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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.124 カーラとの対話、そして、やっぱりそれか

カーラさんを招き入れ、先ほどグラハム様が座っていた椅子に今度は彼女に座っていただいた。


「カーラさん、お久しぶりです。このお屋敷に戻ってたんですか?」


と尋ねると、


「ああ。2か月程まえからずっとな」


カーラさんは力なく微笑み、


「セイン殿もレンジ殿も久方ぶりですね」


2人にも会釈し、そしてフィーちゃんとジークに目を向けた。


「ユーリさん、こちらの方々は?」


そういえば、この2人にはまだ会ったことがなかったんだ。


「御覧の通りエルフの兄妹でして、今フラノ村に住んでいるんです。こちらが兄のジークで、こちらが妹のフィーです。私はフィーちゃんって呼んでますけど」


「そうですか」


カーラさんは立ち上がると、


「お初にお目にかかります。私はルーベルト辺境伯が息女、カーラ・ルーベルトと申します。以後、お見知りおきを」


と丁寧な淑女の礼をしてくれた。


(ワイルド・ウルフと戦う勇ましいカーラさんもカッコ良かったけど、こうして辺境伯令嬢として優雅に振る舞っても全く違和感がない)


やっぱり、育ちって大事なんだね。


「これはご丁寧な挨拶、痛み入りますわ」


フィーちゃんもそれに応え、


「ユーリさんからご紹介いただきました、フィーと申します。フラノ村ではレンジさんの封魔石の研究をお手伝いさせて頂いております。何卒よろしくお願いいたします」


こちらも、それはそれはお淑やかなお辞儀をした。


「ジークだ、よろしく」


ジークの素っ気なさは平常運転だ。


お互いの挨拶が済んだところで、


「さて早速で申し訳ないのだが、本題に入らせていた頂いてよろしいでしょうか?カーラ殿」


レンジ君が口火を切った。


「グラハム様、お父君からユーリさんをルシアン様の正妻に迎えたいとのお話をされたのですが、これはいったいどういう……?」


セインも立て続けに尋ねる。


「あなた方からすれば、父は突拍子もないことを言っているように聞こえるだろう。まあ、当然だが」


柳眉を悲しげに下げながらカーラさんは顔を下げた。


「だが、私も父も真剣なんだ。兄に残された時間は多くない。ユーリさんには本当に申し訳ないが、兄と結婚していただき、できれば……」


ここでカーラさんが言い淀んだ。


「できれば?」


私が促すように繰り返すと、


「……子も成してほしい思っている」


すごく言いづらそうに絞り出した言葉に私は天井を仰いだ。


(まさかの、子作り要求……)


「なんだか、とても押しが強いんですのね。御父上も、貴女も」


フィーちゃんも呆気に取られたように口に手を添えた。


「つうかよ。アンタらがそこまでユーリに強引だっつうのに、肝心のアンタの兄貴は何してんだよ。そいつから話させるのが筋ってもんだろうが」


さすがに痺れを切らしたのだろう、ジークは辺境伯令嬢であることを忘れたかのようにカーラさんに詰め寄った。


「……返す言葉もない。ジーク殿の言うとおりだ。本来であればわが兄から直々にお話ししなければならない。そのことは重々承知の上なんだ」


ドレスの上で、爪が食い込むのではないかというくらい両手を握り締める。


「だが、本当に失礼な話だが、貴方達を今の兄に会わせるわけにはいかないんだ。兄の現状を知っているのは私と父、ラーベルやディーノ殿などのごく一部の側近だけだ。もし兄のことが外部に漏れてしまったら……本当に我がルーベルト家は終わってしまうかもしれない。辺境伯の地位も手放すことにもなりかねないのだ」


「ええと。ちなみに、まだ離縁していない正妻の方はご存じなんですか?」


カーラさんは首を横に振った。


「奥方であるシャルル伯爵令嬢は、現在王都のご実家に戻られている。王都ではちょうど社交界シーズンで、辺境伯婦人として他の貴族と交流されている時なんだ」


「え、自分の夫がそんなヤバい状況なのに?!しかも、自分がいないところで離縁させられようとしているのに?!」


思わず声を荒げたが、


「ちょうど奥方が王都に旅立った後に起きたことなんだ。そして当然、我々からは何もお伝えしていない」


カーラさんは私を見つめ、


「ユーリさんが正妻の話を受諾してくれた後、シャルル伯爵令嬢には離縁の旨をお話しするつもりだ。そして、ユーリさんのことは身分に関係なく、辺境伯婦人として丁重に扱うことを、父も私も命に代えて誓うと約束する」


と大真面目に答えた。


「1つ質問をよろしいでしょうか?」


レンジ君が口を挟んだ。


「なぜ、ユーリなのですか?身分が関係ないのであれば、この屋敷に住まう家臣の親族、それこそ要塞に住まう庶民の女性でもよろしいのでは?」


確かにその通りだ。


どうせ妻に迎えるなら、少しでもルシアン様のことを知っている人がなった方が話が通りやすいだろうに。


私なんて、顔も知らないんですけど。


「……加護使い、だからだ」


カーラさんが小さな声で答えた。


「光属性魔法で、しかも治癒魔法ではない非常に珍しい系統の魔法だ。私も共に旅をして、彼女の結界魔法をこの目で見たことがある。それに、浄化の封魔石は本当に便利で素晴らしいものだ。ユーリさんが作ってくれたお陰で、我が家は莫大な富も得ることができた。彼女はまさに、我がルーベルト家の功労者だ。だから、正妻として迎え入れるのならば彼女が良いと、父とも話したんだ」


