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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.14 露天風呂、そしてアイによる『黒死病』講義

天空に昇った満月が煌々と輝き、その隣でキラキラと太陽が瞬いている。


この世界ではお馴染みの夜空だ。


眼下を見ると、小さな灯がいくつも点いている。


あの灯の一つ一つの元でドワーフ達が1日の疲れを癒しているのだろう。今の私のように。


「あぁ~ごくらく~」


乳白色に濁ったお湯には少しとろみがついているのか、体が優しく包まれているのを感じる。


温度も熱すぎず冷たすぎず、文句なしの湯加減だ。


まさか異世界に来て温泉に入れるなんて!ビバ、転生生活!


所長への罵詈雑言がつきないウィルさんを何とか宥め、そのまま今回の宿泊先に連れて行ってもらった。


この国の家は住人の大きさに合わせて小さめだ。

私達が家の中に入ると天井に頭がついてしまう。


そのため、外国からの賓客用の宿もしっかり用意されているのだ。しかも、


『このガルナン首長国には有名な温泉地でもあるんです。この宿から少し離れた場所に契約している露天風呂がありますので、ぜひ旅の疲れを癒していってください』


と宿のご主人からありがたい言葉をもらい、ご好意に甘えてこうして温泉に浸かることが出来ているわけだ。


私達以外に外国からのお客さんは今のところいないし、完全に貸し切り状態!


ああ、地上の楽園とはまさしくこのこと……!


「食事も美味しかったし、出張しにきたのにバカンス気分だな~」


まあ、メインディッシュにサラマンダーのステーキが出た時は慄いたけど。


そして意外なことにとても美味しかった。


鳥のモモ肉のような食感とフィレステーキのような濃厚な味わいがある、今まで食べたことのない肉だった。


サラマンダー、乗用だけじゃなく食用としても活用されているのか。

牛みたいなものだな。


お湯の中で思いっきり腕を伸ばし、ついでに夜空を見上げるように首ストレッチする。


満点の星空が目に入り、ふとあの日の夜を思い出した。


「そう言えばさあ。アイ」

周りに誰もいないので、独り言し放題だ。

「『黒死病』について結局聞けなかったよね」


ワイルド・ウルフと戦った日の夜。


夜間警備をしていたカーラさんに遭遇して聞けずじまいだったことだ。


『黒死病』―――私の前世の記憶では確か『ペスト』の俗称だ。


『ペスト』とは、ペスト菌が感染することで発症する感染症で、ネズミなどの小動物を媒介にする。


現代では抗菌薬を適切に内服すれば治療することができるが、その昔、中世ヨーロッパではパンデミックを引き起こし、多くの人間の命を奪った疾患だ。


そう言えば、この世界には『細菌』や『ウイルス』という概念はあるんだろうか。


《この世界にもユーリの世界にいた微生物は存在します》

ここでアイ先生の解説が入ってきた。


《しかし、この世界ではそういった微生物による感染症への治療法は確立されております》

「そうなの?!」


意外だ。医療なんて概念がこの世界にはないはずなのに。


《理由は単純です。この世界には治癒魔法があるからです》

「……なるほど」

確かに単純明快だ。


《ヒーラーの絶対数が不足しているという問題はあるものの、治癒魔法はほぼ全ての病気や怪我を治療することができます。よって、いわゆる感染症に対しては治癒魔法で完結できるのです》


「なにそれ、反則じゃん」


前世であれだけ必死に勉強したというのに、ここでは魔法だけでスパッと解決できちゃうなんて。


何だか悲しい気持ちになってしまう。


《しかし、治癒魔法でも治せない病気は存在します。その代表的なもので、最も恐れられているものが『黒死病』です》


治癒魔法の万能性を否定する形で、ようやく最初の疑問に戻ってきた。


《『黒死病』は発症した場合100%死に至る難病です。人間だけでなく、ドワーフ、エルフ、魔物などあらゆる動植物が罹患します。発症すると、内臓や組織が徐々に壊死していき、全身の皮膚や眼、髪が黒く変色していきます。このような変貌から『黒死病』と名付けられました》


「それはまたえげつない……じゃあ、あのワイルド・ウルフも黒死病にかかっていたの?」


《体毛の変色には至っていませんでしたが、筋肉や内臓が黒く壊死しておりましたので、そう考えられます。黒死病を発症した魔物は苦痛から理性を失い、凶暴性が増すと言われております》


あの魔物は病気のせいで我を忘れて、しかも討伐されるなんて。

むしろ気の毒に思えてきた。


「原因は何なの?」

《不明です。ですが、患者にはある共通点があります》

「共通点?」

《はい。発症した患者に治癒魔法を行使すると病状が悪化するという点です》


なるほど、治癒魔法が逆に病状を進行させてしまうのか。


「治癒魔法で治せないなら、どうやって治すの?」

《ありません》

アイにバッサリ切り捨てられた。


《黒死病の治療法は現在でも確立されておりません》

そんなにキッパリ言われると空恐ろしくなるんだけど……。


《さらに、黒死病を発症した患者はその見た目から、周囲から理不尽な差別を受け、孤立する傾向にあります。そのため発症したことを隠す患者が多いのが現状です》


「うわあ、この世界でもそういうことがあるのか」


前世でも、かつては原因不明だった病気の患者を不当に隔離したり差別する歴史があった。


原因が分からない病気の恐怖は、所変わっても同じように生まれるものなんだな。


でも医師としてそれを看過していいかどうかと言われれば断じて違う。


「じゃあ黒死病を発症したら、何もできずにそのまま野垂死ぬしかできないってこと?」


《現時点ではそうなります。しかしエヴァミュエル王国国王はその現状を憂い、黒死病患者を積極的に受け入れ、黒死病の原因や治療を開発しようとする施設を王都に設立しました。事実、領主には発症した患者をその施設に送還させるよう布告が出されております》


「そっか、でもよかった。そういう救済処置があって」


原因不明の病気を発症してただ死を待つだけでも絶望的なのに、周囲からも見放されたら世も末だ。


「さてと、十分温泉にも浸かったし。アイの講義も聞いたことだし」

これ以上入ってたらのぼせそうだ。


風呂上がりにビール、もとい麦酒でも一杯引っかけよう!

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