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聖女、メスを執る  作者: 西園寺沙夜


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Karte.118.5 セインの思惑、そして、闇の戦慄き

***

「では、この手紙をルーベルト辺境伯にお届けすればいいんですね?」


「はい、よろしくお願いします。トーマスさん」


セインはトーマスに軽く頭を下げた。


「運が良かったですよ。村を出発する前にお渡しできて」


軽やかに馬に跨るトーマスを見上げながらセインは言った。


「その様子ですと、左足の具合は問題ないみたいですね」


「ええ!それもこれも、レンジ先生のお陰ですよ!」


馬の上で堂々と背筋を伸ばすトーマスの左膝から下が義足であるなど、知らなければ誰も気づくことはないだろう。


それほど、レンジが作った義足は完璧な動きをしていた。


「その言葉、レンジさんにも伝えておきますよ」


セインが微笑むと、トーマスもニッコリ笑った。


「ええ、是非お願いします!」


セインに手を振りながらトーマスは馬を走らせた。


トーマスを見送った後、セインは診療所に戻るため歩き出した。


途中、幼い子供の泣き声と、


「それくらいで泣かないの!」


と叱咤しながらも励ます声が聞こえてきた。


「どうしましたか?」


セインが泣き声のする方に行くと、


「あっ、セイン先生!」


地面に座り込んでベソを描いている小さな男の子と、少年より年上の少女がいた。


小さな村なので、その2人の姉弟のことをセインもよく知っていた。


どうやら、ようやく一人で歩くことができるようになった弟が転んで擦りむいてしまったようだ。


左膝と右腕に擦り傷ができていて、血が滲んでいる。


「転んでしまったのですか?」


片膝をついて怪我をよく見ようとすると、少女が慌てて、


「先生、あんまり見ない方がいいよ!ちょっとだけど、血が出てるから!」


と逆に心配されてしまった。


(こんな幼い少女にまで心配されてしまうとは……)


セインは心の中で苦笑した。


(『血を見ると貧血を起こす』なんて下らない性分は置き去りにしたまま転生したかったんだけどな)


もちろん、そんな愚痴をこの少女に零しても何の意味もないため、


「気遣ってくれてありがとうございます。このくらいだったら大丈夫ですから、彼の傷を治療してもよろしいですか?」


といつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべ、彼女に尋ねた。


「え、いいの?こんな傷、大したことないのに……」


少女の顔に、弟を治してもらえる嬉しさと、たかが転んだ怪我に治癒魔法をかけてもらう申し訳なさが見え隠れしている。


「”ヒール”」


彼女の迷いに答えることなく呪文を唱えると、少年の膝や手の怪我はキレイさっぱり無くなってしまった。


「せっかく歩けるようになったのに転んだ痛みで歩くのが億劫になってしまったら可哀そうですからね」


痛みもキレイになくなったおかげで、男の子もすっかり笑顔になり、まだ危なっかしいが、それでも一生懸命動作で立ち上がろとしている。


「先生、ありがとう!」


何だかんだで弟のことが心配だったのだろう、少女もホッとした表情でセインにお礼を言った。


セインも笑みを返して、その場を後にした。


踵を返したときには、セインの顔には一切の感情が消え失せていた。


(……ユーリを聖ティファナ修霊院に連れて行く手筈が整いつつある)


その事実に気分が憂鬱になることをセインは抑えられなかった。


それが、あの御方から自分に与えられていた使命であることは重々承知だった。


だが、できることなら避けたままにしておきたい定めだった。


(このまま、この村で暮らしていくことができたなら……)


一瞬そんな考えが頭を過るが、即座に切り捨てた。


全くもって、バカげた望みだ。


自分が何者なのかを知った時から、平穏な生活など一時的な仮初めであることは、うんざりするほど分かっていたことなのに。


「ただいま戻りました」


診療所の扉を開ければ、彼女が待ってくれている。


「おかえり、セイン!手紙、間に合った?」


前世の姿とは全く異なるものでも、その心は……魂は変わらないままだ。


「……ええ、無事届けてもらえそうです」


例えこの笑顔が曇ることが分かっていたとしても、それでも―――


(絶対に果たさなければならないんだ……!)


「そろそろ、夕ご飯の用意をしましょうか」


「分かった。野菜を切るのは任せて!」


「ピャー!」


「ドラコ、肉は後であげますから」


この日常が終わる日が近づいていることを知りながら、それでも、このささやかな幸せが出来る限り続くことを、セインは願わずにはいられなかった。




「また、消えた……」


底の知れない常闇の世界。


そこに佇む1人の人物がいた。


「しかも、2つだ……」


この500年でかつて経験しえなかったことがすでに4度起きていた。


「僕が手塩にかけて産み出した緋眼花……しかも、どれも極上の養分に植え付けられていたのに」


そう呟く声には、悲しみではなく、抑えきれない喜びが満ちていた。


「こんなことができるのは……間違えない!本当に……遂に、この世界に降臨したんだッ!」


中世的で人形のように完璧に整った顔が恍惚の表情を浮かべると、まるで神に盲目的な忠誠を誓う天使のような艶めかしさが感じられた。


最も、その人物が心から心酔し今も変わらぬ情愛を貫いている存在は神ではなく、遥か昔にこの世界を、そしてこの人物を救った、光に祝福された乙女であるが。


「必ずここに来てくれるはずだ……!彼女なら、必ずッ!」


緋眼花のように赤く染まった眼から、次々と歓喜の涙が零れていく。


「ようやく、貴女に会えるんだ……ティナ!」


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