Karte.135 地上戦、そして、いよいよキングとの対決
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ユーリ達がルシアン卿の黒死病を治療していたちょうどその頃。
国境地帯では、レンジ、ジークおよびディーノ率いる騎士団によるゴブリン族討伐が白熱を極めていた。
数の面ではゴブリン族が騎士団の約5倍に及んでいる。
それを、レンジとジークの圧倒的な実力が捻じ伏せていた。
「ジーク!僕はあちらの応援に行く!ここは任せたぞ!」
「おらあッ!おう、任せとけッ!」
ゴブリンソルジャーの首を一瞬で切り落としたジークは、レンジに余裕の表情で応えた。
レンジとジークの相手は主にゴブリンソルジャーだ。
ただのゴブリンであれば例え何匹いようが大した相手ではない。
だが、ゴブリンソルジャーは成人男性と同等以上の体格であり、魔力操作に長けた個体も少なくない。
その上、ゴブリンよりも知性があるため、手下のゴブリン達とのチームワークで戦うことも可能だ。
辺境を守護する武勇に優れた兵士といえど、1匹を討伐するためには兵士5人がかりで相手をしなければならず、しかもゴブリン達との連携にも注意しなければならない。
そのため、レンジとジークが率先してゴブリンソルジャーを倒し、司令塔を失ったゴブリン達を兵士達が倒す、という方針で戦いは進められていた。
「"ウォーター・アロー"!」
1体のゴブリンソルジャーが兵士達を弾き飛ばそうとしているところに、ジークが水の矢を何本も放つ。
それを見ていた別の兵士が慌てて、
「お、おいッ!このままじゃ、味方に当たっちまうぞ?!」
とジークに詰め寄る。
しかしジークは平然と、
「あぁ゛?んなヘマするかよ!」
と鼻を鳴らし、
「"ウィンド"!」
続けて風を起こした。
すると、
ビュゥンッ!
水の矢に風が纏わったかと思いきや、矢の進路が大きく変わり、味方の兵士に一直線だった矢が全て大きく曲がっていった。
グサッ!
ブスッ!
「グギャアァーーー!」
たちまちゴブリンソルジャーの体が水の矢まみれとなり、そのままゆっくり倒れていった。
「言っとくけどな、俺の矢は百発百中なんだよ!」
既に絶命した巨体にジークは胸を張った。
「あ、ありがとうございますッ!」
ジークに助けられた兵士達が口々に礼を言った。
「礼を言っている暇があったら、ゴブリンどもを狩りやがれ!まだ終わってねえんだぞ!」
「はいッ!」
ジークに発破をかけられ、兵士達も次々と手下のゴブリンを倒していく。
ジークから離れた場所で、レンジも次々と敵を倒していった。
「"アース・ニードル"!」
「ガア゛ァッ!」
地面から一斉に生えた土の棘がゴブリンソルジャーを串刺しにする。
だが、どうやらその手下達は連携を取ることを忘れていなかったようで、
「ギギッ!」
「ウギィ!」
ゴブリンソルジャーに集中していたレンジの隙を狙って四方から飛び掛かってきた。
「レンジ殿!」
近くで戦っていたディーノがゴブリン達の様子に気づき、レンジに声を上げた。
だがもちろん、レンジもとっくに気づいており、
「”アルケミル”!」
左腕の手甲剣がさらに変形し、ゴブリン達目掛けて鋭い棘を突き出してきた。
「「ギャッ!」」
避けることもできず、ゴブリン達は呆気なく胴体を貫かれた。
「お前たちのリーダーはなかなか優秀だったようだな。自分が倒されたとしても敵への追撃を止めないように命令を出していたとは」
倒した敵の分析をしているレンジはいつも通りの冷静ぶりだ。
「レンジ殿の武器が……今のは一体?!」
ディーノは、レンジの武器が一瞬で変形したことに目を見張る。
「やはり、ゴブリンソルジャーは頭がいいな。リーダーである自分が倒されるよりも、部下たちを先にけし掛けて消耗戦に持ち込んだ方が勝率が高いと考えたようだな」
レンジの言った通り、四方からゴブリン達が一斉にレンジに襲い掛かり、その背後にはそれぞれのリーダーであるゴブリンソルジャー達が待ちかまえている。
それでも、レンジの顔色は少しも変わらない。
「いかん!レンジ殿に加勢しなければッ!」
ディーノは部下も連れて、ゴブリン達を切り捨てながらレンジの方へ近づこうとした。
「”アルケミル”」
呪文とともに左腕の手甲剣が細長い形状に変形していく。
ロープよりも幅広でしかも薄い。
まるで包帯のようにペラペラしている。
「何だアレは?!」
今までディーノが見たこともない武器だ。
するとレンジは、それを左腕ごと勢いよく振るように動かすと、
ビュルンッ!
鞭のようにしなった布のように薄い刃が、周囲から襲い掛かったゴブリンを空気ごと切り裂いた。
「ガッ!」
「ギャッ!」
傷口は糸のように細いが、そのどれもが致命傷を負う程の深さに達している。
刃の厚さは薄くとも、恐ろしい切れ味だ。
レンジは鞭を振り回すようにゴブリン達を次々と薙ぎ払い、
「”ファイア・ランス”!」
あっという間に部下が始末され、すっかり目論見が外れて動揺するゴブリンソルジャーに紅蓮の槍を撃ち込んだ。
そして、もう1匹も忘れてはいけない。
「ピャー!」
特訓の成果ですっかりマスターした、『体全体を火だるまにしてそのまま敵に突っ込む』という技で、手当たり次第にゴブリン達にアタックを仕掛けていた。
「ブギッ!」
「ギ……ィ!」
飛ぶことにも慣れたドラコを捕まえることも出来ず、ゴブリン達はひたすら空飛ぶ火の球から逃げ惑っている。
「……信じられん!」
この戦いで一体何度この言葉を口にしたか、ディーノは分からなかった。
戦局は完全に覆されていた。
誰がどう見ても魔物優勢だった掃討戦は、この2人(と1匹)の活躍により一気に巻き返されたのだった。
(この勢いであれば、ゴブリンソルジャー共も殲滅することは訳もないことだ……だがッ!)
ディーノは丘のように聳えるゴブリン共の王を睨みつけた。
相変わらず巨大な泥玉を作っては、恐ろしい速さで要塞や城壁に投げつけている。
それを迎撃するのは、グラハム卿の雷魔法だ。
(現時点では泥玉を完全に撃ち落とすことができているようだが、それもいつまで保たせられるかは分からない!)
それはレンジとジークも同じように考えていたようだった。
「ジーク、ゴブリンソルジャーはあらかた片付けられたようだ」
「ああ。尻尾を巻いて逃げてる奴もいる見てえだし」
レンジが見据える先に、ジークも不敵に口角を上げた。
手下達を散々始末してくれたドワーフとエルフの2人を、敵意に満ちた濁った目が見下ろしている。
「いよいよあのデカブツを片付けるときが来たみてえだな」
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