Karte.122 辺境伯の正妻、そして、父親から代理プロポーズ?!
「はぁ?何言ってんだ、コイツ?今日は石の話をしに来たんだろ?なんでモガッ」
「お、お兄様!どうかお静かにッ!」
固まった私の心中をジークはその通りに代弁しようとしてくれるが、さすがに先代辺境伯に『コイツ』はマズい。
大慌てでフィーちゃんがジークの口を手で塞いだ。
かたや、セインも予想のはるか斜め方向からの発言に頭が追いついていないようで、
「え……ユーリさんが、妻?ルシアン様の?それはいったい、どういう……?」
額に手を当てて軽くパニックになっている。
それは私も同じだ。
(私……いつの間に、お貴族様と結婚することになったんだっけ……?)
混乱のあまり、思考回路は渋滞中だ。
ゴホン、とレンジ君が咳払いをし、
「恐れながら、発言の許可を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
と先代に声をかけた。
「貴殿は確かガルナン首長国の……?」
「はい、レンジ=トゥル=ゾレ=ガルナンと申します。ご存じの通り、かつてはガルナン首長国第3太子でしたが、すでに王籍から廃嫡された身ですので、今は地位も身分もないただのドワーフです」
そう言うレンジ君は、とても『ただのドワーフ』とは思えない風格を漂わせている。
「貴殿については我が娘からも聞いております。太子というこの上ない御身分でありながら、封魔石研究の第一人者という天才でもあらせられると」
「もったいないお言葉、光栄に存じます」
軽く会釈し、レンジ君は鋭い眼光を怯むことなく受け止めた。
「ご令嬢であらせられるカーラ殿のお口添えもあり、現在私はフラノ村で封魔石の製作を担当させていただいております。有り難いことに、治癒の封魔石はセイン殿に継続的に製作してもらい、そして、こちらのユーリにより新たに製作されている浄化の封魔石は、王都でも非常に高い評価を頂いております」
「そのことは我々も重々承知しております。治癒の封魔石ももちろん需要が高いものですが、浄化の封魔石は今や国王陛下からもお目をかけて頂く程のものとなりました。そのことについて、ユーリ殿とレンジ殿には非常に感謝しております」
グラハム様は私とレンジ君に交互に見た。
「ええ、浄化の封魔石は王都だけでなく、各地方の貴族の方々にも注目して頂いております。そのため、こちらとしては、特に浄化の封魔石について今後の見通しなどをご相談させて頂きたく、本日は辺境伯にお目通りを願った次第です」
淡々とレンジ君は話を進めた。
「ですが、先程グラハム卿から『ユーリをルシアン卿の妻にする』というお話が突然出まして、私達としても正直動揺しております。確か、ルシアン卿には由緒正しい家柄の奥方が既にいらっしゃったと記憶しておりますが、その方はご承知の上なのでしょうか?」
動揺の欠片を全く見せない冷静沈着なレンジ君が問いかけた。
というか、既婚者だったの?!
しかもそんなお家柄がよろしいなら、御令嬢が当然正妻で……じゃあ、私は側室?!
「ルシアンの妻……シャルル伯爵令嬢とは間もなく離縁する予定です。ですから、ユーリ殿は正式にルシアンの正妻としてこちらはお迎えする心づもりです」
グラハム様の説明を聞いても、全く理解できないし、ついていけない。
(離縁する予定って……。それって、不倫した既婚者のいう『夫婦仲は冷え切っていて離婚秒読みなんだ』っていう言い訳とあまり変わらなくない?しかも、それを本人からじゃなく、父親の口から伝えられるっていう……)
分からない。
貴族って、こんな感じなの?
