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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.120 エヴナン要塞、そして、うるさい騎士

前方を見れば、大地に寝そべった巨人の背骨のように山脈が連なり、その中でも一際大きく天を貫き地に突き刺された盾のような山、ガルナン山嶺。


左方向を見れば、長い年月を年輪に変えて堂々たる巨木達が己の領域を静かに知らしめるかのように生い茂る、ヴィザールの大森林。


ドワーフとエルフ、2つの国とを分かつ石造りの堅牢な城壁が東西にどこまでも伸びている。


その唯一の通り道である関所を守るのはエヴナン要塞であり、その中にはフラノ村よりも栄える町があった。


この城壁を警備する兵士やその家族が住んでいたり、ガルナン首長国やティナ・ローゼン精霊国と取引をする商人の拠点となっているためだ。


ルーベルト辺境伯邸は、その要塞の一角に建てられていた。


「フラノ村在住のヒーラー、セイン・ケイシーと申します。本日は、ルシアン・ルーベルト様にお目通りしたく参上しました」


昼前には町に到着することができた私達は、昼食を食べた後、辺境伯のお屋敷に向かった。


確かに外観は非常に大きく立派な豪邸だ。


だが、邸内は貴族にしては意外なことに、華やかというより無骨な印象の内装だった。


「セイン殿、お待ちしておりました。レンジ殿下もご機嫌麗しく存じます」


「本日はありがとうございます、ラーベルさん」


「過分な挨拶、痛み入ります」


セインは顔見知りなのだろう、親し気に挨拶した。


レンジ君も軽く会釈する。


レンジ君のことも知っているということは、ブローチを届けに行ったときに対応した側近というのがこの人なのかもしれない。


黒い燕尾服を着こなした初老の男性、ラーベルさんは、執事をそのまま体現したような人だ。


ただ、燕尾服からも分かる程しっかりした体格であるので、この人も有事の時には騎士の1人として戦っているのかもしれない。


「お初にお目にかかります。私はルーベルト辺境伯に仕えております、ラーベルと申します。どうぞお見知りおきを」


丁寧なお辞儀をしたラーベルさんが私やエルフ兄妹の方に顔を向けた。


今度はセインが私を手で示し、


「こちらの女性がユーリと言って、私の助手を務めてくれています。そして、浄化の封魔石の制作者でもあります」


「よろしくお願いします」


スカートの裾を掴み、淑女の礼をする。


「ほぉ!こちらの女性があの浄化の封魔石の?」


驚いたように私をジッと見つめた。


「はい、私が浄化魔法を込めております」


「我々もあの封魔石を愛用させて頂いておりまして。このお屋敷の手入れはもちろんですが、何より騎士達から非常に好評を得ております。剣や鎧の手入れが一瞬で終わると、みな絶賛しております!」


先程の落ち着いた雰囲気とは打って変わって、興奮したように捲し立ててきた。


「あ、ありがとうございます。そんなにみなさんのお役に立てていて、私も作った甲斐があります」


若干引き気味に応えると、ラーベルさんはコホンと咳払いを一つして、


「これは失礼いたしました。ユーリ殿には引き続き、浄化の封魔石をよろしくお願いしたく存じます」


と恭しく頭を下げた。


そして、エルフ兄妹の方を見たラーベルさんに、


「こちらが、御覧の通り、エルフのフィーさんとジークさんです。お二人は兄妹でして、封魔石に強い興味を持っていらっしゃっていて、レンジさんの研究のお手伝いをしてもらっているんです」


と、打ち合わせ通りセインが2人を紹介した。


それに応じて、フィーちゃんもスカートの裾を持ち、淑女の礼をした。


もちろん、私なんかよりも遥かに堂に入ったものだ。


「お初にお目にかかります。フィーと申します。レンジさんのことは魔鉱石錬成研究所の副所長をされていたときから存じておりまして、彼の研究にとても興味を持っておりました。セインさんから紹介して頂いて、レンジさんのご厚意で封魔石の研究をお手伝いさせて頂いております」


(めっちゃ、しっかりしている……)


お淑やかに、だけど淀みなくフィーちゃんは完璧な自己紹介をした。


「ジークだ、よろしく」


対して、ジークは一言、自分の名前を言っただけ。


一応軽く頭を下げているけど。


(いやもう少し言い方があるのでは?!)


