血の苦手なヒーラー、そして、私が魔法?!
突然、診察室から大声が上がった。その後ろからドタドタと騒々しい音を立てている。
セインはすぐに立ち上がりドアを勢いよく開けた。
「どうしました、か……ウッ?!」
「なに、ちょっ、どうしたの?!」
ドアに縋り付くように急に座り込むセインに慌てて駆け寄る。
「バカヤロー!先生にいきなり傷を見せるなって、あれほど言っただろうが!!」
怒鳴り声をあげているのは、恰幅のいい中年男性だ。
肉体労働をしているのか両腕が太く、よく日に焼けている。
その後ろには、2人の男性が1人の若い男性を抱えていて、抱えられている青年は苦悶の表情を浮かべている。
「腹部からの、出血?!」
私は急いで駆け寄った。
「な、なんだよ、この別嬪さんは?!」
「そんなことどうでもいいから!早く患者をベッドへ!」
「お、おう!」
私の剣幕に圧倒され、おじさん達は青年をベッドに運んだ。
「状況は?」
「こいつは、最近入ったばかりの大工見習いだ。今日は朝から村長の屋根の修理をしてたんだが、こいつが足滑らせちまったんだ」
おじさんの話を聞きながら服を捲り、傷の状態を観察する。
右側腹部に何かが刺さっており、その周囲から血がじわりと滲んでいる。
「これは?」
見た目からは細い木の板のようだ。
「ああ。落ちたところが花壇で、しかも運の悪いことに柵の一本の上だったんだ」
想像しただけでお腹が痛くなりそうだ。
「柵を抜いちまうと一気に血が出るだろ?だから、柵をできるだけ短く切って、刺さったままここにつれてきたんだ」
「懸命な判断ですね。もしその場慌てて抜いたら、出血多量で命に関わっていたでしょう」
このおじさん、見た目によらず冷静だし、判断が的確だ。
おじさんを誉めながら、首の血管を触り脈を確認する。
苦痛に顔を歪ませているけど意識はあるようだ。
脈も何とか触れる。
柵が刺さったままのお陰で、傷が塞がれ出血は多くないけど、当然柵を抜かなければ傷を塞ぐことはできない。
(ただ、刺さった場所を考えると肝臓を損傷しているかもしれない)
肝臓には特に太い血管があり、その血管に全身の血液が戻ってくるから血液も豊富だ。
抜いた瞬間一気に血が溢れてしまえば、出血多量で成す術がない。
それに、転落したのであれば、当然他にも外傷があると考えた方がいい。
(急いで点滴とって、全身の画像検査をしないと……!)
そこまで考え、はっと気がついた。
「なんで病院に連れていかないんですか?!ここじゃあ、何もできないでしょ!」
そうだよ、ここセインの家じゃん!
いくら診療所だからって、セインの手には負えないでしょ!
すると、おじさんはキョトン、とした顔をする。
「は?びょういん?なんだよ、それ」
「……え゛」
まさに衝撃の事実。
「いやいやいや!じゃあ、この人どうするんですか?!こんな重症患者、ここで出来ることなんてほとんどないんじゃ……!」
「さっきからなに言ってんだ、この嬢ちゃんは。ケガはヒーラーに治療してもらうに決まってんだろ?」
半ば呆れたように言うおじさんに、私は言葉をなくしてしまう。
(え、うそ、ヒーラーって……こんな重症患者も治せるの?!)
呆然とする私を他所に、おじさんは未だヨロヨロしているセインに声をかける。
「先生、大丈夫ですかい?!」
口にハンカチを当てながら、何とかベッドに近づくが、腹部に刺さった柵の一片をチラリと見て、
「ウゥッ……!」
と呻いている。
顔面蒼白で、こちらの方がよっぽど病人らしい。
「セ、セイン。大丈夫なの?あなた、治せるの?」
思わずセインを支えると、額に脂汗をかきながら、
「だ、大丈夫ですよ、ユーリさん。このくらいの傷であれば、大したことはありません」
セインは随分自信があるようで、その言葉は頼もしく感じる。
ただし、その顔色とハンカチがなければもっとよかったけど。
「じゃあ何で、あなたが顔色悪くしてるの?」
「実は、その……」
セインは言おうかどうか迷っていたが、
「私は、血が苦手でして。血を見ると気が遠くなってしまうんです」
「……うそ」
ガツン、と頭を殴られたかのようだった。
そんなところまで……誠吾に似ているなんて。
誠吾は外科医を目指して医学部に入ったんだけど、手術見学で血が吹き出すのを見て貧血を起こし倒れたらしい。
何とか大学は卒業させてもらい、研修病院も手術を重視しない病院を選択して研修医を終了し、精神科医になったそうな。
そして、目の前にいるセインというこの若者。
見た目も優しいお人好しな性格も、血が苦手な所も。
(ひょっとして、本当は―――?!)
