Karte.141 報告、そして、いよいよ本題
「ゴ、ゴブリンキングッ?!そんな、恐ろしい怪物まで出現したんですか!」
セインの悲鳴じみた声が部屋の中に響いた。
「正確に言うと、ゴブリンキングがゴブリンやゴブリンソルジャーを率いて、国境を突破しようとしたようだ」
レンジ君が冷静に状況を解説した。
今回の国境地帯での討伐戦は、想像以上に凄まじかったらしい。
大量のゴブリンとゴブリンソルジャー、さらにゴブリンキングなんていう魔物までいたんだとか。
ちなみに、ゴブリンキングという魔物についてはやっぱりピンとこなかった私は、脳内でアイに質問してみると、
(なにこのブサイクな巨人!)
というイメージが送られてきた。
こんな巨大な魔物、ガルナン首長国のファイアドラゴン以来である。
しかも、ゴブリンの醜悪さはそのままなので、ファイアドラゴンの方がまだビジュアル的に受け付けられる。
絶対に遭遇したくない類のモンスターだ。
(ちなみに、この巨人を辺境伯の騎士団だけで倒すことはできるの?)
《不可能です》
アイはあっさり答えた。
《ルーベルト辺境伯所有の騎士団の兵力は120名であり、圧倒的に戦力が足りません。彼らだけで要塞の防衛は不可能でしょう》
(じゃあ、そんな化け物をたった2人で倒したレンジ君とジークはどうなのよ)
《レンジとジークは規格外の実力者であると考えられます》
視線の先にいるドワーフとエルフを見遣る。
(私はひょっとして……とんでもない人達の傍にいるのかしら)
「そちらはどうだったんだ、ユーリ」
私の視線に気が付いたのか、レンジ君が私に聞いてきた。
「ああ、うん」
今度は私の番になった。
「―――ルシアン卿の核が脳内にあったとは。相変わらずとんでもない場所から核を摘出したな、君は」
レンジ君は驚きと呆れの混じった溜息を洩らした。
「特に今回は大変だったのよ。核が覚醒した瞬間、超音波攻撃みたいなものを放ってきてね。私とセインがもろに食らっちゃって、このありさまってわけ。まあ、しっかり治療は完了させてもらったけどね」
力なく笑うとレンジ君は、
「本当に君は素晴らしいな、ユーリ。あの坑道の時も、君は自分の身を顧みずに僕のことを治療してくれたしな」
と優しく微笑んでくれた。
(~~~ッだからその微笑みは反則だよ!)
いかんいかんと頭を軽く振ると、
「それだけじゃないよ。今回はようやく、みんなに実物をお見せすることができるようになったんだから!」
「実物?なんのだよ」
ジークの質問に私はニヤリと口角を上げた。
「フッフッフ……今までみんなに黒死病の核を見せることができなかったのは、核を摘出して治癒魔法で閉創するとなぜか核が砂みたいに崩れ落ちてしまったから。だけど今回はフィーちゃんの協力の元、ようやく黒死病の核の固定に成功したのよ!」
「なにッ!本当か?!」
これにはレンジ君が興奮したように身を乗り出してきた。
『研究者として黒死病のことを知りたい』ということを言っていたから、納得の反応だ。
「私の氷魔法で黒死病の核を凍らせて、その上にユーリさんが結界魔法で保存したのです」
「フィー、流石だぜ!」
ジークに褒められてフィーちゃんも嬉しそうだ。
早速、腰のポーチに手術道具と一緒に入れていた布にくるまれているモノを取りだそうとした。
だけど、
「誰かこの部屋に近づいてんぞ」
外の気配を察したジークの言葉に、見せようとしたものをすぐに引っ込めた。
「誰か分かるか?」
レンジ君が尋ねると、
「……カーラとかいう女と、グラハムのオッサン、ディーノっていうヤツ。あと一人は分からねえ」
ジークの説明はとても御本人達に聞かせられるものではないけど、ともかく今回の関係者がこの部屋に近づいてきているのだけは分かった。
そして、
―――コンコンコンッ
ドアがノックされ、
「入ってよいだろうか?」
