大勢の目の前で暴露させるように持っていかなくてもいいじゃない!!)
心の中で髪の毛をグチャグチャに搔きむしりまくる。
(ああ、もうダメだ……私はここで『太子の裸を覗いた』罪で捕まり、『ショタコン変質者』の汚名を着たまま処刑される―――)
「……いや、僕がただ見かけただけだ。まあ、彼女の名誉のため何もいうつもりはないが……」
ところが、予想に反してレンジ副所長の方からあっさりと否定した。
何か含みがあるようなことを言ってはいるけど、処刑されるかどうかの瀬戸際な私には当然耳に入らない。
「……へ」
間抜けな声が漏れ出るとすぐにまた鋭く睨みつけられる。
「それとも?君は何かを見た、というのかな?」
ビシッ!
「いえ、私は何も見ておりません!神々しい殿下のお姿に気づくことができず、大変申し訳なく思っております!」
とっさに右手を額に翳し、直立不動の姿勢を取る。
こんなにハキハキと返事をしたのは多分人生初だ。
副所長は少しの間ジッとこちらを見つめるが、
「……ならば、何も問題ない」
フッと私から顔を背けた。
(た、助かった……?えと、これは、お咎めなし、ということ……?)
「……ユーリさん?」
強張った顔のまま敬礼のポーズが解けない私を流石に不審に思ったのか、セインが声をかけてくる。
「さて、ゲイル所長」
改めてゲイルの方に向き直った副所長に、ゲイルはいかにも忌々しいという表情を浮かべる。
「自室にいても聞こえるほど大声で言い争っていたから、大体の内容は分かっている。あなたはこのヒーラーに報酬を払うことに抵抗があるようだが、彼は我が国がエヴァミュエル王国に正式な依頼をし、技術提供のためわざわざお越しいただいた、言わば国賓だ」
「こ、こんな平民ごときを国賓などと」
「彼の推薦者は、エヴァミュエル王国のルーベルト辺境伯。国境を守る辺境伯の発言権は国交関係に大きな影響力を持つ。例え彼の身分が平民だったとしても、背後にいる辺境伯の存在を考えれば十分国賓と考えて差し支えない」
「グ……」
押し黙るゲイルにレンジ副所長は淡々と続ける。
「加えて、彼から技術提供していただいた治癒魔法に対して相当な報酬を渡すこともまた至極当然のこと。タダ働きを強要しなければ立ち行かないかのような発言は、この研究所の名誉と品位を汚すも同然だ」
「副所長、私はこの研究所のためを想っての発言をしたまでで」
「国賓に対する無礼な振る舞いだけでなく、国賓の属する国をも侮辱するような発言は、両国の信頼関係を大きく損なうことになる。我が研究所の所長の台詞とはとても思えない」
冷静に、でも確実に追い詰めていくレンジ副所長を前にゲイルは悔しそうに歯噛みすることしかできない。
背後に潜むヤツの取り巻き2人もダンマリを貫いている。
もはや空気だ。
すると、レンジ副所長はクルッとセインの方を向き、
「本来であれば、礼を尽くしてもてなすべき国賓に対し、我々の振る舞いは看過できないほど許しがたいものだった」
―――スッ
「えっ……!」
「どうか謝罪を受け入れて頂きたい」
なんと、王子様自らセインに頭を下げてきたのだ。
これにはウィルさんを初めとした研究員だけでなく、元凶であるゲイルや取り巻き立ちも呆気に取られている。
とうのセインは、
「そ、そんな、レンジ副所長!どうか頭をお上げ下さい!私は全く気にしておりませんから!」
と見てて気の毒に思えるくらい狼狽えている。
そして上司だけに頭を下げさせるわけにもいかず、
「誠に、申し訳ありませんでした!」
ウィルさん達研究員全員も揃って頭を下げ、
「……これまでの無礼な愚行、申し訳……なかった」
周囲の圧に耐えかねたのか、絶対に反省してないだろうけど、遂にはゲイル達もセインに謝罪してきた。
「みなさんまで……!どうか顔を上げてください!私は本当に気にしていませんし、皆さんが私達を気遣ってくださっていることは十二分に伝わっておりますから!ねえ、ユーリさん!」
一人で対応することに限界を感じたのか、私にも同意を求めてきた。
「え、ええ、本当にそう!こんなに丁寧に謝って頂いたんですから、もうこれで終わりにしましょうよ!」
セインの話に何とか乗ると、
「……寛大な心遣い、感謝する」
ようやくレンジ副所長が頭を上げ、他の研究員も倣った。
ただ、
「……フンッ!」
例の3人はいかにも気に喰わない様子でそそくさとその場を立ち去ろうとした。
「君たち」
「「ッはい!!」」
副所長が取り巻き二人に声をかけると連中はその場で硬直した。
「君達に割り振っていた研究の進捗状況について聞いておきたいのだが」
すると、2人の目があからさまに泳ぎ出した。
「え、えーっと、その……」
「な、なかなか、その、試行錯誤している、といいますか……」
その様子に副所長から大きなため息が漏れる。
「所長の補助をすることも大事な仕事だが、ここは研究所だ。研究実績がなければ除籍も免れ得ない。そのことをよく肝に銘じておけ」
「~~~ッ行くぞ!!」
ゲイルが取り巻きを呼びつけ、
「……覚えておれ、この『なり損ない太子』めッ!」
捨て台詞を吐きながら今度こそいなくなった。
「……なッ!」
この発言に周囲がまた色めき立とうとしたが、
「よせ。客人の前だ」
とレンジ副所長が制した。
(『なり損ない太子』……?何のこと?)
もちろんそんなことを堂々と尋ねるほど神経図太くないので黙っていると、
「ところで副所長」
気を取り直したウィルさんが話し始めた。
「助手のユーリ殿についてなのですが、実は光属性魔法でも今までにない魔法を使うことができるそうでして。是非とも御覧になって頂きたいのですが」
「今までにない魔法?」
「は、はいッ!」
これ以上太子殿下の気を害する訳にもいかず、再度敬礼のポーズで返事をした。
その時だった。
「ッ……!」
(ん……?)
ほんの一瞬、冷静な副所長の顔が歪んだ。
そして、
ガクッ!
右肩が落ち大きくよろけたが、左手で近くのテーブルに捕まったおかげで倒れずに済んだ。
「ど、どうされました?!」
慌ててウィルさんが副所長のもとに駆け寄る。
「……大丈夫だ。最近研究に集中して睡眠不足が続いていたせいだな。少し立ち眩みがした。」
介抱しようとするウィルさんをさり気なく制止し、
「僕は部屋に戻っている。助手の方の魔法については、また後ほど教えてくれ」
「はッ、かしこまりました」
ウィルさんが胸に手を当て軽く会釈した。
「セイン殿、お騒がせて申し訳なかった。引き続きよろしく頼む」
「は、はい!頑張ります!」
直立不動で見送るセインに倣って、私もピシッと背筋を伸ばした。
(よかった~~~処刑されなくて済んだ~~~!)
ほんの数分前までは本気で死を覚悟していたから、心の中では紙吹雪が舞いファンファーレが鳴っている。
「……断っておくが、王族の裸を勝手に覗いたことが露見されれば最悪極刑となることもある。」
「ヒッ!」
「……分かったら、二度とあの場所に近づくな。いいな?」
私だけに聞こえる声で釘を刺され、
「イエッサー!」
再敬礼した私はセイン達に変な目で見られるのだった。
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