Karte.121 レンジ不穏を感じる、そして、辺境伯?登場
私達はラーベルさんの後についていった。
長く広い廊下の壁際には等間隔で立派な甲冑が飾られている。
廊下の端に着くと階段があり、ラーベルさんはそれを上っていった。
「本日はまた随分奥まった部屋を用意してくださったのですね」
レンジ君がラーベルさんに尋ねると、
「ええ。当主より、できるだけ邪魔が入らぬ場所でお話したいとの申し出がありまして」
顔色一つ崩さずラーベルさんは答えた。
「こちらでございます」
案内された部屋は、決して豪奢ではないが、品の良い調度品で揃えられていて、とても居心地がよさそうな部屋だった。
私達6人+1匹が入っても、全く狭さを感じない十分な広さがあり、掃除もちゃんと行き届いている。
部屋の中央には重厚な木でできた低い大きなテーブル、両脇にはそのテーブルの長さにあった長座のソファ、入口から一番離れたお誕生日席には1人用の椅子が置かれている。
ソファも椅子も揃いの深紅のビロード生地が張られている。
私達が中に入った頃合いを見計らったかのようにドアがノックされ、
「失礼いたします」
メイド服を纏った給仕の女性が人数分のティーカップとティーポットを持って入ってきた。
「ありがとうございます」
ソファに座った私達の前に紅茶が入ったティーカップが置かれた。
「ただいま当主をお呼びしますので、少々お待ちください」
ラーベルさんとメイドさんは一礼し、部屋から出て行った。
「それにしてもいい部屋だね。ソファもフカフカだし」
「ええ、まさかこんな素晴らしい部屋を用意してくださるとは思いませんでした」
セインはむしろ恐縮したように部屋のアチコチに目を向けている。
「なあ、ここ座っていいと思うか?」
ジークがお誕生日席に置かれた1人用の椅子をチラチラ見ると、
「いけませんわ、お兄様。そこは御当主様がお座りになる椅子ですよ、きっと」
フィーちゃんがやんわりと注意していた。
これでは姉と弟の会話だ。
(そう言えば、ジークってこの中で一番の年長者なんだよね?忘れそうになるんだけど)
2人を見ながら紅茶のカップを手に取ろうとすると、
「まだ紅茶には手を付けない方がいい」
突然、落ち着いた声でレンジ君の制止が入ってきた。
「えっ?」
私だけでなく、セインやフィーちゃんも驚いた顔をレンジ君に向けた。
「妙だと思わないか?前回ブローチの件で赴いた時には、こんな奥の部屋に通されはしなかった」
「それは……それだけルシアン様が私の話を真剣に聞いてくださろうというお心遣いなのではないでしょうか?」
セインがそう言うが、レンジ君の顔は難しいままだ。
「手紙は確か、『現在製作している封魔石のことで相談したい』という内容にしたんだよな?」
「ええ。流石に黒死病のことをストレートに書いてしまうことはできませんし、何より浄化の封魔石の製作者であるユーリさんは今まで領主様にご紹介したことがなかった訳ですから。それにフィーさんやジークさんもレンジさんの研究の関係者という建前ですし。そのことも口実にもさせてもらっています」
「それって、今更過ぎるけど大丈夫なの?」
「そこは大丈夫ですよ。なぜなら、ユーリさんは辺境伯令嬢であるカーラさんに直接お会いしていますし、浄化の封魔石の製作経緯についてもカーラさんが把握していますから」
カーラさんか。
最近全然フラノ村に立ち寄ってくれないけど、今もバレットさん達と各地を練り歩いているのかな。
「確かに封魔石の件はルーベルト伯にとっても重要事項ではあるから、そのための部屋を提供してくれたのだと思うことはできる。だが……」
「レンジの言いたいことも分かる気がするぜ」
すると、なんとここでジークもレンジ君に賛同してきた。
ジークは部屋の廊下側を鋭く一瞥すると、
