Karte. 13 魔鉱石錬成研究所へ、そして、苦悶の美少年
ヌッタ、ヌッタ、ヌッタ、ヌッタ。
「いやぁ、これは失礼しました。セイン殿もいよいよ生涯の伴侶を見つけられたのかと思ったのですが!」
「い、いえいえ。勘違いされても仕方ないですよね」
「しかしなかなかのべっぴんさんだ!助手ですませるには勿体無いと思いますぞ!」
「あ、あははは……」
愉快そうに手綱を取るウィルさんに、私は引きつった笑みを向ける。
「ユーリ殿、いかがかな?サラマンダーの乗り心地は!」
「何というか、その、この横揺れの感覚が…何とも言えないですね!」
「でしょうな!まさに揺りかごような極上の乗り心地だ。私も危うく眠ってしまいそうだ!」
(じょ、冗談だよね!?)
冗談なら今の私にはタチが悪すぎる。
怖ず怖ずと後ろを振り返えると、こじんまりした家々がどんどん小さくなっていく。
私たちは、ウィルさんの愛馬ならぬ愛サラマンダーに乗せてもらっている。
サラマンダーとはガルナン首長国の山脈に住む大きなトカゲのような魔物だ。
体長はゆうに2メートルを超え、尻尾も含めると4メートルくらいあるだろう。
体全体を緑がかった硬い鱗が覆っており、大きな体を支える4本の足は短くても太く、足の先には4本の鋭い包丁のような爪が鈍く光っていた。
この刃物のように尖った爪のおかげで垂直に近い断崖絶壁も楽々と登ることができるわけだ。
……今の私たちのように。
ご丁寧なことに、サラマンダーの背中には御者用の鞍と乗客用の座席がくくりつけられており、しかもシートベルト付きだ。
これは崖を登るときに御者や乗客が落下しないようにするためのものだ。
重力で背中が引っ張られるこの感覚は、まさしくジェットコースターが最頂点まで上がろうとしているときと同じだ。
まあ高い所は平気だしジェットコースターも好きだからそこまで怖くはないけど、初めて乗るサラマンダーという生き物を信頼して命を預けられるかといわれれば話は別だ。
この世界の安全基準ってめちゃくちゃ低そうだし。
しかもセインに至ってはすっかり顔が青くなり、体も緊張で強ばっていて、ウィルさんに返事をする元気もないらしい。
さすがはザ・草食系男子、いや高所恐怖症なだけかな。
「あのー、ウィルさん」
「何ですかな」
「このサラマンダーは滑って落下しちゃったりすることは、ないですよね……?」
ためらいながら尋ねた疑問は明るく笑い飛ばされる。
「心配ご無用!私の愛くるしいエリーゼが滑落したことなんぞ一度もありませんから!」
誇らしげに語るウィルさんに答えるように、エリーゼと呼ばれたサラマンダーが口からペロリと舌を出した。
こんなにエリーゼらしくない生き物は生まれて初めて見た。
やがて、崖も登り終わり目的地に到着したのかエリーぜの足がある建物の前で止まった。
「到着しました。ここが『魔鉱石錬成研究所』です」
息も絶え絶えなセインを置いて、私は一足先にエリーゼの背から降りた。
「おおー!素敵な建物ですねぇ!」
白亜の外壁が美しい石造りの四角い建物だ。
屋根がついていないのは一部洞窟に埋め込まれているように建てられているからだろう。
窓が一分の狂いもなく整然と配置された2階建てだ。
一見飾り気がないシンプルな外装だけど、洗練されて近代的。前世のビルを思い出す。
「ここでは、鉱石の利用法や錬成方法などの研究を行っております。特に力を入れているのが封魔石の研究です」
私を追いかけて、ウィルさんが説明してくれる。
「ここで封魔石を作っているんですか?」
「はい。属性魔法を封印できる封魔石には緻密な魔力操作と錬成が必要になるんです。それができるのはこの研究所だけなんです」
ようやく回復したセインもヨロヨロと私たちに近づき、私達は研究所に入っていった。
ウィルさんが扉を開け玄関ホールを抜ける。
部屋の中に入ると、両側の壁際にいくつもの机が整然と並べられていた。
それぞれの机では、石についた砂を筆で払う者、片眼鏡をつけて鉱石の表面を観察する者、分厚い本を睨みつけながら石を分類する者、一つの石を囲んで数人のドワーフが額を突きつけて相談している机もある。
机と机の間を行き来し何種類もの石が雑然と置かれている箱を運搬しているドワーフもいた
全員灰色に近い白いローブを羽織っている。前世の白衣みたいだ。
「そうそう。この後珍しく所長からぜひ挨拶したいとの要望があるのですが。お二人とも、よろしいでしょうか?」
「ええ、私は構いませんよ。ユーリさんもよろしいですよね?」
セインが私の方に顔を向ける。
「はい。むしろ滞在中はお世話になるんですから、こちらからお願いしたいくらいです」
「よかった!ありがとうございます」
なぜかホッとしたウィルさんの先導で2階へ上がり、なんとも重厚そうなドアが付いた一室の前に立つ。
「……実は所長は少々こだわりが強い方でして。どうかお気になさらないで頂けるとありがたいです」
なにその前置き。先に確認しておきたかったけど、先にドアを2回ノックされ、
「所長、失礼します。エヴァミュエル王国ルーベルト辺境伯のご紹介でいらっしゃったヒーラーをお連れしました」
「ああ、どうぞ。入ってくれ」
ウィルさんがドアを開け、私たちは所長室の中に案内された。
初めに飛び込んできたのは、いかにも高級そうな応接用のソファーと机。
