Karte.130 ゴブリン族との攻防、そして、キング参戦
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一斉に放たれた矢は国境地帯を埋め尽くさんばかりに集結したゴブリン達を次々と射抜いていった。
「これだけ密集していれば、目を瞑っていても当たりそうだな」
聞くに堪えない断末魔の悲鳴にもうろたえることなく、レンジは冷静に戦場を見下ろした。
「だが、やはりゴブリンソルジャーを矢だけで倒すことは不可能だ。魔力操作で身体能力と反射能力が高まっている」
レンジの言う通りだった。
ゴブリンソルジャーを狙って矢が放たれるも、それを巧みに躱す者や、手に持った武器で弾き飛ばす者もいる。
同じくその光景を見下ろしていたジークが、
「あんな軟弱な棒っ切れじゃ、かすり傷一つつけられねえよ」
と鼻で嗤い、空中に水でできた球を次々と出現させた。
「いくぜ……”ウォーター・アロー”!」
すると、それぞれの水の球から無数の矢が勢いよく放たれていく。
「ギャアァァーーー!」
流石に攻撃魔法には歯が立たないようで、何本もの水の鏃がゴブリンソルジャーの筋骨隆々な体を貫いていく。
「おおッ!」
「あのエルフ、ゴブリンソルジャーを倒したぞッ!」
その光景を見ていた兵士から歓声が上がった。
「どうよ、レンジ!」
横に佇むドワーフに挑戦的な笑みを投げかけると、
「全く……ならば僕も活躍させてもらおうか」
フッと不敵に笑うと、
「火の精霊よ、汝の加護を以て紅蓮の槍で彼者を貫け。”ファイアー・ランス”!」
詠唱とともに、レンジから炎の槍が何本も放たれた。
ジークの水の矢よりも数は圧倒的に少ないが、その1本1本は遥かに太く長い。
そのため、
「ガア゛ァァァーーー!」
1本の槍が致命傷となり、しかも全身にも火が回るというおまけつきだ。
その上、
「ギャッ!」
「ギィッ!」
全身火だるまと化したゴブリンソルジャーからの飛び火に、従っていたゴブリン達からも悲鳴が上がる。
「す、素晴らしいッ!」
「あのエルフとドワーフ……とんでもなく強いぞ!」
2人の活躍で騎士団の志気が一気に高まっていった。
「ほぉ、やるじゃねえか。ただの頭でっかちだと思ってたのによ」
「誉め言葉として受け取っておこう。君の粗暴さもこういう場では役に立つのだな」
互いに軽口を叩きながら、容赦なくゴブリンソルジャーを屠っていく。
(ガルナン首長国元第3太子、レンジ=トゥル=ゾレ=ガルナン……カーラ様から伺っていたはいたが、まさかここまでの強さを持っていたとは!それに、あのエルフ!礼儀知らずなだけかと思いきや、大口を叩くのも頷ける実力を兼ね揃えている!)
圧倒的な数の戦力差を捻じ伏せる、規格外の実力の持ち主。
ディーノは目の前の2人にただただ圧倒されていた。
ゴブリンソルジャーが水と火の相反する攻撃に続々と倒れていき、リーダーを失ったゴブリン達の中には撤退しようとする者も出てきた。
「副騎士団長!こちらの矢は残り僅かです!レンジ殿とジーク殿の活躍で、ゴブリンだけでなくゴブリンソルジャーも浮足立っております!」
「我が部隊の矢も全て使い果たしました!ここはレンジ殿とジーク殿に城壁の守備を任せ、我々が出陣する時期かと!」
兵士達は一騎当千に値する2人の活躍を目の当たりにし、報告の中でも敬称を付けていた。
各部隊からの報告を受け、ディーノは頷く。
「よし!各部隊に告げ!城壁に残る者を除き、総員地上戦へと討って出る!」
「はッ!」
「待て」
だがそこで、グラハム卿の端的な制止が入った。
「まだ総員待機とせよ」
「なぜです!すでにゴブリン共の侵攻は大いに乱れております!こちらから攻勢に転ずれば、勝機は確実に手に入れられるかと!」
ディーノが抗議を入れるが、それには答えず、グラハム卿はスッと遠くを指差した。
ディーノもつられて指し示す方向を見る。
「どうやら……彼奴らの将軍が仕掛けてくるようじゃぞ」
グラハム卿の言葉通り、小高い丘のような巨体がのっそりと動き出すと、
グギャア゛ァァァーーー!!
地上の全てを消し飛ばさんばかりの鬨の声が、辺り一帯の空気を震わせる。
ゴブリン特有の醜悪な顔に、でっぷりとした巨体を非常に分厚い苔色の皮膚が鎧のように覆っている。
手には間の大人のように太い指がついており、両腕も両足も人間の大人が十数人がかりでようやく抱えられるほど太い。
その圧倒的な存在感に、味方も敵も関係なく目を奪われざるを得ない程だった。
「お、どうやらいよいよデカブツが相手をしてくれるらしいぜ」
ジークは強気の姿勢を崩さず、不敵に口角を上げた。
「ゴブリンキングか……ファイアドラゴンは火と土の精霊の加護を行使できた。果たして奴はどうなのか」
レンジは変わらず冷静にドラゴンに匹敵する怪物を観察する。
ガア゛ァァァーーーッ!