「この部屋の周囲だけ、妙に人の気配がなさすぎる」
「そうなのですか、お兄様?」
フィーちゃんがジークを見つめた。
「ああ。どうやら人払いされているみてえだ」
「人払い……」
ジークまでそんなことを言ってくると、何だか私も不安に思えてきた。
目の前に置かれている如何にも高級そうなカップの中の紅茶が、得体の知れない不気味なもののように見えてくる。
「か、考え過ぎですって!私達は別に疚しいことをしたわけでもないですし、何より、ルシアン様は公明正大な御方ですから、私達のことを正当に評価して下さっているからこその待遇なんですよ!」
この中で唯一当主にあったことがあるセインが必死に弁解した。
セインにしてみれば、王都で居場所のない自分に声をかけてくれた相手だから、庇うのは当たり前だろう。
「僕の考え過ぎならば、全く問題ないんだ。というよりも、そうであってほしいと心底思っている」
セインの気持ちを汲んだのだろう、レンジ君も表情を緩めようとした。
「ようやく来たみたいだぜ。2人だ」
私には足音が全く聞こえないけど、ジークの耳はバッチリ捕らえたようだ。
「1人はさっきのラーベルとかいう奴だ。もう1人は、会ったことがねえ奴だ」
「何でそんなこと分かるの?!」
「足音とか、身体が空気を切る動きとかで分かるだろ?」
いやそんな当たり前だろ的な風に言われても。
「君の風属性魔法は凄まじいな」
レンジ君も驚きを通り越して呆れたように呟いた。
ジークの言うとおり、しばらくしてからノックする音が聞こえ、
「失礼いたします。お待たせいたしました」
ラーベルさんがドアを開けた。
そして、ラーベルさんがドアを押さえて、後ろの人物がゆっくりと入ってきた。
私達もソファから立ち上がって頭を下げた。
(この人が……ルーベルト辺境伯?)
お誕生日席の椅子に立ったその人は、白髪とそれに一部繋がった白い豊かなヒゲ、顔に深く刻まれた皺を持つ老齢の男性だった。
だが、ピンと伸ばされた背筋や堂々とした立ち振る舞い、何より皺の間から覗く紫紺色の瞳が鋭く私達を見据えており、老いてもなお戦いに身を投じている老練の騎士のような雰囲気を漂わせていた。
「我が屋敷にご足労頂き感謝する」
少しだけしわがれてはいるものの、朗々と響く耳心地のよい低い声が歓迎の意を示してくれた。
(何というか……大分お年を召しているような)
セインから、確か当代はご長男が着任されていると教えてもらっていたのだけど。
その疑問を持ったのは、他ならぬセインだったようだ。
「本日はお目通りの機会を頂き、誠にありがとうございます……グラハム様」
(グラハム様?)
確か領主様のお名前は『ルシアン』様では?
「あの、恐れながら、本日ルシアン様は……?」
怖ず怖ずと威厳に満ちたご老輩に尋ねると、
「あいにく、愚息は都合が悪くてな。今は儂が老体に鞭打って、辺境伯の代理を務めておる」
そう言いながらイスに座り私達にも座るよう目配せした。
(……雲行き怪しくなってない?)
先ほどのレンジ君の疑惑が現実味を帯びてきた。
その時、紫紺色の瞳が私に向けられた。
「そなたが、浄化の封魔石の製作者かな?」
「は、はい。お初にお目にかかります。ユーリと申します」
慌てて頭を下げると、
「これほどお若く見目麗しい女性だったとは。しかも、浄化魔法という儂も聞いたことがない非常に珍しい魔法を使うことができる……なるほど、ラーベルの言ったとおりじゃな」
どうやら私は領主様の父君に絶賛されているようだ。
しかも、見目麗しいだなんて!
何だか照れてしまいそうになったが、残念ながら、そんな気分は次に放たれた言葉で一気に霧散してしまった。
「我が息子、ルシアンの妻に相応しいご息女じゃ」
「・・・・・・え?」




