Karte.136 ゴブリンキングとの対決、そして、奥の手
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「ガアァァァーーー!」
ゴブリンキングが岩のような大きな拳を頭上に上げ、レンジとジークに振り落とす。
だが、完璧に見切っていた2人は瞬時に左右に避ける。
2人が立っていた場所に落とされた拳は、地面を砕き陥没させていた。
「な、何という力だッ!」
ゴブリン達を押しのけ2人に加勢しようしたディーノ達だが、ゴブリンキングの力に圧倒されている。
「はん!いくら馬鹿力だろうが、当たらなきゃ意味ねえんだよッ!」
余裕綽々のジークはすぐさま応戦し、
「いくぜ!”ウォーター・アロー”!」
お得意の水の矢を無数に出現させ、ゴブリンキング目掛けて一斉に放った。
だが、
ブワンーーー!
「ッ?!」
丸太を何本も束ねたような太い腕が、一瞬で水の矢を弾き飛ばした。
「あの野郎、俺の矢を消し飛ばしやがった!」
すると今度は、
「火の精霊よ、汝が加護を以て彼者に紅蓮の槍で貫け。”ファイアー・ランス”!」
ジークと反対方向に避けたレンジも炎をの槍を全て打ち込むが、
「ギィアァァーーー!」
悍ましい唸り声とともに、地面に拳を叩きつける。
すると、地面から出現した無数の柱によって燃える槍が防がれてしまった。
「土属性魔法か。なるほど、攻守ともにゴブリンソルジャー共とは次元が違う存在だな」
攻撃魔法が全く通用しないにも関わらず、レンジは感心したように呟いた。
「まさか……!あの2人の魔法が全く通用しないとはッ!」
この様子を見ていたディーノ達は愕然とした。
これまでの戦いで、レンジとジークが自分達が足元にも及ばない実力者であることは十二分に痛感していた。
その2人の攻撃を嘲笑うかのように、ゴブリンキングは難なく防ぎきっている。
(どうすればいい?!あの2人が全く歯が立たない相手に我らが太刀打ちできるとはとても思えん……!)
副騎士団長としてこのまま2人に加勢するか、それとも2人にも一度撤退を促すべきか。
ディーノが逡巡していた時だった。
「おい、レンジ」
いつの間にかジークがレンジに近づいていた。
「お前、アイツの足止めできるか?」
「足止め……ヤツの動きを止めればいいのか?」
レンジが尋ねるとジークは頷いた。
「前に戦った時は森の中だったから、あの図体じゃ上手く動けなくて余裕で一撃食らわせられたけど。この平地だと俺の攻撃も躱されちまうだろうからよ」
「ふむ……」
レンジは一瞬考えたが、
「いいだろう。僕が奴を足止めするから、君にトドメを差してもらうことにしよう」
ジークの案に乗ることにした。
「ピャー!」
ドラコは調子に乗って自分からゴブリンキングにも攻撃しようとしているが、
「君には流石に荷が重すぎるから大人しく見ていなさい」
飛び立つ前にレンジに捕まった。
レンジはドラコを抱えてディーノの元に歩き、
「申し訳ないのですが、ドラコを見張っていてもらえませんか?さすがにゴブリンキングにけしかけさせる訳にはいかないので」
「ピー……」
すっかりむくれたドラコのお守り頼んだ。
「それは構わないが……あの怪物に勝てるのか?!」
ドラコを受け取りながらディーノが狼狽えたようにレンジに聞いた。
「ええ、問題ありません。ジークにも秘策があるようですし、ヤツの足止めくらい造作もないことですから」
顔色を一切変えず、いつもの涼し気な顔でレンジはあっさり答えた。
その様子に呆気にとられたディーノを置いて、レンジはゴブリンキングに向き直る。
「さて、久々にアレを使わてもらおうか」
左腕の手甲剣を元の甲冑に戻すと、なぜかそれを右腕に装着した。
そのせいで、左肘から下の義手が剥き出しの状態になった。
「お前、それ間違えてんじゃねえのか?」
ジークが指摘すると、
「間違えてはいない。まあ見てろ」
手をヒラヒラしながらレンジは地面に跪き、両手をついた。
「土の精霊よ、汝が加護を以て虚ろなる土塊に、今一度息吹を込め給え!」
すると、両手の指先から細い金属が糸のように伸び、それぞれが大地に根付くように固定されていく。
「目覚めよ……”アース・ゴーレム”!」
ゴゴゴッーーー!
