Karte.15 絶世の美少年、そして、ショタコン変質者疑惑?!
温泉からの帰り道。
思っていたよりも長湯しちゃったみたいだから、火照った体を冷やしながら少し辺りをブラブラしながら遠回りして帰ることにした。
「それにしても、ここは夜でも温かいね」
時折吹いてくる夜風も、まるで麗らかな春の風のようで柔らかく心地良い。
湯冷めの心配は皆無だ。
《この国は火山口の中に存在しているため、地中の熱によって空気が常に温められているのです》
「……ちなみになんだけど、この国が噴火しちゃう心配は?」
《ここ、ガルナン山嶺はこの世界の有史以来噴火したことがないとされております》
「まあ、それなら過剰に心配する必要はないのか、な?」
周囲に誰もいないことをいいことに、普通の声量で『アイとの会話』という危ない独り言をしながらブラブラ歩いていく。
―――ポチャン。
「っ!?」
突然、水がはねる音が聞こえてきて、慌てて口を塞いだ。
(ヤ、ヤバい!ひょっとして、聞かれててた!?)
その場で勢い良く頭を振り回し、私以外に誰もいないことを確認する。
(……取りあえず、大丈夫だな)
フーッと額の冷や汗を拭う。
断続的だけど水が跳ねる音は相変わらず聞こえてくる。
(……一応、確認した方がいいよね。別に聞かれてマズいことは話してないけど)
動物とかが水辺にいるだけなら別に構わない。
もし誰かが水を使っているのであれば、叶うなら私はアブナい人でないことを釈明したい。
ソロソロと音のする方へ近づいていくと、
「ここ……温泉?」
道から少し離れた木々の間から、ほんのりと湯気が立ち上っている。
それに、空気も生暖かい湿り気を帯びている。
《どうやら、天然温泉のようですね》
(ひょっとして、隠れた秘湯だったりして?)
さすがに懲りたので、アイへの返事は口には出さずに心の中で済ませる。
そっと木陰から覗くと、こちらに背を向けお湯に浸かる人影が見えた。
ちょうどあちらも温泉から出るところだったらしかった。
(……わ!)
温泉から立ち上る湯気が月明かりに淡く光る中を静かに佇むその人―――。
見た目は、人間の少年、12歳くらいだろうか。
夜でもハッと目を引く深紅の髪。
大きなパッチリした目の中の、透き通った琥珀色の瞳。
高くとも品良く通った鼻筋、形のよい薄い唇は一見神経質そうだけど、気品に溢れた印象を全く損なってない。
上半身しか見えないけど、線が細い体は決してなよなよしているわけではなく、しっかり引き締まっているのが分かる。
(何これ、絵画?!あんな美少年、この世に存在したんだ……ん?)
さらに注意深く見ると、彼の左腕から左手まではなぜか鉄の鎧で覆われていた。
でも、神秘的な背景と美少年、それらに反した無骨な金属のギャップが、さらにこの空間を幻想的なものにしている―――
バチッ!!
完全に見とれていた私は突然冷たい現実に突き戻された。
なぜなら、
「何をしている!!」
例の美少年とバッチリ目が合ってしまったからだ。
鎧を纏った左腕が右半身を隠すように前を覆う。
(……ちょっと待った)
ダラダラとめどなく冷や汗が流れ落ちる。
(今の私って……)
少年の鋭い視線が貫いていく。
(……美少年の入浴シーンを黙って覗き見している変質者じゃん!!)
「きみは……人間か?いったいなぜ、こんなところに」
「えっ、あっ、そっ!」
見た目を裏切らない、程よく高い凛とした声音が厳しく追求してくる。
それに引き換え、首を絞められたニワトリの断末魔みたいな私の返事はなに?!
「そう言えば、今研究所にヒーラーが出張で来ていたな?」
「ッ!!」
まさかこんなに早く身元が割れそうになるなんて!
マズイ、すぐにこの場を離れないと!
ゆっくり、ゆっくり、後ずさっていき、
「~~~っごめんなさーい!!」
「まッ」
美少年の制止を振り切り、全速力でその場から離れた。
《いい機会ですから、魔力操作を施行しますか?》
「早く逃げられるなら、なんでもいいです!」
あの子に通報されたら、間違いなく『ショタコン変質者』として捕まってしまう!
《承知しました》
―――ドクン。
体の中で何か温かいものが巡っていく、と思った次の瞬間!
「え」
いきなり足が力強く地面を踏み込んだかと思ったら、
ドビュ―――ン!!
「あわわわわッ!」
今までの人生で出したことがない、とんでもないスピードで体が走り出した。
《魔力操作で脚力を最大限まで高めております》
「なんでいきなりフルパワーなの?!私初心者なんだから、もっと手加減してよ!」
《ご自分で慣れてください》
「突き放された?!」
そうこうするうちに、いつの間にか宿に辿り着き、
「ゼェ……ゼェ……」
「おや、お客さん。」
入り口で座り込んでいると、ドワーフの女将さんに声をかけられた。
「……温泉に入ってきたんじゃないのかい?」
体の酸素が足りなくて答えられなかった。
まあ、そう尋ねられても仕方がない。
だって今の私は、
『汗だく+髪ボサボサ+息切れ』
と、お風呂上りでさっぱりした人からかけ離れた姿をしているのだから。
翌朝。
「~~~っ!」
昨晩の全力ダッシュした後遺症が静かに私の体を蝕んでいた。
「どうしましたか、ユーリさん」
「あ、あはは……ちょっと、筋肉痛で……」
どうにかセインに生笑いを返す。
あんなに必死で走ったのは、医師国家試験の時が最後だった。
本番前の最後の追い込みでほとんど寝ることができず、起床予定時間を大幅超え。
試験開始5分前にどうにか会場に滑り込んだんだっけ。
試験は3日間だったが、初日の走り込みによるダメージは残り2日間も続き、ふくらはぎの痛みが試験中も地味に続いて本当に辛かった。
それでも試験に合格したのは奇跡だったけど。
(あの痛みを、まさか転生しても味わうことになるなんて……!)
《これは、ユーリの基礎体力が壊滅的に低いことが原因と考えられます。改善策として、これから毎日筋力向上を目的としたトレーニングが必要かと
(絶対却下!!)
その後、仏のように優しいセイン様が治癒魔法をかけてくれ、感謝の涙を流したのは言うまでもない。
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