「早く治してやってくれよ、先生!」
おじさんの必死な声かけにハッとした。
(なにやってんの、私は!今はそんなこと考えてる時じゃないでしょ!)
セインを抱えながら、ベッドのそばに行く。
「お待たせしました。今からこの柵を抜いて、すぐに治癒魔法をかけます」
「おお!頼むよ!」
嬉しそうなおじさんの声に応えてセインは柵を抜こうとする。
「ちょっと待って!」
慌ててセインの手を止める。
「今、柵を抜いたらさらに血が溢れてくるよ。セイン、それに耐えられるの?!」
セインの目をじっと見つめる。
顔色は相当悪い。
でも彼の青い瞳には、強い意志が込められていた。
「……耐えて見せます。絶対に。僕が彼を助けないと……!」
セインは静かに私の手を外し、少しずつ柵を抜いていった。
引き抜くときの摩擦が痛いのだろう、青年は苦悶の表情を浮かべる。
それに比例して出血量も徐々に増えている。
でもそれ以上に状態が危ういのがセインだ。
意識が遠退きそうになっていて、患者の上に倒れこみそうだ。
このままだと柵が抜けて大量出血したとき、間違いなくセインは気絶する。
そうなれば、この患者も助からない。
(何とかしないといけないのに……!ここじゃあ手術もできないし、開腹せずに血流を遮断するなんて、そんな魔法みたいなこと……!)
何もできない自分が情けない。
指を咥えて見ていることしかできないなんて―――!
その時だった。
《ターヘルアナトミアAiを起動》
(……え?)
《ユーリ・セトのログインを確認しました》
(え、ちょっ、何?)
《音声モードでターヘルアナトミアAiの操作を行います》
「えっ、な、何?」
突然聞こえてきた声に周りをキョロキョロする。
「うるせえぞ、さっきから!先生の邪魔すんじゃねえよ!」
急にブツブツ言い出したり目障りだったのだろう、おじさんにも怒鳴られてしまった。
それにも構わず、無機質な声は続く。
《先程のコンサルトについてお答えします》
(この声、私にしか聞こえないんだ!)
《開腹せずに止血する方法として、結界魔法の行使が望ましいと考えられます。結界魔法を創部にかけることで、創部から流出する血液を遮断、合わせて組織を保護しつつ異物を摘出できます》
(それってつまり、結界魔法を使えば止血しながら柵も抜くことができるってこと?!)
頭に響く声に心の中で問いかける。
《その通りです。ただし、注意点が2つあります》
(注意点?)
《第一に、結界魔法は止血することはできても創部を治癒することはできません。よって、異物を摘出した際は治癒魔法を行使する必要があります》
(な、なるほど。で、2つ目は?)
淡々と答える声に質問を重ねる。
《第二に、結界魔法を行使したまま治癒魔法を行使することはできません。結界魔法をかけると組織同士が遮断された状態になり、創傷治癒が妨害されるためです。そのため、治癒魔法を行使するためには先に結界魔法を解除する必要があります》
要するに結界魔法をかけた状態で治癒魔法はかけられないから、結界魔法を先に解かなければならない、ということか。
(それだと、結界魔法の止血の効力はどうなるの?)
《止血効果がなくなり、再出血します》
(じゃあ、出血を最小限にするためには、結界魔法を解いた瞬間に治癒魔法をかけるしかない、ってこと?!)
《その通りです》
(それって一発勝負じゃん !)
改めてセインの様子を見る。
正直こっちの方が重症なんじゃないかというくらい顔色が悪くなっている。
それに患者の状態を見ると悠長に考えてはいられない。
(一か八か、やるしかない!)
