Karte.125 さあ治療開始、そして、討伐も開始?!
「それは……兄上との婚姻を了承してくれた、ということでよろしいのか?」
私達の思惑をいまいち把握しきれていないカーラさんは、目を輝かせて私を見つめるが、
「いえそれは謹んでお断り致します」
とキッパリ拒否させて頂いた。
「カーラさんとグラハム様がルシアン様のことを大切に思っていらっしゃることはよく分かりましたが、あまりにも要求が無茶苦茶です。高貴な方々の社会では当たり前なのかもしれませんが、顔も知らない人間といきなり結婚して子供作るっていうのは、平民の私にはかなり抵抗があります」
「それは、十分わかっている!だがッ
「それに、正妻であるにも関わらずすっかり蚊帳の外に追い出されたシャルル伯爵令嬢にしてみれば、私がしようとしていることは略奪以外の何ものでもないんですよ?仮に私が正妻になったとしても、『身内の手を借りて平民が伯爵令嬢を蹴落として正妻の座を奪った』という風に周囲からは見られるでしょう。そうなったら、ルシアン様のことがなくともルーベルト家の評判は地に落ちるでしょうし、シャルル伯爵家……がどれだけスゴイ貴族なのかは分かりませんが、敵に回すことになります。それがきっかけで辺境伯の地位が危うくなったら、それこそ元も子もないですよ」
「……」
すっかり黙り込んでしまったカーラさんに、
「平民が辺境伯の正妻になれるチャンスなんて無いに等しいのでしょうから、私はとんでもない幸運だと思います。その運の良さだけ有難く頂きたいと思います」
とカーラさんに頭を下げた。
「それに……そもそも今回の問題は、ルシアン様の黒死病が治療できれば、全て丸く治まることなんですよね?」
「……は?」
またしてもカーラさんはポカンと口を開けた。
私に向けられた紫紺の瞳が、『ひょっとしてコイツ、黒死病のこと分かってないんじゃないか?』という色合いを見せている。
「ちゃんと分かってますからね!黒死病は治癒魔法で治すことができない、むしろ悪化してしまうことも!致死率100%だということも!そして……」
レンジ君、フィーちゃん、ジークの3人に目を向け、
「常識外れの治療を受けた結果、私の知る限り3人の黒死病患者が無事生還したことも」
「―――ッ?!」
カーラさんの瞳がこれ以上ないくらい大きく見開かれ、
ガシッ!
「こ、黒死病の治療法だとッ?!そんなものが、この世に存在するのかッ!」
私の手を強く掴んできた。
「教えてくれッ、その方法を!報酬ならいくらでも出す!だからッ……だからどうか、兄上を……!」
縋りつくように必死に頭を下げるカーラさんに、私はみんなに目配せする。
セインが真剣な表情で頷き、他のみんなも、心得たと云わんばかりの表情だ。
「分かりました。では早速、ルシアン様の元へ……
バタンッ!!
突然勢い扉が開き、私達の視線が一斉に注がれる。
「カ、カーラ様!一大事でごさいますッ!」
飛び込んできたのは、1人の兵士だ。
「何事だ!この部屋には近づかないように言っておいたはずだ!」
カーラさんは勢いよく立ち上がり、兵士の元に近づいた。
「申し訳ございません!ですが、緊急事態のため至急ご報告に参りました!」
息を切らせた兵士が片膝をついて弁明した。
「第3砦から緊急報告です!内容は……『ゴブリンとゴブリンソルジャーの混群を発見。目視で見る限り、その数100体以上』とのことです!」
「ゴブリンソルジャーだと?!しかも……100体?!」
カーラさんが愕然とした。
(アイさん!ゴブリンソルジャーってなに?!)
みんなの様子からマズい状況だということは分かったので、ここで『ゴブリンソルジャーってなに?』なんてとぼけた質問をする勇気はない。
《ゴブリンソルジャーとは、ゴブリンよりも更に体格が大きく攻撃力が増した魔物のことです》
脳内にアイからの画像付き解説が流れる。
苔みたいな肌色の気色悪い小人を、人間の成人男性程に大きくして、さらに筋力もパワーアップさせたような感じの魔物だ。
《ゴブリンよりも知能が高いため、ゴブリンを従えた集団による戦いも行うことが可能です。また、属性魔法は行使できませんが、魔力操作を扱える個体もおります》
(え、それ結構強いんじゃないの?)
《はい。ゴブリンソルジャー単体で、以前遭遇したワイルド・ウルフを倒すことができます》
(ヤバいじゃん!)
ワイルド・ウルフは、並みの兵士10人でようやく倒すことができるとアイは言っていた。
それを単体で倒すことができるなんて、相当強いじゃない!