カーラさんの声が聞こえてきた。
互いに目で確認し、
「どうぞ」
私が代表して答えた。
入室してきたのはジークの言う通り。
ディーノさんが先に入ってドアを開けたまま抑え、その後から、グラハム様、カーラさんに支えられたルシアン様が入ってきた。
「どうかそのまま楽にしていてほしい。あなた方は間違いなく、我がルーベルト家の救世主なのだから」
立ち上がって居住まいを正そうとした私達をルシアン様は手で制し、私達は浮かしかけた腰を再びソファに沈ませた。
上座の席にルシアン様、その両サイドにグラハム様とカーラさんが座り、ルシアン様の傍にはディーノさんが立つことになった。
臣下の立場では、流石に同じ席には座る訳にはいかないのだろう。
全員が席に着くと、
「セイン以外は私とは初対面なので、改めて自己紹介させてもらおう。ルシアン・ルーベルト。このレイブラント地方を治める辺境伯の現当主である」
律儀に自己紹介をして下さった後、レンジ君とジークに目を向けた。
「レンジ殿、ジーク殿。此度は身動きが取れない私に代わって貴殿達の素晴らしい活躍により、この国境地帯を防衛することができた。改めて礼を申し上げる」
ルシアン様が頭を下げると、
「もったいないお言葉でございます。ルシアン卿。」
レンジ君が代表してそつなく返事をした。
ジークも口を開こうとしたが、その前にフィーちゃんが『シー!』というジェスチャーをジークにしていて、ジークもなぜかつられて真似していたので、とりあえずタメ口は封印することができた。
「セイン、ユーリ殿、フィー殿」
榛色 の瞳が今度は私達に向けられ、
「私の黒死病を治療してくれたこと、心から感謝申し上げる。そして、ユーリ殿には……私の父と妹が貴女に大変失礼な申し出をしてしまったことを、ここで謝罪させて頂きたい」
その言葉に、グラハム様とカーラさんも、
「本当に申し訳なかった」
「ユーリさん、申し訳ない」
とそれぞれ頭を下げられてしまった。
私をルシアン様の正妻に据えるという話のことだろう。
たぶん、可及的速やかな子づくりのことも含まれているのだと思われる。
「どうか、頭を上げてください!私は全く気にしていませんし、こうしてルシアン様が回復されただけで私は満足しておりますので」
お貴族様に頭を下げられると、どうにも居心地が悪くなる。
「そう言ってもらえると有難い」
ルシアン様はホッと緊張を解いた。
「御当主様、発言をよろしいでしょうか」
その時、傍に控えていたディーノさんが口を開いた。
「御当主様が黒死病を克服されたことは、自分にとってもこの上ない喜びでございます。自分が……安易に治癒魔法をかけてしまったばかりに、御当主様の御加減が一気に悪化してしまいましたので」
「ディーノ、お前にも申し訳ないことをしたと思っている。そもそもお前に治癒魔法をかけるように言ったのは、他ならぬこの私だ。それなのに、お前に不要な責任を感じさせてしまった」
どうやら、黒死病の初期段階で不調を感じたルシアン様がディーノさんに治癒魔法をお願いしたらしい。
それがきっかけで、黒死病が一気に進行したのだろう。
ルシアン様の言葉にディーノさんは何かを堪えるような顔をした。
「そのように自分に気を使っていただき感無量です。ですが……未だに信じ難い気持ちも残っております。黒死病は未だ治療法が解明されていない、不治の病です」
私達の方を見ると、
「いったいどのようにして、黒死病を治療したというのか。自分は非常に気になっております」
至極当然の疑問を投げかけた。
それはグラハム様も同じなのだろう、ディーノさんにつられて私達の方を見た。
セインとフィーちゃんが私に目で合図し、
「そうですね」
改めて腰のポーチに入れていた例のモノを取り出した。
ようやく、口だけ説明を終えることができる訳だ。
「実物をお見せしながら、ご説明させて頂きます」