対照的な2人のエルフにこちらは内心ヒヤヒヤだが、ラーベルさんは一切表情を変えずに、


「何卒よろしくお願い致します」


とこちらにも恭しく礼をした。


再びセインに顔を向けると、


「ただいま当主をお呼びします。お部屋を用意いたしましたので、そちらでお待ちください。ご案内いたします。それから……」


と私の足元にチョコンと立っているドラコを見下ろした。


「あの、この子も一緒でも大丈夫ですか?」


「ええ。こちらの鳥……もご一緒で構いませんよ」


どうやら、白い鳥だと思ってくれたようだ。


ドラコンの子供なんて馬鹿正直に紹介したら、下手すると討伐されてしまうからちょうどいい。


「ありがとうございます!」


ラーベルさんの後に続いて部屋に向かおうとした時だった。


「セイン!ようやく貴様にも、御当主様のお役に立とうと志す時がきたのだな!」


突然セインの名前を大声で呼ぶ声が聞こえてきた。


「……ディーノさん、お久しぶりです」


その人物を認めて、セインは若干引き攣り気味の笑顔を浮かべた。


栗毛色の短髪をカッチリまとめ、キリリと上がった眉の下のこれまた意志の強そうなカーキ色の瞳が、セインに一直線に向けられている。


鈍く光る甲冑をまるで重さがないように着こなしており、まさに戦い慣れた騎士といった出で立ちだ。


「安心しろ!ヒーラーでありながら『血を見ると貧血を起こして倒れる』などといった軟弱な気質、ここで日夜国境を防衛していれば、すぐに叩き直すことができるからな!」


(なにこの人、随分暑苦しいわね)


何というか、『ザ・体育会系』と言った態度の騎士である。


戦場に身を置く騎士であれば、それが正しいあり方なのかもしれないけど、押しが強すぎて逃げたくなるタイプだ。


事実、セインは若干及び腰になりながら、


「ええとですね、ディーノさん。その、今日は別にこちらに越してくる話をしに来たわけではなくて、ですね……」


となるべく波風を立てないように否定したが、


「何だと、貴様!ここではヒーラーはいくらいても困らないことくらい、分かっているだろう!一体、いつまで御当主様の御恩情に付け込むつもりなんだッ!」


どうやら感情の沸点が大分低いようで、カッとなった勢いでセインの胸倉を掴もうと右手が伸びるが、


ガシッ!


「なッ?!」


横から伸びてきた手に甲冑の手首を掴まれ、宙を握るだけで終わった。


「ジークさん……!」


「な、なにをするッ!」


「てめえこそ、何しようとしてんだよ」


ギロリとディーノさんを睨みつけた。


ディーノさんはセインより少し背が高いくらいなので、ジークから見下ろされてしまうわけだ。


「離せッ!」


手を振り解こうとするが、ジークの手はビクともしない。


「……ジーク、これ以上はマズいって」


こっそり耳打ちすると、


「ケッ!」


と、乱暴に手を離した。


その反動で後ろによろめくが、ディーノさんは倒れることなく踏みとどまる。


そして、私の姿を確認すると、


「セイン、その女性は?」


と今度はマジマジと見つめてきた。


「彼女は、私の助手で、浄化の封魔石の制作者でもあります。」


「なるほど……でかしたぞ、セイン!」


(え、なにが?)


今度は勝手に納得して、さっきは怒鳴っていたセインを今度は褒めている。


恐らくこの場の誰も彼についていけていないだろう。


「これなら御当主様も大層喜ばれ」


「副騎士団長!」


その時、ディーノさんの話を遮り他の騎士達が駆け寄ってきた。


「どうした!」


「第三砦の見張り番から、今すぐ来て欲しいとの通達です!」


「よし、分かった!」


踵を返す前に、


「後で、じっくり話があるからな!勝手に帰るなよ!」


セインにビシッと釘を刺すのを忘れなかった。


「何だアイツ」


とジークが零すと、


「相変わらずだな、ディーノ殿は」


レンジ君は溜息を吐いた。


「とても賑やかな方ですが、あの方が副騎士団長を務めていらっしゃるのですね」


とフィーちゃんがセインに言うと、


「ええ。ディーノさん、本名はディーノ・ラングさんというのですが、騎士には珍しく治癒魔法が使える方なんですよ」


「えっ、全然そんな風に見えないんだけど!」


と、本人が聞いたら憤慨しそうなことを言ってしまった。


「実は王都で一緒に働いたことがありまして。彼はもともと王国騎士団を目指して剣技を磨いていたのですが、その過程で治癒魔法が使えるようになったそうなのです」


「そんなことがあるのか?ドワーフでは聞いたことがないぞ!」


レンジ君が驚くと、セインは頷いた。


「滅多にいないでしょうが、ごく稀に成人してから加護を授かる方はいるようですね。その結果、晴れて王国騎士団への入隊を果たしたらしいんです」


「へええ。凄い出世じゃない!」


やっぱり加護の有る無しで、人生にも大きく関わってくるんだ。


そこで、はたと気が付く。


「でも、今は王都から離れた辺境の国境警備をしているんだよね。それも、王国騎士団からの出向か何かのためなの?」


すると、セインはフッと目を落とし、


「……人にはそれぞれ事情があるんですよ」


「……そっか」


妙に影のある物言いに、それ以上突っ込むことはできなかった。


(そう言えばセインも『血が苦手だから』という理由で、左遷されたようなものだったっけ)


種族は違えど、ここにいる私達みんな、訳あり揃いという訳だ。

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