Karte.140 治療後の私の経過、そして、無事の確認
さて、国境地帯では現当主であるルシアン様も元気になった姿をみんなに見せることができ、さぞかし盛り上がっているのだろうと思いを巡らせながら……
「まだ頭の中がグラグラ揺れている感じがする……」
「同じくです……」
私とセインは仲良く顔色を悪くしながら、ソファにぐったりとへばりついていた。
頭にはフィーちゃんが作ってくれた片手に納まるくらいの小さな氷の塊を布で包み、それで額を冷やしている。
こうなった原因は、間違いなく黒死病の核による超音波攻撃だ。
ルシアン様の脳内から核を摘出した後、セインの治癒魔法で無事閉創することはできた。
だけどその後、
『き……気持ち悪ッ……!』
『ユーリさん、大丈夫ですかッ?!』
フィーちゃんに背中を擦られ、ゴミ箱に盛大に吐いてしまうという醜態を晒してしまうことになった。
『セイン殿は大丈夫なのか?!』
『私は……まだ何とか……』
ぐったりしたセインはカーラさんに助けてもらいながら、ルシアン様の大きなベッドに一時的にダイブすることになった。
『セイン……?!』
胃の中の物をあらかた出して大分すっきりしたので、私も声の出所を確認する余裕は出てきた。
と言っても、誰の声なのかは見なくても分かるのだけど。
『ル……ルシアン様、申し訳ございません!』
お貴族様のベッドに恐れ多くも寝転んでいたことに、血の気が失せた顔の色が更に悪くなった。
セインは慌ててベッドから起き上がろうとするが、
『私のことは気にするな!今は体調が悪いのは君だろう!』
先程の苦しそうな掠れた声とは打って変わった、凄まじく快活な声だ。
だけど、
(あ、頭に……響く……!)
今の私には少し刺激が強すぎた。
『兄上!』
駆け寄ったカーラさんをルシアン様は優しく見上げた。
『お前には本当に世話になったな。黒死病を患った私のことを守り、献身的に看病してくれたことを、心から感謝している』
ルシアン様はカーラさんの手を取ると、自分の両手で大切に包んだ。
『本当にありがとう、カーラ』
『―――ッ!』
その言葉をきっかけに、カーラさんの瞳から大粒の涙が次から次へと溢れ落ち、
『……ルシアン兄様!』
いつもは護衛団団長として勇猛果敢な麗人といった様子のカーラさんが、今は少女のように言葉も出せない程泣きじゃくり、それをルシアン様は優しく抱き留めたのだった。
『よかったですわね』
私の背中を支えながら、フィーちゃんは声を潤ませていた。
『私も、嘔吐してまで頑張った甲斐があったわ』
感動的な場面を汚すようで本当に申し訳ないけど、それが今の私の正直な感想だ。
やっぱりまだ脳みそがシェイクされた余韻が残っているため、これ以上口を開くと余計なことを言いかねない。
『本当に、ユーリさんとセインさんは大変な目に遭われてしまって……お力になれず申し訳ありませんでした』
フィーちゃんが頭を軽く下げてきたので、
『全然そんなことないって!フィーちゃんとカーラさんまであの攻撃を受けていたら、全滅していたと思うよ。しかもこの要塞は緊急事態の真っ只中だから、誰も助けに来なかっただろうし。何より……』
例え具合が悪くなっても絶対に手放さなかったコレをフィーちゃんに見せた。
『ッ?!』
『ようやく、みんなに実物を示すことができる時が来た……間違いないく、フィーちゃんのお陰だよ』
『話をしているところ申し訳ないのだが!』
そこへ、カーラさんに手伝ってもらいながらベッドから足を下ろし、腰かけた状態のルシアン様から声を掛けられた。
『ユーリ殿、と言ったな!まずは、私の黒死病を治療してくださり、心から感謝を申し上げる!』
カーラさんとは違う緑色と茶色が混じった瞳が真っすぐ私を見つめた。
