Karte.12 ガルナン首長国到着、そしてお馴染みの爆弾発言
「うわぁ……!」
天を衝くような山脈がいくつも連なっている。
その中でも一際大きな山がデンと鎮座していた。
馬車の一団は、そのあまりにも大きな山の麓におまけのようについた鉄製の門の近くに止まった。
山脈の先端は、首を精一杯上へ向けても天辺が雲がかかっていて霞んでいる。
鉄のように黒い山肌は横幅も異様に広く、端の方がが全く見えない。
そして、圧倒的なスケールにただただあんぐりと口を開けている私をセインは面白そうにクスクス笑っている。
「私も初めて見たときはユーリさんと同じ反応でしたよ」
「これが国なの?ただの大きな山にしか見えないんだけど」
「ええ。ガルナン首長国はこの山の中にある国なんです」
「へぇー」
《ガルナン首長国に住むドワーフは土の精霊、火の精霊から加護を受け、土と火の属性魔法が行使できます。この土地は山脈が幾つも集まる山岳地帯であり、天然の要塞を築き上げたのです》
理解力の悪い私に、早速アイの補足説明が入る。
もはやアイの飛び込み発言にも頭が順応するようになっていた。
「この一番大きな山はガルナン山嶺。その周辺にも、この山ほどではないですが標高が高い山脈がいくつもあって、ここ一帯の山脈は『巨人の盾』という意味で、アトラン・ガルディア連峰と言われています。ドワーフはその山脈から鉱石や宝石を発掘し、加工しているんです。そして、彼らを統括しているのが、オルロス=ケン=ロッソ=ガルナン首長です」
「前々から気になってたんだけど、この国は王政じゃないの?」
「この国では首長が王の役割を担っています。聞いた話では、それぞれの山脈ごとに部族があるそうなんですが、それを統轄しているのが、ガルナン部族の長なんだそうです」
「……セイン、詳しいね」
さすが、ちょこちょこ出張に来ているだけある。
すると、カーラさんの部下の1人が声をかけてきた。
どうやら手続きが終わったようでいよいよ入国するらしい。
年甲斐もなくワクワクした気持ちを抑えきれず、私達もまた馬車に乗り込んだ。
松明が所々に置かれているがそれでも通路の中は薄暗く、床まで見通すことができない。
幅は荷馬車2台がギリギリ並んで通ることができるくらい。
土特有の湿ったかび臭さを感じていると、
「えっ?!」
突然床が静かに振動したかと思ったら、どんどん上へ馬車が勝手に移動し始めた。
馬は全く歩いていないというのに!
「な、なに?!」
「すごいですよね、ドワーフの土属性魔法は」
セインも私が座る御者椅子の隣に腰を下ろした。
「この通路は山の頂上を目指して床が我々を運んでくれるんですよ」
(いや普通にエスカレーターじゃん!)