ゴブリンキングが雄叫びを上げながら両手を伸ばすと、手の下の地面がみるみるうちに盛り上がっていき、あっという間にゴブリンキングの両手を並べたくらいの大きさの泥の球ができた。
「全員、配置に付け!何か仕掛けてくるぞ!」
ディーノの檄に反応し、兵士達は各々の所定の位置で身構えていた。
その時だった。
ゴブリンキングは巨大な泥の球を片手で持つと、まるで子供がボール投げをして遊ぶように、泥の大玉を持った手を大きく振りかぶり、
ゴオォォォーーー!
城壁目掛けて、凄まじいスピードで投げつけてきた。
「まさかアイツ……城壁を破壊するつもりかッ?!」
予想外に攻撃に兵士達は呆然と立ちすくんだ。
「た、退避だ!全員城内に退避しろーーー!」
あらん限りの大声で撤退の指示を出すディーノに、
「副騎士団長ーーーッ!」
「ッ?!」
迫りくる大玉がディーノに直撃しようとした―――!
「土の精霊よ、我に御加護を。”ダート”!」
ディーノを庇うようにレンジが立ちはだかり呪文を唱えると、
グシャァーーー
大玉は呆気なく崩れ、城壁の下に落ちていった。
「レンジ殿……!」
「流石はキングを名乗るだけのことはある。土属性魔法を利用して、このような攻撃法を繰り出してくるとはな」
大玉が直撃する瞬間に土属性魔法を唱え、形態を瞬時にただの泥に変化させたのだ。
「無事かよ?!」
ジークが離れた所から安否を確認した。
「僕もディーノ殿も無事だ。それよりもジーク、どうやら地上戦に移行するしかなさそうだ」
レンジはゴブリンキングから注意を逸らすことなく言った。
「僕達の攻撃魔法が届かない超遠距離からの攻撃。配下のゴブリン達への攻撃も妨害され、しかも泥という無尽蔵に手に入れられる武器で一方的に攻撃され続ける。ヤツの魔力が尽きるまでだ。当然この城壁も無事とはいくまい」
「はあ?この石の城壁がか?たかが泥だろ!」
ジークがありえないとばかりに声を上げるが、レンジはその反応に苦笑する。
「君の言うとおり、たかが泥だ。だが恐ろしく硬く固められ、しかも、凄まじいスピードで投げつけられる。それも延々にだ。とても城壁が無事とは思えない。何より、僕達でさえ直撃してしまえば大怪我では済まされない。このままだと、こちらは碌な反撃もできないままゴブリンソルジャー達に押し切られ、関所が突破されてしまう」
「何と言うことだ……!」
傍で聞いていたディーノは愕然とした。
「僕が奴の泥玉から城壁を守る。ジークは地上で配下のゴブリンを倒しながら、ゴブリンキングの元に行ってくれ」
「任せとけ!」
「ピャッ!」
「お前もやる気じぇねえか、ドラコ!」
一瞬ドラコがジークについて行くことを反対しようかとも考えたが、
(空を飛ぶドラコが敵の標的になりかねん。ジークならゴブリン如きに遅れを取ることなどあり得ないだろうから、彼にドラコを任せた方がよいだろう)
と思い、敢えて黙っておいた。
「ならば我々も討って出る時だ!」
ディーノは各部隊長に指示を出していった。
そこへ、
「レンジ殿」
グラハム卿がやってきた。
「あの泥玉の防衛についてだが、儂に引き受けさせてはもらえんだろうか」
「どういうことでしょうか?」
レンジが質問すると、
「彼奴の攻撃は儂が防ぐ。代わりに、貴殿も地上戦に参加していただきたいのだ」
と思いがけない申し出が出された。
「全盛期には及ばないが、儂も雷魔法を行使することができる。あのくらいの泥玉であれば、撃ち落とすことも可能であろう。それに」
次の泥玉を用意しているゴブリンキングを険しい表情で見つめた。
「できるだけ彼奴を城壁から遠ざけておいて欲しいのだ。今は遥か後方からの攻撃のみだが、戦いが長引けば彼奴自らこの城壁を壊しにこちらに近づくだろう。そうなってしまえば、我が国へのゴブリン共の侵攻を許してしまうことになる」
再びレンジに目を向け、グラハム卿は断言した。
「この地を治め国境を管理する辺境伯として、それだけは命に代えても阻止せねばならん。レンジ殿にはジーク殿とともに、ゴブリンキングの討伐に専念して頂きたい」
レンジはジッとグラハム卿を見つめ、
「承知いたしました。ゴブリンキングのことはお任せください。城壁の防衛をよろしくお願いいたします」
と一礼した。
グラハム卿も頷き、
「お二人の活躍と実力はしかとこの目で確かめさせていただいた。また、我が騎士団への惜しみない協力にも心から感謝している。我々にとってはかつてないほどの強敵の相手を貴殿達に託してしまうことになるが、どうか3カ国の国境のため、力をお借りしたい」
と騎士団長自ら頭を下げた。
「もったいないお言葉でございます。我々も尽力させて頂きます」
レンジは手短に答え、
「あんなのすぐに片してやるよ!」
と相変わらずの口振りでジークは答えた。
グラハム卿はディーノに顔を向け、
「総員地上戦に向け、直ちに準備致せ」
騎士団長として威風堂々と指令を出した。
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