ようやく私もいかに緊迫した状態なのかをみんなと共有できるようになった。
「どうか騎士団長にお目通りを!奴らの進行方向はこの要塞です!このままでは関所を突破されてしまいます!雷魔法の名手であらせられる騎士団長にもぜひ出陣して頂かないと!」
「ッ……!」
カーラさんは唇を噛み締め、どう返答していいのか分からないようだ。
その時、
「それには及ばない」
威厳を湛えた声が扉の外から聞こえてきた。
「儂が隊を率いる」
「父上、それはッ!」
カーラさんが動揺したように声を上げるが、それを片手で制し、
「ゴブリンソルジャーごときに遅れをとるほど耄碌はしておらん」
すでに銀色に輝く甲冑を身に纏い、グラハム様の顔には皺一本に至るまで気迫に満ちている。
そしてもう1人、
「ゴブリンソルジャーか……悪くねえな」
不敵に口角を上げたジークは、楽しそうに魔物の名前を呟いた。
「え……ひょっとしてジーク、戦う気満々なの?」
信じられない目で体格に恵まれたエルフを見つめる。
「最近魔物を1匹も狩ってなかったからよ。久々に運動しねえと、体が鈍るわ」
「いえ、魔物討伐を運動と言うのはどうかと……」
セインも呆気に取られている。
「お前はどうすんだよ。レンジ」
レンジ君はチラッとカーラさん達を見て、
「あまり気は進まないが仕方がない。この要塞が陥落してしまえば、治療どころではなくなるからな」
とジークの誘いに乗った。
「では私も、お兄様達と一緒に魔物と戦いますわ!」
なんと、フィーちゃんまでもが名乗りを上げた。
「ダメに決まってんだろ!怪我したらどうすんだよッ!危ないからフィーはユーリ達といろ!」
血相を変えてフィーちゃんを止めるジーク。
レンジ君とはまるで正反対だ。
「私だって、きっとお役に立てますわ!」
なおも食い下がるフィーちゃんにレンジ君は、
「フィーはユーリ達の傍に居てもらえないか?君の氷魔法が今度の治療にも役立つかもしれない。何より、ユーリやセインが治療で身動きが取れないとき、君には2人を守ってもらいたい」
と言うと、フィーちゃんはポッと頬を染めて、
「分かりましたわ!」
あっさり引き下がった。
「なんでお前の言うことは聞くんだよ!」
とジークがなぜかレンジ君に文句を言うと、
「君のように頭ごなしに否定してはダメだということだ」
レンジ君は澄ました顔で答えた。
(ついでに惚れた弱みもあるんだと思うけど)
それを言うとジークが発狂するから止めておこう。
レンジ君とジークはカーラさんに近づき、
「カーラ殿、グラハム卿。微力ながら我ら2人も参戦させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
と申し出た。
「本当か、レンジ殿!」
カーラさんの顔がパッと明るくなった。
「貴殿がともに戦って下さるのであれば、これほど心強いことはない!」
そしてグラハム卿の方を向き、
「父上!レンジ殿は素晴らしい加護使いです。ガルナン首長国からの帰路でその実力をこの目で見ました!彼なら、この討伐でもきっと我々の力になってくれます!」
と力説した。
「お前がそれほど言うのであれば、実力は申し分ないのであろう。そして、そちらは……」
グラハム卿はジークをチラリと見た。
「このエルフは僕と同等の実力者だと思って頂いて構いません」
「おうよ!魔物と戦うなんざ日常茶飯事だからな。そこのドワーフよりもゴブリンどもを多く狩れる自信があるぜ!」
レンジ君は2人に断言し、ジークは胸を張った。
グラハム卿はしばし2人を見て、
「我がルーベルト家の戦いに協力してくれること、心から感謝する。是非ともお力をお借りしたい」
と胸に手を当てた。
「高名なるルーベルト辺境伯家に貢献できること、光栄に存じます」
レンジ君も胸に手を当て会釈した。
そして2人は私達に近づき、そっと声を落とした。
「要塞の守護は僕達に任せて、君達はカーラ殿とともにルシアン卿の治療に専念してくれ」
「分かった。どうか気を付けて」
「ルシアン様のことはお任せください」
「ユーリさんとセインさんの治療は、決して誰にも邪魔させませんわ。どうかご武運を」
「任せとけ。ゴブリンなんざ蹴散らしてやるからよ」
レンジ君とジークはそのままグラハム卿の後に続いて部屋を出て行った。
「カーラさん」
その後について行こうとするカーラさんを呼び止めた。
「カーラさんには是非私達と一緒に居て頂きたいんです」
「なぜだ。私も父上たちと一緒に戦わねば
「この隙にルシアン様を治療したいんです」
「ッ?!」
呆然とするカーラさんに重ねてお願いした。
「どうか、ルシアン様のお部屋に案内しては貰えませんか?」