呪文とともに、地面が山のように盛り上がり、それと同時に金属の糸も一緒に引っ張り上げられる。
「おおッ?!」
途端にジークの目が輝く。
レンジの両手から伸びた10本の金属の糸が辿る先には、ゴブリンキングと同格の巨大な土の巨人が屹立していた。
「すっげえ、なんだよコレッ!レンジ、アレに乗っていいよな!なっ?!」
すっかり興奮したジークはレンジに詰め寄った。
「おい、コレは君のおもちゃではないんだが?」
レンジは呆れたようにジークを振り返った。
「いいじゃねえか、減るもんじゃねえし!乗ってみてえんだよ!」
御年120歳のエルフが、まるで子供のような駄々をこね始めた。
「まずはゴブリンキングを倒すのが先だろうが!僕がこのゴーレムでヤツを押さえ込むから、君はしっかりトドメを差すんだぞ!」
レンジが喝を入れると、
「クッソ、わあったよ!だけど、後で絶対に俺を乗せろよな!」
渋々了承はするが、ジークはしつこく念を押してきた。
「考えておいてはやる!」
溜息交じりにレンジは答え、気を取り直し、
「いくぞ、ゴーレム!」
人形使いのように指から伸びる糸を操ると、
ガガァ……ギシャッ!
軋みながらもゴーレムは動き出し、ゴブリンキングに向かって動き出した。
「グバアァァァーーー!」
当然ゴブリンキングも大人しく見ている訳もなく腰を落とし、勢いよくゴーレムに掴みかかってきた。
待ち構えたゴーレムはゴブリンキングの突進を受け止める。
両者とも互角の凄まじい押し合いが始まった。
ディーノと騎士団はただただ固唾を飲んで見守ることしかできない。
「なかなか、やるな……」
金属の糸を通じて土のゴーレムを操る。
レンジが独自に編み出した魔法だ。
地面があればどこでも出現させることができるが、弱点として、絶えず魔力を送り続ける必要があるため、通常の攻撃魔法より魔力の消費量が激しいということだ。
そのため戦いが長引くほどレンジにとっては不利となっていくのだ。
「だが、僕のゴーレムと取っ組み合いをしてくれるのは好都合だ」
ゴブリンキングはゴーレムの頭らしきものと胴体を切り離そうとしているのか、力任せに絞め技をくり出そうとしてきた。
そこですかさず、
「"アース・ニードル"!」
レンジは呪文を唱える。
すると、
「ギャアァァァーーー!」
ゴーレムの体から無数の鋭い棘が生えた。
体を密着させた超至近距離からの攻撃に、分厚く頑丈な皮膚を持つゴブリンキングと言えども、無傷では済まされない。
それでも、体を貫通されなかったのは流石と言うべきか。
「これでも絶命しないとは凄まじいな。だが……僕の役割は果たした」
レンジの顔が上空に向けられる。
そこには、
「そのまま押さえとけよ!」
空高く浮いていたジークの姿があった。
「ジーク殿ッ?!」
「と、飛んでいるのかッ?!」
「いつの間に?!」
騎士達が口々に叫ぶ中、ジークを中心に風が渦巻き、さらに渦に巻き付くように水も流れ始めている。
「行くぜッ!」
ジークは自身の周囲に渦巻く風と水を纏ったままゴブリンキング目掛けて急降下する。
しかも、自由落下に加え後方からも風圧に押されているのか、スピードが一気に増していく。
「これで仕舞いだ!」
両手に持った短剣を構え、
「"サイクロン・ストライク"!!」
水を伴いながら猛烈な勢いで渦巻く竜巻が、ゴーレムに押さえ込まれたゴブリンキングを縦に裂くように貫き抜けた。
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