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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.146 脳内も険悪、そして、セインの説得

部屋全体を覆う空気は逃げ出したくなるほど暗澹たるものだ。


ディーノさんの顔色はすっかり真っ青でしかも額に冷や汗までかいており、ルシアン様たちも緊張した表情を浮かべている。


なんせ彼が怒らせた人物は、たった2人でゴブリンキングを倒すことができる英傑で、しかも今回の大規模討伐の立役者だ。


絶対に敵に回してはいけない相手である。


フィーちゃんにしてみても、ここまでくれば、彼女がただの可憐な少女ではないことは誰が見たって明らかだ。


(そもそも3人とも王族じゃん。いろんな意味で格が違うって)


セインはずっと黙っているけど、険しい表情を浮かべているからひょっとしたら怒っているのかもしれない。


ルシアン様の手前、何も言わないだけで。


(これは……絶対に私が悪いよね)


元はといえば、私が自分のことをしっかり説明していないことが原因なのだ。


(どうしよう……ここは頭がおかしいと思われても本当のことを言うべき?!)


《それは絶対に止めた方がよいと思われます》


ここでようやくアイの意見を聞くことができた。


《ユーリが聖女だと露呈されてしまうことは、今後命を危険に晒す可能性を高めてしまいます。それに、先ほどご自分でも考えたように、あなたの境遇は荒唐無稽以外の何物でもありません。例えこの場であなたが真実を語ったとしても、むしろあなたが周囲を軽んじていると思われかねません》


(あのさ、荒唐無稽な境遇にしてくれたのは、他でもないそちらのせいだからね!私が好き好んでそうした訳じゃないの!)


脳内でアイに文句をつける。


(ていうか、こういう時こそ精霊様が摩訶不思議な力で、この場が円くおさまるような奇跡を起こしてくれたりしないわけ?!)


《精霊はこの世界に基本的には干渉できないことになっているので、そのような奇跡を起こすことは不可能です》


(じゃあどうするの、この空気!アイの方でみんなが納得できるような適当な私の過去を考えられないの?!)


《記憶喪失のフリをする以上に納得させられる説明は現時点ではありません》


(ちょっと!そんなに簡単に諦めないでよ!)


このままだと、部屋の中だけでなく、私の脳内も険悪な雰囲気になりかねない……と思った時だった。


「ユーリ殿!」


「ッはい?!」


突然ルシアン様が私の名前を呼ばれ、しかも、


ダンッ!


「ディーノに代わって謝罪する!どうか失言を許しては貰えないだろうか!」


頭をテーブルに勢いよく打ち付けながらルシアン様が深々と頭を下げてきた。


「ちょっ、どうか頭をお上げ下さ


「彼らがここまで怒りを露にする気持ちが私にはよく分かる。彼らにとって、貴女は恩人以外の何者でもない。それは、私にとってもそうだ。貴女の治療を受けなければ、今もなお、耐え難い苦痛に喘ぎながらジワジワと近づく死の恐怖に怯えることしかできなかった。その絶望から救い出してくれた相手に、何の根拠もないのに悪く言われれば、聞き流せという方が無理な話だ」


「ご、御当主様……!」」


「だがこれだけは分かって欲しい。ディーノがそこまで疑い深くなってしまうのは、私が安易に治癒魔法を頼んだ結果、黒死病を進行させてしまった罪悪感からだ。決してユーリ殿を蔑ろにする意思などはない!」


ルシアン様は頭を下げたまま、ひたすらディーノさんを庇った。


(いや、私は全然怒っていないのだけど?!)


『むしろ私の正体がこんなメンドクサイばかりに、無駄に波風立たせてしまってゴメンナサイ!』と言いたくらいである。


「……ルシアン様、私も発言してよろしいでしょうか?」


セインがここでようやく口を開き、ルシアン様も頭を上げて下さった。


「……私がユーリさんと初めてお会いしたのは、住んでいるフラノ村の近くの森です。意識がない状態で倒れている彼女を見つけました」


私もその時のことを思い出す。


誠吾にそっくりだけど年齢も髪や眼の色が全く違うこの青年と出会ったのが、全ての始まりだった。


「名前以外にそれまでの記憶がないということで診療所に連れて行きましたが……私よりも負傷者への対応が的確で冷静だったため、そのまま助手として現在まで働いてもらっている次第です」


(そうだったよね。診療所に連れてってもらった直後に、脇腹に柵の棒が突き刺さった患者が運ばれてきて、しかもセインは貧血で意識失う寸前だったし)


この場にいた全員がそのときの光景を容易に想像できたのだろう、血の苦手なヒーラーに対し何とも言えない表情を浮かべた。


「私はヒーラーとしてディーノさんの気持ちが分かります。私もディーノさんと同じように、知らなかったとはいえ黒死病を発症したレンジさんに治癒魔法をかけてしまいました。最もその後に生死をかけた緊急事態が次々と起こったため、私は彼ほど罪悪感に苛まれる暇がありませんでしたが」


「……確かにそうだったな」


レンジ君もガルナン首長国での、特にファイアドラゴン騒動を思い出しているようだ。


「何より……ユーリさんが私の過ちを代わりに正してくださいましたから」


「セイン……」


セインが優しい目を私に向けてくれた。


「ヒーラーにとって、黒死病ほど関わりたくない病はありません。私達の治癒魔法は人の苦しみを癒すためのものなのに、黒死病だけは違う。私達の魔法が人を苦しめるものに成り果ててしまう。その苦しめてしまった相手が自分の敬愛する主人であれば……その自己嫌悪と後悔、無力感は猶更でしょう。そして、自分の不始末を誰かに肩代わりしてもらう不甲斐なさも」


セインの言葉にディーノさんの肩がどんどん下がっていった。


(なるほど……そういうことか)


そりゃあルシアン様が黒死病から回復してくれればとても嬉しいだろうし、これで黒死病を悪化させてしまった責任からも解放されることができる。


だけどディーノさんからすれば、ヒーラーとしても部下としても役に立てなかったことに自己嫌悪を抱いていたというのに、よく知らないポッと出の人間があっさりと主人を治療してしまったのだ。


それも、身元不詳で怪しい平民の小娘に。


頭では感謝すべきだとは思っていても、ぶっちゃけ自分の立つ瀬がないし、怪しい人間が命の危うい主人の体を(別にいやらしい意味じゃなくて)好き勝手に弄んでいたとしたら、一言なにか物申したくもなるだろう。


「ディーノさん」


セインがここですっかり落ち込んでいるディーノさんに声を掛けた。


「確かにユーリさんについては謎が多いです。この中で彼女と関わった時間が最も多いのは私でしょうが、それでも彼女の過去や能力などを全て知っている訳ではありません。ですが、彼女がいてくれたからこそ私はヒーラーであっても黒死病の治療に携わることができるのです。私達ヒーラーの過ちを彼女が正してくれる。ユーリさんはそういう存在だと思っています」


そして、ディーノさんに向かって軽く頭を下げた。


「今はどうか、それで納得しては頂けないでしょうか」

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