Karte.16 魔鉱石、魔鉱率、そして封魔石
研究所を案内された翌日から、セインは魔鉱石錬成研究所に通い詰めることになり、助手の私も当然お供だ。
そもそも魔鉱石とは、魔力を蓄えることができる鉱石の総称で、この世界ではそれこそ道端に落ちている小石にも含まれているらしい。
問題はその含有量だ。
アイの計算だと、例えばフラノ村に転がっている小石からピンポン玉くらいの大きさの魔鉱石を作ろうとすると、小高い丘ができるくらい集めないと足りないらしい。
その点、ガルナン首長国の鉱山には魔鉱石の含有率が非常に高い。
さきほどのアイの計算に当てはめれば、バスケットボール(なんてこの世界にはないけど)くらいの大きさの石を鉱山から採れば、ピンポン玉の魔鉱石を抽出できるらしい。
―――あくまで計算上では。
なぜそんな念押しみたいな言い方になるのかというと、抽出された魔鉱石はどんなに大きくても長径3mm程度の砂利くらいにしかならないらしく、そんな小さい石は返って扱いづらいのだ。
だから、封魔石として魔法を封じ込めるためには、他の石や砂、鉱石なんかをつなぎにしてある程度の大きさにする必要があるのだ。
そして、この素材収集から加工までを全て行っているのが、このガルナン首長国であり、そして土と火の精霊から加護を受けた種族、ドワーフという訳だ。
ただ、ドワーフは火や土以外の属性魔法を使うことはできないため、こうしてセインみたいな他種族に来てもらったり、各国に赴いて、それぞれの属性魔法を封印した封魔石を作っているのだ。
「ところで、ユーリ殿は『魔鉱率』という言葉をご存知かな?」
「マコウリツ?」
私の態度を見てウィルさんは心得たようで、
「封魔石を使う分には知る必要のない言葉ですからな。ただ、封魔石を作るためには常に考えておかねばならないもの。今後もこの研究所に来ていただく機会があると思いますので、僭越ながらご説明致しますぞ」
と解説を買って出てくれた。
「魔鉱率とは、封魔石に含まれている魔鉱石の割合、要は含有率のことを言います。」
「ああ、『魔鉱率』ってそういうことなんですね。」
ようやく当てはまる漢字を連想できた。
ウィルさんも頷く。
「概して、魔鉱率の高い封魔石は魔法の威力が高く、それに比例して使用するときの魔法消費量も高くなります。そして、魔鉱率が高いほど高価にもなります」
例えば、とウィルさんが取り出したのは、一辺が1cmくらいで、長さ10cmくらいの黒い角棒だ。
先端には長径2cmほどの赤みがかった黒い米粒のようなものがついている。
「あ、私も使ったことあります」
「これは、この世界で最も普及している火の封魔石です。魔鉱率は最も低く10%です」
『解放』とウィルさんが唱えると、
―――ポッ。
丸い球体に小さな火が灯った。
「この通り、持ち主の魔力を込めると親指ほどの大きさの火が点きます」
(まんまマッチなんだよね。)
最も前世のマッチより性能は上だ。
湿気ることもないし、一本で何度も火を点けることができる。
「先ほども言ったように、この封魔石の魔鉱率は10%なので、どれだけ魔力を込めてもこれ以上の火力を出すことはできません。だからこそ、魔力消費量がもともと少なく、かつ安価なため、一般市民でも簡単に使うことができます」
「そうだったんですね。ちなみに治癒の封魔石はどうなんですか?」
治癒魔法を封じ込めた封魔石、略して『治癒の封魔石』だ。
『火の封魔石』も同じである。
「治癒の封魔石については、どれほど低くとも50%以上と設定しております」
「え、それ以下の封魔石はないんですか?」
「もちろん作ることはできます。ただ、製作過程での手間やコスト、何より治癒魔法の使用状況を考えると現実的ではありません」
……何だか、企業戦略みたいな話になってきたぞ。
「まず、治癒の封魔石を作るためにはヒーラーの協力が大前提です。そのためには、セイン殿のように我が国まで赴いて頂いたり、逆にこちらから封魔石を持参して貴国へ行く必要があります。どちらにしても手間やコストが非常にかかるのです」
ウィルさんは先ほどの火の封魔石を顔の前に掲げ、
「この封魔石は全ての工程をこの国だけで完結できます。その上、火属性魔法はドワーフが加護を受けし魔法なので、人海戦術で一度にたくさんの封魔石に魔法を込めることができる。その結果、安価で大量に他国へ提供できるのです。時にユーリ殿にお尋ねしたいのですが」
ここでウィルさんから逆に質問が飛んできた。
「ユーリ殿が治癒魔法を必要とするときはどんなときだと思いますかな?」
「えっ、それはもちろん、怪我や病気をしたとき……ですけど」
と至極当然の返答をする。
「聞くまでもないことですな。ただ、怪我や病気といっても程度がある。例えば、ちょっとした擦り傷や切り傷、はたまた軽い風邪だったら、どうですかな?」
「それは……そんな軽い傷とかだったら軟膏塗ったり、風邪薬飲みますね。わざわざ治癒魔法を使ってもらおうとは思いません」
ウィルさんも頷いた。
「要するに、治癒魔法はある程度の重傷や重病に使うことが前提とされているのです。これは治癒の封魔石にも言えること。仮に魔鉱率10%の封魔石を作ったとしても、擦り傷や鼻風邪程度しか治せません。その程度の効果しか望めないのに、製作コストが非常にかかるため値段を高くせざるを得ない。そんな封魔石に需要など見込めないのです」
確かに、それなら薬を買った方がよっぽど安く済むし、鼻風邪なら安静にしていれば薬すら使わず治すことができる。
「よって、治癒の封魔石は初めから魔鉱率を高く設定しております。その分値段も高くなりますが、そもそも魔鉱率50%以上では魔力操作をそつなく使えるくらいの魔力量がないと発動させることすらできないため、魔法に長けていない一般市民が苦労して入手してもあまり実用的ではないといえます」
「じゃあ、治癒の封魔石は貴族向けなんですか?」
「そうですな。具体的には、貴族や国家に仕えている騎士団が主な受注先になります。彼らは訓練中でも怪我が多いですし、魔物討伐や命に関わる危険な任務にも派遣されることがある。それに、騎士団に属すことができるほどの実力者は魔力操作が使える者がほとんどです。治癒の封魔石も問題なく使えるでしょう」
「なるほど。勉強になります!」
私の態度に気を良くしたのか、ウィルさんも満足げに頷いた。
「では、早速セイン殿に封魔石を作って頂くことにしよう。私は申し訳ないが研究の続きがあるので、別の研究員を呼んでおりますので」
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