覚悟を決めて、私は柵を引き抜いているセインの手を掴む。
「ユーリさん……?!」
「私が抜きます」
驚くセインを押しのけて、セインが座っていた椅子に腰かけた。
その様子にとうとうおじさんの怒りが頂点に達する。
「はあっ?!さっきから邪魔ばっかりしやがって、この小娘は!このままじゃ、コイツ死んじまうぞ?!それくらい...…」
「死なせません」
喰ってかかろうとするおじさんに、きっぱり言い放つ。
「私が、血を止めながら柵を抜いていきます」
「そんなことが...…できるんですか?!」
目を見開くセインに深く頷いた。
「ええ、大丈夫。私に任せて」
この場でセインが気絶することは患者の死を意味する。
それだけは、絶対に阻止しないと。
(ターヘルアナトミア、だっけ?結界魔法のやり方を教えて!)
《承知しました。魔法の範囲は、異物が刺さっている周囲の組織でよろしいですか?》
(それで、お願いします!)
《認証しました。では、私の後に続けて詠唱してください。》
(はい?詠唱?)
《声に出して唱えることです。》
(いや、知ってるけどさ!)
《光の精霊よ》
(シカト?!……ええい、もうやけくそだ!)
「光の精霊よ!」
《我に御加護を》
「我に御加護を!」
《"ヴェール"》
「"ヴェール"!」
半ばやけっぱちで音声に続いて復唱した。
その瞬間―――
柵を握っていた手のひらから温かいナニカが放出され、創部全体が柔らかな光に覆われたかと思うと、柵の周りからジワジワと滲みだしていた血が完全に止まった。
「よし!」
私はゆっくり柵を抜いていく。
結界が守ってくれているからなのか柵が擦れたときの痛みもないようで、柵を動かしても患者の表情は変わらなかった。
そして柵を完全に抜けきると、
「すごい。本当に血が全く出ていない!」
「すげえ!」
柵が刺さっていた形に沿うように光が傷を覆い、血の一滴も流れてこない。
結界魔法によって、出血は完全に制御されていた。
(うわあ、傷穴からシーツが見えてる……)
まるで傷に柵の型を取った筒をはめ込んだようだ。
(えぇと、ターヘルアナトミア?もしできれば、傷を消毒してから治療したいんだけど……)
抜いた柵は土や汚れが付いていて、明らかに不潔だ。
《でしたら、浄化魔法の行使を提案します》
(浄化魔法?)
《浄化魔とは、対象の汚染や毒などの清浄を行う魔法です》
まさに、この汚染された創部にうってつけだ。
(オッケー!じゃあ早速、それを教えて!)
《かしこまりました。では続けて詠唱して下さい。"光の精霊よ、我に御加護を"》
「光の精霊よ、我に御加護を」
《"パージ"》
「"パージ"!」
すると、またもや柔らかい光が傷口を包み、
「すごい……汚れだけじゃなく、付着していた血液もキレイになった!」
もちろん傷は塞がっていないけど、止血は得られたままで血汚れまでサッパリなくなっていた。
「ありがとうございます、ユーリさん!いったいどんな方法を……!」
「それは後で。ここからが本番だから!」
「どう、いうことですか……?」
出血が治まったことでセインの顔色も大分よくなってきた。
「このままだと傷を塞げないの。私が魔法を解除したら、それと同時に治癒魔法をかけて」
「同時に、ですか?」
「そうしないと、血が一気に噴き出してくるよ!」
『血が噴き出す』という言葉にセインの顔がひきつる。
「……わかりました。やりましょう!」
青い瞳に込められた強い決意を確認し、私とセインは並んで手をかざす。
「3つ数えたら私がまず魔法を解除するから、その瞬間にセインは治癒魔法をかけて」
「はい!」
「いくよ。……3、2、1!」
「光の精霊よ、我に御加護を。”ヒール”!」
合図とともにセインが呪文らしきものを唱えた。
その瞬間、2人の手から強い光が放たれ、部屋の中を埋め尽くす。
結界を傷の中心、体内から徐々に解除し、それを上書きするようにセインの魔力が傷を覆い癒していく。
やがて、光が消えたとき―――
私とセインの前に横たわっていたのは、傷一つない青年だった。
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