異世界に来てから前世の文明を久々に感じた。しかもこんな山奥で。
後ろに流れていく松明の様子からそれなりのスピードで上に上がっているようだけど、周囲が薄暗くてよく見えないからあまり実感が沸かない。
しばらく上がっていくと、また扉の前にでた。
今度は鉄製のいかにも頑丈なそうな扉だ。
(あれが、ドワーフかぁ)
最初の門では見逃してしまったから初めての生ドワーフだけど、ジロジロ見ないよう気をつけながら観察した。
馬車に乗っているから正確な身長は分からないけど、多分私の肩くらい、セインの胸あたりの背丈なんじゃないだろうか。
『ずんぐりむっくり』という言葉を見事に体現していて、体は縦と横の比率がほぼ同じくらい。
銀色の鈍い光を放つ鎧と耳まで覆い隠した兜をつけて、背丈の倍以上の槍を片手で支えている。
それでも全く危なっかしく見えないのは、腕と脚が逞しく発達していて、体格ががっしりしているからなんだろう。
髪も髭も手入れされているようだけどボリュームが多く、毛質のせいかモジャモジャと長く波打っていて境目が分からない。
兜と髭に埋もれた奥に引っ込められた目はつぶらなのに眼光は鋭く、『侵入者を決して見逃さない』という強い意志と頑固さを感じさせていた。
実際ドワーフは根っからの職人気質らしく、そのせいか一本気が通って融通が効かない者が多いらしい。
ここでの検問はあっさり終わり、重く軋んだ音をたてながら扉がゆっくり開いた。
薄暗い通路にいきなり白い光が差し込み、目が眩んでしまう。
馬車に乗ったまま扉を進むと―――
「セイン」
「はい」
「これって、山の中、なんだよね?」
「そうですよ」
「……なんか広すぎじゃない?」
「でしょう!」
セインが妙に楽しそうだ。私の反応がそんなに面白いのか。
扉を開けたその先……そこはまさに火口だった。
もちろん溶岩やマグマがドロドロ流れているわけではない。
ただ、山の頂上が超巨大なスプーンでくりぬかれたかのような広大な盆地が広がっている。
壁面は茶褐色の岩肌が剝き出しになっており、よく見ると壁面にも窓やドアのようなものがくっついている。
一番高い天辺はぽっかりと空いており、そこから雲一つない青空が覗いている。
そのおかげで先ほどの通路は嘘のように明るく開放感があった。
私はそろそろと下を見下ろした。
はるか下には幾つもの家々が所狭しと並んでおり、あちらこちらから『カーンカーン』と金属を叩く音が響いていた。
「え、私たちこんなに高くまで登っていたの?全然感じなかったけど」
「本来であれば数日かかるらしいですよ。なんせ山の斜面を蛇行せず直行で上ることができましたから」
確かに馬車で急斜面を登ることなんて絶対に無理だ。
さすがは異世界のエスカレーターだ。
「それにしても、どうやって街に下りればいいの?」
そう、馬車が止まったのはドームの壁面に唯一張り出した正方形の広場だった。
こちらは馬車が何台もあるのに、下に降りる道もなければ階段もない。
どうすれば街に行けるんだろう。
「それは、ですね……」
セインがなぜか答えを躊躇っていると、さっきの門番のドワーフが声をかけてきた。
「全員広場に出たな。よし、ではこれから街へお送りしよう。ようこそ、我が国、ガルナン首長国へ!」
歓迎の言葉がかけられた、その瞬間!
ガ、ガ―――!
「えっ、な、なに?!嘘でしょ!」
「毎回体験しても、なかなか慣れませんね……」
セインの情けない言葉が聞こえてくるけど、目の前で起こっていることにただただ唖然とするばかりだ。
なんと、広場全体がゆっくり下に下がっていったのだ!
エスカレーターの次はエレベーターですか!
やがて崖の一番下に到着すると、 ホッとした表情を浮かべたセインと一緒に馬車を降りた。
するとドワーフが何人も駆け寄ってきた。
馬車から荷物を降ろし始めるドワーフ達。その中から1人私達の方に近づく者がいた。
「久しぶりですな、セイン殿!」
「お久しぶりです、ウィルさん。またお世話になります」
セインに親しげに話しかけるウィルと呼ばれたドワーフは、門番のドワーフ達より少し低めでずんぐりむっくりなのは変わらないが、振る舞いがどこか品が良いというか、インテリっぽく感じる。
鎧ではなく、濃い緑色のローブを着て、左目に方メガネをつけているから余計そう思うのかもしれない。
「ユーリさん。こちらは今回の出張でお世話になるウィルさんです。今回我々が働く魔鉱石錬成研究所のチーフをされている方です」
「ユーリです。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします……なるほど、なるほど?」
会釈した私に、ウィルさんが意味深に頷いてきた。そしてセインに向き合い、
「セイン殿もようやく奥方を向けられた訳か!」
・・・・・・
「は、はいぃ?!」
「ウ、ウィルさん?!」
何の前触れもなく投下された爆弾発言に、私とセインの素っ頓狂な声が辺りに響き渡った。
お久しぶりです!
連載再開しました!ガルナン首長国編です!