レンジ君は少し考える素振りを見せた。
「なるほど……しかし、それは困りましたね」
「困る、とは?」
すると、レンジ君は私とセインに目配せして、
「ええ。実を申し上げますと……」
次の瞬間、とんでもない爆弾を投下してきた。
「このユーリとセイン殿は、非常に親密な間柄でして」
「「ッ?!」」
私達は衝撃で言葉を失い、
「はあッ?!そうなのフガガッ!」
ここでもバカ正直なジークが驚きの声を上げ、
「お兄様!レンジさんが今お話ししておりますから、どうかお静かにお願いします!」
フィーちゃんがジークの口の中に氷の塊を突っ込んだ。
それをグラハム様は目敏く指摘した。
「ほお、これは珍しい。氷魔法ですか。エルフでも行使できる者は片手で数えられるかどうかと聞き及んでいますが」
(ひょっとして、フィーちゃんが王族だってバレる?!)
内心冷汗を流すが、流石は90年生きたエルフの王族なだけのことはあり、
「まあ、グラハム様は他種族の魔法についても博識でいらっしゃるのですね」
フィーちゃんは一切の動揺を見せずにお辞儀をした。
「ご挨拶が遅くなってしまい、申し訳ございません。私はフィーと申します。こちらは、兄のジークです。私達、レンジさんの研究にひどく感銘を受けまして、彼のご厚意で研究のお手伝いをさせていただいております」
「彼らはつい最近僕の元に来たばかりですので、この2人の関係については知らなかったのです」
レンジ君も補足した。
「辺境伯の正妻なんて、望んで手に入れられるものではありません。そんなお話を頂けるなんて、ユーリさんはとても幸運な方だと思いますわ」
フィーちゃんの顔はにこやかだが、桜色の瞳は氷のような怜悧さを帯びている。
「ですが、想い合う2人を引き離すことは辺境伯と言えど野暮というもの。どうか、そのことをご配慮頂きたく存じますわ」
グラハム様は静かにフィーちゃんを見て、
「セイン殿」
「ッはい!」
名前を呼ばれてセインは弾かれたように姿勢を正した。
「このお2人がおっしゃっていたように、君はユーリ殿と深い関係になっているのかな?」
「え、えっと、その……!」
セインはチラリと私を見て、そしてレンジ君とフィーちゃんも横目で見た。
2人の目からは『話を合わせろ!』と言わんばかりの圧がセインに掛けられる。
「……は、はい。その通りです」
セインもそういう方向性に話を進めた方がいいと判断したのだろう、グラハム様に頷いた。
「なるほど……だが今までの内容だと、まだ結婚はしていない、という認識でよいのだな?」
「そ、そうですね……」
流石にそこは嘘がつけずにセインが正直に答えると、
「……頼む!」
「グ、グラハム様ッ?!」
突然テーブルに両手をつけ、土下座する勢いで頭を深く下げてきた。
「どうか我が息子のため……ユーリ殿との関係を終わらせてはもらえないだろうか!」
「ッ……!」
まさかそこまで言われるとは思わなかったのだろう、流石のレンジ君とフィーちゃんも言葉を失っている。
「道理の通っていないことを申して出ていることは百も承知だ。だが……息子には時間がないんだ!」
「時間がないって……それは、いったい」
グラハム様はそれには答えず、深い皺を更に深く歪めて私を見た。
「勝手を重ねて申し訳ないが……了承して頂けなければ事情を話すことはできない。ことは我がルーベルト家の存続にも関わってくることだからだ」
(えぇ……)
事情も教えてくれないのにそんな人生の決断しろって無茶苦茶な。
しかもここで、一貴族の存亡をかけた守秘義務を盾にされるとは。
「……分かりましたわ」
フィーちゃんが静かに頷いた。
「グラハム様のご事情はよく分かりました。ですが、どうか私達の方でも相談する時間を頂けないでしょうか。あまりに突然のお話に、ユーリさんやセイン殿はもちろん、私達も頭を整理したいと思っておりますの」
「……そうですな。儂も少し気を急いていて、お恥ずかしい限りです」
グラハム様は頷く。
「だが、重ねて申し訳ないが、本日中に色よい答えを頂きたい。そのため、この屋敷でしばし滞在して頂きたいのだが、それはよろしいだろうか?」
「分かりました」
レンジ君も首肯した。
「ただ、グラハム卿には一度席を離れて頂けないでしょうか。もし、我々が逃げることを懸念されるのであれば、外から鍵をかけて頂いても問題ありませんので」
「承知しました」