そしてその奥に、これまたいかにも高級そうな机と椅子が置かれており、そこに1人のドワーフが座っていた。
「いやはや、これは遠路はるばるよくお越しくださった。私がこの魔鉱石錬成研究所の責任者、所長のゲイル・フォンゾだ」
顔を覆うモジャモジャの茶色いひげと髪、ドワーフだから背は低いけど、恰幅のよい体だ。
ローブを身に着けているのはここの研究員達と同じなんだけど、こちらは深紅のいかにも質の良さそうなローブを着ている。そしてその下の服もえらく派手だ。
シャツは襟やら袖の先やらにフリフリのレースがついているし、ベストには金色の素地に意匠の凝らした刺繍が施されている。
分厚い手から突き出た太い指にも大ぶりの宝石が付いた指輪をいくつもつけている。
「本日からお世話になります。ヒーラーのセインです。そしてこちらが……」
「助手のユーリです。よろしくお願いいたします」
セインの挨拶に合わせて私も自己紹介する。
事前にセインに言われたように、私も名前だけ名乗った。
この世界では名字を持つことが許されているのは王族や貴族など由緒正しい家柄だけで、その他大勢の一般庶民は名字がないことが普通だ。
そのため、安易に名字も一緒に名乗ると、家柄やら何やら詮索をされてしまう恐れがあるのだ。
違う世界から転移したという常識ではありえない経緯の私にとっては、余計なことはできるだけ聞かれたくない。
セインも『ケイシー』という名字を持っているけど、私と初めて会った時以外は名字まで名乗ろうとしてはいない。
詳しくは知らないけど、やっぱり訳ありなんだろう。
「本来なら前回いらしたときに挨拶しなければならなかったものを、お会い出きず申し訳なかった。ちょうど首長殿下と謁見していたものでな」
チラッとセインを見る。
「優秀なヒーラーは貴族であることが一般的だと聞き及んでいるが、そなたは庶民から輩出されたというのだから大したもの。そのような平民上がりの方に由緒正しい家柄である私がわざわざ声をかけるなど、返って気を使わせてしまうと思ってな」
(何なんだ、このおっさん)
何とか表情を変えずに笑顔を張り付けたままヤツの話を聞く。
要するにこのおっさんは、『お前みたいな平民に自分みたいな貴族がわざわざ挨拶する必要なんてないだろう』という言いたい訳だ。
はっきり言ってイヤな奴。
「いえ、滅相もございません。私のような身分の者にまでご配慮下さり、身に余る光栄でございます」
顔色一つ変えず、おっさんにニッコリと笑顔を向けるセインに心の中で盛大に拍手する。
なんて素晴らしい大人の対応だ!
にもかかわらず、セインをフン、と鼻で笑い、
「まあ、この国のためにそのお力を精一杯使っていただければ、お互いのためにもなるというもの。ぜひよろしく頼む」
そう言い捨てると、ウィルさんにぞんざいに目配せした。
要するに、『用は済んだからさっさと出て行け』ということか。
ウィルさんは黙ったまま一礼し、私達にも目で合図する。
私達も形だけ頭を下げて、さっさと部屋から出て行った。
「無礼をお許しください。本当に性格の悪いクソ野郎でして」
「え!え、っと……」
ドアが閉まると同時にウィルさんが開口一番に毒づいてきた。
いや私もそう思ったけど、そんなにズケズケと言われると同意もしにくいんだけど。
「どうぞお気になさらないでください。あのようにご自分のお家を大切にされる方はこれまでにもいらっしゃいましたから」
セイン、本当になんて大人なんだ!
あのおっさんと決して同じ土俵に立とうとしない所、私も見習わないと。
「いやぁ、本当にお恥ずかしい限りです」
自分の態度に思うところがあるんだろう、ウィルさんが頭を掻きながら恐縮した。
「はっきり言って、あの所長の魔法の実力や鉱石の知識は並みの研究員、いやそれ以下なんです。しかし、所長の出自であるフォンゾ家はこの国でも屈指の名家であり、しかも現王妃の血縁に当たるお方でして。我々も扱いには慎重にならざるを得ないのです」
「へえ、お妃さまの親戚なんですか」
お世辞にも品があるようには見えないけど。
私の相槌にウィルさんは苦々し気に頷いた。
「本来であれば、所長にはもっとふさわしい方がいらっしゃるんです。家柄、魔法、知識。全てが完璧に揃っている、あの方こそ真の天才なのに……!」
ワナワナと拳を震わせて、ウィルさんは悔しそうに話す。
「そう、レンジ副所長が!」
「レンジ……副所長?」
***
「……クッ!」
明るい陽光に溢れている外とは一転、そこかしこに珍しい道具や鉱石が乱雑に置かれた薄暗い研究室。
そこで唯一片づいている研究机にしがみつくように座る人影がいた。
見た目は人間の少年のようだ。
燃えるような深紅の短髪、苦痛に歪められた目は琥珀色の透き通った瞳だ。
顔立ちは知性と気品が漂い、由緒ある貴族の子息のようにも見受けられる。
だが今は、その顔は苦悶に歪められ全身から絞り出すように荒い息を吐いていた。
さらに奇妙なことに、彼の左腕から左手までは鈍い鉄色の金属で覆われており、まるで甲冑を左腕だけ身に着けているようだった。
「ハァ……僕も、ここまで……なのか」
無骨に光る甲冑の左手が悔しそうに右腕を握り締めた。
以前なら顔と同じような肌色をしているはずだった。
だが、白いシャツから覗く肌の色は―――
漆黒に淀んでいたのだった。
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