Karte.119 いざルーベルト辺境伯邸へ、そして、領主について
セインがルーベルト辺境伯に手紙を出してから数日後。
無事、謁見の許可が下りたため、私、セイン、レンジ君、フィーちゃん、ジークの全員で、辺境伯邸に向かった。
もちろん、
「ピャー!」
ドラコのことも忘れずに連れていく。
なんせ、1日診療所を空けなければならないのだから、置いていく訳にはいかない。
村から荷馬車も借りて、朝早くから出立した。
「ジークは馬車乗らなくていいの?」
久しぶりに私が御者台に座り、荷馬車に付き添うようにジークが横を歩いた。
「あんな狭いところにずっと座ってたら、体が痛くなっちまうからな。こうして歩いてる方が気楽だわ。それによ」
荷馬車の上を見上げた。
「あいつがまた調子に乗って上空に上がっちまったら面倒だしな」
「飛ぶのも大分上手くなってきたけどね」
頭上を見上げると、モフモフした白い羽毛の塊がフワフワと浮かんでいた。
空を飛ぶ魔物に襲われるという空の洗礼を受けてから、ドラコは非常に慎重になり、飛ぶ練習は家の中、または森でも木よりも上には上がらないという徹底したルールを自分に課していた。
そのおかげで、今では上昇も下降はもちろん、方向転換も非常に滑らかにできるにようなり、さらには空中で旋回もできるようになったのだ。
それでも、上空に上がりすぎると痛い目に会うことは身に染みてよく分かっているようなので、馬車の上方を飛んではいるけれど高度は低い位置を保ったままだ。
「そういえば私、ルーベルト辺境伯にお会いするのってこれが初めてなんだよね」
フラノ村に移住してからもうすぐ1年が経つけど、領主様に今までお目通りしたことがない。
「それはそうですよ。一介の村人がおいそれとお会いできるような身分の方ではありませんから」
「僕も会ったことはないぞ」
元ガルナン首長国第3太子も口を挟んてきた。
「現在、辺境伯にはルシアン・ルーベルト様という御方が着任されていて、光属性魔法には珍しい雷魔法をお使いになられます」
「そんなに珍しいの?」
私も荷台に向かって質問した。
「フィーの氷魔法よりかは使える人間は多いだろうな。以前ガルナン首長国に招いた技能者の中にも雷魔法を行使できる人間に何度か会ったことがある。それでも片手で数えられるくらいだから、多くはないだろう」
レンジ君が説明してくれた。
「光属性魔法は何といっても治癒魔法が一番有名です。ユーリさんも浄化魔法や結界魔法が使えますが、それらは非常に珍しい魔法です。ただ、光属性魔法には他の精霊による加護とは異なり、属性攻撃魔法と呼べるような代物がないのです。もし光属性魔法で魔物と渡り合おうとしても、せいぜい”ライト”で目を眩ませることくらいしかできないでしょう」
セインも詳しく説明してくれる。
「その中でも、雷魔法は攻撃に非常に特化した魔法です。そのため、行使できると分かった時点で、出自に関わらず王国直属騎士団への入隊も許可されるほどです」
「それってすごいの?」
いまいち重要性が分かっていない私の問いかけに、レンジ君が呆れた顔をした。
「王国直属の騎士団に入隊できる者は、貴族やそれに近い身分の者だけ。それほど格式高いものだ。騎士団の中で活躍できれば、貴族の地位を手に入れられる可能性だってある。何の地位も名誉もない平民にとって、これ以上の出世街道はないだろう」
「へえぇ」
要は、雷魔法という才能一つで身分に関わらず成り上がることができるわけなのか。
「話は戻しますが、ルシアン様は領主であるのと同時に、国境を警備する騎士団の団長も務められております。以前お話ししたように、辺境伯には祖国を追われた犯罪者の取り締まりや、縄張りから外れた魔物の討伐なども任じられておりますので」
「そんな警備隊がいるのに、フィーちゃんとジークはよくこの国に亡命できたよね。まあ、勝手に入国したリオディーネ皇女もだけどさ」
とジークに話を振ると、
「あ?ンなもん撒くなんざ、どうってことなかったぞ?」
と、何とも不穏な発言を繰り出してきた。
「まあ……ジークさん達や第一皇女は、非常に卓越した加護使いですからね。一介の警備兵から逃げ切るなど訳もなかったのでしょう」
セインが苦笑しながら言った。
「お恥かしいですわ」
誉められていると思ったのか分からないが、フィーちゃんもポッと顔を赤らめながら呟いた。
コホン、とセインは咳払いし、
「しつこいようですが、フィーさんとジークさんは絶対に身分を明かさないよう、くれぐれもよろしくお願い致します。名乗るときも、私達がお呼びしている呼び名だけにして下さい。いいですね?」
と珍しく強い口調で念を押した。
「もちろんですわ!せっかくこうして自由に楽しく過ごせているのに、祖国に戻されて処刑されたくはありませんから!」
可憐なフィーちゃんには似つかわしくない物騒な話だが、事実なんだから仕方がない。
「そう言えば、ブローチの件は結局どうなっているんだ?」
レンジ君が思い出したようにセインに尋ねた。
『ブローチ』というのは、まだフィーちゃんが第二皇女だったときに、フィーちゃんへの贈答品としてガルナン首長国が製作依頼された宝飾品の1つで、雪の結晶をモチーフにしたブローチだ。
最もそれらは全てレンジ君が寝る間も惜しんで作らされた物であったため、ジークが薬代としてセインに渡したそれが『ティナ・ローゼン精霊国の皇女の持ち物』だと分かってしまい、扱いに困った私達は、ルーベルト辺境伯に渡していたのだ。
なんせその時はジークやフィーちゃんの正体も事情も全く分からず、
『エルフの王族の宝飾品なんて持っていたら捕まるんじゃ?!』
と無害な平民である私とセインは震え上がり、レンジ君からのアドバイスで喜んで手放したのだ。
まあ、そのブローチの情報がティナ・ローゼン精霊国に伝わった結果、今度は第一皇女が直々にフィーちゃんとジークの刺客としてお越しになった訳なのだが。
「あれはそのままティナ・ローゼン精霊国に返還されたらしいです。フィーさんには申し訳ないのですが」
セインがすまなそうにフィーちゃんに頭を下げると、
「とんでもありませんわ。あのブローチは確かにお気に入りでしたが、今の私にはそれ以上に素晴らしい宝物に恵まれておりますから、どうかお気になさらないで下さい」
と責めることなく、むしろ優しくセインに話しかけていた。
(フィーちゃんって本当にいい子……というか、この立ち振る舞いで身バレしないなんてことあるのか?)
と疑問が頭をもたげた。
レンジ君も同じように感じたらしく、
「フィーとジークのことをどう説明するか、ここで口裏を合わせておいた方がいいな」
と言い出した。
「何でだよ?普通の村人ってことで
「通用しないからそう言っているんだ!」
ジークの言葉を遮り、レンジ君が断言した。
「いや、フィーちゃんの所作はどう考えても上流階級の人のだし、そもそもエルフがこんな辺鄙な村にいること自体が特殊なんじゃないの?」
「言われてみれば、そうでしたね……」
その後は、辺境伯邸に着くまでみんなで頭を寄せ合った結果、『レンジ君の封魔石の研究に興味を持ち、セインの伝手でわざわざ皇都からフラノ村に来たエルフ兄妹』という、要は村の人達に説明したのと同じ内容が一番だろうと言う結論に達した。
最も、そんな心配事なんてどうでもよくなるくらいの大騒動に巻き込まれることになるのだが。