『貴女の功績を考えれば、いくら感謝の言葉を並べても足りないくらいだ!だがその前に、先程この要塞が緊急事態にあると言っていたな!一体それはどういうことなのかを教えて頂きたいのだ!』
いかにも騎士と言ったところなのか、ハキハキとした口ぶりが何とも清々しい気分にさせてくれる。
『それについては、兄上。私の方からご説明します。ユーリさんはまだ体調が優れないようですから』
涙が引き、目元を赤くしたカーラさんがルシアン様に代わりに説明してくれた。
『―――ゴブリン達が大量に攻め込んできているだと?!こうしてはおれん!すぐに加勢せねばッ!』
カーラさんの話を聞き、すっかり光を取り戻したハシバミ色の瞳に戦意が燃えていた。
少なくとも1カ月以上苦痛に苛まれて体力を消耗していたはずなのに、一体どこからそんなスタミナが沸いてくるのか。
だけど、いくら気力は十分でも、それに見合う体力は全然戻っていないため、ルシアン様1人で城壁まで行っていただくのは流石に心許ないため、話し合いの結果、カーラさんとフィーちゃんの2人でルシアン様を支えながら城壁から国境地帯の様子を確かめに行こうということになった。
『ただ、城壁までお連れしたら、私はまた城内に戻ってもよろしいでしょうか?ユーリさんとセインさんをこのままにしておくことはできませんから』
フィーちゃんがそう言うと、
『この部屋の隣には賓客室がある。そこで2人には休んで頂こう。兄上の部屋にいたままでは流石に居心地が悪いだろうし、賓客室にも十分大きなソファも設置されているからな』
カーラさんの提案で、私とセインは隣のこれまた豪華な部屋で一休みさせてもらうことになった。
―――そして、冒頭に至る。
「外はどうなっているのかな……レンジ君たち、無事だといいけど」
レンジ君とジーク。
あの2人はかなりの実力者らしい(とアイが分析していた)から、多分大丈夫だと思いたいけど。
「ジークさんの強さはよく分かりませんが、レンジさんはドラゴンをほぼ単身で討伐できる方ですから。きっと大丈夫ですよ」
セインは励ましてくれるが、いつもより声には張りがない。
「ドラコもなあ……まさかここで戦場に行きたいだなんて……大丈夫かなぁ、怯えてないといいけど」
そんなことをブツブツ言っていた時だった。
「私です。戻りましたわ」
ドアをノックする音に続いて、扉の向こうからフィーちゃんの声が聞こえてきた。
「どうぞぉ」
気のない返事をするとドアが開くや否や、
「ピャー!」
元気に飛び込んできたのはドラコだった。
「ドラコッ!」
たった今心配していたドラゴンの子供が部屋の中を力強く飛んでいる様子を見て、
「ドラコぉ!ギュッと抱き締めさせてぇ!」
少し気力が戻ったので起き上がり、同じく私の方に向かっていたドラコを胸に抱き留めた。
「無事でよかった~!怪我はない?!」
フワフワの毛並みのアチコチを点検していると、
「ドラコは素晴らしい活躍をしていたぞ」
「やっぱ俺の特訓がよかったんだな!」
ドラコに続いて入ってきていたレンジ君とジークが声を掛けてきた。
「お疲れ様です。お2人ともご無事のようですね」
セインの声も少し明るくなった。
「ゴブリンなんざ俺の敵じゃねえよ!」
ジークは強気に答える。
「ユーリもだが、セインも大分具合がよくないようだな」
一方レンジ君は私とセインの様子を心配そうに伺った。
「今回はかなり厄介だったからね」
ドラコをモフモフ撫でながら、
「ドラコのこと、ありがとう!怪我がなくて本当に安心したよ!」
改めて2人にお礼した。
レンジ君はフッと微笑み、そして、
「では、全員の無事が確認できたところで、お互いに報告しあおうか」
とみんなに提案した。




