Karte.145 エルフ兄妹怒る、そして、ドワーフも怒る
ジークの怒りに満ちた視線にディーノさんは明らかに動揺していた。
「黙って聞いてりゃ、ユーリを悪人みてえに言いやがって……てめえの主を治療したのは、誰だが分かってんのかよ!」
「そ、それはッ、もちろんユーリ殿だが
「しかも、ユーリのやり方にも随分文句があるみてえだけどな。そんなに気にくわねえなら、テメエが黒死病を治せばよかったんじゃねえかッ!」
「そんな……そんなこと、できる訳がないだろうッ?!」
「だったら、できねえ癖に偉そうに口だけ出そうとすんじゃねえよ!」
すっかりジークの気迫にディーノさんは追い詰められていた。
「ジ、ジーク……」
私のことを庇ってくれていることはとても嬉しいし有り難いけど、これ以上ヒートアップすると血を見ることになるのでは?!
(どうしよう……私も記憶喪失のフリをしている手前、迂闊に口を出しにくいし……)
「お兄様、そこまでにしていただけないでしょうか?」
すると、可憐な声がジークを止めに入った。
(フィーちゃん、なんて冷静な……!)
だけど、感激したのは一瞬だった。
「ユーリさんを侮辱するようなことを言われて、私も我慢なりませんわ。私にも発言の機会を頂きたいのです」
(フィーちゃんも怒ってるの?!)
いつものふんわりしたお淑やかな雰囲気はどこへやら、実の姉であるリオディーネに繰り出した氷の精霊魔法を彷彿させる、氷点下の冷徹さが桜色の瞳に込められていた。
「ディーノ様」
「ッ?!」
冷たい声で名前を呼ばれ、ディーノさんは肩をビクつかせた。
「ユーリさんに疚しいことがあるのでは、と仰っていましたが。もし彼女がそのようなことを企てるような方でしたら、喜んでルシアン様の正妻の座に就いていましたわ。そして、ルシアン様が黒死病を発症したことを心から喜んだことでしょう。ユーリさんにしてみれば、黒死病のお陰で辺境伯の正妻という、平民では決して手の届かない地位を手に入れる好機が降ってきたのですから」
「そ、それは……」
「ユーリさんがご自分の利害だけを優先させるのであれば、例え黒死病を治療する術を持っていたとしても、ルシアン様を治療することは決してなかったでしょうね。現に今、ルシアン様が黒死病を克服したことで彼女を正妻に据える必要が無くなってしまったのですから」
今度はフィーちゃんが淡々と理詰めでディーノさんを追い詰めていく。
ディーノさんはすっかりタジタジだし、ルーベルト家の皆様も圧倒されている。
(このエルフ兄妹……敵に回すと恐ろしいな)
特にフィーちゃんのギャップが凄まじい。
ふだんはあんなに可愛らしいお嬢様なのに。
今の彼女は、『元』とは言え、エルフの王位継承者にふさわしい堂々たる居住まいである。
(それにしても……本当のことを打ち明けられないのが、こんなに心苦しいとは)
こうして庇ってくれるのはとても有難いのだけど、同時に申し訳なくも思う。
(この2人だって、私の過去とか素性がきっと気になっているだろうに)
ちょうどディーノさんも同じように思ったのだろう、
「だ、だが……貴殿達も気にならないのか?!失礼を承知で申し上げるが、ユーリ殿にはあまりにも、不可解な点が多すぎるだろう?!」
これまた、話題に上げられたら困ることを言われてしまった。
だけどフィーちゃんはにっこり笑い、
「ええ、気になりませんわ」
あっさりと答えた。
「少なくとも、ユーリさんを問い詰めなければならない程の価値はない。そう思っております」
「えっ……」
「なっ……?!」
ディーノさんだけでなく、私まで呆気にとられてしまった。
その様子にフフッと優雅に微笑むと、
「お兄様以外の私の家族は、ルシアン様のご家族とは全く異なります。彼らは当然記憶喪失でもなければ、素性も過去も誰よりも知っている方たちです。ですが、私が黒死病を発症したと知るやいなや、私のことをあっさり見捨て、祖国から出て行くよう命じました。なぜなら、祖国であるティナ・ローゼン精霊国は、黒死病を発症した者は、本人だけでなく、その親兄弟もみな、処刑されることが法律で制定されているからです」
「そんな……?!」
フィーちゃんの告白に、ルシアン様達は驚きで声を失った。
「家族は我が身を守るため、私とお兄様を国外追放させました。祖国を追われ、黒死病の苦痛と絶望に苛まれた私達に唯一手を差し伸べて下さったのがユーリさん達だったのです。私達は彼女の治療を受け、こうして死の恐怖に怯えることなく再び生き長らえることができました」
フィーちゃんの瞳が一転、春の昼下がりのように温かくなる。
「確かに私はユーリさんの素性や過去を知りません。ですが、そんなことはどうでもよいのです。見ず知らずの私達を懸命に助けて下さったこと、治療の後も恩着せがましい態度を取ることなく、私達の人生を誰よりも尊重して下さったこと。私やお兄様にとって、その事実こそが何よりも大切なのであり、ユーリさんの人となりを信頼するに当たって、それだけでもう十分だと思っております」
「フィーちゃん……」
こんな身元不詳の得体の知れない小娘のことを、そんな風に思っていてくれていたなんて……!
「……僕が言いたいと思っていたことは、この2人に全て話されてしまいましたね」
ここまでずっと黙り続けていたレンジ君が、静かに口を開いた。
「ディーノ殿。確かに貴殿の疑問は至極当然だと思います。今後、聖ティファナ修霊院でユーリが治療を行えば、必ず同じようなことを聞かれるでしょう。それだけユーリの治療方法は我々の常識とはかけ離れたものなのですから」
「そッ、そうでしょう!レンジ殿もそうお考え
「ですが……」
ディーノさんの言葉を遮ったレンジ君の琥珀色の瞳には、息を呑むほど怒りに燃えていた。
「ユーリの過去を疑問に思うことは仕方がないとしても、ユーリがさも犯罪者であるかのような言い方は到底許しがたい。何もできなかった貴方の代わりにルシアン卿の黒死病を治療したのは、他でもないユーリだ。指摘しないでおこうと思っていましたが、僕が知る限り、貴殿は自身の主を救済した彼女に礼の一つも言おうともしない。ジークが言ったことを敢えて繰り返させて頂きますが……貴殿は一体、何様のつもりなんですか?」