と、これまたお貴族様からべた褒めされてしまったが、残念ながらそれで呑気に浮かれるような時は過ぎている。


現にレンジ君も険しい顔をしている。


「その上、ユーリは平民であって貴族ではない。例えルシアン卿にどんな事情があっても、平民であるユーリなら御しやすい。何より、正妻の義務を放棄すると言うことは辺境伯を敵に回すも同然、すなわちこの国での居場所を失うも同然だ。だから、後になって自分から離縁を申し立てることは非常に困難となる……そんなところでしょうか」


「そ、そんな……!」


セインが愕然とする。


「あのルシアン様が、そんな卑怯な真似が許すはずがありません!」


「ああ、そうだろうな。それに……ユーリがそんな扱いを受けることは、決して許さない」


レンジ君はカーラさんを冷徹な目で見つめる。


そして、フィーちゃんもジークも、矢のように鋭い視線をカーラさんに向けている。


(もう少しで本当に争いになってしまいそうだ。けど、これはやっぱり……アレが原因なのか?)


今までの経験が物語っている。


本人だけでなく身近な人間の生活をも一変させ、しかも周囲に知られてしまったら最後、過酷な迫害を受けてしまう、死の病。


ダンッ!


カーラさんがテーブルを勢いよく叩くと、


「私達を侮辱するおつもりか?!そんな、ユーリさんをまるで都合のよい道具のように扱うなどッ断じて


「ではカーラ殿に単刀直入に伺いたいのですが」


カーラさんの話を遮ってレンジ君が口を開いた。


「ルシアン卿は、黒死病を発症している……違いますか?」


「―――ッ!」


カーラさんの顔から一気に血の気が引き、そして体をギュッと縮こませた。


魔物と命を懸けた戦いをした時でさえ堂々とした佇まいだったのに、今の彼女は……まるで恐怖に怯えて震える少女そのものだ。


そして、一瞬で変わってしまった彼女の様子から、先ほどみんなの頭に過った結論が真実だったのだということを物語っていた。


(やっぱり黒死病か……また私の前に立ちはだかるとは)


すると、


「なんだよ。それならユーリが何とかできるんじゃねえのか?」


この重苦しい雰囲気をぶち壊す、あっけらかんとした口調でジークが言った。


「……は?」


カーラさんがポカンとした表情をした。


「ユーリさん……いかがでしょうか?」


一方、フィーちゃんは私の様子をちゃんと窺ってくれた。


「まあ、ルシアン様の状態を見ていないから何ともだけど」


そして未だ呆けた表情を浮かべているカーラさんに、


「もしよろしければ、ルシアン様の様子を診させて頂けませんか?何かできることがあるかもしれないので」


とお願いした。


「な……何を、言って……?」


訳が分からないといったように弱弱しく首を振るカーラさんに、


「私にもぜひルシアン様の様子を見せてください」


今度はセインが真剣な面持ちで言った。


「セ、セイン殿はだめだ!兄上の病状が悪化するだけだッ!」


カーラさんが激しく否定した。


「……初めは、目が霞む程度だったらしい。それがだんだん視力が低下していった。そこでヒーラーのディーノ殿に治癒魔法をかけてもらったら……激痛とともに急速に病状が悪化した。今では兄上は何も見えなくなってしまい、絶え間なく続く頭痛でベッドから起き上がることすら難しくなった」


カーラさんは頭を抱え、


「お願いだからセイン殿は兄上に近づかないでくれ。これ以上……兄上を苦しめたくはないんだッ!」


全身でセインを……ヒーラーを拒絶している。


(目が見えない……そして、頭痛……)


話だけでは何とも言えないが、ただ黒死病の核が存在する部位は予想ができる。


(ひょっとして、今度は脳神経外科ですか?)


またしても専門外の手術をしなければならないなんて、これは何かの試練でしょうか。


「だからよ。まずはアンタの兄貴に会わせてくれよ。ユーリなら何とかできるかもしれねんだから」


なあ、とレンジ君に話を振ると、


「カーラ殿。言うまでもないが、黒死病は致死率100%の病です。このまま放っておけば、ルシアン卿は間違いなく亡くなります。ここは我々にもルシアン卿を助けるお手伝いをさせて頂けないでしょうか?」


ジークの話を受け継ぎ、レンジ君も言った。


「な、なぜ……なぜそんな風に冷静でいられる?あの死に至る恐ろしい病だぞ?!それにもし外部に漏れてしまえば、我が家は終わりになって


「終わりになんてさせませんわ!」


ここでフィーちゃんも参戦してきた。


「カーラ様もグラハム様も、ルシアン様のことを本当に大切に思われているのですよね。でしたら、私達も是非協力させていただきたいのです!ね、ユーリさん!」


急にパスを回されてきて肩を竦めるが、私がやることなんてもう決まっている。


「このままだと、顔も知らない相手の子供を産まなきゃいけなくなりそうだしね……カーラさん」


未だ事態に追いついていないカーラさんをまっすぐ見つめた。


「ルシアン様の元に連れて行っては頂けませんか?」

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